これが土屋家の日常   作:らじさ

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第15話

「で、結局じいちゃんは、うちのおじいちゃんとどういう関係だったのさ」陽向が尋ねた。

「ワシは正蔵の道場に二ヶ月世話になった。力量がほぼ互角ということもあったが、それ以上に正蔵とは気があってな。修業が終わったら二人でよく街まで飲みに出かけたもんじゃ」

「恨みの部分を早く話してよ」

「慌てるな小娘。「最初からクライマックス」なぞとは、人の心の機微を知らん改造人間のセリフじゃ」

「年寄りのくせに変なところを押さえてるんだね」愛子が言った。

「それはともかくワシらは、いつも二人で楽しく飲んでおった。ところが正蔵はそんなワシの友情を裏切るような天をも恐れぬ振る舞いをしでかしおったのじゃ」

「人の恨みごとってイマイチ感情移入できないんだよね。しかも50年前の話って言われてもなぁ・・・・」陽向が言った。

「その夜も二人で飲みにいった時に、とてもビュチホーなギャルがおっての」

「50年前にビュチホーだのギャルだのって・・・・・新しいんだか古いんだか」愛子が呆れたように言った。

「ワシがその子をナンパしてしばらく一緒に飲んでおったのじゃ。そしてワシがトイレに行って帰ってくると正蔵とギャルの姿が消えておった・・・・・ウウウッ。今でも思いだすと悔し涙が流れてくるわい」老人の目には確かに涙が浮かんでいた。

「(なんかよくわからなかったけど、要するに自分がナンパした女の子をおじいちゃんに横取りされたのを恨んでいるってことでいいのかな?)」陽向が首をかしげながら言った。

「(始まりが壮大だった割には、オチがセコイ恨みだね)」愛子が言った。

「(よくもまあその程度の恨みを50年以上も持ち続けられているわよね)」由美子も呆れたように言った。

「そういう訳でな。土屋正蔵が不倶戴天の仇であることは理解できたじゃろう。それに伴ってそこの小娘も自動的に仇となると・・・・・ドリャ」老人は座った姿勢から陽向の方向に体を滑らせて蹴りを放った。陽向も正座の体勢から飛び上がって蹴りを避けた。

「だから危ないってばさ、じいちゃん」

「ええぃ、いさぎよく立ち会わんか」

「不意打ちばっかりしているクセにどの口が言うかなぁ?」愛子が呆れたように言った。

「奇襲攻撃は戦闘の基本デスネ」アンナが言った。

 

「わかったよ。とりあえずおじいちゃんに仇取れればいいんだね」陽向が言った。

「そうじゃ、それでこそワシの50年来の恨みが晴れるというもの・・・・・」

「まったく手間がかかる・・・・・ブツブツ」陽向はそう言いながら懐から携帯電話を取り出して何処かへかけた。

「もしもし。あ、おばあちゃん?おじいちゃんいる?えっ、寄り合い。しかたないなぁ、じゃあおばあちゃんでいいや。あのさ50年位前に家に2ヶ月くらい居候していた三宮隆一郎って人覚えてる?え、覚えてるんだ。はっ?汚い格好で家の前で行き倒れになっていた?その後2ヶ月も家に居候しておじいちゃんと毎晩飲み歩いていた?」

「(由美ちゃん、だいぶおじいさんの話と違うね)」愛子が言った。

「(都合の悪いところは抜け落ちて、いい部分だけ残っていたみたいね)」由美子が答えた。

「え、ありゃロクなもんじゃねぇから会っても近寄るなって。いや向うから勝手に近寄ってきてね。おじいちゃんに恨みがあるからあたしで晴らすって言ってるんだけど。え、新婚家庭に2ヶ月も居候して旦那を毎晩飲みに連れ歩いていた奴がなんの恨みだって?あたしに怒られても困るよ」

「(おじいさんの居場所教えたら、陽向ちゃんのおばあちゃんが50年前の恨み晴らしに乗り込んできそうなことやってるね)」愛子が感心したように言った。

「(お祖父様ったら、一体何をなさっていたのかしら)」心なしか由美子の目に静かな怒りの炎が灯ったような気がした。

「そう。で、その恨みってのが三宮さんがナンパした女の子をおじいちゃんが横取りして消えた・・・・・ちょっ、ちょっとおばあちゃん、落ち着いて。50年以上前の話だから、いまさらそれ問題にしてもおじいちゃん自身覚えてないと思うよ。え、乙女の純情は時を超越するって?さすがにその歳で乙女なんて言ったらJAROが黙っちゃいないんじゃないかな、おばあちゃん」

ここで陽向が電話から耳を外して老人に言った。

「あのね、おばあちゃんが一週間コース、一ヶ月コース、一年コースのどれがいいかって」

「なんの話じゃ?」

「よく分からないけど入院コースとか言ってたよ」

「まあ、手頃なところで一ヶ月コースにしておこうかの」

「わかった」そう言うと陽向は再び電話に向かって話しだした。

「そう、一ヶ月コースでいいって。入院っておじいちゃんどこか体悪いの?え、これから悪くなる予定?よくわからないけど大事にしてねって言っておいて、じゃあ」陽向は電話を切った。

 

「これでいいでしょう、じいちゃん。仇はおばあちゃんが取ってくれるって」

「ふむ、いいと言えばいいんじゃが・・・・・やはりこの手で仇を討たねば納得できん、覚悟・・・・・グワッ」老人が陽向ちゃんに飛びかかろうとしたところに脳天に由美子の手刀が決まった。

「わっ、じいちゃんが倒れた」

「由美ちゃん、仮にもおじいさんで師範なのに大丈夫?」

「いいのよ。これくらいしないとわからないわ」由美子は微笑みながら言ったが目が全く笑っていなかった。

「アノ、大丈夫デスカ?」アンナが近寄って老人に声をかけた。

「もう・・駄目かもし・・・れん。せめて最期は、その胸の中で・・・・・ギャ」とアンナに飛びかかろうとしたところに、由美子の踵落としが脳天に決まった。

「あらあら、大変。お祖父さまが貧血をおこしちゃったわ。休ませなくちゃ」由美子が棒読みでセリフを言うと、片足を持って奥の部屋に引きずっていった。

 

「ああいうのも貧血っていうの?」陽向が言った。

「白目むいてたよね」愛子が答えた。

「アンディ・フグ並みの踵落としだったデスネ」

しばらくすると奥の部屋から由美子の説教する声が聞こえてきた。

 

この日、アンナが覚えた忍術は縛道だけであった。

 


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