「まあ、玄関先ではなんですから中へどうぞ」裕ちゃんが言った。
「失礼します」宗介がそのまま上がろうとした。
「わー待って待って」愛子が叫んだ。
「む、何だ女、うるさい・・・・・ボカ」愛子が宗介の頭をポカリと殴った。
「さっき、お姉さんって呼べって教えてあげたでしょう」愛子が憤然として言った。
「やっぱりさっき殴ってたんだな」陽太が言った。
「・・・・・もう、隠すのも面倒くさくなったんだな」康太が言った。
「ははは、宗介。日本の家では靴を履いたまま上がってはいけないのだ」パパが言った。
「そうなのでありますか?」
「うむ、だからちゃんと泥を落としてから上がるように」パパは自信満々と言った。
「それじゃ同じです。土足禁止ってのは泥靴禁止って意味じゃありません」愛子が言った。
「あの、靴を脱いでそこのスリッパをどうぞ」由美子が二人に諭すように言った。
その時リビングの方から大きな犬がのっそりと出てきた。
「あ、ケン。この子が今日から新しい兄弟分だからね」陽向が宗介の肩を捕まえて犬の方に向けた。犬はなぜかショックを受けた顔をして、リビングの方にスゴスゴと引き返していった。
「どうしたんだろう、ケン」陽向がけげんそうな顔で言った。
「もしかして新しい兄弟分ができたから自分が見捨てられると思ったんじゃないかな」愛子が言った。
「ああ、あの子意外と繊細だからね。」陽向がリビングに向かうと犬は隅の方で丸くなって拗ねていた。
「ねぇ、ケン。兄弟分っていってもケンがいらなくなるんじゃないんだよ。新しい弟ができたんだから、お兄ちゃんがそんな態度だとおかしいよ。弟をちゃんと教えてあげなきゃ」犬を撫でながら優しく言い聞かせていた。お兄ちゃんのところで耳がピクっとなり、スックリと立ち上がると再びリビングの入り口に向かい、宗介の前に立つと顔をクイっとリビングに向けて「ついて来い」と言わんばかりに先に立って歩きだした。
「やれやれ、世話が焼ける」陽向がやれやれという風に呟いた。
「あの、陽向ちゃん。ケルベロスと完全に会話できてるみたいなんだけど」
「うん、ケンの言いたいことは大体わかるよ」
「いや、何でケルベロスが陽向ちゃんの言うことを理解できているのかが不思議で。私がいうのもなんだけど、あの子あんまり頭がいい子じゃないんだけど」
「陽向が犬に近いんですよ」陽太が言った。
「・・・・・あいつは大概の動物と会話ができる」康太も同意した。
「そっ、そうなの。忍術って凄いわね」どうやら由美子は理解できないことは、全部忍術のせいにすることに決めたようだ。
「ちょっと待て、女・・・・・あ、いやヒナ姉。俺は犬より下なのか?」宗介が叫んだ。
「当たり前じゃん。一番の新入りで一番年下なんだから」陽向が当然のように言った。
「いくら何でも誇り高いスペツナズが犬より下の扱いで我慢できるか」
「あんたねぇ、甘えてるんじゃないわよ。我が土屋家には鉄の階級があるんだから」
「家庭に階級があるのか」
「序列と言ってもいいわ」
「ちなみにどんなのなのだ?」
「まず、一番がお母さん。次があたしでその次がお父さん。そして愛ちゃんに由美ちゃんにアンナちゃん。この辺は彼女になった順番だからほとんど差はないね」
「そんな豆知識いらん」
「そして陽兄、康兄、ケンと続いて最後が颯兄。あんたは一番最後ね」
「家族じゃない人間が半分近く混じっている上に犬まで混じっている。おまけに実の兄弟の序列が低くて長男が最低ってのはどういうことだ」
「大丈夫だよ。宗介は今は序列最下位だけど夕食の皿洗いのお手伝いをすれば颯兄の序列は抜けるから」
「その程度で抜けるって、お前の兄貴はどれだけ軽く見られているんだ?」
「うーん、颯兄の場合、今までの負債が大きいからねえ。あ、でもアンナちゃんと結婚したらケンの上になることにはなっているんだ」
「うちの姉さんをそんなことに使うんじゃない」
「しょうがないじゃない家は忍者の家系なんだから、序列は大事なんだよ」
「あれ本当なの」愛子が康太に尋ねた。
「・・・・・お袋はそう言っているが、ほとんどお袋の支配体制のために作った大嘘だ」康太が答えた。
「なんかどんどんカリーニン家に間違った日本像を植えつけているような気がするんだけど」愛子が心配そうに呟いた。