これが土屋家の日常   作:らじさ

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第16話

【アンナちゃんの花嫁修業 お料理編】

 

「いよいよ本番だよ、アンナちゃん」ピンクのエプロンを着た愛子が腕まくりせんばかりの勢いで言った。

「料理が本番なんデスカ?」割烹着を頑なに着続けるこだわりの少女アンナが言った。

「そうだよ。日本には「男は胃袋でつかめ」という諺があってね。胃袋を制するものは、幸せな結婚生活を制するんだよ」

「ワタシ、そんなに握力ないデスカラ、ショーコみたいなストマック・クローはできマセン」アンナが意気消沈して言った。

「何と勘違いしているのか想像もつかないけど、たぶんそれ違っているから。日本の男は「肉じゃが」さえ食わせておけば、パブロフの犬も裸足で逃げ出すくらいの条件反射で惚れ直すよ」

「肉じゃがデスカ」

「そう肉じゃが。だから今日は肉じゃがを作って颯太君に見直してもらうんだよ。フフフフ」

「ソウですか、フフフフ」

二人の少女の不気味な笑い声が台所に響きわたった。

 

リビングは葬式のような沈痛な沈黙が支配していた。

「アンナが花嫁修業をすると言い出した日からいつかは来ると覚悟はしていたが、ついに恐れていたこの日がやってきてしまった」颯太が立ち上がって演説をぶった。

「コクコク・・・・・」陽太と康太と陽向と由美子が頷いた。

「おい」

「だが、恐れるばかりでは勝利は望めん。我々も打って出ようではないか」

「コクコクコクコク・・・・・」

「なあ、おい」

「敵艦見ゆとの警報に接し、聯合艦隊は直に出動、之を撃滅せんとす。本日天気晴朗なれども波高し。皇国の興廃、この一戦に在り。各員一層奮励努力せよ。康太Z旗を揚げろ」

「・・・・・そんなものが一般家庭にあるわけない」

「おい、バカ」

「お前はさっきから何をうるさくしてるんだ、Atsushi」

「うるさくもなるわ。いきなり呼び出されて連合艦隊出撃の辞を聞かされて何をわかれというんだ、お前は」Atsushiの後ろで三馬鹿が頷いていた。

「ん?説明していなかったか?アンナが花嫁修業というはた迷惑な、いや愁傷なことを始めて、今日はそのメインイベントの料理修業の日だ」

「それと俺たちがここに呼ばれたのと何の関係があるんだ?」Guuが尋ねた。

「それは俺たちが食う分を少しでも減らそ・・・・・馬鹿を言ってもらっちゃ困るよ、Guu君。アンナはれっきとしたバンドメンバー008じゃないか」

「あの設定まだ生きていたのか?」Gonが言った。

「そのバンドメンが料理をするのだ。みんなで食ってやるのがチームワークというものではないのかね、諸君」

「そりゃまあ、そうかもしれんが」Youが渋々と言った。

「(・・・・・愛子がバンドメンバー009ということを完全に忘れているなこの連中は)」

「(昔から都合の悪いことはすぐ忘れる連中だったから)」康太と陽太が小さな声でささやきあった。

「まっ、まあアンナちゃんだし」Atsuhiが言った。

「致命傷にはならんだろう」Gonも同意した。

「変な材料さえ入れなければいいわけだからな」Guuが言う。

「せっかくの家庭料理だしな」とYouも諦めたように言った。

「とてもこれから食事をいただく人たちのセリフとは思えないわね」由美子が呆れたように言った。

 

「ところで陽向、あの黒いでかい犬はなんだ?」とAtsuhiが聞いた。

「由美ちゃんとこの犬でね、ケルベロスっていうの」

「で、なんでその犬がドアのところに立ちはだかって番のようなことをしてるんだ?」

「ん~、ちょっと大事な事をまだ話してないからかな」

「大事な事?」Gonが聞いた。

「なんか嫌な予感がしてきたんだが。聞かない方がいいような気がする」Guuが言った。

「今日のアンナちゃんの料理は「肉じゃが」です」

「和食か、アンナちゃんも頑張っているじゃないか。それが大事な事なのか?」Youが言った。

「別に隠すほどの話じゃねぇよな?」Guuが不思議そうに言った。

「なぜだ、胸騒ぎがどんどん大きくなっていく・・・・・」Gonが訴える。

「お前、何かもっと大切な事を隠してないか?」Atsushiが言った。

「いやぁ、そんなに大したことじゃないよ。アンナちゃんは和食作りは初めてなのです」

「そりゃ、そうだろうなあ」

「まあ、多少マズくてもしょうがないということか」

「ロシア人だしな」

「そんなこと心配してたのか。バカだなあ俺たちの心は海よりも広いぞ。そんなこと気にするもんか」四馬鹿がホッとした様子で言った。

「ですから本日の料理指導を愛ちゃんが・・・・・」

「「「「ガタン」」」」四人が一斉に立ち上がった。

「タン」、「タン」、「タン」、「タン」その瞬間、陽向が投げた苦無が四馬鹿の足元に突き刺さった。

「グルルルル」ケルベロスが顔をあげて牙をむいた。

「逃げられると思ってるのか。お前たちにはバンドメンバーとしての義務を果たしてもらうぞ」

「何が義務だ。てめえ俺たちを巻き添えにするためにわざわざ呼び出しやがったな」Atsushiが叫ぶ。

「バンドと愛ちゃんの料理を食べることと何の関係があるんだ」Gonが言った。

「俺、じいちゃんの遺言で肉じゃが食っちゃいけないって言われてるんだ」Guuが訴える。

「お前のじいさんは、一体いくつ遺言残してんだ?ついでに言えば昨日商店街で会って挨拶したぞ」颯太が言った。

「皆さん、お忙しいようだから僕はこれで失礼するよ」Youがそーっとドアに向かうとケルベロスに激しく吠え付かれた。

「陽向、この犬を止めろ」Youが懇願した。

「勝手に逃げようとするからだよ。それ以上進んだら喉笛喰いちぎられるよ」

「なんでたかが肉じゃがのせいで犬に食い殺されんとならんのだ」泣きそうな顔でYouが言った。

「まあ、犬に喉笛喰いちぎられたら100%死ぬが、愛ちゃんの料理なら万が一愛ちゃんの料理の手元が狂った時に生き延びられる可能性はかすかにでてくる」颯太が悠々と言った。

「なんでそんなDead or Deathみたいな危険な橋を渡らにゃならんのだ」Atsushiが叫んだ。

「ふふふ、あきらめなよ篤兄。あたしたちは一蓮托生、喜びも悲しみも幾年月だよ」

「陽向、お前ものすごく極悪な顔してる上に、何を言ってるのか全然わからん」

「どうせあたしたちは逃げられないんだから、それだったら兄たちも逃がさないよ」

陽向もやはり土屋家の人間なのであった。

 


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