「で、結局一日動き回って得られたのがあれだけか」颯太は顎でソファーに倒れこんでいる陽太を指した。
「・・・・・結局、何もわからなかった」
「陽太君の液状化が激しくなっただけですね」
「ユミコのデートを見学しただけでシタね」
「あれをデートと言っていいのか本当に?」
「男女が一緒に出かければデートですネ」
「うむ、実にお前らしい大雑把な定義だ」
「でもさ、陽兄に勝ち目ないよね。相手は大金持ちだし」
「みんなが遠慮して口にするのをためらっていた事実を何のためらいもなくエグリ出すなお前は」
「だって、現実問題みんなはどう思うのさ」
「「「「・・・・・」」」」一同の目が陽太に注がれた。
「こうなったらしょうがない。俺たちにできることはただ一つだ」颯太が宣言するように言った。
「由美ちゃんに確かめるんですね?」愛子が言った。
「いや、暖かく見守ろう」
「結局、面倒くさくなったんですね」
「なっ、何を言うんだ愛ちゃん。夫婦喧嘩は犬も喰わないというじゃないか。他人が口出しすると余計にコジれるんだよ」
「いや、そもそも夫婦じゃないし喧嘩じゃないし」
「『遠き別れに耐えかねて、この高殿に登るかな』と昔の偉い人も言っていることだし」
「今の陽太君をあまり高い所に登らせない方がいいと思うんですけど・・・」
「まあ、なるようになるさ。うん」
「そうだね、愛ちゃん。心配ないよ」
「ユミコが選ぶことデスね」
「・・・・・そのうち立ち直る」
すでに1日にして飽きてしまった陽太救援隊であった。
「まっまあ、みんながそういうならいいんですけど、週末の陽太君の誕生会どうするんですか?」愛子が言った。陽太の誕生パーティをするというのは、ずっと前から決まっていたことなのだけど・・・
「パーティなあ。今の状況でやるのはどんなもんだろうか。第一、由美ちゃんが来なきゃ意味ないだろう」
「由美ちゃんは絶対に来ます。ボク信じてます」
「うーん、そうだな。少しは陽太が元気になるかも知れないな。よし、予定通りやろう」
「由美ちゃんがこれなかった場合でも、ボクが一生懸命料理作りますから」腕まくりせんばかりの勢いで愛子が言った。
「「「えっ?」」」土屋三兄弟の驚愕の声が響いた。
「いやいやいや、愛ちゃん。それは申し訳ないから、ピザでも取るよ」
「・・・・・無理するな、愛子。お前だけに働かせては申し訳ない」
「愛ちゃん、僕のことは気にしなくていいからね」いつの間にかゾンビ状態の陽太まで復活して、必死で愛子の料理を止めていた。
「じゃ、ワタシもヨータのためにボルシチを作ります」アンナもノリノリで言った。
「「「えっえ~」」」
「ちょっと待てアンナ。誕生パーティにボルシチは合わないだろう」
「・・・・・こんな時に出すのはもったいない」
「アンナちゃん、あれは愛する人にだけ食べさせるべきだと、前に・・・・」
「大丈夫デス。ヨータも私のボルシチで元気になってくだサイ」
「いいじゃん、兄たち。せっかく愛ちゃんとアンナちゃんが料理作ってくれるっていうんだから、ご馳走になろうよ」陽向が能天気に言った。
「陽向、ちょっとこっちに来い」陽太が陽向を部屋の隅に有無をも言わさず引きずって行った。
「なにすんのさ、颯兄」
「(お前は気軽に言ってるが、あの二人の料理の破壊力を知らんのだ)」
「(破壊力って、別に普通の料理でしょう。そりゃ多少まずいかもしれないけど、一生懸命作ってくれるんだから、それくらいはガマンしなよ)」
「(記憶が飛ぶんだよ・・・)」
「(はいっ?料理の話だよね)」
「(愛ちゃんが絶好調の時の料理は、記憶が飛ぶんだよ。もう、美味いとか不味いとかいう次元の話じゃないんだ)」
「(何か変な薬入れてるとか・・・)」
「(いや、普通の食材に普通の調味料を使っている。それでなんであんな効果がでるのか不思議でしょうがない)」
「(すっスゴいね)」
「(しかもだ・・・)」
「(まっまだ、なにかあるの?)」
「(愛ちゃんの腕が向上、この場合向上と言っていいのかわからんが、するにつれて効果の持続時間も長くなっている。この間なぞ、愛ちゃんが作った夕食を食べてたはずなのに、気がついたら翌日のライブの舞台で歌っていた)」
「(そこまでくると製品化できるんじゃないかなぁ。でっでも、アンナちゃんのボルシチもあるし)」
「(ココアパウダーと味噌が隠し味のボルシチだ)」
「(・・・・・それはボルシチなの)」
「(・・・・・本人はそう言い張っている。一口目はいいんだが、二口目は飲み込むことを喉が全力で拒絶する)」
「(そっそれは、止めた方がいいかも知れないね)」
「(もう遅い。お前のせいで二人ともやる気になっている。いいか責任取れよ。残すことは許さんぞ)」
「愛ちゃん、アンナちゃん。陽兄がこんな時だから簡単にデリバリーでいいんじゃないかな」陽向は一応の抵抗を試みた。
「何をいうのさ、陽向ちゃん。こんな時だからボクたちの料理で元気つけてあげなきゃ」
「そうデス、ヒナタ。愛をこめて一生懸命作りマスね」
瞬殺された。
「いや、二人とも僕のためなんかに手間を取らせちゃ悪いよ」陽太が言った。
「何を言うんですか、陽太君。ボクこんなことくらいしかできないですし」
「そうネ、ヨータ。ワタシたちの料理で元気出してくだサイ」
「いやいや、いろいろあったし、今回のパーティはこじんまりと。何だったら中止してもいいくらいだから二人に迷惑はかけられないよ」
「大丈夫です。絶対に陽太君が元気がでる料理を作ってみせます」
「ワタシの愛のボルシチでユミコの愛を取り戻してくだサイ」
一見、二人に気を使っているようだが、何としても料理を辞めさせようと必死な陽太であった。
しかしながら土屋家関連の女性には土屋家の男どもの話を聞くという機能が装備されていないため、愛子もアンナも陽太の説得などハナっから聞いてはいなかった。
「・・・・・しかし、愛子とアンナが料理をすると言っただけで、ゾンビ状態の兄貴が瞬時に正気にもどったな」
「T-Virus ワクチンなんかより、ずっと効果があるんじゃねぇか?」
「・・・・・アンブレラ社からスカウトが来るかも知れん」
己が運命を悟りきった兄弟は、必死に気を紛らわせていた。