ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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バカの壁

 これまであたしたちを導いてくれたチームのリーダー・早海愛子さんが、水野七海さんの能力によって、頭脳ゲーム『スパイダー・マスターマインド』で対決することとなった。大学卒業のキャリアを活かし、去年の同ゲームの大会でベスト8に入った七海さんと、超体育会系で去年の大会は初戦敗退の愛子さん。頭脳ゲームでの対決において圧倒的に不利(と言うか、絶対勝てない)と思われていた愛子さんが、まさかの完全勝利。それもそのはず。愛子さんだと思っていた人は、能力によって愛子さんに変身していた緋山瑞姫さんだったのだ! K大学卒業のインテリアイドルで、去年の大会では圧倒的1位。今年の『アイドル・ヴァルキリーズ・オンライン』の大会においても、その危険度は、ヴァルキリーズの絶対的キャプテンの由香里さんや、ランキング2位の薙刀使い亜夕美さんをも上回るSランク。そんな超頼もしい人が、あたしたちのチームリーダーだったのだ!

 

「……瑞姫」

 

 亜夕美さんがギリギリと奥歯を噛む。亜夕美さんたちも、瑞姫さんが危険な相手だということは十分承知しているだろう。まして今は、真穂さんの能力『非戦闘地帯』の効果で、一切の肉弾戦が行えない。向こうのチームは亜夕美さんを始め、肉体派の人ばかりだ。まあ、こっちのチームも似たようなものだけど、ヴァルキリーズで圧倒的な頭脳の持ち主である瑞姫さん1人いれば、圧倒的にこちらの方が有利だろう。

 

「やっぱりね……」キャプテンの由香里さんが言う。「おかしいと思ったのよ。愛子のくせに、なーんか、妙に落ち着いてるし、ゲームの進め方も正確だったし。もっと早く気付くべきだったわ。ゴメン。あたしのミスだ」

 

「そんなことないよ」と、最年長の若葉さん。「いくら由香里でも、すぐに気づくのはムリだよ。責任を感じる必要はない。それより、これからどうするの? まだ真穂の能力は活きている。マズイんじゃない?」

 

「そうだね。肉弾戦ができないなら、今のこのメンバーの能力じゃ、勝ち目はないわね。出直しましょう」

 

 ……さすがは由香里さんと言うべきか。素早く状況を判断し、不利と見るやためらうことなく退却。いつもメンバーのことを第1に考えるキャプテンらしい判断だ。

 

「冗談じゃないよ」そう言ったのは亜夕美さんだ。「七海がやられて、このまま黙って引き下がれって言うの?」

 

「仕方がないでしょ? 真穂の能力がある限り、このメンバーじゃ戦えないわ。1度退いて、対策を考えましょう」

 

「フン。逃げたきゃ、あなた達だけで逃げな。あたしは1人でも戦ってみせる。真穂の能力の効果は20分なんでしょ? だったら、あと10分ほどじゃないか。それまで耐えればいい」

 

「無茶言わないで! 戦えないのに、どうやって10分も耐えるのよ! それに、真穂の能力に制限は無いの! 20分経って効果が消えても、また能力を発動すれば、同じことよ! 亜夕美! これは命令よ! 撤退しなさい!」

 

「イヤだ! 死んでも撤退なんてするもんか!」

 

 亜夕美さんの悪いクセが始まったな。亜夕美さんは頭に血が上りやすい性格で、興奮して我を忘れると、後先考えず暴走してしまうのだ。こうなったら、さすがの由香里さんでも止めることは難しい。こちらの思うツボだ。

 

「――残念だわ」ぽつりと言ったのは瑞姫さんだった。先ほどの『スパイダー・マスターマインド』の対決に敗れた七海さんの魂を、じっと見ている。「舞の能力があれば、今頃あたし、無敵だったのに」

 

 ……確かにそうだな。瑞姫さんが七海さんの『スパイダー・マスターマインド』の能力をコピーしていれば、まさに鬼に金棒。もう、誰も瑞姫さんを倒せないだろう。スパイダー・マスターマインドにおいて、瑞姫さんに勝てるメンバーなど存在しないのだから。

 

「まあ、しょうがないわね」瑞姫さんはゆっくりとしゃがみ、七海さんの能力カードを拾った。「カードが1枚あるから、あと1人は確実に倒せるわ」

 

 立ち上がり、亜夕美さんを見て、不敵に微笑む。

 

「――くそ!」

 

 亜夕美さんは薙刀を振り上げ、瑞姫さんに斬りかかった。もちろん、真穂さんの能力はまだ活きている。薙刀の刃は瑞姫さんに触れる直前ではじき返される。

 

「……何度やっても同じよ。あなたも、いくらヴァルキリーズの体育会系の筆頭だからと言っても、少しは学習することを覚えたら?」瑞姫さんが挑発する。

 

「う……うるさい!!」亜夕美さんは顔を真っ赤にし、さらに薙刀を振るう。この人ほど挑発に乗りやすい人もいないだろうな。

 

「バカもここまで来ると手が付けられないわね」瑞姫さんはため息を吐いた。「でも、あなたは1つだけ、いいことを言ったわ」

 

「――――?」

 

「リーダーを倒せば、ほとんど勝負は決まったようなもの――さっき、あたしに言ったわよね。その通りだと思うわ。あなたの戦闘力がどんなに高くても、本当に危険なのは、あなたじゃない」

 

 瑞姫さんの視線が、由香里さんの方に向いた。

 

 同時に、能力カードが光の矢となり、由香里さんに向かって飛んだ!

 

 ターゲットは亜夕美さんではなく由香里さん! 頭を潰さない限り蜘蛛は動き続ける、と、昔の偉い人も言っている。エースよりもキャプテンを潰す作戦だ!

 

 光の矢はまっすぐ由香里さんに向かって飛んで行く。対決の拒否はできない。光の矢を喰らえば、勝負の席に座るしかない。由香里さんは去年のスパイダー・マスターマインドの大会ではベスト4。七海さんより手ごわいだろうけど、それでも、瑞姫さんの敵ではない。由香里さんを失えば、向こうのチームの損失は計り知れない。瑞姫さんの言う通り、勝負は決まったようなものだ。

 

 光の矢が由香里さんを貫く――いや!

 

 由香里さんの前に、若葉さんが立った!!

 

 光の矢は、若葉さんを貫く!

 

 ピカ! まぶしい光に包まれる。

 

 そして、光が消えると、再び、スパイダー・マスターマインドのセットが現れた。

 

 ……今のは、若葉さんが対戦相手になるのか?

 

 ちっ、と、瑞姫さんが舌打ちした。「……あなたはホントに、人の計画を邪魔するのが上手いわね。狙ってやってるのなら、たいしたものだわ」

 

「褒めてくれてありがとう」若葉さんは不敵に笑った。

 

「……まあ、いいわ」瑞姫さんは振り返り、美咲の方を見た。「――悪いけど、あなたの獲物は頂くわよ」

 

 ……そうか。美咲はこの大会で、若葉さんを倒すと宣言している。しかし、ここで瑞姫さんとスパイダー・マスターマインドの勝負になれば、若葉さんが生き残る確率は限りなくゼロだ。若葉さんと美咲の直接対決は叶わない。

 

 美咲は、きゅっと拳を握りしめると。「……仕方ないです。自分の事よりまずチームのことを優先する、これは、若葉先輩が一番に心掛けていることです。あたしも、自分の事よりも、このチームのことを最優先に考えます。瑞姫さん。あたしに遠慮せず、若葉先輩を倒してください」

 

「――いい娘ね」

 

 瑞姫さんは、若葉さんと由香里さんに視線を戻した。

 

「わ……若葉……」由香里さんが若葉さんに言う。「……あんた、何やってるの!」

 

「今ここで、由香里を失うわけにはいかないでしょ」若葉さんは笑う。「瑞姫はあたしが食い止めるから、由香里は、亜夕美たちを連れて、早く逃げて」

 

「そんな! そんな訳にはいかないよ!」

 

「大丈夫。なんとかするから。それに――」若葉さんは、鋭い目で瑞姫さんを睨んだ。「まだ、負けたと決まったわけじゃないし」

 

 フフ、と、瑞姫さんが笑う。「面白い冗談ね。このゲームで、あなたがあたしに勝てるとでも言うの?」

 

「自信は無いけど、やるだけのことはやってみるわ」

 

 ……若葉さんには悪いけど、ハッタリにもなってないな。若葉さんは、どちらかと言えばおバカキャラで通っている。テレビのクイズ番組等では、珍解答を連発する役としてよく出演しているのだ。去年のスパイダー・マスターマインドの大会では、もちろん初戦敗退。ひょっとしたら、あたしでも勝てるかもしれない。

 

「…………」

 

 瑞姫さんは、じっと若葉さんを見つめる。

 

 そして、向こうに聞こえない小さな声で言った。「――ちはる? 万が一あたしが負けても、あの娘たちにあたしの能力カードは渡さないで」

 

「――はぁ?」ちはるさん、すっとんきょうな声。「おいおい、冗談よせよ。このゲームで、お前が若葉なんかに負けるってのか?」

 

 ちはるさんは笑ったけど、瑞姫さんは表情を崩さない。「あの娘はバカだけど、頭は悪くないわ。何の勝算も無く、挑んでくるとは思えない」

 

「考えすぎだろ? あいつが後先考えず行動するのはいつものことだ。由香里が狙われてるのを見て、思わずかばっただけだよ。あいつに、どんな勝算があるって言うんだ? あいつはきっと、ゲームのルールすらまともに理解していない。どんなに強力な能力を持っていても、ゲーム中は使えない。どう考えても、負ける要素は無いだろ」

 

「あたしの考えすぎなら、それで構わないわ。とにかく、頼んだわよ」

 

 そう言うと、瑞姫さんは席に着いた。若葉さんも反対側の席に着く。これでもう、こちらの声は届かない。

 

「――それでは、テーブルの上にクモを3匹配置してください」

 

 案内人の声。二人はクモを配置する。瑞姫さんは、Aに黒グモ、Bに茶グモ、Cに灰グモを配置した。若葉さんも配置を終える。

 

「続いて、アイテムカードを選び、配置してください」案内人が進める。

 

 瑞姫さんは先ほどと同じく、『属性特定』と『配置変更』のカードを選んだ。

 

 それに対し、若葉さんが選んだのは、『配置変更』と『あぶり出し』だった。

 

「あぶり出し? ずいぶんテクニカルなカードを選んだわね」瑞姫さんが笑う。

 

『あぶり出し』は、2ターン目から使用可能になる攻撃系カードで、前のターンでイートやキャッチしたクモの色を聞くことができるアイテムである。しかし、その代償として、自分の配置したクモの場所と色を1つ明かさなければならない。強力だけど使いどころが難しいアイテムだ。前回の大会の決勝戦で、藍沢エリが使ったアイテムだが、あの時、エリは1ターン目から非常に優位にゲームを進めていたものの、公開するクモを間違えてしまい、試合は大逆転。瑞姫さんに敗北したのだった。これは後に「エリあぶり出し事件」と呼ばれ、スパイダー・マスターマインド界では、後世まで語り継がれる大事件となったらしい。

 

「――それでは、3イートを目指して頑張ってください」

 

 案内人が言い、ゲームが始まった。今回は瑞姫さんが能力を発動したから、若葉さんの先攻である。10秒のアイテムカード使用時間を終え、若葉さんは、静かな声でコールした。

 

「――黒グモ・茶グモ・灰グモ」

 

 その瞬間。

 

 誰もが、言葉を失った。

 

 あたしも、ちはるさんも、真穂さんも、美咲も。

 

 そして、瑞姫さんさえも。

 

 黒グモ・茶グモ・灰グモ。

 

 それは、クモの色も場所も、すべて、瑞姫さんが配置した通りだった――。

 

 

 

 

 

 


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