その理由が今回わかりました。要するに土屋家の場合だと語り手となる人がいないんですね。愛ちゃんはそもそも騒動の原因だし、そもそもあっちこっちに視点が移るので地の文の書きようがないんです。
ということの250話近くになって気が付きました。改善案は見えません(泣
「話し合いでわかってもらえて姉さんも嬉しいです。では、来週の日曜日にデートということでいいですね。」
「話し合いって僕の意見は1mgも聞いては・・・・・殺気」
僕は再び上体を捻って、姉さんの足の一撃をかわした。
「アキ君には穏便に済ましてあげようという姉さんの心遣いがわからないのですか?」
いや、2度も僕の頭を踏みつぶそうとした行為を「心遣い」と表現するなら、日本には傷害罪という罪はなくなってしまうはずだ。しかしこれ以上姉さんの要求を拒めば姉さんの足が僕の頭を踏みつぶそうとタップダンス状態になってしまうことは火を見るよりも明らかだ。かといって「ご休憩」も色々な意味でマズいと思うんだ。なによりマズいのは美波にこの事を知られた日には、僕の全身の関節が全て逆方向に曲げられてしまうことだろう。そもそもよく考えてみたらデートというのは、こんなに色々な危険を犯さなきゃならないものだったのだろうか。世のカップルは何を好き好んでデートなんかしているんだろう。
「アキ君、わかってくれましたか?」姉さんが尋ねる。
「姉さんは、「ご休憩」がしたいんだよね」
「そうです。お二人様3500円で5時間の「ご休憩」でとてもお得なのです」
この期に及んでもお得感を強調しているところは、我が姉ながらなかなか大した根性だと思う。待てよ、5時間とな。つまり5時間逃げ切れば、「危険日」とやらの危険性から逃れられるということだ。ホテルの部屋に入ると同時にトイレに駆け込んで鍵をかけて5時間籠城すれば、なんとかなるんじゃないだろうか。暇をツブすためにPSPでも持ち込んでいれば5時間くらい何とでもなるだろう。姉さんには、部屋を探しまわって、蜘蛛の安藤さんという新しい友人でも見つけてもらえばいい。
「わかったよ、姉さん。たまには姉さん孝行すべきだよね」警戒させてはいけない。
「アキ君なら、そう言ってくれると信じていました」姉さんはニッコリと微笑んで言った。
「いやぁ、僕も日ごろ姉さんにはお世話になっているから」我慢しろ僕の皮膚。鳥肌を立てるんじゃない。
「じゃ、姉さんはこれからデートのためにウェディングドレスの準備をしておきますね」
「ちょっと待ったぁ~!!」一難去ってまた一難だ。
「アキ君は本当に落ち着きがないですね。なんでそう大声をあげるのですか」
「姉さんが大声上げさせるようなことばっかり言うからだ。今、何て言ったの」
「ドレスの準備をと」姉さんがキョトンとした顔で答えた。
だめだ、この人。何を問題にしているのか全く理解できていようだ。よく考えれば、電車の中で平気でバスローブに着替えるような人だ。昼間のデートにドレスを着ていくくらいは何でもないことなのかも知れないが、そのドレスの種類が問題だ。
「いや、その前」
「これから準備をと」
「わざと言っているね。その間。何とかドレスとか言っていたような気がするんだけど」
「ウェディングドレスと言いましたけど、アキ君はウェディングドレスを知らないのですか」
「それくらいは知っているけど、何で弟とのデートでウェディングドレスを着ていく必要があるのさ」
「だって、姉さんも初めてなんですよ」姉さんは頬を少し赤らめてはにかんだように言った。
「初めてって何するつもりなの」そんなことを恥じらうより、人間としてもっと恥じらうべきポイントがあると思うんだけど。
「アキ君は本当に心配性なんですね、大丈夫ですよ」
この姉が大丈夫と言って大丈夫だった試しがないのだが。姉とラブホテルに行くというだけでも大問題なのに、その姉がウェディングドレスを来て渋谷の繁華街を通ってラブホテルに入る以上の大問題があるだろうか?
「大丈夫って、何が大丈夫なのさ」僕が食い下がった。
「ちゃんとアキ君の分もお揃いのウェディングドレスを準備してありますから。ペアルックですよ」姉さんはとても嬉しそうに微笑んだ。
ふむ、僕もまだまだだな。最悪の事態だと思ったら更にその上があったなんて想像もしなかった。「最悪の事態を想像しろ。奴らはその斜め上を行く」というセリフが頭に浮かんだ・・・・・なんて、悠長に反省をしている場合じゃない。何で日曜の昼間に実の姉とペアルックのウェディングドレスを来て、渋谷のラブホテルに行かなきゃならないんだ。ヘタをしたら全国ニュースレベルの話だ。
「いや、そもそも男がウェディングドレスっておかしいでしょう」何だかもう色んな問題が大きすぎて、どこから解決したらいいものやら見当もつかない。
「心配ありません。サイズはアキ君にピッタリです」
「サイズの心配してるんじゃない」もうやだ、この人。どこまで僕を追い詰めるつもりなんだろう。
「ウェディングドレスはとても似合うと思うの。アキちゃ-吉井君」どこかで聞いたことのあるような声が聞こえた気がした。
「今、なんか女の子の声が聞こえた?」
「女の子?姉さんには何も聞こえませんでしたが、もしかしてアキ君は姉さんに隠れて家に女の子を連れ込むようなふしだらな子だったのですか」姉さんの目がスッと細くなった。
危ない。あれは最大の危険信号だ。姉さんがあの目をした時には、僕の命は風前のともしびどころか、ハリケーンの中のマッチ売りの少女のマッチレベルのはかなさだ。僕の中の生命警報装置が最大音量で鳴り続けている。もはや、ウェディングドレスなんて些細な問題にこだわっている場合ではない。
「いっいや、きっと空耳だよね。ははは、来週は姉さんとデートか楽しみだなぁ」
「アキ君が喜んでくれて、姉さんは嬉しいです。では、準備してきますね」
そう言い残すと姉さんは自分の部屋へと戻っていった。残された僕は状況を冷静に整理してみることにした。
なぜか来週の日曜日に渋谷でデートすることになった。まあ、そんなカップルは千組単位でいるだろうから問題なしだ。次の問題は、そのデートの相手が実の姉だということだが、仲のいい姉弟カップルくらいは数十組くらいはいるかもしれない。
次はデートの目的地がラブホテルのお二人様5時間3500円(姉さん的には重要ポイントらしい)で「ご休憩」をするということだが、数組くらいはいるかも知れない。よし、まだ大丈夫だ。姉はデートにウェディングドレスを着ていくという。セーラー服オジサンという人もいるらしいから、ギリギリセーフかも知れない。最後の問題は、僕までお揃いのウェディングドレスを着ていくハメになってしまっている。いくら日本に1億3000万人の人が住んでいたとしてもそんなカップルは一組もいないだろう。渋谷中の人が僕たちの姿を写メや動画で撮っている様子が目に浮かぶ。Youtuboに流れれば、視聴数1位の座すら狙えるかも知れない。しかも僕にはそれを断る権利も自由もないのだ。
となるともはや僕に残されているのはこの手しかない。僕は携帯を取り出すとダイヤルを押した。
「プルルルルルルル・・・・・・・」
「・・・・・はい、どうしたの吉井」霧島さんの声がした。
「あ、霧島さん。渋谷に新しくホテルができたらしくて・・・・・」
「・・・・・「Hotel Love Affair」のこと?」
「どうしてそんなこと知っているの」
「・・・・・夫婦が倦怠期になった時には新しい刺激が必要。そのために情報は常に集めている」
さすがは霧島さんだ。結婚もしていないのに既に夫婦の倦怠期の対策まで考えているらしい。予習復習を欠かさないからこそAクラス代表という大役をこなせるのだろう。
「うん、雄二がそこに来週あたりに行ってみたいと言っていたんだ」
「・・・・・雄二は本当に恥ずかしがり屋さん。私に直接言ってくれればいいのに。わかった、ありがとう吉井」
「じゃ、頑張ってね」
僕は電話を切った。これで少しは気も晴れたのだが、よく考えてみたら僕の状況は何一つ改善していないことに気がついた。
すまない雄二、いたずらに被害を拡大させてしまったようだ。