これが土屋家の日常   作:らじさ

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第20話

陽向が、精魂尽き果てた様子でフラフラとリビングに入ってきた。

「おお、陽向。肉じゃがの様子はどうだ」颯太が尋ねた。黙っているがリビングにいる全員の刺すような視線を感じる。

「まあ、少なくとも手順の一つ一つに間違いはないよ・・・・・」陽向は言葉を選びながら答えた。

「なんかよくわからんな。俺はちゃんと肉じゃがができたのかと聞いてるんだが」

「だから、あたしは調理の手順に間違いはないよって言ってるんだけど」

「・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・」

「・・・・・それはつまり手順に間違いがないからちゃんとできたと解釈していいのか」

「解釈は自由だけど、とにかく一つ一つの手順は正しかったの」

「・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・」

「・・・・・言ってる意味が全然わからんのだが、とりあえず肉じゃがはできたんだよな」

「愛ちゃんはそう主張してるね」

「全く理解できん説明しろ」

「簡単に言えば肉じゃが作る手順の中に、カレー作る手順が紛れこんでいたとしたら、手順そのものは正しくても別物になるでしょう。そういうことだよ」

「つまり失敗したと・・・・・」

「そこまでは言わないけど、少なくともあたしはあんな肉じゃがを見たことがないよ」

 

その時、台所から「できたよ~」の声がした。

「ついに来たか」颯太が言った。

一同がテーブルに着くと、愛子とアンナが皿に入った料理を運んできた。

「「「「「「「ごくっ」」」」」」」一同が唾を飲んだ。

「割と普通だな」Atsushiが言った。

「肉じゃがには見えんが」Gonが言った。

「何でスープの中に入ってるんだ?」Guuが言った。

「愛ちゃん、これなんて料理?」Youが尋ねた。

「肉じゃがです」一瞬のためらいもなく愛子が答えた。

「こんな肉じゃが初めて見たんだけど」颯太が言った。

「アンナちゃんが作ったので洋風肉じゃがですね」

「・・・・・何でも~風とつければいいもんじゃない」

 

「由美ちゃん、これって・・・・・」陽太が言った。

「ええ、多分」由美子が答えた。

「ねえ、愛ちゃん。これどうやって作ったの?」

「え?普通の肉じゃがの作り方ですよ。じゃがいも、ニンジン、玉ねぎと肉を切ってサラダ油で炒めて、そして日本酒がなかったので赤ワインを入れました」

「・・・・・その時点で肉じゃがの定義から、激しく逸脱していると思うのだが」

「同じアルコールだから誤差範囲だよ。で、ワインを煮詰めて味付けしようとしたら、醤油も味醂もなくて。味なしというわけにはいかないので、そこにあったデミグラスソースで煮込んだの。まあ、味が洋風だから洋風肉じゃがということで」

「・・・・・その何でも適当に手近なもので間に合わせるやり方が惨劇の原因だと思うのだが」

「あのね、愛ちゃん」由美子が言いにくそうに言った。

「なんですか、由美ちゃん」

「愛ちゃんが肉じゃがにこだわる意気込みは分かるんだけど、それはごく普通の「ビーフシチュー」の作り方よ」

「ビッ、ビーフシチュー?ボクそんなの作ったことないのに」愛子が驚いたように言った。

 

「・・・・・おい、愛子」康太が言った。

「なにさ、康太」愛子が答えた。

「・・・・・お前は肉じゃがの起源を知ってるか?」

「知らないけど、そんなのあるの」

「日本海軍の東郷提督を知ってるか?」

「日露戦争の日本海海戦でバルチック艦隊を破った人だよね」

「・・・・・その東郷提督がある基地の司令官だったときの話だ。若いころ留学したイギリスで食べたビーフシチューがどうしても食べたくなり、洋食などみたことも聞いたことない厨房の部下に、じゃがいもと、ニンジンと、玉ねぎと牛肉が入っていることだけ伝えてビーフシチューを作れと命令した」

「ほとんど、イジメレベルの命令だね」

「・・・・・ところがその部下も漢だった。「洋食」と言われたにも関わらず、醤油と味醂で味付けをするという開き直りを見せた。そうしてできたのが「肉じゃが」だ」

「ふーん、すごいね。で、それとボクと何の関係があるの?」

「・・・・・そのコックは、ビーフシチューから肉じゃがを作り上げた。なんでお前は、わざわざその針を逆に回して肉じゃがからビーフシチューを作るんだ」

「それボクすごいってことだよね」

「・・・・・ああ、確かにすごい運だな。日本酒の代わりに老酒や泡盛だったらとか、デミグラスソースの代わりにクレイビーソースだったりしたら目も当てられんところだ。目をつぶってバット振ったらボールに当たってホームラン級の奇跡が2つも続いている」

 

「うめえなこれ」Atsushiがガツガツとかきこむ。

「愛ちゃんの料理じゃないな」Guuが失礼なことを言う。

「愛ちゃんお代わりあるかな」Gonが言った。

「アンナちゃんも作ったんだよね」Youが言った。

「ハイ、アイコが指導してワタシが作りまシタ」

「これならいつでもお嫁にいけるよ」Youが無責任に言う。

 

「(どうする?)」陽太が言った。

「(一応普通のビーフシチューですね)」

「(遅延型の毒物が入っているかも知れん。陽向、調理過程の査察体制に問題はなかったか?)」

「(いくつか危ない場面はあったけど、未然に防いだよ)」

 

「あれ、皆さん食べないんですか?」愛子が言った。

「いやあ、いまからいただくところだよ」颯太が答えた

「「「「「いただきま~す」」」」」

 

 


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