「「「ただいま~」」」三人は食材の袋を両手に下げて玄関を開けた。
「おお、お帰り」リビングから颯太が出てきて出迎えた。ケルベロスの吠え声がしているところを見ると、四馬鹿がこりもせず脱走を謀ったのだろう。
「疲れただろう。ゆっくりするといい」
「何を言うのさ、颯太君。常在戦場、風林火山だよ。すぐに料理にかからなきゃ」愛子が力強く答えた。
「そっ、そうか。意味はわからんが意気込みだけは伝わってきた。まあ、頑張ってくれ。ところで陽向君、ちょっとこっちへ来てくれ」颯太は陽向を廊下の隅へ呼び出した。
「何なの、颯兄」陽向が聞いた。
「首尾はどうだった?」颯太が心配そうに尋ねた。
「危なく何の料理になるかわからなくなる危険は防いだよ」
「よくやった。じゃあ続けて調理の監視を頼む」
「え~、あたし買い物だけで精魂尽き果てたんだけど。材料はちゃんと買ってきたし問題ないんじゃないの?」陽向が不平を訴えた。
「バカ野郎。愛ちゃん料理の真の恐ろしさは調理にあるんだ。目を離したら最後、肉じゃが作っていたはずが、いつの間にか「あの」カレーが出来上がる危険性もあるんだぞ」
「あのカレーって、あたし愛ちゃんの作ったカレーなんて食べたことあったっけ?」陽向が不思議そうに尋ねた。
「そこら辺から記憶が飛んでいるのか。お前は愛ちゃんカレーを一口喰っちゃあぶっ倒れ、一口喰っちゃあぶっ倒れしてたんだよ」
「ああ、なんかかすかに覚えてるような気がする。そうか、あれは別の世界線の記憶じゃなかったんだね」
「そんなアホな記憶があるか。まぎれもなくこの世界での現実だ。しかもなお悪いことに・・・・・」颯太は言葉を切った。
「まだなんかあるの?」陽向がゴクリと唾を飲んだ。
「アンナの花嫁修業ということで、愛ちゃんがいつも以上に張り切っている。このままでは、料理を食ったらダイバージェンスメーターが1%の壁を超えてしまうかも知れん」
「凄い威力だね。たかが肉じゃがでβ世界線に戻っちゃうなんて」
「ああ、これまでのことが全部なかったことになるのだ。愛ちゃんや由美ちゃんは康太たちの彼女ではなく、アンナもいなくなる。お前は伊賀に逆戻りだ・・・・・冷静に考えたら俺に何のデメリットもないな。陽向君疲れただろうから、リビングでゆっくり休みたまえ」
「何言ってるのさ。今後絶対に現れることのない唯一無二の颯兄のお嫁さん候補のアンナちゃんもいなくなっちゃうんだよ。颯兄のためにも一生懸命調理を監視するよ」
「俺を心配してるふりをして、実はメチャクチャ貶めてないか?」
「そんなことないよ。疲れているけど颯兄のために頑張るよ」
「お前が俺のことをそこまで考えてくれていたとは、兄として感慨無量だ・・・・・で、本音は?」
「ユカりんやマコちんたちと毎日楽しくやってるのに、いまさら伊賀に帰るなんて冗談じゃないよ」
「清々しいほどのアホだな、お前は」颯太が呆れたように言った。
「とにかく、この鈴羽に任せて。第三次世界大戦はあたしが防いでみせる」陽向が拳を握りしめながら言った。
「誰が鈴羽だ。いくら愛ちゃんでも肉じゃがで世界大戦までは起こせないとおもうぞ・・・・・多分」
「自信はないんだね」
陽向は使命感に燃えて台所へと向かった。
「愛ちゃん、調子はどうかな?」
「あ、陽向ちゃん。今お野菜を洗い終えたところだよ」
「アイコ、ワタシは何スレばいいデスカ?」
「じゃ、アンナちゃんはじゃがいもの皮剥いてもらおうかな。手を切らないように気をつけてね」
「愛ちゃん、あたしも何か手伝おうか?」陽向が尋ねた。
「今日はアンナちゃんの花嫁修業だから、リビングでお茶でも飲んでてくれていいよ」
「そうしたいのは山々だけれど、1%の壁を超えないように見張ってないと・・・・・」
「何が1%だって?」
「いやぁ、何でもないよ、あはは」
「アウチッ」アンナが叫んだ。
「どうしたの、アンナちゃん」愛子が慌てて言った。
「包丁で指切っちゃいマシタ」
「だから言ったのに」陽向はそう言いながら、引き出しから絆創膏を取り出した。
「指出して・・・・・はい、これでいいよ。慌てないでいいからね、アンナちゃん。あんまり薄く剥かないで厚目に剥くといいんじゃないかな」
「わかりマシタ」アンナは答えるとまたじゃがいもの皮剥きを始めた。
「むけマシタ」アンナが誇らしげに言った。
「どれどれ・・・・・」
「ボクにも見せて・・・・・アンナちゃん、コレ何?」
「見ての通りじゃがいもデス」
「でもこれ直径1cmくらいしかないよ。確か元のは15cmくらいの大きめのじゃがいもだったのに」
「ヒナタが言う通りに手を切らないヨウニ、皮を厚目に剥きまシタネ」アンナは堂々と答えた。
「14cmも剥くってのは、皮じゃなくてほとんど本体だよ。手を切らない程度に薄く剥いてくれるかな」
「日本のじゃがいもの皮剥きは、難しいデスネ」
「いや、じゃがいもの皮剥きなんて世界共通だと思うんだけど・・・・・」陽向が呆れたように言った。