ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

93 / 119
師弟対決

 愛子さんの能力を美咲が使えば、若葉さんは倒せる――愛子さんの言葉を信じ、あたしたちは、全てを美咲に託すことにした。由紀江の『連絡係』の能力で由香里さんチームと連絡を取り、あたしたちは、先ほどスパイダー・マスターマインドで瑞姫さんたちが勝負した草原まで歩いて移動した。しばらくして、由香里さんたちが飛んで来る。由香里さんチームは、由香里さん、若葉さん、亜夕美さん、紗代さん、理香さん、そして、一期生でランキング19位の栗原麻紀さんの6人。こちらは、あたし、愛子さん、ちはるさん、真穂さん、美咲、遥の6人だ。

 

「あれ――?」亜夕美さんが、愛子さんを見て不敵な笑みを浮かべる。「今度こそ本物の愛子かな? それとも、また別の娘が変身してて、本物はまだ隠れてるのかな?」

 

「フン、本物だよ」愛子さんも挑発的な笑みを返す。「なんなら、試してみるか?」

 

「別にどっちでもいいよ。あたしの前じゃ、愛子だろうと瑞姫だろうと、大して変わらないし」

 

「……てめぇ」

 

 殺気立つ愛子さん。亜夕美さんは薙刀で肩をトントンとたたきながら、「いつでもかかって来いよ」と言わんばかりに顎を上げた。

 

「よしなさい、亜夕美」キャプテンの由香里さんが止める。「この戦いに、水を差さないで」

 

 亜夕美さんは少しふてくされた顔になる。「フン。言っとくけど、あたしはこんな戦い方には反対だからね。負けると分かってるのに、バカげてるよ」

 

「まだ負けると決まったわけじゃないわ」

 

「決まってるよ。若葉自身が、さっき夢で、自分が負ける所を見たんだから。それに、若葉には悪いけど、戦闘力的に見ても、美咲は若葉より強いと思う。こんな勝負は、受けるべきじゃない」

 

 不満を漏らす亜夕美さんに、若葉さんが振り返って行った。「ゴメンね、亜夕美。わがまま言って。チームのことを考えたら、あなたの言う通り、この勝負は受けるべきじゃないわ」

 

「だったら――」

 

「このチームのためにはならなくても、ヴァルキリーズ全体のことを考えたら、この勝負は受けるべきだと思うの。何年か後に、真理が同じことを言ってきたら、あなたもやるでしょ?」

 

「…………」

 

 若葉さんの言葉に、亜夕美さんは目を逸らした。あの泣き虫で消極的な真理がそんなことを言う日が来るかは疑問だけど、亜夕美さんは、それ以上反対はしなかった。「分かったわよ。まあ、たとえ若葉がいなくても、愛子たちなんか、あたし1人で十分だしね。あなたは、思う存分戦ってきな」

 

「――ありがとう」

 

 笑顔でお礼を言うと、若葉さんは、鋭い視線を美咲に向けた。

 

 美咲は若葉さんとしばらく睨み合っていたけど、やがて、こちらを見た。「それでは先輩方、遥ちゃん、行ってきます」

 

 あたしたちに深々と頭を下げ、そして、美咲は前に出た。

 

 若葉さんも前に出る。その装備を見て、あたしは思わず目を疑った。防具は、ランキング4位・ヘルムヴィーゲオリジナルカラーである白の鎧だけど、右手に持っているのは、なんと木刀だった。現実世界で若葉さんが素振りなどによく使っている物である。あんなので、これまでずっと戦ってきたのだろうか? まあ、若葉さんのことだ。たとえゲームの世界でも、あまり仲間を傷つけたくないのだろう。

 

「若葉先輩――」美咲が、また深々と頭を下げた。「あたしの申し出を受けて頂いて、本当に、ありがとうございます」

 

「フフ。まさか、こんなに早く、美咲と勝負をする日が来るなんてね。まあ、美咲も今年のランキングは7位だし、来年は、あたしもウカウカしてられないからね」

 

「はい! 来年は、絶対に、若葉さんの順位を超えて見せます! そのために、この戦いで、絶対に、若葉さんを倒して見せます!!」

 

「ふん。美咲のくせに、言うようになったわね」どこか嬉しそうな若葉さん。「いいわ。あたしも、まだまだ美咲なんかに負けるわけにはいかないから。ヴァルキリーズ一期生の、そして、最年長の底力を、見せてあげるわ!!」

 

「はい! じゃあ、行きますよ!!」

 

 美咲は、愛子さんから受け取った能力カードを取り出した。

 

 

 

No.8

能力名:デュエル

使用者:早海愛子

 効果:対象プレイヤーを1人選び、1対1の勝負に持ち込める。能力を発動すると、その場所から半径10メートル以内のエリアに、他プレイヤーは進入・攻撃が一切できなくなる。また、エリア内にいる限り、エリア外から発動される能力の対象外になる(ただし、探知系の能力は有効)。この戦闘に負けたプレイヤーは、その時点でゲームから追放される。以下の場合、能力は無効、または解除される(能力発動時、第3のプレイヤーがエリア内にいる場合・どちらかのプレイヤーがエリアから出た場合・戦闘が5分間中断した場合・その他、戦闘が行われていないと見なされた場合)。

 

 

 

 ――である。

 

 要するに、この能力を使えば、能力使用者と対象プレイヤーは、どちらかが死ぬか、逃亡するか、あるいは両者が戦いをやめるまで、誰にも邪魔をされることなく、1対1で勝負できるのだ。

 

 能力を発動すれば、美咲の勝ちはほぼ決まりだ。今、あたしは玲子の能力カードを使い、30分だけ『スカウト・レーダー』の能力が使えるのだけど、美咲の戦闘力は5万6千、若葉さんは、4万2千である。美咲に負ける要素は無い。それは恐らく、若葉さんにも分かっているはずだけど、それでも、若葉さんは受けるしかない。若葉さんは、これまで美咲のことを特に可愛がり、目を掛けてきた。美咲がファンの間で大ブレイクし、今年のランキングで上位に入賞できたのは、若葉さんのおかげと言っても過言ではない。言わば、師弟関係のようなものだ。その弟子が、今回、師匠を超える宣言をし、そして、1対1の勝負を挑んできた。どんなに戦力差があろうとも、例え敗北する予知夢を見たとしても、若葉さんは、この勝負を受けるはず――愛子さんの狙い通りだ。

 

 美咲がカードを使う。次の瞬間、美咲と若葉さんの半径10メートルほどが、青い半透明のドーム状のバリアに包まれた。

 

「これで、誰にも邪魔されず、2人っきりで、ラブラブバトルできますね」美咲が笑う。「もちろんあたしは能力カードを持っていませんし、あたしの能力は戦闘向けではありません。若葉さんも同じですよね?」

 

「ええ、もちろん」若葉さんも笑う。正真正銘、武術のみの勝負だ。

 

 そして、若葉さんは身に着けているヴァルキリーズ・アーマーを脱ぎ始めた。まさか若葉さん、木刀1本で戦うつもりか? そう言えば、あたしは武器を細身の剣から格闘用グローブに変えて、戦闘力が飛躍的にアップした。まさか、若葉さんも鎧を脱ぐとパワーアップするのか? 実はあの鎧、ものすごく重い素材でできているとか?

 

 若葉さんは鎧を脱ぐと、ぐるぐると肩を回した。「……ふう。剣道の防具と違うから、ちょっと戦いにくかったのよね。これでいいわ」

 

 若葉さんの戦闘力は、下3桁がわずかに上昇したものの、鎧を身に着けている時とほとんど変わらない数値だった。

 

「そうですか。じゃあ、あたしも――」そう言うと、美咲も身に着けていた格闘用グローブと籠手を外した。「相手が本物の剣じゃないなら、こんなもの、必要ないですからね」

 

 美咲の戦闘力も、装備を外す前とあまり変わらなかった。これなら、美咲の優位は変わらないだろう。

 

「――じゃあ、行くよ! 美咲!!」若葉さんが木刀を構える。

 

「はい! お願いします!!」美咲はもう1度深々と頭を下げると、ゆっくりと左拳を前に出し、身体を開いて構えた。

 

「よし。これで、若葉はゲームオーバー確定だな」ちはるさんが笑った。「美咲があたしより戦闘力が高い、ってのは、納得いかないけどな。まあ、美咲が戦闘力を少し高く偽って言ってるとしても、若葉なんかに負けることは無いだろう」

 

「――だな」愛子さんも笑う。「しかし、若葉もバカなヤツだぜ。負けると分かってて、勝負を受けるんだからな」

 

「それだけ、美咲が可愛いってことでしょ」真穂さんが言う。「可愛がっている後輩が、自分を越え、さらに上を目指そうとしている。若葉にしてみれば、こんなに嬉しいことは無いでしょうね。あなた達も、エリが来年のランキングで1位取ったら、嬉しいでしょ?」

 

「はぁ? 何言ってんだ?」愛子さん、目を丸くして驚く。「あたしたちが、エリを可愛がっているとでも言うのか?」

 

「あら? 違った?」真穂さんがイジワルそうに笑う。

 

「違うに決まってるだろ。あの腹黒女の、どこに可愛がる要素がある。先輩に対する態度を知らないようだから、教育してやってるだけだ」

 

「可愛がってるじゃない」

 

「違うっつーの」ちはるさんも言う。「まあ、普段からあたしたちにあれだけ無礼な態度を取ってるんだから、1位くらいは取ってもらわなきゃ困るけどな」

 

「ま、今日の所は、そういうことにしておきましょうか」

 

 真穂さんは笑いながら言った。愛子さんとちはるさんは、まだ何か言いたそうだったけど、若葉さんと美咲の戦いが始まったので、何も言わなかった。あたしも、若葉さんと美咲の戦いに意識を戻した。

 

 先に動いたのは美咲の方だった。一気に間合いを詰め、左のジャブ2発から右のストレートを繰り出す。若葉さんはその攻撃を木刀でガードする。美咲は反撃を許さず、今度は左から右へのワンツーパンチ、そして、くるっと回転して右の裏拳を叩き込んだ。これもすべてガードされたけど、いいぞ。若葉さんに反撃を許さない攻めだ。美咲は空手、若葉さんは剣道だ。リーチはどう考えても若葉さんの方が長いから、遠い間合いから攻撃されたら厄介だ。間合いを詰め、相手に攻撃させず、一気に倒してしまうのが理想的だろう。

 

 美咲の攻撃は続く。ワンツーパンチから再び裏拳……と見せかけて、右のローキック。さらに、身体を低く沈めながら右周りにくるりと回って足払い、そこから左のボディフック。さらには立ち上がりつつの右ショートアッパー。と、美咲の猛攻の前に、若葉さんは防戦一方だ。これはもう、勝負は決まったな。まあ、戦闘力差を考えれば、やる前から勝負は決まってたんだけどね。

 

 美咲は左踵落としを出した。若葉さんはガードするけど、その強烈な一撃に身体がフラつく。ガードが崩れた。今がチャンスだぞ? 美咲は再び身体を沈め、低い体勢で若葉さんとの間合いを詰める。左の拳を強く握っている。あれは、美咲の得意技、三島流喧嘩空手・雷神拳だ! 低い姿勢からジャンプとともに左アッパーを出す技である。ヒットすると、相手は盛大に吹っ飛んで行くという恐ろしい技だ。若葉さんの体勢は崩れたままだ。これは、早くも決着か!?

 

 ガン! 重い音とともに、美咲の左拳は――。

 

 ――――!

 

 信じられない早さで体勢を立て直した若葉さんの木刀にヒットした! マズイ! ガードされた!! 雷神拳は強烈だけど、ガードされた時のスキはあまりに大きい諸刃の剣なのだ!

 

 案の定、若葉さんの反撃が始まった。ガラ空きとなった美咲の左脇腹に胴を打ち込む。

 

「――――っ!」

 

 鈍い音と小さな悲鳴。若葉さんの木刀は見事に美咲を捉えた。左脇腹を押さえ、よろよろと後ずさりする美咲。そこへ、容赦ない若葉さんの攻撃! 頭部への面だ。美咲は、左腕で木刀を外に弾いた。空手の内受けというガードだ。よし! これで、今度は若葉さんの上段がガラ空きだ! 反撃のチャンスである。美咲は間髪入れず右フックを繰り出した。

 

 ――しかし。

 

 外に弾かれた若葉さんの木刀は、美咲の左下から襲い掛かって来た!

 

 ガツッ! 鈍い音。

 

 不意を突いた攻撃だったけど、美咲は両腕をクロスし、何とかガードする。しかし、いかに空手で鍛えているとはいえ、美咲は素手、若葉さんは木刀だ。美咲のダメージは、決して少なくないだろう。表情が歪んだ。若葉さんはそのスキを見逃さず、再び面を狙う。美咲はサイドステップでその攻撃をかわす。よし、若葉さんの側面を取ったぞ! これでまた美咲の攻撃ターンだ!

 

 と、思ったけど。

 

 若葉さんはくるっと回転しながらしゃがみ、美咲の足元へ後ろ回し蹴りを繰り出した。足払いのような形だ。予想外の攻撃を、美咲はかわすことができない。足を払われ、体勢が崩れる。なんとか転倒はしなかったけれど。

 

 そこへ、若葉さんの木刀の剣先が飛んで来た! 下からの突きだ! 美咲の喉を狙っている! マズイ! 防具を身に着けているならともかく、無防備であんなの喰らったら、いくら木刀とは言え、ヘタすりゃ1発死だぞ!?

 

 が、美咲も負けてはいない。剣先が喉を触れる寸前、なんとか右手で木刀を受け止めた。そのまま剣先を握る。お? いいぞ! 数時間前の特殊ミッションで、あたしが深雪さんを倒すきっかけとなった攻略法だ! これで木刀は使えない。剣道にとってこれほどの痛手は無いだろう。ちょっと卑怯な戦法だけど、これは実戦。何でもアリだ! よし! そのまま顔面パンチだ! 

 

 だけど。

 

 木刀を掴まれた若葉さんは、すぐに手放すと。

 

 美咲との間合いを詰め、軽くジャンプし、美咲の顎に左ひざを叩き込んだ!!

 

「――――!!」

 

 またしても予想外の攻撃。しかも、今度はまともに喰らってしまった。美咲は木刀を手放し、大きくのけ反って倒れた。若葉さんが木刀を拾い、再び構えた。

 

「――おいおい」愛子さんの呆れたような声。「美咲のヤツ、完全に押されてるじゃねぇか。大丈夫か?」

 

「やっぱ、アイツの戦闘力があたしより高いのはおかしいと思ったんだよ」ちはるさんも言う。「カスミ、美咲の戦闘力、本当はいくつだ?」

 

 あたしは今、スカウト・レーダーの能力カードを使っている。美咲の戦闘力は、さっきまでは確かに5万6千だったけど、4万2千の若葉さんに対して、今の押されぶりは明らかにおかしい。あたしは、もう1度戦闘力を調べた。

 

 ――――!?

 

 思わず、表情が驚愕で歪む。

 

「どうした?」ちはるさんがあたしの異変に気付いた。「やっぱり、美咲のヤツ、戦闘力をサバ読んでたか?」

 

「いいえ。美咲の戦闘力は、5万6千のままです。ただ――」

 

「ただ?」

 

「若葉さんの戦闘力が、7万を超えてます」

 

「――――!?」

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。