朝、教室に行くとみんなが秀吉の机を遠巻きに取り囲んでいた。
「・・・・・何をしているのだ?」
「あっ、ムッツリーニおはよう。秀吉の様子が何か変なんだ」明久が答えた。
「・・・・・変とは?」
「見ていりゃわかる」
雄二にそう言われて秀吉に目をやると机に肘をついて顎をのせ、まぶたを半分閉じて目の焦点が定まっておらず、唇の端に幸せそうな微笑みを浮かべている。
「・・・・・あれは何だ?」
「それが分からんから困っている。演劇バカでどんな時にも表情を変えないことが自慢のあいつが感情をダダ漏らししている」
「・・・・・随分と幸せそうだが」
「今はそうなんだけど、もうすぐだよ」
「・・・・・もうすぐ?」言っている意味がわからずとまどっていると、秀吉は急に様子を変えた。苦しそうに胸を押さえて目を固くつぶってうずくまった。
「・・・・・大丈夫なのかあれは?保健室に連れていった方がいいのでは」
「心配いらん。さっきからあれを3分置きに繰り返している」
「・・・・・3分置きにくりかえしていると?」
「何か憑りついたんじゃないでしょうか?」姫路が心配そうにいう。
「黒魔術と言えば霧島さんだね。ちょっと呼んでくる」と明久が走り出しそうなのを雄二が止めた。
「待て明久。翔子を連れて来たら本当に魔王を召喚しかねん。大体秀吉には周囲が見えてないぞ」
「幸せになったり、苦しんだりか。まるで恋してるみたいね」島田がボソっと言った。
ピクっと秀吉が反応した。
「なっなにを言うのじゃお主らは。そりゃあ結城はワシを初めて男性とみてくれた女子じゃし、容姿端麗スタイルも性格も良いが、ワシらはまだデートで映画をみただけの関係じゃし、何があったわけではない。まあワシも女子に対してこんな気持ちになったのは初めてじゃからいろいろと感情も揺れることもあるが、べっ別に好きと言うわけじゃないので勘違いしてもらっては困るぞい。だが別に嫌いとかいうことではないので間違えんようにな。今度の公演が終わったらできれば付き合って欲しいと告白しようかとも思っておるのじゃが、それは別に好きということとは関係ないぞい。そこを間違えてもらっては困るのう、ワハハ」
「この長セリフを一息で言えるなんてさすがに演劇部ね」島田が変な関心をした。
「要するにあのロミオ役の櫻ヶ丘の女の子を好きになって、公演後に告白することを考えてたら幸せになったり怖くなったりしたということか」
「ゆっ雄二、どうしてそのことを知っておるのじゃ」
「今、お前が全部説明したんだよ」雄二が呆れたように言った。どうやら秀吉はだいぶテンパっているようだ。
「力になってあげたいけど、こういう問題で役立ちそうなのはいないんだよね」
「土屋君は愛子ちゃんと付き合ってますけど」姫路がいった。
「・・・・・残念ながらあいつの例は普通の女の子には全く役に立たんと思う」
「まあ、この中に秀吉にアドバイスできる奴もいないだろうしなあ」雄二が言うと全員がうなづいた。
「まあ、ウチらはせいぜいうまく行くことをお祈りしてあげるわ、木下」
「頑張って下さい、木下君」
後ろの方で須川とFFF団幹部が協議していた。まだ、やってたのかこの連中は。
「いかに秀吉と言えど制裁を加えるべきだろう」
「だが、秀吉は秀吉であって男子ではないのだから、秀吉に制裁を加えると言うのはおかしくないか?」
「そうだな。今まで秀吉に手を出した男子に制裁を加えてきたわけだから整合性が亜とれん」
「だが、問題は手を出した奴の性別ではなくてターゲットの性別ではないか?」
「そうなると島田に手を出している清水に制裁をくわえるべきということになるが、今まで誰も清水を問題にしてなかったぞ」
「・・・・・ウムムム」
「・・・・・ウムムム」
「・・・・・ウムムム」
「わかったぞ!」須川が大発見をしたかのように叫んだ。
「・・・・・何だ、須川」
「・・・・・何が分かったんだ」
「つまり問題は手をだした奴の性別ではなく、ターゲットの性別でもない。真に問題なのはターゲットが俺たちにとってどうでもいいかそうでない・・・・・ギャア」
須川の背後に忍びよっていた島田が神速の動きで、須川の両肩の関節をハズした。
「まったくあんた達はとんでもなく失礼なことを大声で。そんなろくでもない話だったらせめてウチに聞こえないように話しなさいよね」ポンポンと手をはたきながら島田が言った。
「まっまあ、いろいろあるだろうが、秀吉。芝居に集中してそれから考えろ」
「そういえば木下君。ロミオとジュリエットは最後のキスシーンが見せ場ですけど本当にやるんですか」
「なっ何をいうんじゃ姫路。個人的には芝居のリアリティを追及するためには本当にやるべきじゃとは思うが、高校生の芝居じゃからのう女の子にそこまで要求はできん」
「・・・・・その方がいい」その方が秀吉が生き延びられる可能性が数%は増える。
やがて鉄人が入ってきてみんな席に着いた。