そしてまた始まるカウントダウン。「5、4、3、2、1」そして「ゼロ」。
だが誰も動き出さず教室の入り口のドアを見つめている。いつもはこのタイミングで工藤さんが飛び込んできてフリーズさせるからだ。ドアは開かなかった。
「へへへ、奇跡は3度は起きなかったようだな」
さすがFクラスだ。算数すら危ない。3度ではなく4度なのだが、そんなことをツッコんだらこっちの命が危なくなるので、もちろん黙っている。
「ムッツリーニ、いや裏切りものにそんな名称はふさわしくないな、土屋。FFF団の掟を忘れたとは言わせないぞ」
「ねぇまーだ-、まだやっちゃだめ。もういいでしょ」
ムッツリーニは黙って立っていた。だが、僕にはわかる。奴は戦う気だ、闘気が全身にみなぎっている。
「お前の罪は宣告するまでもないな。残念だよ・・・・・やれ!!」
須川君がかけ声をかけると同時に四方から敵が襲いかかってきた。一瞬遅れた右側の敵の方へ動くと、その目前で横へスライドした。速い。そのまま入り口へ突進したムッツリーニに向かって入り口を固めていた二人が力一杯バットを振り下ろした。
恐ろしいことに何のためらいもなく頭を狙ってフルスイングしている。
「当たる」と思った瞬間にバットが空を切った。「ざっ残像?」どれだけ速く動けば残像など残せるのだろう。ムッツリーニという男の恐ろしさを改めて思い知らされた。というか、この能力を盗写や盗聴なんぞに使っていていいんだろうか?なんかもう国家的損失という言葉さえ浮かんできた。
ムッツリーニはそのままドアを開けると廊下をかけていった。
「くそ、追え逃がすな。楽しいランチなんぞやらせてたまるか」
「「「「「うぉぉぉぉぉぉ」」」
4回に渡ってムッツリーニと工藤さんのイチャイチャを見せつけられた男たちの怒りはもはや止められない、というか止める必要を全く感じない。
「まて、お前ら。闇雲に追っても無駄だ」雄二が叫んだ。
「何だ、坂本。お前心あたりがあるのか」須川君が気色ばんで訪ねた。
「ああ、奴らも馬鹿じゃない。お前らが追ってくることくらい考えているだろう。だから、もっとも想像しにくいところで昼を取るはずだ」
「想像しにくいところ」
「ああ、つまり・・・・・3年A組だ」雄二は何を言い出すんだろうか。
「あそこはお前、俺たちの宿敵じゃねえか」
「だからだよ。いくら敵だからって、普通に弁当食べている奴に手をかけることはないだろう。ましてや、そこに逃げ込んでいるなんて思いもしないと考えるだろう」
「なるほど、ムッツリーニのやりそうなことだ」
須川君はすでに憤怒の鬼と化しているクラスのメンバーに対して芝居がかった口調で檄を飛ばした。
「おのおの方、敵は3年A組にあり。我らこれより修羅に入る。仏と会うては仏を斬り!鬼と会うては鬼を斬る!情を捨てよ!!ただ一駆けに攻め入れ!!めざすはムッツリーニの首ただ一つ。我に続けぇぇぇぇぇぇ」
「「「「「「おおおおおぉぉぉぉぉっぉぉ」」」」」」
一陣の風が吹き去り。後には静寂だけが残された。
「ねえ、雄二。お昼の場所なんて教えちゃってよかったの」
「ああ?バカかお前。ムッツリーニたちが3年A組なんかで昼飯喰うわけないだろうが」
「じゃ、どうして3年A組だなんて言ったのさ」
「あいつらも言ってただろう。あそこは俺達の宿敵だからな。悪くても戦力の半分、うまくすりゃ3分の2くらいは減らしてくれるだろう」
さすが雄二だ。クラスメイトの命など屁とも思っていない。だけど来週A組と試召戦争するって言ってなかったっけ?
「なに、体の丈夫さだけが取り柄の連中だ。2日もすれば復活する」
「相変わらず外道じゃなおぬしは」
「それよりムッツリーニだ。普通の弁当ならどうでもいいが、レシピが気になる」
「・・・・・愛子が料理?」
「うわ、翔子いつの間に現れやがった」
「・・・・・ちょっと気になるから私も行く」
「相変わらず人の話を聞いてないな。勝手にしろ。ところで姫路。どんなレシピを教えたんだ」
「えーと、豚肉のショウガ焼きと卵焼きとグリーンサラダです」
「それはレシピが必要なほどの料理なのかのう」
「とにかく、たぶん屋上にいるはずだから屋上に行くぞ」
僕、雄二、秀吉、美波、姫路さん、霧島さんは屋上に向かった。
ドアを開くとベンチに座っていた二人が目にはいった。工藤さんはまさにランチボックスの蓋を開けようとしていたところで、僕らと目があって顔を真っ赤にしてフリーズした。どうもこの人の恥ずかしがるポイントがどうしてもわからない。廊下で「彼女だ」と大騒ぎできるくせに、なぜ弁当を作ってきたことを見られるのがそんなに恥ずかしいのだろうか?
「やあ、工藤偶然だな」もう偶然と言えば何でもありだなこの学園は。
「ああ、ぐっ偶然だね。どうしたのみんなして」
「いや、食後の腹ごなしに散歩してたんだ。これから食事か」
「うっうん、偶然康太・・・・・ムッツリーニ君と会ったんで、ちょっとボクのお弁当を分けてあげようかと思って」
工藤さんがムッツリーニ並に嘘をつけるようになっている。ご両親は手遅れにならないうちに彼女を転校させた方がいいと思うんだが。
「ふーん、そりゃ羨ましい。どれどれどんなおかず何だ」雄二がさりげなくおかずをチェックする。
「どうだった」
「ハンバーグと鶏の唐揚げとポテトフライだった」
「姫路メニューじゃない」
「なあ、工藤。姫路からメニューならったんじゃなかったっけ」
「(真っ赤)うっうん。ボクあんまり料理に自信がないから、料理が得意だっていう瑞希から教わったんだ」
「それにしてはメニューが全然違うようだが」
「うん、瑞希のレシピの調味料が手に入らなくて」
「調味料?そんな難しい調味料なんて使うメニューだったか」
「うーん、バルサミコ酢作るのにバルサンと酢酸とか、サラダの色止めにシアン化カリウムとか、卵焼きの塩味付けに水酸化ナトリウムとか・・・・・ちょっと1日じゃ手に入らなくて」
「シアン化カリウム・・・・・そんなの使ってたのか」
「それよりバルサンは調味料じゃなかろうに」
おや、雄二と秀吉の顔色が真っ青になっている。なにか問題があったのだろうか?化学調味料は体に悪いということかな。
「とっとりあえず、そんなのは使ってないんだろうな」
「うん、手に入らなかったから普通に作ったよ。よかったら味見してみる。ちょっと自信があるんだ」
「じゃ、図々しいようじゃがちょっとご相伴にあずかろうかのう」
僕はハンバーグ、雄二は鶏の唐揚げ、秀吉はポテトフライをつまむと口に入れた。
「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」
「あっ、味はどうかなあ?」と工藤さんが訪ねる。
いや、何というかこれは、オブラートに五重くらいにくるんで耳ざわりよく表現すると
「 殺 人 的 に 不 味 い 」
一体、普通の食材と調味料を使ってどうやったらこんな味が出せるんだろうと逆に感心してしまうほど不味いのだ。姫路さんの料理をストレージハンマーの一撃とすれば、工藤さんの料理は歯がさびて切れなくなったノコギリで首を切られているようなものだ。
ヤバい、このまま口の中に入れていては危険だ。はやく飲み込まなければと思って飲もうとするのだが、喉が拒否する。ええい、邪魔をするな僕の喉。やばい口の中がピリピリしてきた。思い切り力を入れて喉に押し込み手で喉をしめて胃に落とし込んだ。
ふー危ないところだった。姫路さんの料理は速効性だが、工藤さんの料理は遅効性らしい。秀吉は割と難なく飲み込めたようだが、鶏の唐揚げを選んだ雄二はだいぶ苦戦をしているようだ。顔色がだんだん青くなってきた。ちょうどいいから工藤さんの料理の破壊力を観察しようと思ったら、やっと飲み込み終わったらしい。運のいい奴だ。
「で、どうだったかなボクの料理は」追い打ちをかけるように工藤さんが恐ろしいことを尋ねてきた。
「うーん、とても個性的でいいんじゃないかな」嘘は言ってないぞ。
「よそでは喰えん味じゃな」秀吉はそつがない。
「とりあえずムッツリーニ専用にしとけ」さすが雄二だ、妥協がない。