これが土屋家の日常   作:らじさ

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第2話

「陽向ちゃんね。由美子です、よろしく」由美子が事態の急変についていけずにとまどいながらも挨拶をした。

「初めまして陽向です。うちの陽兄がご迷惑をお掛けしてます」

「いえ、別に陽太君はそんなことないわよ」

「うううぅぅ、何てよくできた彼女さんなんだろう。陽兄のこと見捨てないであげて下さい。そのかわり腹立つことがあったらわたしに言ってくれれば代わりに制裁しますから」

「そっそうなの?それじゃその時はよろしくね」

由美子も陽向のペースに巻き込まれて混乱している様子だった。

 

「で、こちらの私がバックぶつけちゃったのが康兄の彼女の愛ちゃんだね。さっきは本当にごめんね」

「もういいって。陽向ちゃんって呼んでもいいのかな」

「うん、好きに呼んでいいよ。愛ちゃんのことはお母さんからいろいろ聞いてるよ」

「えっ、裕ちゃんボクのことなんか言ってたの?」

「うん、何でもとてもこの世の物とは思えない料理を作・・・グモ」

康太が慌てて妹の口をふさいだ。

 

「何するのさ、康兄」

「・・・・・いや、アンナを紹介しようと思ってな。これがロシアからの留学生でうちにホームステイしているアンナだ」

「はじめまシテ、ヒナタ。ソータの妻のアンナです」

「やっぱりお嫁さんじゃない、颯兄」陽向はギロリと颯太をにらんだ。

「言い忘れたが、そいつは可哀そうな子扱いにしとけ。頻繁に日本語が通じなくなる」

「あのさ、妹として忠告してあげるけどこの人逃したら颯兄に後はないよ。人生の全ての女性運ここで使い果たしているからね」

「馬鹿を言ってもらっちゃ困るな、陽向君。自慢じゃないが小中高バンド時代と女性運を全く使わずに生きて来た俺だぞ。女性運はタップリ残っているはずだ」

「本当に自慢にならないことに胸張られても困るんだけど・・・・・。颯兄の場合、元の源泉量が閉めた蛇口から垂れる水滴並みだから1回使ったら絶対に枯渇するよ」

「俺の女運はどれだけ細いんだ。そんなもん一生分溜めても顔も洗えんわ・・・・・ところでお前何しに来たんだ?」

「妹が実家に帰ってきて何が悪いのよ」

「いや、悪いとはいわないけどお前は、ここ2年電話だけで全く家に帰ってこなかったろう。」

「へへへ、あたしもいろいろと忙しくてさ」

「そうか、それでその・・・・・向こうで友達できたか?」陽太君はなぜかためらいながら尋ねた。

「あのさ、陽兄。うちの中学って全校生徒が3人だよ。3年生のわたしに、あとの2人は1年生みんな仲良くやってるよ」

一瞬、陽向ちゃんの顔が曇ったような気がしたけど、声は明るかった。

「・・・・・そうか」陽太君の声も心なしか寂しそうだった。

 

「・・・・・で、結局何しに帰ってきたのだ?」

「うん、昨日全国中学校陸上大会があってさ。ついムキになったら5種目で優勝しちゃって優勝トロフィーが重いから家に置きにきたのと兄ちゃんたちの恋人を見たかったの」

「「つい」優勝?」愛子が不思議そうに尋ねた。

「(ねぇ、愛ちゃん。その全中ってそんなに簡単に優勝できる大会なの?)」由美子がささやいた。

「(とんでもない。そのまま育てばオリンピック候補ですよ)」愛子が答える。

「(そうよね。私なんか町内運動会でも5位になるのがせいぜいですもの)」

「(いや、町内運動会と比べられても・・・って由美ちゃん、そんなのに参加してたんですか?)」

「(あら、なにか不思議なの?)」

「(だって由美ちゃんの家って別荘4軒も持ってるお金持ちだし、そういうの無関係に生活してたのかなって思って)」

「(ご近所づきあいは大切よ。町内清掃だってちゃんと出てたわよ)」

「(たぶん、町内会は大迷惑だったんじゃないかなぁ?)」

 

「まあ、本当はいけないんだけど、ちょっと本気出しすぎちゃってさ。途中で止めたんだけど日本記録になっちゃった。あたしたちって本当は目立っちゃいけないんだけどね。帰ったら長老に怒られちゃうよ」

「えーっと、優勝しちゃいけないってことカナ?」

「1,2種目の優勝くらいならいいんだけど、5種目を日本記録で優勝はやりすぎたなあと・・・」

そして全員を見渡して「それに田舎に2年も住んでたら、たまには都会で遊びたくなるよね」といってニカっと笑った。

 

「それにしても陽向ちゃんって、陸上随分やってたの?」由美子が尋ねた。

「いや、全然」あっけらかんと陽向が答えた。

「じゃ、どうして」

「いや、本当は1年の子が陸上部なんだよね。その子が県大会前に脚を怪我しちゃって。顧問の先生がせっかく申し込んであるからお前出ろって言われて代わりにでたら県代表になっちゃった」

「(愛ちゃん、そういうもんなの?)」

「(普通は絶対に無理です)」

「(私運動は詳しくないんだけど、それってどれくらい難しいの?)」

「(例えるならば、陽太君がタキシード着て赤いバラの花束持って由美ちゃんのバイト先にディナーを誘いに来るぐらいの難易度です)」

「(・・・・・人間業じゃ不可能ってことね)」由美子は何かを納得したように深く頷いた。

「(いや、今の例えで納得していいんですか?何と言うかその、彼女として・・・)」

 

「でもまあ、今度の全中は家の近くでやるから出てもいいかなと思ってさ。帰省の交通費浮くし」

「そんな理由で出場した奴に負けた他の選手に同情するわ」

「だからぁ、これでも抑えたんだってば。だけどみんな遅いんだもん」

「そりゃ、お前みたいな訓練受けてる奴はいないだろうし・・・・・」

「訓練って何?陽太君」

「いや、何でもないよ愛ちゃん。ははは・・・・・」

 

 


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