ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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サドンデス

「――4位の深雪さんとカスミさんのキル数が同数なので、これより、最下位を決定するため、2名のみ参加のサドンデスを行います」

 

 エリア内に響く案内人の声。深雪さんとあたしだけのサドンデス……あたしみたいな干されメンバーの代表格が、推されのトップ・深雪さんと一騎打ちできるわけだ。これは、下剋上の大チャンスだぞ!?

 

 ……なんて、思えるわけもなく。

 

 あたしが深雪さんに勝てるわけないだろ!? 戦闘力は、あたしが1200なのに対し、深雪さんは24000。20倍の差があるんだぞ!? その上、あたしの能力は戦闘では何の役にも立たない。深雪さんの能力はまだ不明だけど、アイドル・ヴァルキリーズの顔とも言える深雪さんに、あたしのような、しょーもない能力が与えられるとは思えない。さぞかし強力な能力が与えられていることだろう。くそう。せっかく怒涛の追い上げをしたのに、ここで終了か。せめて、全員参加の延長戦なら、まだ望みがあったのに。

 

 などと文句を言っている間に。

 

 目の前の景色が消え、別の景色が現れた。どうやら、転送されたらしい。

 

 すぐに辺りを見回し、場所を確認する。直径10メートルくらい木が生えていない、円形に近い狭い広場だった。たぶん、森の真ん中にあった広場だろう。すぐそばに、深雪さんも転送される。あたしに気づくと、キッ、っと、鋭い目で睨んだ。

 

 ……こわー。深雪さん、普段は温厚で優しくて美人なのに、あんな怖い顔もするんだな。そりゃまあ、深雪さんにしてみれば、あたしなんかとの最下位決定戦なんて、屈辱以外の何物でもないだろうからな。

 

 広場に案内人が現れたので、深雪さんはあたしから視線を外した。

 

「それでは、サドンデスのルールを説明します」案内人が、相変わらず淡々とした声で言う。「サドンデスは、限定能力リスポーンなしの、1対1の勝負とします。制限時間は3分間。HPが0になり、死亡状態となったプレイヤーを負けとし、その時点で最下位決定となります。また、このサドンデスに限り、ダウンした場合はカウントを取ります。10カウント以内に立ち上がらなければ負けとし、死亡状態と同様最下位決定となります。なお、制限時間内に勝負がつかなかった場合、両者最下位とし、2名とも失格となります」

 

 ……時間切れで2人とも失格か。逃げ回って時間を稼ぐ戦法は使えないな。それはまあ仕方ないとしても、限定能力のリスポーンは無しか……戦闘力が低いあたしにとって、HPが同じ数値になるのは好条件だったんだけどな。

 

「サドンデスではエリア内アイテムはありません。スレイヤー中に所持していたエリア内アイテムも、すべて没収させていただきます。戦闘エリアは、現在私がいる場所から半径5メートル以内とします。エリア外に出ることはできませんから、リングアウト等の負けはありません。もちろん、エリア外のプレイヤーからは一切の攻撃は行えませんので、安心して戦ってください。ただし、このサドンデスの様子も、全てのプレイヤーがTAを通して見ることが可能です」

 

 エリアは半径5メートル。この広場は正確な円形ではないから、森のゾーンも少しだけ含まれることになる。木の陰に隠れることは可能だ。

 

「――サドンデスの説明は以上です。何か質問はありますか?」

 

 あたしは手を挙げた。ひとつ、重要なことを確認しておかなければいけない。「ダウンした場合カウントを取るそうですけど、座っている状態は、ダウンになるんですか?」

 

「座っている状態は、対戦相手の攻撃によって強制的に座った状態にさせられた場合はカウント、自分の意思で座った場合はカウントなし、とさせていただきます。このゲームでは座っている状態でHPが回復しますし、座っている状態から攻撃する格闘技も存在するからです。ただし、これはケース・バイ・ケースです。細かい状況は、その都度ゲームマスターが判定を行い、必要と判定されればカウントとなります」

 

 ナルホド。まあ、基本的には座っている状態はカウントなし、と思っていいだろう。何でもないようなことだけど、たぶんコレ、あたしにとっては非常に重要なことだ。何故なら、あたしが能力で岩になるのは、イイ感じの岩に座っているのと同じ扱いになるのだ。岩になってダウンカウントを取られたんじゃ、たまらないからな。

 

「――他に質問が無ければ、10秒後にサドンデス開始とします。お2人のご健闘をお祈りします」

 

 案内人は消えた。

 

 深雪さんを見た。やはり、怖い目でこちらを睨んでいる。あたしは、えへへ、と、笑い、「お互い、頑張りましょう」と、手を出した。

 

 しかし。

 

 深雪さんは、あたしの手を、パン、と、弾き。

 

 そして、背を向けた。

 

 ……これから戦うとはいえ、握手くらいしてもいいんじゃないの? なんか、さっきからずっと機嫌が悪いよな。深雪さんって、普段から近寄りがたい人ではあるけど、それはブリュンヒルデ特有のオーラが凄まじいからで、決して、怖い先輩というわけではない。なのに、今はあの態度だ。そんなにあたしとの最下位決定戦がイヤなのかな? そんなことで機嫌が悪くなっても困るんだけどな。ゲームなんだから、しょうがないだろうに。

 

 深雪さんはあたしから少し間合いを開けると、振り返り、ゆっくりと、剣を構えた。

 

 それとほぼ同時に。

 

「――それでは、サドンデスを開始します」

 

 案内人の声がした。あたしも慌てて剣を構える。

 

 サドンデスが、始まった。

 

 深雪さんは、剣先をあたしに向けた中段の構えで、少し身体を上下に揺らしながら、こちらの様子を伺っている。あたしも同じ構えで様子を伺う。

 

 深雪さんもあたしもヴァルキリーズに入ってから剣道を習い始めたクチだけど、腕前は深雪さんの方がはるかに上だ。深雪さんの方が2年も早く習い始めているというのもあるけど、わずか3年で段位を取得したくらいだから、もともとセンスがあったのだろう。3年で初段取得は、ヴァルキリーズに入って剣道を習い始めたメンバーの中では最速での取得だ。まともな剣道勝負で勝てる見込みはまずない。

 

 と言うか、これ、ホントにこのまま戦うのか?

 

 あたしが持っている剣も、深雪さんが持っている剣も、本物の刃が付いたものだ。いや、もちろんここはゲームの世界だから、正しくは本物ではないんだけど、あり得ないほどリアルに作られてある。海岸で愛子さんにひざを折られた時、気が狂いそうなくらい痛かった。間違いなく、斬られたら血も出るし痛いだろう(考えたら、よくそんなのを、地上波で生放送してるよな)。さっきまでの特別ミッションは、限定能力リスポーンのおかげでHPが低かったから、斬られても痛みを感じるヒマもなく死んだけど、もう、リスポーンは無い。正真正銘の真剣勝負だ。

 

 つまり、勝つためには深雪さんと斬り合いをしないといけない。

 

 ……おいおい。大丈夫か、あたし? 深雪さんは、自他ともに認めるヴァルキリーズ1の美人だ。その屈託のない笑顔は、男性ファンだけでなく、多くの女性ファンも虜にしている。もしあたしの剣が間違って深雪さんの顔を傷つけようものなら、ここがゲームの世界とは言え、大変なことになるぞ? ブログ炎上どころじゃすまないだろうな。ヘタすりゃ危ないファンの人に闇討ちされる危険性もある。やり辛いなぁ。

 

 でも、それはきっと、深雪さんも同じだろう。

 

 もちろん、ゲームの中であたしの顔に傷がついたところで怒り狂うファンはまずいないだろうけど、深雪さんは優しいから、メンバーを傷つけることはためらうだろう。これ、試合にならないんじゃないだろうか? 今からでも、別の勝負にした方が良くないか? じゃんけん勝負とか。

 

 なんてことを考えていたら。

 

「――やぁ!!」

 

 気合の声とともに、深雪さんが剣を振り上げ、一気に踏み込んできた!

 

 深雪さんが持っているのは竹刀ではない。あたしは面を付けていない。

 

 しかし、深雪さんの太刀筋には、少しの迷いも無かった。

 

 考えるよりも早く身体が動いたのは、防衛本能というやつだろうか。普段からのほほんと過ごしているあたしにそんな本能があったとは驚きだけど、とにかくあたしは、深雪さんが踏み込んできた次の瞬間には、剣を頭の上に構えていた。

 

 がしん!

 

 耳をつんざくような金属音とともに、火花が飛び散る。なんとか受け止めることができたけど、重い一撃に身が沈むようだった。

 

 脅しなどではない。

 

 躊躇いもない。

 

 本気の一撃だ。

 

 まさか深雪さん、本当にあたしを斬るつもりだったの!?

 

 刀身の根元がぶつかり合う、鍔迫り合いの状態になった。しばらくその状態だったけど、やがて、ドン、と、押された。よろよろと後ずさりするあたし。離れ際、深雪さんの剣が動いた。あたしの右腕を狙っている。まずい! 体勢が崩れているから避けられそうにないし、剣で受け止めるのも不可能だ。このままじゃ、あたしの右腕は――。

 

 ずるり。

 

 幸運、と言うべきだろう。体勢が不安定だったので、足元が滑り、あたしは尻餅をついた。深雪さんの剣先は、あたしの右腕ギリギリのところを通過した。体中から冷たい汗が噴き出した。あのままだったら、あたしの右腕は切断されていただろう。危ないところだった。

 

 しかし。

 

 右腕に、鋭い痛みを感じた。

 

 見ると、まっすぐに、赤い線が描かれていた。

 

 そして、どろりとした赤い液体が流れ出る。

 

 腕は切断されていない。しかし、完全にかわすことはできなかった。剣先がかすったのだ。

 

 とっさに傷口を押さえると、生温い感触があった。

 

 深雪さんを見上げた。相変わらず、怖い目であたしを見下ろしている。血を見ても、表情に変化はない。

 

 その目を見て悟る。

 

 温厚でおしとやかな普段の深雪さんはそこにはいない。

 

 疑いようもなく、深雪さんは本気だ。

 

 本気で、あたしを殺す気だ!

 

「警告――」と、案内人の声がした。「カスミさんの今の状態は、スリップによる転倒と見なし、ダウンカウントは取りませんが、しばらくその状態が続けば、深雪さんの攻撃によるダウンと見なし、カウントが始まります」

 

 慌てて立ち上がり、剣を構える。幸い、傷はそれほど深くないようだ。痛みは、鈍く、断続的なものに変わっている。

 

 深雪さんが再び気合と伴に剣を振り上げ、踏み込んできた。ヤバイ! あたしは、とっさに頭上に剣を構えた。しかし、剣と剣がぶつかると思った瞬間、深雪さんの剣が、動きを変えた。大きく下に回り込む。突然の動きに、あたしは反応できない。深雪さんの剣は、まっすぐに、あたしの胴に襲い掛かった!

 

 がつん!

 

 再び耳障りな金属音が鳴り響く。深雪さんの剣は、正確にあたしの胴を捉えていた。幸い、あたしが身に着けている鎧はお腹もガードされている。斬られることはなかったけれど、衝撃までやわらげてはくれない。剣の衝撃は鎧全体に及び、まるで全身をハンマーで殴られたような痛みに襲われ、あたしはまた尻餅をつきそうになった。

 

 そこへ。

 

 再び、深雪さんの剣が襲い掛かってくる。

 

 今度は、剣先がまっすぐ飛んできた。あたしの喉元を狙った突きだ! ウソだろ! あんな大きな剣で首を突かれたら、即死は免れないぞ!?

 

 全身に痛みが走っていても、それでも本能が身体を動かした。右肩を後ろに下げ身体を反らす。なんとか直撃だけは避けたけど、また、鋭い痛みが走った。尻餅をと付いて倒れる。首を触ると、またも、どろりとした生温い感触。手のひらを見ると、べったりと、血が付いていた。

 

「ひぃ!」

 

 情けない悲鳴を上げ、あたしは手に付いた血を身体にこすり付けた。身体に赤い模様が広がるだけで、手に付いた血は取れない。それでも、あたしは手をこすりつける。

 

「カスミさん、ダウン。カウントを始めます。1……2……」

 

 カウントが始まったけど、あたしの耳には届いてなかった。ただ、手に付いた血を落とすため、身体にこすり付ける。はたから見たら、狂ったように、と言われるだろう。

 

「――立ちなさい」

 

 低く、冷たい声がした。

 

 深雪さんだ。

 

 一瞬何を言われたのか分からず、あたしは深雪さんを見上げる。

 

「……4……5……」

 

 カウントは続いている。

 

「立ちなさい」深雪さんが、再び冷たい声で言う。「その程度の傷なら、まだ戦えるでしょ?」

 

 戦える? 冗談じゃない。右腕は斬られて剣はうまく持てないし、身体中痛いし、首なんか、もしかしたら静脈が斬れてるかもしれないんだぞ? そんな状態で、戦えるわけないだろ?

 

「……6……7……」カウントは続く。このままだと負けだけど、もう、知ったことか。

 

「さっさと立てぇ!!」

 

 深雪さんが、突然吼え、

 

 ガツン、と、剣を地面に叩きつけた。

 

 あたしがヴァルキリーズに加入して、3年が経つ。その間、ずっと深雪さんと一緒に活動してきたけれど。

 

 こんな姿は、初めて見た。

 

 普段は、どちらかと言えばおしとやかな人だ。歌やダンス、剣道の時は、人が変わったように真剣に取り組むけれど、ここまで激しくはない。

 

 今の深雪さんの姿は、まるで鬼だ。

 

 その、あまりの豹変ぶりに、あたしは思わず立ち上がってしまう。

 

 カウントが止まった。

 

 深雪さんが剣を構えたので、あたしも構える。きっと、今のあたしの構えは、腰が引け、腕は震え、顔は怯え、それはそれは情けない姿なのだろう。

 

「――ぁぁぁぁあああああ!!」

 

 深雪さんの声はもはや獣のような叫びだった。剣が振り下ろされる。すでに戦意なんてほとんど残っていないあたしだけど、それでも本能が身体を動かす。振り下ろされた剣を受け止めた。鋭い金属音。飛び散る火花。再び剣があたしを襲う。受け止める。剣が襲う。身をよじってかわす。剣が襲う。受け止める。何度も、それを繰り返す。再び鍔迫り合いの状態になった。強く押され、あたしはまた尻餅をついて倒れた。

 

「――スリップによる転倒。カウントはありませんが、しばらくカスミさんがその状態のままだと、カウントが始まります」

 

 案内人の声など、もう、あたしには届いていなかった。

 

 ――誰だ? この人は?

 

 目の前の、鬼を見上げる。

 

 あたしの知っている深雪さんは、こんな人ではなかったはずだ。特殊能力を使い、他の人が化けているんだろうか? そんなことを思ってしまう。

 

「――情けないわね」深雪さんが、相変わらず低く、冷たい声で言う。「それくらいの傷で戦意を喪失するなんて、それでも、アイドル・ヴァルキリーズのセンターポジション経験者なの?」

 

 センターポジション経験者? そんなの、関係ないだろ! これだけ斬られ、血が出たら、誰でも戦意を無くすだろ!

 

 ――なんて言うと、ますます深雪さんは鬼と化しそうなので、ただ、黙って見上げる。

 

「前から、あなたのことは好きじゃなかったのよ。あたしだけじゃない。きっと、亜夕美も同じ。運だけで、あたしと亜夕美が護ってきたブリュンヒルデのポジションを奪ったあなたが、あたしは――あたしたちは、許せないのよ!!」

 

 第1回のくじびき大会のことか? そんなの、仕方ないだろ? そういうルールなんだから。文句なら、企画した運営に言えよ。

 

「『文句があるなら、企画した運営に言えよ』って、顔をしてるわね?」深雪さんは、まるであたしの心を読んだかのように言った。「――そういう考え方が、気に入らないって言ってんのよ!!」

 

 吼えるように言うと、深雪さんはあたしの左腕を取り、引っ張った。無理やり立たされるあたし。

 

「構えなさい!!」鬼のような顔で叫ぶ。

 

 ……イヤだ。もうイヤだ。戦いたくない。痛いのはイヤだ。帰りたい。帰らせて。泣きそうになる。

 

「――あの時も、そんな顔してたわね」

 

 あの時? いつのことだ?

 

「くじびき大会でセンターポジションに選ばれて、テレビに出る度に、みんなからバッシングされて、バカにされて、あなたはいつも、そんな顔してた。『もうイヤだ。歌いたくない。帰りたい』。あなたは逃げることしか考えてなかった。今もそう。あなたはあの時から、何にも成長してないのよ! よくそんなことで、またヴァルキリーズのセンターポジションをやりたいなんて思えるわね!」

 

 ――――。

 

「まさか忘れたわけじゃないでしょうね? あの時、あなたがセンターポジションに立ったことで、ヴァルキリーズ全体がバッシングされたんだ。今じゃ、『気まぐれ女神のほほ笑み』は、完全に黒歴史扱い。それでも! それを悔しいと思って、それを力にして! 努力を続けて! バカにした人たちを見返してやろうっていう気持ちがあなたの中にあるなら、まだ救いはあったのに……今のあなたは何!? なにも成長していない。ランキングもランク外のまま! 恥ずかしくないの!? 悔しくないの!? そんなんで、またセンターポジションに立てるとでも思ってるの!? そのうちまた運が巡って来るとでも思ってるの!? ふざけないで!! あなたは1度、大きなチャンスをムダにした! もう2度と、チャンスなんて来るもんか! やる気も実力も無い人に、何度チャンスを与えてもムダなのよ!!」

 

 深雪さんが剣を振り上げる。あたしも剣を構える。剣が交わる。金属音が響く。火花が散る。

 

「あんたなんかに、もう2度と、センターポジションは渡さない! 渡すもんか!!」

 

 その、深雪さんの叫び声と共に。

 

 鋭い一撃が、あたしの剣を弾いた。

 

 何とか手放さずに済んだけど、頭が、ガラ空きになった。

 

 そこへ。

 

 深雪さんの剣が、振り下ろされる。

 

 本物の刃が付いた剣だ。ヘタをすると、あたしの頭なんて真っ二つだ。

 

 仮に刃の無い模造剣だったとしても、それは鉄の塊だ。頭を割られることに変わりはない。

 

 剣で受け止めるのはムリだ。瞬間、剣を持つ右手が離れ、深雪さんの腕を受け止めた。

 

 でも、完全に受け止めることはできず。

 

 がつん!

 

 鈍い音。

 

 同時に、稲妻のような痛みが、頭から全身へ駆け抜けた。

 

 そして、たらり、と、生温い液体が、額を、眉間を、鼻の横を、口の横を、流れ落ちる。

 

 目の前が、真っ暗になった。

 

 次の瞬間、顔面をハンマーで殴られたような衝撃。そして、口の中に、血と、土の味が広がる。

 

 ――あたしは、倒れたのか。

 

 目が開かない。確認のしようがないけど、きっとそうだろう。

 

 深雪さんの剣の一撃を喰らい、あたしは顔面から倒れたんだ。

 

 今日3度目顔面強打だ。もう、血と土の味にも、すっかり慣れたな。

 

「カスミさん、ダウン。カウントを始めます」

 

 案内人の声が聞こえた。聞こえたけど、反応はできない。身体は動かない。目を開けることすらできない。半分意識を失っているようなものだ。

 

 でも、声は聞こえる。

 

「まさか、もう終わり? 冗談だよね? その程度の傷じゃ、他の娘は誰も諦めたりしないよ? 亜夕美も、燈も、エリも。もちろん、あたしもね」

 

 ……そんなわけないだろ。頭カチ割られて、それでも立ち上がって戦うなんて、誰ができる? 最強忍者の燈だってムリだろ。

 

「……1……2……」

 

 カウントが始まった。10カウント以内に立ち上がらないと負け、ゲームから追放され、ゲームオーバー。あたしのセンターポジションへの挑戦は終わり。そして、あたしのヴァルキリーズの活動も終わりだ。この大会で上位に残れなければ卒業。初めに決めたことだ。

 

 でも、それでもいいや。

 

 こんな痛い思いをしてまで、センターポジションになる必要はない。こんな痛い思いをしてまで、アイドル・ヴァルキリーズでいる必要はない。

 

「……3……4……」案内人の声。

 

 もう、このまま寝てよう。それで、この痛みから解放されるんだ。この苦しみから解放されるんだ。それでいいじゃないか。

 

「ふん。あなたがそれでいいなら、別にかまわないけどね」深雪さんの声。「あなたみたいな人が、ヴァルキリーズのセンターポジションだったなんて、いい迷惑だわ。この大会が終わったら、あなたはもう、ヴァルキリーズを卒業しなさい」

 

 言われなくても、最初からそのつもりだよ。こんな痛い思いをさせるアイドルグループなんて、もうゴメンだ。

 

 そうだよ。

 

 こんな痛い思いをしてまで勝ち残ったところで、どうせまた、みんなから大バッシングされるだけなんだ。

 

 それなのに。

 

 なんであたし、またセンターポジションに立ちたい、なんて、思ってたんだろ?

 

 なんであたし、ヴァルキリーズに残ってたんだろう?

 

 あたしがいなくても、誰も気づかない。誰も困らない。

 

 あたしの代わりなんて、いくらでもいる。

 

 あたしみたいな干されメンバー、いてもいなくても同じなのに。

 

 ははは。バカバカしい。

 

 なんであたし、3年間もヴァルキリーズにいたんだろう?

 

 深雪さんの言う通りだよ。

 

 あたしは1度、大きなチャンスをムダにした。

 

 どんなに大きなチャンスを与えられても、それを活かす力が無ければ、ムダなんだよ。

 

 あたしは3年間、何を期待してたんだろう?

 

 なんで、ヴァルキリーズに居続けたのだろう?

 

 なんで、またセンターポジションに立ちたかったのだろう?

 

 もう、分からない。もう、どうでもいい。もう、これで終わりだ。

 

 ――そう。

 

 これで、終わりなんだ――。 

 

 

 

《前園カスミの初センターポジション曲だけど、ぶっちゃけどうだった?》

 

 

 

 …………?

 

 今のは、何だ?

 

 その声は、深雪さんでもない。案内人でもない。亜夕美さんでも、燈でもエリでも、他のヴァルキリーズのメンバーでもない。

 

 

 

 《一言で言うとクソ曲》

 

 

 

 また、同じ声だ。

 

 

 

 《そうなの?》

 

 《センターに華が無い。これにつきる》

 

 

 

 ……声は続く。同じ声に聞こえるけど、会話しているように聞こえる。

 

 

 

 《後列の深雪の方が目立ってたからな》

 

 《同感。なんであんな奴がセンターポジションなんだよって思ったよ》

 

 

 

 …………。

 

 ……この会話、なんか、聞き覚えあるな。

 

 

 

 《そういうルールなんだから仕方ないだろ》

 

 

 

 いや、これは、会話じゃない。

 

 

 

 《黒歴史確定だな。今までセンターポジションを務めてきた深雪や亜夕美に謝れって感じだわ》

 

 

 

 文字だ。文字で見たんだ。

 

 アレは確か……そう。あたしがセンターポジションを務めた『気まぐれ女神のほほ笑み』を、テレビで初披露した日の、インターネット大型掲示板サイトの書き込みだ!

 

 でも、なんで今、それが聞こえるんだ? いや、聞こえてるんじゃなくて、思い出してるのかな? どうやら、意識がかなり混濁しているみたいだな。まあ、そのうち気を失うから、別にいいけど。

 

 

 

 《見損ねたんだがそんなにダメだったの? マンガで例えるとどれくらい?》

 

 《深雪が悟空でカスミはサイバイメン》

 

 《自爆すれば飲茶くらいは道連れにできるってことか》

 

 《よく分からんが、要するにカスミ爆死しろってことでOK?》

 

 《大体あってる》

 

 

 

 ははは。そう言えば、そんなこと言ってたな。何のことかはよく分からないけど。

 

 

 

 《歌もダンスもダメダメ。マジメに練習してないだろ、アイツ》

 

 

 

 ヒドイこと言うなぁ。確かに歌もダンスもダメダメだったけど、あのときあたし、結構頑張って練習してたんだけどな。なんせ、アイドル・ヴァルキリーズのセンターだぞ? テレビの全国放送で初披露だぞ? デビューまだ1年も経ってないんだぞ? そんな状態で練習せずに本番に挑むほど、あたし、心臓強くないんだけどな。

 

 

 

 《デビューしてまだ半年程度という点を差し引いてもアレは無いよな》

 

 《まあ、プロとして舞台に立つ以上、デビュー半年とかベテランとかは関係ないからな。顔が可愛けりゃまだなんとかなったんだが、それも……》

 

 《やっぱくじ引きなんかでポジション決めちゃいかんだろ。完全に企画倒れ》

 

 《企画自体は悪くなかっただろ。ただ、勝ち残ったやつがダメだっただけだ》

 

 《だな。もし来年もやるなら、イカサマでもいいから、もっと華のあるヤツ勝たせてほしいわ》

 

 

 

 ホント、言いたい放題言うよな。言ってる方は何気ない気持ちで言ってるんだろうけど、言われてる方は、結構こたえるんだよね。あたし、当時この書き込みを見て、一晩中泣いたっけ。

 

 そう言えば、この特別称号争奪戦が決まった時も、ヒドイこと書かれてたな。

 

 

 

 《大会が告知された時、めっちゃガッツポーズで叫んでたよ》

 

 《見た見たwww テンション上がり過ぎwwww》

 

 

 

 そうそう。それそれ。ほっとけっつーの。

 

 

 

 《そりゃあカスミみたいな干されメンバーは、特別称号争奪戦くらいしか出番ないからなwww》

 

 《カスミさん必死だなww どうせ優勝するのは推されメンバーなのに、ご苦労なこったwwww》

 

 《オレ、愛知ドーム近くのTATUYAのゲームコーナーで働いてるけど、コンサートの後、カスミがやって来て、箱とアイドル・ヴァルキリーズ・オンラインのソフト一式買って行ったよ。大会の為だったんだな》

 

 《うわぁ……必死過ぎて引くわ……》

 

 《誰もカスミの優勝なんか望んでないっつーのw》

 

 《まだセンターポジションに未練があるのか? 1度やってダメなら、何回やってもダメだろ。もう諦めて卒業しろよ》

 

 《「女神は気まぐれだから、きっとまた、あたしに微笑んでくれる」とかウゼーこと考えてるんだろうな》

 

 

 

 いいだろ、別に。あたしが必死になろうと、ゲーム機買おうと、センターポジション目指そうと、あたしの勝手だろ? どうして他人にどうこう言われなきゃいけないんだよ?

 

 ……ま、しょせんはネット上の発言。どうせ、匿名じゃないと言いたいことも言えないような人たちだ。無視無視。ネットの匿名の書き込みは気にするな、って、キャプテンやマネージャーから、いつも言われてる。今もテレビでこの大会の様子を見て、言いたい放題言ってるんだろうな、きっと。

 

 

 

 《カスミ、ダウン! 本日3度目の顔面ダイブ!!》

 

 

 

 そうそう。きっと、そんな感じ。

 

 

 

 《さすがにもう立てないか?》

 

 《ま、しょせんカスミなんかが、我らが神撃のブリュンヒルデ・深雪様に戦いを挑むのが間違いだwwww》

 

 《そもそもコイツがセンターポジション経験者に含まれているのが間違いwwww》

 

 《だな。まだヴァルキリーズの人気が爆発する前の話だし、無かったことにしていいんじゃね?》

 

 《賛成! 『気まぐれ女神のほほ笑み』は、アイドル・ヴァルキリーズの歴史から削除されました!!》

 

 《おめでとう!》

 

 

 

 …………。

 

 無視無視。こんなの、気にしてたらキリがない。無視するのが一番だ。

 

 

 

 《ついでにカスミの存在自体も抹消してしまおうwwwww》

 

 《そんなことしなくても、最初からいないのとおんなじだwwwwwwwww》

 

 《確かにwwwwwwww オレも今日久しぶりに見て、こいつ誰だっけ? って思ったもんwwwww》

 

 

 

 ……無視だ。無視無視。気にしない気にしない。

 

 

 

 《オレ、今でも誰かわからんwww 誰か3行で説明してくれwww》

 

 《干されの1人》

 

 《1行wwwwww》

 

 《カスミの説明に3行もいるかwww 紙面のムダ使いだwwww》

 

 

 

 …………。

 

 

 

 《つーかもうカスミの記録は抹消されたから、話題は禁止だwwww》

 

 《そうだな。さあ、特殊ミッションは敗者無しってことで、ゲーム再開だwwwwwwww》

 

 《おお!》

 

 

 

 ……さい。

 

 

 

 《第2フェイズ終了! 4人が新たに離脱! 第1フェイズと合わせ、計7人離脱! 残りは40人!》

 

 《あれ? ヴァルキリーズって47人だっけか?》

 

 《そうだよ? 何言ってんの?》

 

 《ゲームが始まった時、48人いた気がしたんだがwwwww》

 

 《何それ怖いwwww》

 

 

 

 ……うるさい。

 

 

 

 《そう言えば、幽霊みたいなやつが1人いたなwww》

 

 《ああ、確かにいたな。名前は忘れたけどwwww》

 

 《誰だっけwwww》

 

 《うーん。思い出せないけど、どうせいてもいなくても同じだよwwwww》

 

 《だなwww 気にするだけ時間のムダだwwwwww》

 

 

 

 うるさい。

 

 

 

「――あなたなんて、どうせ、ヴァルキリーズにいてもいなくても、同じなんだから」

 

 吐き捨てるような、深雪さんの声。

 

 あたしは。

 

 

 

 ……うるさい……うるさい……うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい、うるさあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああい!!

 

 

 

 無意識に声を上げ。

 

 そして。

 

 

 

「……9……」

 

 

 

 無意識に、立ち上がっていた――。

 

 

 

 

 

 


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