ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~ 作:ドラ麦茶
舞さんとの交渉に失敗し、戦いになりかけたあたしたち。しかし、あたしは最後の説得をするため、舞さんの前に立った。
「はん。さんざんコケにしておいて、今さら説得に応じるとでも思うのか?」舞さんの殺気は消えない。
でも、あたしは構わず言う。「舞さん。どうか、あたしたちと一緒に戦ってください。あたしたちには、舞さんが必要なんです」
「あたし、じゃなくて、あたしの能力、だろ?」
「いいえ! 能力なんて関係ない! あたしは、舞さんと一緒に、戦ってみたいんです!」
「……おいおい」後ろでちはるさんが呆れ声で言う。「そんなウソ、リード・マインドの能力が無くたって、見破られるぜ」
みんなも、心配そうな表情だ。
でも――。
「――――」
舞さんは「ウソだな」とは言わず、ただ、黙ってあたしを見つめる。
「……まさか、カスミ、マジで言ってんのか?」ちはるさんは驚きの表情であたしを見る。
そう。
あたしは舞さんと一緒に戦ってみたい。
これは、ウソではない。
本当のことだ。
舞さんには、ウソはすべて見破られる。
でもそれは、逆に言えば、本当のことを言っても、疑われないということでもあるのだ。
あたしは言葉を継ぐ。「あたし、前のフェイズで深雪さんと戦って、少しだけ、推されメンバーと干されメンバーの本当の関係が、分かった気がするんです。深雪さんはとても強かった。武術だけじゃありません。アイドル・ヴァルキリーズのトップであること、トップであり続けることの、誇りとか、心構えとか、もう、あたしなんかじゃ足元にも及ばないくらい、本当に、すごい人でした。さすがに、4年連続ランキング1位・神撃のブリュンヒルデだけのことはありますよね。まさに、ヴァルキリーズの光の存在です。それに比べたら、あたしなんか、本当に、闇の存在ですよね。そのことが、イヤというほど分かりました。でも、その時思ったんです。深雪さんが光の存在でいられるのは、あたしのような、闇の存在がいるからじゃないか、って」
あたしがそう言うと、ちはるさんを始め、他のメンバーも、一斉に「何言ってんだコイツ」という目になる。まあ、そうだろうな。あたしだって、何言ってるかよく分からない。
でも。
舞さんと、そして愛子さんだけが、あたしを真剣な目で見てくれていた。
あたしは続ける。「――ほら。特撮ヒーローものと同じですよ。悪役がいるから、ヒーローが活躍できるんです。プロレスとかも同じですよね。あたしたちは悪役・ヒールなんです。だから、深雪さんたちが輝ける。これって、あたしたちがヴァルキリーズを支えているってことだと思うんですよ。舞さんって、そういうことが分かってて、あえて、悪役を演じているんじゃないかって、思ったんです」
「――――」
「深雪さんとのサドンデス、見ててくれましたよね? あの時あたし、深雪さんの剣を掴んで、顔面パンチをしました。剣道のルールに忠実な深雪さんのウラを突いた戦法です。覚えてますよね? あれ、家庭用ゲームの『アイドル・ヴァルキリーズ・オンライン』のシナリオ『ザ・デッド』で、舞さんが深雪さんと戦った時の戦法です。あのゲームでは、舞さんはどうしようもない悪役でした。普通、そんなのイヤですよね? だって、あたしたち、一応アイドルなんですから。どんなにランクが低くても、応援してくれるファンの人たちがいる。その人たちの心情を考えたら、無理矢理悪役をやらされたら、文句の1つも言いたくなるはずです。同じようにあのゲームで悪役をやらされた愛子さんとちはるさんは、あの頃散々文句を言ってました。でも、舞さんは何も言わず、悪役を受け入れてた。これって、スゴイことだと思うんです。闇の存在は、誰かがやらなければいけないんです。深雪さんのように光り輝く存在のために、何も言わず、闇の存在でいる。舞さんは、それは自分がやるべきだと思い、何も言わずやっている。舞さん、本当は凄くマジメな人なんでしょ? 歌やダンスはかなり上手いし、剣道はサボりがちだけど、あれ、自分を悪く見せるためのパフォーマンスじゃないんですか? 本当は、こっそり武術、習ってますよね? そうじゃないと、そんな殺傷力の低い警棒で、戦闘力2万6千は無いと思うんですけど?」
「……フン。そんなわけないだろ。買いかぶりすぎだ」
「そうですか? まあ、舞さんがそう言うのならいいですけど。それで、あたしも思ったんです。あたしはきっと、深雪さんのようにはなれない。深雪さんだけじゃない。亜夕美さんにも、エリにも、若葉さんにも、由香里さんにも――ランキング上位で光り輝くメンバーには、あたしはきっとなれない。でも、それでもいいんじゃないかと思うになりました。だって、深雪さんたちが輝けるのは、悪役がいるからです。悪役には悪役の面白さがあるんじゃないかって、思えるんです。あたし、舞さんと一緒に戦って、それを知りたい。だから、お願いです。舞さん。あたしたちの仲間になってくれませんか? あたし、舞さんと一緒に戦いたいです」
あたしは、深く頭を下げた。
ウソは言っていない。
あたしが思ったこと、感じたことを、素直に話した。
あたしには、深雪さんたちのような存在にはなれない。
ランキングでは3年連続ランク外だ。いまさら急に人気が爆発して、上位に食い込むなんて、とてもじゃないがムリだろう。
でも、深雪さんのような存在にはなれなくても、ヴァルキリーズに必要な存在には、きっとなれる。
舞さんと一緒に戦えば、それが見えてくるはず。
だから――。
「――お願いします!」
頭を下げ続ける。
沈黙が流れる。誰も喋らない。ただ、あたしと舞さんを見つめる。
「フン」と、舞さんが沈黙を破った。「お前らと一緒に戦うなんて、死んでもゴメンだね」
……ダメか。さすが根っから悪役だ。こんな安っぽい説得には応じない。これであたしは、ちはるさんに殺される。そして、きっと誰も生き返らせてくれず、ゲームオーバー。まあ、しょうがないか。本音を伝えられただけでも、良しとしよう。
「だが――」と、舞さんが続けた。「お前が亜夕美や由香里を倒したいのなら、協力してやってもいい」
…………。
へ……? それって……?
「仲間にはならない」舞さんは、ぴしゃりと言った。「だから、愛子やちはる、他の誰の命令も受けない。だが、力は貸してやってもいい、と言ってるんだ」
それってつまり、仲間になってくれるってことだろ? やった! これで、舞さんと一緒に戦える!
「ちょっと待てよ」と、不服そうな口調で言ったのはちはるさんだ。「協力する? さっきまで敵意むき出しだったやつだぞ? 信用できないね。スキを見て、あたしたちを襲い、能力を奪うつもりかもしれない」
「いいえ。舞さんは、そんなことはしません!」
あたしは、きっぱりと、そう言った。
「何でそんなことが分かる?」ちはるさんがあたしを睨む。
「根拠なんてありません。あたしには、ウソを見破る能力はありませんから。でも、あたしは舞さんを信じます!」
まっすぐにちはるさんを見て、そして、真穂さんや遥たちを見て。
最後に、愛子さんを見た。
愛子さんは目を伏せると。「――分かったわ」と言い、そして、舞さんを見た。「あたしたちは、いずれ亜夕美や由香里たちと戦うつもりよ。舞。協力してちょうだい」
「フン。それまで、あたしの気が変わらなけりゃな」舞さんは、特殊警棒をしまい、そう言った。
「やった! 舞さん! ありがとうございます!!」
あたしは舞さんの両手を取り、ブンブン振ってお礼を言った。舞さんはものすごく迷惑そうな顔をしていたけど、どこか、嬉しそうにも見えた――ような気がする。
「しかし――」と、舞さん。「悪役になりたいなんて、お前も変わってるな。まあ、素質はあるけどな」
「え? そうですか?」
「ああ。あそこで深雪を倒すなんて、普通はできねぇよ。その前のスレイヤーもそうだ。残り2分での怒涛の追い上げ。あれで深雪とのサドンデスに持ち込んだんだからな。ファンの誰1人、深雪が負けることを望んでなかったのに、空気を読まずに自分のやりたいようにやる。悪役の鉄則だ」
「いや、アレは、マグレですよ、マグレ。サドンデスの時の深雪さん、タイムアップ間際で焦って油断してたから、そのスキを突いただけで。その前のスレイヤーだって、終了間際に3キル獲れたのは、運が良かっただけです。いえ、今思えば、あれ、燈やエリがワザとやったんじゃないかと思うんです。あたし、エリに貸しがありましたし、スレイヤーの前に、エリから、『このミッションで協力する』って言われてたし。あれが無かったら、今頃あたしはここにはいない。あたしなんて、本当にダメダメで。運がいいだけです。3年前のくじびき大会の時から、何も変わってないんですよね。マグレや運だけで、実力が伴っていないんです」
「くじびき大会の時は、確かにそうだったな」と、舞さんが言う。「さっきのスレイヤーのラスト2分の追い上げも、お前の言う通りなのかもしれない。でもな、サドンデスで深雪を倒したのは、間違いなくお前の実力だ。深雪の攻撃に耐えたのも、深雪を焦らせたのも、深雪のスキを突いたのも、全部、お前の実力だ。もっと自信を持て。謙虚なのは悪いことじゃないが、自惚れることも、アイドルには必要だぞ」
――――。
そんな風に言われるなんて、思ってもみなかった。
3年前、あたしはくじ引きでヴァルキリーズのセンターポジションに立った。「運がいい」みんなそう言った。あたしもそう思った。
最下位確実と思われた特殊ミッションで、終了ギリギリに同点に追いつき、そして、サドンデスを勝ち残った。「運がいい」みんなそう言うと思った。あたしもそう思っていたけれど。
あれがあたしの実力――。
あたし自身の力で、深雪さんを倒した。
そう、言ってくれる人がいる。
…………。
「――何泣いてんだ」
舞さんの声で、我に返る。泣いてる? あたしが?
目の下をこすると、確かに、涙が溢れていた。
「おいおい」と、ちはるさんが笑う。「泣き虫真理ちゃんじゃないんだから、こんなところで泣くんじゃねぇよ」
あたしは、慌てて涙を拭った。「泣いてないです! これは、その、鼻水が出ただけです!」
「……せめて、汗って言えよ」
ちはるさんが言い、みんなで一斉に笑った。舞さんも笑っている。あたしも、つられて笑う。
――このチーム、意外といいチームだな。
そう思う。
アイドル・ヴァルキリーズの問題児と言われていた愛子さんや舞さんが、思ってたよりも悪い人じゃなかったし(ちはるさんは思ってた通りの人だったけど)、あたし、このチームで頑張ってみよう。うん。
「さて――」と、愛子さん。「とりあえず目的は達成したから、みんなの所に帰りましょう。さゆり、テレポートのカードを頂だい」
愛子さんがさゆりに向かって言う。今、この場には10人のメンバーがいる。テレポートで飛べるのは6人までだから、全員で移動するには能力カードが必要だ。
「あ、ゴメンなさい」さゆりが謝る。「テレポートのカード、何かあった時のために、山頂のメンバーに渡してきました。今はカード化できません。1度ちはるさんたちを連れて飛んで、また戻ってきます」
「そう。仕方ないわね」
と、いうことで、後から飛んできたメンバー、ちはるさん、美咲、遥、真穂さん、香奈、そしてさゆりが、先に戻ることになった。
「由紀江さん――」と、香奈が由紀江を呼ぶ。「あたし、後からでいいんで、先に戻ってください。ここまで歩いてきたんだから、疲れてるでしょうし」
「へ? いや、別に疲れてはないけど?」由紀江、きょとんとした表情。
「まあ、遠慮せずに」
「そう? じゃあ、そうさせてもらうね」
由紀江の代わりに香奈が残ることになった。
「あ、そうだ、ちょっと待って」みんなを呼び止め、あたしは、ここに来る前に預かった4枚の能力カードを取り出した。能力カードは1枚しかカード化できないから、あたしが持っていると、他の人が必要な時に使えなくなる。「これ、ありがとう。返すね」
あたしは、美咲たちにそれぞれ能力カードを返した。
さゆりがテレポートの能力を使う。6人は岩山の山頂に向かって飛んで行き、あたしと愛子さんと舞さん、そして、香奈の4人が残った。
……そう言えば。
香奈、何でここにいるのかな?
後から飛んできたメンバーは、舞さんを倒すために選ばれた人たちである。ちはるさん、美咲、遥は、言うまでもなく武術の達人だ。真穂さんはかなりマジメに剣道に取り組んでおり、初段の深雪さんほどではないにしても、それなりの腕前ではある。
でも、香奈は特に何かの武術の達人というわけではない。週2回の剣道も、あまりマジメにやってない印象だ。戦闘力が高いというイメージは、全く無い。
香奈は、何かあるとすぐにメモを取るクセがある娘だ。ちょっと根暗な所があり、一部メンバーから、これまでの恨みをつづった恨みノートを付けているのではないか、とウワサされている。
「カスミさん? どうかしましたか?」あたしの視線に気づいた香奈が言う。相変わらず蚊の鳴くような小さな声だ。
「あ、いや、香奈って、どんな能力持ってるのかな? って、思って」
「あたしの能力ですか?」
「うん。ここに来たってことは、舞さんと戦うために来たんでしょ? もしかしたら、すごく強力な能力を持ってるの?」
「フフフ。そうですよ」どこか不気味な笑みを浮かべる香奈。「良かったら、見せましょうか?」
「あ……そうね。香奈が大丈夫なら、見せて」
「ええ、いいですよ」
そう言って香奈は、メモ……よりも一回り大きい、ノートを1冊取り出した。それを開き、ペンで何か書き始めた。
と、突然。
「カスミ! 香奈に能力を使わせないで!!」
愛子さんが叫んだ。
へ? 何? 突然の事で、何が何だか分からない。ただ、香奈と愛子さんの顔を交互に見る。
「そのノートを取り上げて!!」さらに叫ぶ愛子さん。
「きゃはははは! おそーい!!」
香奈が、それまでとは正反対の甲高い声で笑う。そして、ノートをあたしに見せた。そこには、『森野舞 スティール 毒蛾 ファイア・ストーム リード・マインド』と書かれてある。なんだ? ノートに舞さんの名前と能力を書いて、どうするつもりだ?
と――。
「――――っ!!」
突然。
舞さんの表情が歪む。
苦しそうに、胸を押さえ。
ゆっくりと、その場に倒れた。
――へ? 何?
倒れた舞さんに駆け寄るヒマもなく。
ボン! 小さな爆発が起こる。
そして、その場には、青い炎と、1枚のカードが残った。
そんな……。
舞さんが――死んだ!?