これが土屋家の日常   作:らじさ

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第17話

「あの、陽太くん。猫じゃないんだからいい加減に首根っこから手を離してくれませんか」

「だめ、手を離したら愛ちゃん逃げちゃうだろ」

「行きますよ。ボクが貞子を観に行けば満足なんでしょう。行きますとも」

「なんで僕がそこで逆ギレされなきゃならないんだ?」

「ううっ、ボクの金魂・・・・・・今日までなのに」

「いや、そもそもこのイベントを言い出したのも、デートのテーマを考えたのも愛ちゃんだってことを忘れてないかい?」

「そうでした。ボクにはホラー映画に慣れて程よく怖がりつつ、ここぞというところでキャーっと康太に抱きつくという野望があったんでした」

「何回聞いても本音ダダ漏れのいじましい野望だね」

 

冷静に考えてみれば、この娘の野望とやらのために自分が付き合わされているだけなのではないかという気もしてきたのだが、男として由美ちゃんにみっともないところは見せたくないという意地もある。例えそれがチワワがゴジラに挑むようなものだとしても。

 

「よし、じゃあ行きましょう。虎穴に入らずんば虎児を得ずです」本来の目的を思い出し俄然やる気を見せる少女だった。

「虎児って言うけど雄虎の巣穴に乗り込むようなもんだから虎児はいないような気がするんだけど・・・・・」

「そんな些細な問題に構っている場合じゃないです」

「いや、本質的な問題点だと思うんだけど」

 

思考回路は全く理解できないが、行動は非常にわかりやすい少女なのであった。

 

「・・・・・じゃ、覚悟はいいですね」

「・・・・・・うっ、うん」

「わかっていると思いますけど、もう一度確認しますよ。「3D貞子2」で怖さ6倍ですからね」

「その計算がどうしても理解できないんだけど」

「なんでT大の物理学科に入っていながら3☓2=6の一桁の掛け算ができないんですか」

「いや、それを掛け算するという発想が理解できないんだよ、愛ちゃん」

「今更そんなこと言っている場合じゃないです。テーマは?」

「・・・・・「克服」だね」

「それさえわかっていれば十分です。さあ、行きますよ」

 

とても映画を観に行くとは思えないような意気込みで館内に突入していく二人だった。

 

・・・・・・二時間後

 

ロビーのソファーに力尽きたようにうつ伏せに突っ伏している二人の姿があった。

 

「・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「あ・・・・ゃん」

「・・・・・・」

「・・・・・愛ちゃん、大丈夫かい」

「・・・・・まら、ダメれふ」

「そっ、そうか。頑張ったんだね」

「ええ、ほりゃもう精神力の限界を超えて頑張りまひた」

「そうか、本音丸出しとは言え野望のために頑張ったんだ。で、どの辺まで観たんだい」

「波が岩にブチ当たって砕け散っている辺りまでは覚えています」

「それは、映画会社のオープニングじゃないのかい?」

 

洋画で言えばサーチライトが照らし回っていたり、ライオンが吠えているようなところまで観て、映画を観てきたという人間はあまりいないと思うのだが。

 

「陽太くんはそう簡単に言いますけどね。今までのボクだったら映画館が暗くなると同時に固く目をつぶって両手で耳を塞いでいたんですよ」興奮のあまり少女が起き上がってまくし立てた。

「いや、僕にそれを言われても困るんだけど。映画を観ないという選択肢は浮かばないのかな?」

「何を言っているんですか。デートで映画を観ないなんて、もはや犯罪行為ですよ」

 

うむ、全くわからん。なんでこの娘はあれほど行動がわかりやすいというのに、これほどまでに思考が理解できないのだろうか?

 

「それをこの映画館と来たら毎回毎回ボクにホラー映画ばっかり観せて。どこの世界にクリスマスにホラー映画祭りなんてやる映画館があるっていうんですか」

「どこの世界と言われても、この映画館がやったとしか言えないんだけど」

「やっぱり支配人に一般観客の生の声を聞かせてやらないと・・・・・」コブシを握りしめながら少女が立ち上がった。

「いや、愛ちゃん。それは完全無欠な言いがかりだから」陽太が慌てて愛子を抑えた。

「離してください。ここの支配人に顧客マーケティングに基づいた映画館経営というものを教えてやらないとボクの気が済まないんです」

 

自分がホラー映画が嫌いだということをここまで理論立てて正当化した上に、支配人に映画館経営まで説教できる女子高生はそうはいないだろう。大物という言葉はこの娘のためにあるに違いない。

 


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