【陽太と愛子のカップルの場合】
「くくくくそぉ~」
少女は拳を握りしめながら映画館の前に立ち尽くしていた。なんだか知らないが、この娘は映画館に来る度に映画館の前で睨みつけているような気がする。
「どっどうしたのかな、愛ちゃん?」
「どうしたもこうしたもないですよ。見て下さいこの上映品目を。ボクたちがホラー映画を観ると決めてやって来た時に限って、コメディからラブロマンス、感動物にいたるまで多彩なラインナップを上映しているんですよ。この映画館の支配人は絶対ボクに何かの恨みを抱いているとしか思えませんよ」
「恐ろしいほどの逆恨みだと思うけど。で、結局何をみるのか決めたのかな」
「ふふふ、聞いただけで身の毛もよだちますよ」
「その笑いの方が怖いんだけど」
「なんと「3D貞子2」です。3Dで2と来た日にゃあ、3✕2で怖さも6倍です」
「スゴい計算だな。それじゃあ「13日の金曜日 part13」だったら、13✕13で169倍の怖さになるのかな?」
「そういう揚げ足取りはいいんです」
「・・・・・・・・・・・」
うん、わかっていたんだ。この娘に常人の理屈は通用しないっていうことは。
「ところで今回のデートのテーマを覚えてますか、陽太君」
「ああ、余りにも衝撃的だったから忘れようがないよ。「克服」だったよね」
「そうです。そこでボクは考えたんです」
この娘はこれから絶対にロクでもないことを言い出すに違いないという確信が陽太の胸に芽生えた。
「たかが映画を見るのにこれ以上何か考えることがあるのかな?」
「その認識は甘いです。相手はあの由美ちゃんですよ」少女を陽太の顔をビシっと指さした。
「なんでいつの間にか由美ちゃんと戦っていることになっているんだ?」
「あの由美ちゃんですよ。廃病院の地下霊安室で血まみれの幽霊と出会ったら救急車を呼ぶような人を相手にボクと二人でホラー映画を見ただけで太刀打ちできると思いますか?」
「いや、それは計画の当初から言っていたことであって・・・・・」
もちろん陽太の発言なぞに聞く耳を持っているはずもなく、有無をも言わさずホラー映画を観ると決めたのはこの娘だったはずなのだが。
「そこで少しでも試練を多くすべきではないかとボクは考えたわけです」
「えーと、つまりどういうこと?」
「古来より獅子は我が子を千尋の谷に突き落とし、上から岩を投げつけると言います」
「いや、そんな器用な獅子はいないと思うんだけど」
「そこでボクも心を鬼にして陽大くんに試練を与えようかと・・・・・」
「・・・・・試練?」
「はい、陽大くんはこの映画を1人で観てきて下さい。そして、ホラー映画を克服して由美ちゃんに頼れる陽大くん像を見せてあげるんです」
「愛ちゃん。君がそんなに俺たちのことを考えてくれていたなんて、感動したよ・・・・・で、本音は?」
「ボクは「金魂 一国傾城編」を見てこようかと」
つくづく感動しなくてよかったと思った。どうせこんなことだと思っていたんだが、まさか本当にそのままだとは思わなかった。
「さっ、寝言を言い終わって気がすんだら「3D貞子2」を観に行こうか」陽太は少女の首筋をムンズと掴んだ。
「待って、待って。金魂は今日までなんですよ」少女が必死に訴えた。
「DVDがレンタルされたら見ればいいじゃないか」
「DVDが出て、旧作になるまで待ってたら1年以上かかっちゃう」
「いや、別に新作で見ればいいんじゃないの?」
「だって、旧作だったら100円でレンタルできるのに新作は390円って勿体無いじゃないですか」
「映画で1800円出そうとする娘が、何でそこで300円をケチるかなぁ?」
本当にこの娘の考えは理解できない・・・・・・・・・・・・・・・・・