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「・・・・・・・・・・あの・・・・・」
「・・・・・ウムム・・・・・・・・・・・」
「・・・・・あの、お兄さん。そろそろ起きてください」由美子が遠慮がちに颯太の肩を揺すった。
「・・・・・うん?何で由美ちゃんが俺の部屋に?」
「随分豪快に寝ぼけてますけど、コンサート終わりましたよ」
「・・・・・コンサート?」
「今はいちおうデート中なんですけど・・・・・」
「おお、コンサートだったな。ちゃんと覚えているぞ。ベルリン・フィルハーモニー交響楽団のバッハコンサートだったな」
「なんでそう自信満々と中途半端に間違えきれるんですか?ウィーンフィルのモーツアルトコンサートです。最初の音が鳴った瞬間にREM睡眠に突入していましたよ」由美子が呆れたように言った。
「失礼なことを言う由美ちゃんだ。ちゃんと最初の曲くらいは覚えているぞ」
「それは逆に言うと最初の曲以外は寝ていたということなのでは?」
「いやー、それにしてもモーツアルトってのは結構最近の人だったんだなぁ」
「・・・・・最近?まあ18世紀の人ですから最近といえば最近かもしれないですけど」
この人はこの期に及んで急になにを言い出すのだろうと由美子は思った。。
「ん?明治時代くらいの人じゃないのか?」
「一体なんでそういう勘違いをしたのか想像もつかないんですけど」
何の話をしているのだろうか?やっぱり理解できない。さすがにあのアンナちゃんと絶妙のコンビを組める地上唯一の人だけはある。
「だって一曲目は「お掃除の歌」だろう。おそらく文部省唱歌かなにかだと思うんだが」
「・・・・・・「お掃除の歌」?」
由美子が記憶をたぐってみた。一曲目は確か・・・・・
「「おっそおっじの時間だ。みっんっなでさあやろう。雑巾、モップ、ほうき・・・・・」うちの学校では、掃除の時間にあの曲が流れてみんなで歌いながら掃除をしていたのだが」
「あのですね、お兄さん。あれは「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」という曲で・・・・・」
「ほう、ドイツ語ではそういうのか。すると元はドイツ語の歌ということか」
「いえ、アイネは女性形の不定冠詞、クライネは「小さな」という意味で、ナハトムジークは夜の意味のナハトと音楽の意味のムジークの合成名詞で、全部合わせると「小さな夜の曲」という意味です。「小夜曲」とも言われています」
「ドイツでは夜に掃除をする風習でもあるのか?」
「いい加減にお掃除から離れて下さい。それ多分お兄さんの学校の音楽の先生か誰かが作った替え歌です」
「なにぃ~、うちの学校では掃除の時間にこれを流してみんなで歌いながら掃除をするというのが代々の風習だったのだが」
「ある意味、スゴい学校だとは思いますけど・・・・・」
まさかモーツアルトも死後200年以上も経ってから、存在も知らない国の中学校でお掃除のテーマソングとして使われるようになるとは想像もしなかっただろう。
「まあ、コンサートも終わったことだし食事にでも行くか。由美ちゃん何でも好きなものを言いなさい「トゥール・ダルジャン」でも「数寄屋橋次郎」でも」
「お小遣い7万で大騒ぎしていた人のセリフとはとても思えないですね。じゃ「数寄屋橋次郎」のお鮨を・・・・・」
「すいません、自分ちょっと見栄はってみたんですが、まさかマジレスがくるとは思いもしませんでした。よし、陽太の名前で予約だけはしておいてやるから、腹いっぱい喰ってくるといい」
「わたしもそうくるとは思いもしなかったです。お兄さんの好きなものでいいですよ」
どうもこの家の男たちは仲がいいのか悪いのかさっぱりわからない。
「うーむ、かと言って俺のレベルに合わせると大変なことになりそうな気もするんだが・・・いつものシャイゼリアにするか?」
「でも、何かまた全員集合になりそうな気がしますけど。別なところに行きません?」
「別なところと言われてもなあ・・・・・」
「あの~お兄さん。わたし前から行きたかったんですけど勇気がなくてなかなか行けなかった店があって」
「ゆっ由美ちゃんですら入るのに勇気がいる店だと!俺のお小遣い3ヶ月分で足りるのか?」
「そんな婚約指輪みたいなお店じゃないですよ」
「ただ、格好がこれだしなぁ」颯太はジャージを眺めて言った。
「大丈夫ですよ」
「一体何を食いたいのだ?」
「吉田屋の牛丼というのを一回食べてみたくて」
「吉田屋~ぁ?何であんなものを」
「ほら、女の子だけじゃなかなか入れないじゃないですか。かと言って陽太くんとのデートで入る店でもないし。一回食べてみたいなあと思ってたんです」
「よし、由美ちゃんにはお兄さんが奢ってあげよう。特盛りセットにサラダをつけるという豪華版だ。何だったら納豆を追加してもいいぞ」
吉田屋と聞いた途端にお大尽気分で恩着せがましく奢ると言い出す颯太であった。