それから何日かたった。
あの日のことをムッツリーニが口に出すことはなかったし、僕らも何も聞かなかった。ただ、結果として工藤さんがあの日以来Fクラスに姿を見せることはなくなった。その他にはFクラスに、屋上で工藤さんのスカート捲り攻撃を受けた連中を中心として「工藤さんファンクラブ」が結成されたこと。こいつらは将来絶対に高い絵を買わされるはめになるだろう。僕たちのムッツリーニへの気の使い方は半端じゃなかった。自分たちの中でも話題に出さないことはもちろん教室でも
「昨日の工藤の先発が・・・・・」と言った奴を雄二が張り倒し、
「スバルの駆動輪が・・・・・・・」と言った奴は、美波がコブラツイストで黙らせた。
ムッツリーニはそういう僕たちの苦労を知っているのかいないのか、いつもと変わらぬマイペースだった。
一度だけ教室移動の時に、優子さんと歩いてくる工藤さんとすれちがったことがあった。かなり気まずい雰囲気になるのかと覚悟していたが、ムッツリーニも工藤さんも普通の態度だった。一瞬、工藤さんがチラっとムッツリーニを見たような気がしたが心なしか微笑んでいたようだったのは気のせいだろうか?
それから更に1週間ほどしてみんなでムッツリーニの家に集まった。撮影会の時にみんなで写した写真ができあがったというので鑑賞会をすることにしたのだ。かなりの数の写真があったのでみんなでワイワイと盛り上がっていた。雄二が何かに気がついてムッツリーニに尋ねた。
「おい、ムッツリーニ。この写真ってなんで工藤の写真が一枚もないんだ?あんなに撮ってただろう」
空気が凍りついた。相変わらず恐ろしい男だ雄二。みんな気がついているのに気をつかって触れなかった話題をえぐり出してくる。
「・・・・・全部、工藤愛子に送った。俺が持っていてもしょうがない」
「そうか・・・・・」
霧島さんを連れてくるんだった。雄二を放し飼いにしていてはいけないというのを忘れていた。話題を変えよう。
「そういえば、僕が最後に撮ったムッツリーニの写真もなかったね」
「・・・・・ピントが悪かったので処分した」
「オートフォーカスだよね、あのカメラ?」
「・・・・・不思議なこともある」
「まあ、捨てちゃったんならしょうがないけど」
「・・・・・何か飲み物を持ってくる。おとなしくしていてくれ」
と言ってムッツリーニが階下へ降りていった。
「おとなしくしろということは・・・・・」
「何か見られては困るものがあるということじゃのう」
「エロ本をあいつは読めないし、何があるというんだ」
「じゃ、とりあえず家捜しを・・・・・」
ご期待には応えねばならない。ぼくらはさっそく家捜しを始めた。とは言っても普通の高校生がお宝にしているようなものはムッツリーニは触れることもできないので探す範囲は限られている。
「ないなあ」
「なにかありそうな口ぶりじゃったのじゃが」
「だいたいあいつのお宝というのが想像できん」
ふと、机に目をやってみると机の右端にペン立てで隠すように裏返された写真立てがあった。何で写真立てを裏返してあるんだろうと、僕は何気なく手にとって表に返してみた。
「あっ」
「どうしたのじゃ明久」
「何かあったのか明久」
「大丈夫ですか明久君」
「アキ何なのよ」
みんなが一斉に尋ねてくる。僕は黙って写真立てをみんなに見せた。そこには、競泳用水着姿のショートカットの女の子が泣き笑いの顔で写っていた。
「「「「「あっ」」」」」
その時に階段から音がしたので、僕は慌てて写真立てを元に戻し、みんなは自分の席に戻った。
「・・・・・飲み物を持ってきた・・・・・何かあったのか」
「いや、別に何もないけどさ。水着姿っていいよなぁムッツリーニ」
「・・・・・白いビキニはいいと思う」
「いやいや、競泳用水着なんて最高じゃねえか?」
「・・・・・あまり好みじゃない」
「ふーん、そう。でも女の子はショートカットが一番だよね」
「・・・・・ロングの方が色気がある」
「ほほう、でも泣き笑い顔なぞそそるのう」
「・・・・・被写体としては笑顔でないと困る」
一から十まで好みと違う女の子の写真を写真立てに入れて飾ってあるというのはどういうものだろうか。
「ちょっと、あんたたち止めなさい。また翔子に怒られるわよ」
「そうです。人の恋路を邪魔する奴はといいます。これ以上何か言い出さないうちにお邪魔しましょう」
「・・・・・恋路というのがよくわからないが」
「いいんです。土屋君お邪魔しました」
僕たちは姫路さんと美波に首ねっこをつままれるようにして外に追い出された。
「もう、あの二人はデリケートなんだから外野から口を挟んじゃいけないんですよ」
「翔子も言ってたじゃない。とにかく見守ってやればいいんだからね。わかった」
まあ、二人がうまくいって欲しいのは僕たちも同じ気持ちだ。僕たちはムッツリーニ家を後にした。
机の前の椅子の上にあぐらで座り、腕で抱き枕を抱きしめながら机の上の写真立てに入った写真を眺めるのが、このところの少女の習慣だった。
「うへへへ」顔がにやけてくるのにも構わず飽きずにずっと写真を眺めている。
自分の部屋なので誰もいないのは分かっていたが、念のために周囲を見渡して確認すると、顔を真っ赤にして目を閉じ、唇を少しとがらせて少しずつ写真に近づけていった。
写真まであと1cmのところで唇が止まるとしばらく固まり「だめだあキャア」と言ってベットに飛び込んで転げ回るのも毎日のことだった。
吉井明久はベッドに横になっていた。友人が大切に持っていた今日の写真は彼に取っても衝撃だった。友人とともに過ごした日々が頭に浮かぶ。FFF団での容赦のない追求、試召戦争での裏切り・・・・・Etc.。その友人に彼女ができたのである。何かをしてやりたいが、彼にできることは限られている。
「僕にできることはこれくらいしかないけど」彼は机の上の携帯を手に取ると番号をプッシュした。
「・・・・・あ、もしもし須川君。明日ムッツリーニの家に行って机の右端の写真立てを見てみるといいよ。じゃ」
よし、心の憂いはなくなった。これでゆっくり眠れそうだ。