もう一杯オムライスを食べると主張して聞かないアンナちゃんの腕を掴んで颯兄が店の外へ連れだした途端に、予想通りに2丁の拳銃が颯太兄の頭に突きつけられた。
「青年、わたしは部た・・・学校でも寛容な男として通っている。殺すにしても言い訳をする時間ぐらいは与えるのが私の主義だ。何をしているのかね、君は」
「何をって、オムライスの2杯目に挑戦しようとしているアンナを店から連れだしたところですが、それがマズかったんですか?」颯太君が尋ねた。
「そんなことを聞いているのではない。君が握っているのは、アっ、アンナの手じゃないか」
「そりゃ、こうしないと連れてこられないし」
「パパ、ワタシとソータはもう夫婦だから手くらい繋いでも何の問題点もありマセン。大体、毎日の買物の時に手を握りあう「仲良しラブラブ新婚カップル」として商店街でも有名です」さすがはアンナちゃんだ。状況というか空気を全く読まずに、油田の火災現場に上空からガソリンをバラまくような発言を平気でやってくれる。
「あれはお前がむりやり手を絡ませてくるんだろうが」颯太君ってば、頭に銃を突きつけられた状態でよくそんなツッコミができるもんだ。
うん、確かに「仲良しラブラブ新婚カップル」として家の近くの商店街では有名だということはボクも認めるのにやぶさかではない。商店街中の店をアンナちゃんが力説して回って、疑う(主に颯太君のせいで)お店の人たちをムリヤリ納得させていたから。本当に結婚したら、商店街で「アンナちゃん(36 pointの文字)・颯太君(10 pointの文字)結婚祝賀セール」をやるって商店会長さんも言っていたし。
「新婚夫婦なら当たり前のことデス」アンナちゃんが当然と言った感じで言った。
「しっ、新婚夫婦だと?ワタシはまだ認めたわけじゃありませんわよ」アンナパパが興奮のあまりにおネエ言葉になっている。
「父ちゃん、落ち着いて銃をしまってくれここは日本だ。銃の使用はまずい」宗介君が突きつけた銃をフォルダーにしまいながら言った。わずかながらこの子の方が父親よりは常識があるようだ。
「こいつの始末は俺がナイフでつけてやる」腰の後ろからデカイナイフを取り出して言った。前言撤回、行為そのものを問題にしているのではなく何を使うかを問題にしていたようだ。
「駄目だ、ソースケ。お前のナイフ格闘はまだプロフェッショナルレベルだ。せめてマスターレベルでないと」
「怒りの分で技量は上がっているはずだ。どのみち日本人の民間人一人殺すのにはプロフェショナルレベルでも十分だ」
今度はカリーニン親子が言い争いを始めた。内容を別にすれば父と10歳児の微笑ましい言い争いと見えなくもないかも知れない。
「・・・・・陽向ちゃん、悪いけど今の状況を整理してボクに説明してくれない。ボクもう何が何やら」
「とりあえず、颯兄とアンナちゃんが「お買い物の時に手をつなぐのは有りか無しか」で揉めていて、アンナパパと宗介が、颯兄をやるのにナイフ格闘のプロフェッショナルレベルで資格十分かで揉めているところかな?」
「執事喫茶の人も入り口でそんな話題で揉められても迷惑だろうね」
「いや、秋葉のど真ん中でやっても迷惑というか、警官隊が駆けつけてくるような話題だと思うよ」陽向ちゃんが冷静に言った。
・・・・・10分後、どうやらそれぞれのグループは妥協点を見出したようだ。
「・・・・・ということで買物の時に手をつなぐのは無しということでいいんだな」颯太君が言った。
「ソータがそこまで嫌がるのなら夫の顔を立てるのも妻の務めです。それにワタシには秘密兵器がありますカラ」アンナちゃんが不敵に笑った。
「何だ、その秘密兵器とは」
「ソータは馬鹿ですね。教えたら秘密兵器になりません」アンナちゃんが珍しく、本当に珍しく正論を言った。
「で、親父たちの方は決着がついたのか」颯太君が尋ねた。
「ああ、申し訳ない。なんとか説得して宗介のナイフ格闘は禁止した。なにしろまだプロフェッショナルレベルだからな」
「プロフェッショナルでもマスターレベルでも刺された時の痛みにゃ変わりないだろうが」
「その代わりと言ってはなんだが、スペツナズ・ナイフの使用を許可した」
「スペツナズ・ナイフってのは何だ」
「ああ、ボタンを押すとナイフの刃の先が銃弾のように飛び出して相手に刺さるのだ」
「スペツナズ・ナイフの解説しろって意味じゃねぇ。ナイフの使用を禁止するって発想は出てこなかったのかって言ってんだ」
「いくら上官でも兵士に戦闘時の武器の使用を禁止はできん」アンナパパが毅然と言い切った。
「この親父、強引に引っ張り続けた教師の設定をあっさり捨てやがった。アンナの手を握っただけで、戦闘状態に突入するってロシア人ってのは、どれだけ沸点が低いんだ」颯太君が呆れたように言った。ここまでの電車の中で10回以上、頭に銃を突きつけられておいて沸点もへったくれもないと思うんだけど。
「で、これからどうすんのさ、颯兄」陽向ちゃんが尋ねた。
「うーん、こいつらに取っちゃあ秋葉って地雷原だらけだからなぁ。フリーダムに放牧したら、ヘタしたら3日は家に帰れんぞ」
「ああ、青年」アンナパパが言った。
「何だ、親父」
「わたしはアニメとやらはよく知らないのだが「Ghost in the Shell《攻殻機動隊》の初回限定版 草薙素子フィギュア付きBlue Ray Box」が欲しいのだが」
「ビートルズの武道館公演のチケットが欲しいというのと同じレベルのムチャな発言だぞ、それは。そんなもん即日完売に決まってるだろう。というかアニメ知らないとか言いながら、何でそんなにマニアックなアニメの情報知ってんだ」
「心配するな、青年。ちゃんと予約はしといた」アンナパパは泰然として言った。
「どうやってロシアから予約したんだよ」颯太君が怒鳴った。
「やれやれ、君はインターネットというのを知らんのかね。今は世界中からどこへでも注文ができるんだよ」アンナパパが可哀想な子を見るような目で颯太君を見た。
「予約はできるとしてもどうやって秋葉まで買いに来るつもりだったんだよ。・・・・・予約って、あれは半年も前に締め切ったはずで・・・・・さてはあんた、アンナのことは口実で、半年前からそれを買うことを目的に来日するつもりだったんだな」
「君が何を言っているのか理解できんな。アンナの結婚話が持ち上がったのが、偶然引取り日だっただけだ」
「まあ、やっぱりソータとワタシの結婚は運命だったんデスネ」疑うということを知らないアンナちゃんが目をキラキラさせながら言った。
「普通、あれを信じるかな?」ボクが言った。
「さすが、ポジティブ・シンキング世界選手権女王のアンナちゃんだね。何の疑問もなく運命だと信じちゃったよ」陽向ちゃんがため息をついた。
「さあ、時間の無駄だ。BDを予約したガーメストへ案内し給え」アンナパパが来日以来、最も素晴らしい笑顔を見せながら言った。