「とりあえず生け花する前に、お茶でも飲みましょう」由美ちゃんがそう提案した。
「あ、由美ちゃん。もしかして今日は龍君いるのかな。久しぶりに挨拶したいんだけど」愛子が言った。
「えっ、ええ。部屋にいると思うんだけど。特に挨拶なんていらないんじゃないかしら」由美ちゃんの顔が心なしか強張りながら言った。
「何言っているのさ。この間はボクとアンナちゃんの料理をたくさん食べてくれてお礼を言う間もなく五馬鹿に紛れちゃってウヤムヤになっちゃったから、ちゃんとお礼したいんだ」
「そっ、そうなの。あまりお勧めしないけど。兄さんは部屋にいると思うわ」
「だから纏わりつくなって言ってるの、このバカ犬」
黒い大きな犬は払いのける陽向が遊んでくれているとでも思っているのか、嬉しそうに陽向に飛びかかっては投げられていた。
「あっ、あの陽向ちゃん、お手柔らかにね。それとバカ犬じゃなくてケルベロスと呼んでくれると嬉しいんだけど」由美ちゃんが恐る恐る言った。
「あ、そうかゴメンね。ケルベロスって長ったらしいからケンでいい?」
「ワン!!」ケルベロスは嬉しそうに尻尾を振った。
「ケン、あんたそんなにあたしが好きなの」
「ワン!!」
「あたしの舎弟になりたいわけ??」
「ワンワン!!」
「犬は苦手だけど、由美ちゃん家の飼い犬だし舎弟にしてあげてもいいよ。そのかわりあたしの言うことは絶対服従だよ」
「ワン!!」ケンは嬉しそうに尻尾を振った。
「何か会話が成立しているみたいだね」愛子が言った。
「こんなに賢い子だったかしら?」由美子が不思議そうに言った。
「ふふふ、みんな伊賀忍者を舐めてもらっちゃ困るなぁ。動物と会話をするのも忍術のひとつだよ」
「ホントですカ、ヒナタ」
「疑うんならもっと見せてあげるよ。ケン「2-1」は?」
「ワン!!」
「ほらね」陽向が自慢げに言った。
「いや、ほらねって陽向ちゃんそれは・・・・・」
「疑い深いなあ、愛ちゃん。じゃ、ケン「1×1」は?」
「ワン!!」
「今度は2桁だから難しいよ。「15-14」は?」
「ワン!!」
「次は掛け算も入れるよ。「3×3-8」は?」
「ワン!!」
「ほらね。凄いでしょう」得意げな様子の陽向とケルベロスだった。
「会話が成り立っているとか以前に、それを犬と即興でできたのがスゴいよね」
「昭和の香りがするコントだったわね」由美子が感心したように言った。
「じゃ、そろそろ龍君に挨拶に行こうか」愛子が言った。
「本当に行くの?止めるなら今のうちよ」由美子が気が進まない様子で行った。
「何を言っているのさ、由美ちゃん。親しき仲にも礼儀ありだよ」
由美子は説得を諦めたのか、先に立って歩きだし二階の一室の前で立ち止まってドアをノックした。
「兄さん、由美子だけど」
「ん、どうした?」
「愛ちゃんたちが来ているの、挨拶したいんですって」
「ああ、鍵は開いているから入ってくれ」
「失礼しま~す。龍君お久しぶり・・・で・・・・・す」愛子たちは声を失った。部屋中いっぱいにロボットのプラモデルが飾られていたのだ。
「(由美ちゃん。龍君って三宮グループの後継者で、一部上場企業の副社長だよね。この部屋なに?)」
「(そうなの、だからガンガムの趣味はずっと隠していたんだけど、この間お兄さんたちと会ってから弾けちゃって。今や部屋中にプラモを飾っているわ。リビングにも飾ろうとしたんだけど、私が断固阻止したの)」
「(だから五馬鹿なんかと付き合うのはよせって言ったのに)」
「ん、どうした愛ちゃん。何をゴショゴショとやっているのかな」龍一郎が快活に言った。
「えっ、いや何でもないです。それにしても凄いコレクションですね」
「あっ、愛ちゃん、ダメ」由美子が小さく叫んだ。
「えっ?」と愛子が振り返った時には、龍一郎に腕をガッシリと掴まれていた。
「ははは、愛ちゃんもガンガムが好きなのか。じゃ、僕の自慢のコレクションを見てもらおうかな」といいながら部屋の中に引きずり込んだ。
「えっえっ。いや、それほど興味があるというわけでは・・・・・」
「ははは、遠慮することはないよ。やっぱり一番にこれを見てもらわないとな。これが全てのガンガムの母ともいうべき、アムロ・ライが乗っていたファースト・ガンガムだ。僕はこれを超えるガンガムはないと思ってるんだ。そりゃ、後期のガンガムは装備は上かも知れないけど、やはり原型の良さが・・・・・・」龍一郎は水を得た魚のように生き生きと説明を始めた。
「たっ、たすけて・・・・・」ドアの方を見ると、さっきまでそこにいたはずの3人と1匹の姿はどこにもなかった。
龍一郎の説明は以後1時間にも渡って熱く行われた。
一時間後、愛子はフラフラになりながら一階のリビングに現れた。
「みんな酷いよ。ボクを見捨てて・・・・・」
「だから挨拶なんか行かない方がいいって止めたのよ」由美子が言った。
「愛ちゃんがプラモを誉めた瞬間に、ケンがあたしの服の裾引っ張って下に連れていったんだよ」と陽向。
「ガンガムの話が出た瞬間に、いきなり部屋の中の霊圧が高まったノデ避難しまシタネ」とアンナ。
なるほどと一瞬思ったが、結局はこの娘たちは自分だけ助かろうとしたのではないかと愛子は思った。
「でも愛ちゃんなんかまだいいわよ。私なんてガンガムシリーズの全てのストーリーを説明できるほど話聞かされているんだから。そんなアニメなんか一度も見たことないのに」由美子がプンスカと怒っている。
「できれば家庭の問題は、家庭内で処理してくれるとありがたいんですけど」愛子が疲れ果てた様子で言った。
「なんにせよ、龍君をこれ以上五馬鹿に接触させないで下さい。挨拶するたびにあれじゃ身が持ちません」愛子が力強く宣言した。