「ところで愛ちゃん、花嫁修業って何をやればいいのかしら」由美子が尋ねた。
「・・・・・そりゃあ新妻がやるようなことをやればいいんじゃないですか」愛子が考えながら答えた。
「アイコ、新妻がやるようなコトってなんデスカ?」アンナが聞いた。
「・・・・・・・・・・」
「なんで顔が赤くなってるの、愛ちゃん?」陽向が不思議そうに尋ねた。
「・・・・・なっ、なんでもないよ」愛子が顔を赤くしながら答えた。
「まあ普通に考えると、料理、洗濯、掃除ということになるのかしら」由美子が首をかしげながら言った。
「でも由美ちゃん、それって日本とロシアでそんなにやり方違うもんなのかな?」陽向が尋ねた。
「それもそうねぇ・・・・・」由美子が考え込んだ。
「まあ、それなりに違うところがあるかも知れないし、アンナちゃんも結婚して日本に住むんだから日本式のやり方を覚えておいても損はないと思いますよ」愛子が言った。
「もうお兄さんと結婚するってことは確定事項なのね・・・」
「えっ、だってアンナちゃんは最初からそのつもりだし、裕ちゃんだって大賛成で「早く孫の顔が見たいわ」なんて言ってますよ」しきりに頷くアンナを見ながら愛子が言った。
「いえ、お兄さんのことを言ってるんだけど・・・・・」
「颯兄に発言権なんてないんだよ、由美ちゃん。だから颯兄の意見なんて、関係ないの」陽向があっけらかんと言った。
「自分の結婚なのに、テレビのチャンネル権なみに発言権がないのね」由美子が感心したように言った。
「まあ、この先アンナちゃん以上の女の子が現れることはまずないでしょうから、この際颯太君の意志はどうあれ、アンナちゃんで手を打ってもらう方が本人のためにもなるんじゃないでしょうか」愛子も無責任に同調する。
「そうねえ。お兄さんだってアンナちゃんのこと好きなんだし、アンナちゃんに協力するのが一番なのかもね」深く考えるのがバカバカしくなったのか由美子も賛成した。
「え、颯太君ってアンナちゃんのこと好きだったんですか?」愛子が今更のように驚いて言った。
「そりゃあそうよ。そうでなきゃあんなに息の合った会話はできないわ」
「あれは単にアンナちゃんの天然大ボケにツッコまずにはいられないだけじゃ?・・・・・」
「まあ、でも颯兄があれだけ遠慮無くツッコめる女の子はアンナちゃんしかいないよね。普通の女の人とだったら、そもそも会話が成り立たないから」陽向が言った。
「ワタシが大ボケとは、一体なんの話ですカ?」アンナが不思議そうに尋ねた。
「「「自覚なかったんかい!!」」」三人が綺麗なユニゾンでツッコんだ。
「まっまあ、それはともかく花嫁修業だけどボクたちが、それぞれ得意なものを教えるということでいいんじゃないかな」愛子がその場をゴマかすように言った。
「そうね。わたしが教えられるものと言ったらお花とお茶かしら」由美子も協力するように言った。
「さすがに由美ちゃんはお嬢様だね。ちゃんと花嫁修業してるんだ」
「そんなんじゃないのよ。家の付き合いでそういう場に出ることもあるからしかたなくなの」
「あれ?愛ちゃん。お茶だったらあたしもできるよ」陽向がこともなげに言った
「えっ、陽向ちゃんも?もしかして茶道って日本の一般家庭では普通に教わるもんなの?」愛子が動揺したように言った。
「よその家は知らないけど、伊賀にいた時におばあちゃんから教わったの。土屋家は伊賀忍者の頭領だから、そういうことも知っておく必要があるんだって」
「なんか忍者も大変なんだね。それはそうと由美ちゃんがお花にお茶かぁ。じゃボクは・・・・・お掃除とお料理を教えよう」
「「えっ?」」由美子と陽向が同時に叫んだ。
「(どうするの、由美ちゃん。アンナちゃんの料理に愛ちゃんの料理が加わったら、ほとんど生物兵器だよ。なんとかしてよ)」愛子をみるとしきりに「それがいい」とばかりに頷いていた。なぜかこの少女は自分の料理の腕に絶大な自信があるようだった。
「(なっなんとかしてって言われても、わたしはお菓子は作れるけど普通の料理はほとんどやったことがないのよ。陽向ちゃんはどうなの?)」
「(あたしが教えられる料理って、携帯食料の丸薬とか蛇やカエルの調理法とか、ある意味アンナちゃんにはピッタリかも知れないけど、新婚家庭の食卓に出したら1日で離婚されちゃうようなものばっかりで・・・・・)」
「あっあの、二人でなにを話し合ってるのかな?」愛子が不審げに尋ねた。
「あっ、なっなんでもないの。愛ちゃん、お料理だったらわたしが教えましょうか?」由美子がオズオズと申し出た。
「えっ、由美ちゃん。お料理もできるの?」
「できるってわけじゃないんだけど、うちの母から習ってそれからアンナちゃんに・・・・・」
「なあんだ、それならボクが直接教えた方が早いよ。ボクなら大丈夫だから」由美子は「そういう意味ではないのだ」という言葉をぐっと飲み込んだ。
「由美ちゃんが、お花とお茶。ボクがお掃除とお料理。陽向ちゃんは、何を教えるの」
「えっ、あたしも教えるの?」陽向がビックリしたように言った。
「そうだよ。こういうのはみんなでやらなくちゃ」愛子はすっかり使命感に燃えているようである。
「・・・・・でも、あたし別に教えられることなんて・・・・・えーっと、そうだ忍術を教えるよ」
「それって花嫁修業に必要なことなの?」
「よその家ならいざしらず、土屋家は伊賀忍者の頭領の家だからね。今は一応あたしが継ぐってことになってるけど、あたしに何かあったら本来の跡継ぎである颯兄が継ぐんだから、知っておく必要はあるでしょう」
「なるほど、じゃ陽向ちゃんは忍術を教えるっと。よしこれでアンナちゃんの花嫁修業は完璧だね」愛子が上機嫌で宣言した。
「ありがとうございマス、ミンナ」アンナも嬉しそうに言った。
由美子と陽向の顔は暗かった。