「ぐおぉぉぉ~、最後の手段の神頼みがあぁぁ~」颯太が慟哭した。
「もうダメだぁ、俺たちはこの小汚い家で死ぬんだ」と全員が喚き出した。
「いったいあんた達はさっきからなにを騒いでいるのよ」Yukiが言った。
「小汚いは余計だ。やい、Yuki。俺たちに取ってはキリストの奇跡だけが希望だったんだぞ」
「また、随分大掛かりな話になったけど、一体何の話よ」
「いいか、イエス・キリストは水をワインに変え、石をパンに変えるという秘蹟を見せたんだ。それに比べりゃ愛ちゃんのカレーを食べ物に変えることくらい朝飯前だろうが。それを願って食前の祈りに最後の望みをかけてたんだ」颯太が言った。
「さりげなく愛ちゃんのカレーを食べ物の範疇から外しているわね、あんたは。じゃ愛ちゃんのカレーは一体何なのよ」
「名伏せ難くして禍々しき、冒涜的かつ病的な混沌とした何かだ」
「クトゥール神話まで持ち出さないと表現できないものなのね」
「SAN値が一発で0だ」
「下げんでいいわよ、そんなの」
「ふふふ、お前が余裕を見せていられるのも今のうちだけだ。愛ちゃんのカレーの恐ろしさは食べてみればわかる。スカウターで見れば戦闘力はOver 9000だ」
「スーパーサイヤ人レベルね。じゃ、アンナちゃんの料理はどうなのよ」
「アンナはまだそれほどではない。愛ちゃんの料理を濃硫酸とすれば、アンナの料理は濃硝酸くらいだ」
「一緒にしたら王水ができるじゃないの」
「なんでも溶かせるな」陽太が言った。
「・・・・・想像以上の危険物だったわけだな」
それを聞いていた四馬鹿が言った。
「愛ちゃん、今まで隠してたけど実はおれはイスラム教徒で今断食中なんだ」Atsushiが言った。
「断食≪ラマダーン≫って日中だけで夜はたっぷり食べていいんですよ。イスラム教徒の癖にそんなことも知らないんですか?」愛子は冷たい目をして言った。
「じゃ、今から食前のお祈りを・・・・・」
「却下です」
「愛ちゃん、俺はゾロアスター教徒で・・・・・」Gonが言った。
「うるさ~い、却下、却下、却下・・・・・ゼエゼエ」
「兄たち、往生際悪すぎ」陽向が呆れた様子で言った。
その時、家の外から「ブルルルルルルルルルゥ~」という爆音が近づいてきた。
「なっなんだ」
「ジェット機でも落ちてきたんじゃないか?」
「というか、この家に近づいてきてないか?」
「しめた、いや危ないからすぐに避難しよう」
四馬鹿が大騒ぎをしていた。
「颯兄、この音って・・・・・」陽向が颯太に向かって言った。
「この音、聞いたことありますね」愛子も言った。
「ああ、間違いない。フェラーリの音だ」颯太がそういうと、みんなの視線が一斉に陽太に集まった。
陽太は床の一点を見つめて何かを決意したような顔をしていた。
爆音は土屋家の前まで来ると急に止んだ。
そして運命のチャイムが鳴った。「ピンポ~ン」
「ごくり」全員が唾を飲んだ。意味は分かってないが付き合いで唾を飲む四馬鹿。
「陽向君、出たまえ」颯太が言う。
「え~なんで、あたしが?」抗議する陽向。
「陽太を出すわけにはいかんだろう。とっとと行ってこい」と無理やり押し出した。
「は~い」と言って陽向は仕方なくドアを開けた。そこにはケーキの箱を持った由美子とスーツを着た大柄な男性が立っていた。
「やっ、やあ由美ちゃん。遅かったね。もうみんな来てるよ。ちょっ、ちょっと待ってて」強張った声で陽向はそう言うと、リビングに駆け戻った。
「大変、大変。由美ちゃんが新しい彼氏連れて、陽兄に引導渡しに来たよ」と告げた。陽太の顔が青ざめた。
「ダメだよ、陽向ちゃん。こういうデリケートな話題の時は言葉を選ばないと」愛子が言った。
「え~、じゃあどう言えばいいのさ、愛ちゃん」
「そうだなぁ、例えば「由美ちゃんが陽太君に新しい彼氏を紹介しに来た」とか」陽太の顔がさらに青ざめた。
「本質的に変わりなくない?」
「俺が出る」陽太が言った。
「おい、大丈夫か、陽太」颯太が言った。
「大丈夫。最後ぐらいカッコよく決めてみせるさ」
「なんかいいセリフみたいですけど、すでに諦めてるってことですよね、あれ」愛子が言った。
陽太が玄関に向かった。
「遅くなってごめんなさい、陽太君」
「由美ちゃん!」
「はっ、はい」陽太の勢いに押されて由美子が返事をした。
「君と一緒にいれて今まで楽しかったよ」
「いきなりどうしたの?」
「君は僕には過ぎた女性だった」
「そんなことはないと思うけど・・・」
「だからこんな日がくるかも知れないと心のどこかで思っていた」
「ごめんなさい。ちょっと話が見えないんだけど・・・・・」
「僕はいつも君の幸せを願っている」
「それはとてもありがたいんだけど・・・・・」
「だから君がその男性を選ぶというのなら・・・・・」
「男性?あら、ごめんなさい。紹介するのを忘れてたわ。こちらは兄です」
「そう、君が僕よりお兄さんの方がいいと言うのなら・・・・・僕は喜んで・・・・・・・・おっお兄さん?」
「初めまして。いつも由美子がお世話になってます。兄の三宮龍一郎です」大柄な男性が爽やかに微笑んだ。
「お兄さんと言うと同じ両親を親に持つ年上の男性?」
「ずいぶん回りくどい言い方だけど、その通りね」
「由美ちゃんのお兄さん?」
「他人の兄を紹介してどうするのよ」
「つまり、お兄さん?」
「そう、兄の龍一郎」
陽太の力がへなへなと抜けて床に座り込んだ。