これが土屋家の日常   作:らじさ

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第16話

「あのね、土屋さん。あなた自分でいったことさえ覚えてないの?Fクラスの入り口前は人であふれているんでしょ。特攻隊だか特売品だか知らないけど、そんなの10人も引き連れて2年の総代の所までたどりつける訳ないでしょうが」由香が呆れたように言った。

「えへへへ、実はもう一つ秘密兵器があるんだな、これが」陽向が楽しそうに言った。

「もったいつけてないでいっぺんに説明しなさい、いっぺんに」由香が陽向のこめかみに力の限りに拳をグリグリと押し付けた。

「痛い痛い。由香リン、ギブギブ」

「いいからとっとと説明しなさい。キビキビと全部、詳細に」由香は息を切らしながら席に着いた。

「まったく由香リンはすぐ暴力に訴えるんだから。そんなことじゃ将来お嫁に・・・」

「ガタン」由香が再び席から立ち上がった。

「はい、すぐ説明します。今すぐに」陽向がそれを見て慌てて説明し始めた。

 

「あたし達のもう一つの秘密兵器は「梯子」です」陽向がどうだとばかりに宣言して皆を見渡した。一同は真意を測りかねてポカンとしていた。

「あたし達の学年に梯子さんなんて人いないわよ」由香がいった。

「やだなあ、由香リン。梯子っていうのは高いところに登るための道具で人の名前じゃないよ」

「知ってるわよ、それくらい。ボケたんだからツッコみなさいよ」由香は顔を真っ赤にして恥ずかしそうにプイと横を向いた。

「ツッコミキャラがたまにボケるとスベるよね」

「スベるって言うな」由香がどなった。

「で、結局その梯子が何で秘密兵器なんだ」竜崎が不審そうに尋ねた。

「戦争が始まったら守備隊と攻撃隊でできるだけ大騒ぎして欲しいの。そうすれば2年生の注意は廊下の方に向けられる。その隙に梯子で特攻隊とあたしで2年のFクラスに突撃するの」

「それならあなた一人でいいんじゃないのかしら」

「たぶん教室には護衛として10人程度はいると思うの。その人たちに一度にかかってこられたら、いくらあたしでも勝ち目がないわ。特攻隊の人たちにはその護衛の人たちを足止めして欲しいの。その隙にあたしが敵の総代を倒すわ」

「梯子一つで10人が登るのは時間がかかるだろうが」

「いい質問だね、マコちん。この作戦の成否は短時間で敵の教室に乗り込めるかどうかにかかっているの。2年生があっけに取られているうちに乗り込んで、すぐに対決≪デュエル≫を申し込んで動けなくする必要がある。だから3つの梯子を使って乗り込むわ」

 

「梯子なんてどこにあるのよ」由香が尋ねた。

「体育倉庫に脚立が3つあるのを確認してあるよ」

「手回しがいいわね。でも外から突入するのは反則じゃないかしら」

「大丈夫。そのために戦闘区域を学園中にしてもらってあるの。だから、あたし達が外から突入しても全然反則じゃないよ」

「よくもまあ次から次へとそんなに汚い手を思いつくわね、あなたは」由香が呆れたように言った。

「いやぁ、あたし伊賀の真田幸村と呼ばれていたから」

「誉めてないし、竹中半兵衛はどこ行ったのよ」

 

「これなら行けるんじゃない」

「お館様が2年の総代を倒せばいいんだろ、結局」

他の代表は既にやる気になっていた。

「じゃあ、それぞれの組で攻撃隊と挟撃隊と守備隊を分けて見取り図通りに配置してね。試合開始は10時にするから、攻撃隊は9時までに静かに3年DとEクラスに入って。勝負は明後日よ。質問がなければこれで解散。あ、由香リンとマコちんは話があるからちょっと残ってくれるかな」陽向は皆に聞こえるような大声で言った。

 

「話ってなにかしら、土屋さん。あなたに指名されてロクな目にあった例がないんだけど」

「梯子作戦のことだろう」

「あの作戦がどうかしたの?」不審げに由香が言った。

「あの作戦には致命的な欠点があるんだよ。もういいだろう土屋、全部話せよ」

「ニャハハ、さすがマコちん。鋭いね。確かにあの作戦には大穴があるんだ」

「笑っている場合じゃないでしょ。その穴ってなによ」

「外から梯子で侵入するという作戦自体はいい。だが、それは窓が開いていたらの話だ。窓が閉まっていて鍵がかかっていたら一歩も入れん」

「穴どころの話じゃないじゃない。作戦そのものが成り立たないわ」

「そうだね。でもあたし達はどうしてもあそこから突撃するしか方法はないの。だからマコちんにお願いがあるの」

「俺にお願い?」

「そう、総代としての命令じゃなくてお願い」

「なんで命令じゃないんだ?」

「かなりのリスクがあるから。良くても停学、最悪退学になるかも知れない。そんな命令できないよ。だから断ってくれても構わないというか断られても当たり前だと思っているの」陽向は少し言いにくそうに言った。

「何をやらせるつもりだ?」

「もし鍵がしまってたら、窓をハンマーで割って開けて欲しいの」

「ちょっと土屋さん、あなた気は確かなの?」さすがに由香も驚いた様子で言った。

「あたし達の勝機はそれしかないの。どうしても窓を開けてそこから突入するしか」

 

「俺が断ったらどうするつもりだ」竜崎は値踏みするような目で陽向を見つめた。

「その時は、あたしが窓を割る。そして由香リンに2年の総代と戦ってもらう」

「ちょっと土屋さん。2年の総代の霧島先輩は学園始まって以来の才媛と呼ばれている人よ。わたしじゃかなわないわ」

「でも、あたしが窓をわるのなら、その次は由香リンしかいないんだよ」

「じゃあじっくり長期戦で戦いましょうよ。なんでそんなに勝ちにこだわるの?」

「あのね由香リン、これはあまり言いたくなかったんだけど、あたしってこんなだから幼稚園から中学まで友達が一人もいなかったの。「バケモノ」とか呼ばれてずっと一人きりでとっても寂しくてツラくてね。ある時、兄の彼女さんがこの学園なら楽しいことあるよって教えてくれて、それであたし転校してきたの」

「「・・・・・」」

「楽しかったよ。由香リンとかマコちんとか生まれて初めての友達もできて。学年全員でお祭りみたいに一つのことを目指して。3年生に勝った時にみんなから誉められた時にはとっても嬉しかったなあ。だからね、2年生にも絶対に勝ちたいの」

「だから、わたしじゃ勝てないって・・・」

「最善を尽くして勝てなかったならしょうがないよ」

 

由香は俯いてしばらく何かを考えていた。

「・・・・・初めての友達・・・・」

「そうだよ。由香リンには(仮)友人って言われちゃってるけど」

「わかった。窓を割るのはわたしがやるわ。だからあなたは霧島先輩を倒しなさい。そして2年生に勝ちましょう」

「ダメだよ、由香リン。悪けりゃ退学だよ。あたしだったら大丈夫。ここ数か月本当に楽しかったから、学校に行くのがこんなに楽しみだったのは初めて。他の学校に行ってもあたしは平気だよ」

「あなたみたいな社会不適合者がよその学校でなじめる訳ないでしょう」

 

「ええぃ、うるさい」竜崎が叫んだ。

「なによマコちん。せっかくいいところだったのに」

「お前らだけじゃ梯子3つ分の窓は開けられないだろう。俺とFクラスの2人でその役を引き受けた。女にそんな役やらせられるか」

「カッコいいよ、マコちん。あたしが女だったら惚れてたね」

「あんた自分の性別すら忘れたの?」

「その代わりと言っちゃあなんだけど、由香リンをメイド姿でご奉仕を・・・イタイ」由香の拳が叩きこまれた。

「あなたはどうあっても私をメイドにしたいのね」

「いらん」竜崎がにべもなく断った。

「なんですって?わたしのメイドじゃ気に入らないっていうの?」

「由香リン、怒るポイントがズレてるよ」

「そもそも、あなたが原因でしょうが」由香は思わず陽向の首を締め上げた。

 

 


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