普段はだらけた雰囲気さえ漂う授業だけど、今日に限っては活気というか殺気に満ちていた。いつもと違って静寂に包まれていたのだけど、不穏な空気は隠せない。授業をしていた鉄人も気がついたのか、教科書から目を離すと教室を見渡した。
「お前ら今日はどうしたんだ?」
「学習意欲に目覚めたんです」
「勉強って楽しいですね」
「早く殺っちゃ、いやテストがこないかと楽しみで」
クラスのみんなが間髪入れずに抜群のチームワークで大嘘を答える。
「そういう冗談はともかく、あまり問題を起こすんじゃないぞ」みんなの返事を全く無視して鉄人が答えた。信じないなら聞かないで欲しい。
「ん、土屋どうした?随分顔色が悪いぞ。仮病じゃないようだし、体調が悪いなら保健室へ行ってこい」
大丈夫じゃないのは、鉄人の方じゃないだろうか。入学してこのかたこんなに優しい言葉を聞いたことがない。
「大丈夫です」
「僕らが看病します。墓場まで」
「この程度は体調が悪いうちには入りません。まだ致命傷じゃありませんから」
「万が一の時には僕らがキッチリとあの世まで送り届けます」
途端に教室中から声がかかる。ところどころ不穏な単語が聞こえるものの、全体としてはムッツリーニを心配しているようにも見える。だが、本音はここで保健室に行かれてはムッツリーニを逃がしてしまうことを心配しているだけなのだ。みんなの勢いに気圧されて鉄人も「そっそうか、あんまり無理するなよ」と授業に戻った。
授業終了まであと少しだ。気の早い奴はカウントダウンを始めている。みんなすぐに飛びかかれるように体勢を取っている。
「5、4、3、2、1」そして「ゼロ」の声が聞こえると同時に授業終了のチャイムが鳴り全員がムッツリーニに襲いかかろうとしたその瞬間、ガラっと大きな音を立てて入口のドアが開けられ
「ねぇ、こっ康太。ボク数学の教科書忘れちゃったから貸してくれる」
工藤さんの声が教室中に響いた。再び、硬直するFクラスメンバー。ムッツリーニが教科書を持って、工藤さんの手を引いて廊下に連れ出した。
再度、状況を把握するために僕はドアに耳をつけて廊下の声を聞いた。
「・・・・・Fクラスには来るなと言ったはず」
「だって教科書忘れちゃったんだもん」
「・・・・・ほら。とにかくお前がFクラスに来るたびに俺の命が危なくなる」
「ありがとう。じゃ、後で返すね」
「・・・・・待て、工藤愛子。お前は俺の話を聞いているのか」
「ムー(ふくれ面)」
「・・・・・いや、すまん。愛子、頼むから俺の話を聞いてくれ」
「うふふ、いいかげんに彼女の名前を呼ぶことくらい慣れなよ」
「・・・・・いや、だから彼女ではないと。・・・そうではなくてだな」
「あ、休み時間終わっちゃうから、もう行くね」
「・・・・・だから俺の話を聞けと・・・」
雄二、秀吉、美波、姫路さんが、僕の方を心配そうに見ていた。
「あんまり期待していないが、何の話だった」
いつもいつも何て失礼な男なんだろう。これでも僕は同じ失敗はできるだけしないつもりの男だ。ちゃんと話を聞いてある。
「ふふふ、あまり僕を甘く見ない方がいいよ雄二。今度はバッチリだよ」
「すごい自信じゃな。で、あの二人は何の話をしておったのじゃ」
さあ、思いだしてみよう。確か最初は「Fクラスに来るな」だったはず。うん、いい調子だ。
「うん「Fクラスに来ると後で返すから、俺の話を聞いて彼女の名前くらい彼女じゃないから休み時間が終わっちゃう」だったよ」
あれ、みんなが頭を抱えている。雄二が姫路さんに言った。
「すまん、姫路。さっき国語の時間を3倍にしろと言ったのは忘れてくれ。ありったけの勉強時間を国語に叩き込め」
「あんまり自信はありませんが、できるだけ頑張ります」
「うちの古典の方がまだマシだわ」
ありのままに報告したのにこの扱いは酷くないだろうか。僕が一体何をしたというんだ。ところで今気がついたのだが工藤さんってチャイムが鳴ると同時に教室に飛び込んできたよね。AクラスからFクラスまで走っても2分はかかるはずなのに、彼女は一体どうやってそんなマネができたんだろう。僕は雄二に尋ねてみた。
「翔子も時々とんでもない真似をするんで質問したことがある。返ってきたのは「恋する女の子に不可能はない」という答えだった」
雄二はどこか遠い目をして答えた。霧島さんが言うとすごく重みのあるセリフだ。色んな意味で尋常じゃない行動を見ているだけに説得力がハンパではない。
さて、どうやら再度フリーズしたFFF団が目を覚ましたようだ。
「くそぉ、逃げられちまった」
「どうせ授業で戻ってくる。今度は逃がしゃしねぇぜ」
「ねぇ、まだなのまだ殺っちゃいけないの」
殺気レベルが1UPしたようだ。車の八つ裂きだけではすまないかも知れない。
ムッツリーニは次の授業が始まる直前に先生と一緒に戻ってきた。