ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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サプライズ!

 その後、3日間の練習を無事に終え、アイドル・ヴァルキリーズ五大ドーム公演は幕を開けた。

 

 リハーサル中のキャプテンの厳しい叱咤のおかげか、愛知ドームのコンサートは大きな問題もなく進み、無事、2日間の日程を終えることができた。

 

 

 

 そして――。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「――みなさん!! どうも、ありがとうございましたぁ!!」

 

 コンサート最終日、予定されていた演目をアンコールまで無事に歌い切ったあたしたちは、キャプテンの由香里さんの言葉とともに、観客のみんなに深く頭を下げた。広いドーム球場内の客席を埋め尽くしたファンの拍手と歓声がひときわ高くなり、まるで雷鳴のように鳴り響いた。コンサートやライブ終了時の拍手や歓声は、あたしたちには何ものにも代えがたい報酬だ。不眠不休で練習を繰り返し、激しいダンスで本番中倒れる娘も少なくないけれど、この瞬間、今までの苦労が全て報われるのだ。

 

 しかし、これで終わりではない。

 

 アイドル・ヴァルキリーズのコンサートの最終日には、今後のイベントスケジュールの発表など、何かしら大きな発表を行うのがお決まりだ。いわゆる、サプライズ発表である。

 

 拍手と歓声が徐々に小さくなる。しかし逆に、観客の期待度は、どんどん上がって行く。

 

 その時、会場内の照明が落ちた。

 

 おお、と、観客と、ヴァルキリーズのメンバーが同時に声を上げる。

 

 しばらくして、ドーム球場のスコアボード隣、オーロラビジョンに、ゆっくりと文字が浮かび上がる。会場中の視線が、そちらに向けられた。

 

 

 

“アイドル・ヴァルキリーズ 第4回特別称号争奪戦 開催決定!! 2013.10.18 日本武闘館”

 

 

 

 再び会場がどよめいた。しかし、やや控えめなどよめきだった。まあ、それも当然で、この時期のイベント告知は、どうしても、秋の特別称号争奪戦になってしまう。みんな、ある程度は予想していたのだ。

 

 それでもあたしは、思わず、よし! と、小さくガッツポーズをしてしまう。第4回大会の開催はほとんど決まっていたとはいえ、やはり、正式に発表されると、喜ばずにはいられない。

 

 特別称号争奪戦は、勝ち残れば、それまでの実績、経験、歌やダンスの技術や素質など一切関係なく、冬に発売されるCDシングル曲で、前列に立つことができるのだ。あたしのような『干され』メンバーにとって、正規のランキングを覆すこともできる、年に1度の大チャンスなのである。

 

 周りのメンバーを見る。みんな一様に喜んでいるけれど、やはり、ランキング下位のメンバーの喜びの方が大きいように見えた。コンサート中はあまりやる気を見せなかったヴァルキリーズの問題児・愛子さんとちはるさんのコンビでさえ、目を輝かせて、不敵な笑みを浮かべている。

 

 しかし、問題は、争奪戦の内容である。

 

 特別称号争奪戦は、毎年異なる内容で行われている。第1回大会はくじ引きが行われた。第2回はマラソン大会、去年の第3回は頭脳ゲーム対決だった。今年は何で勝負するのか? ファンの間はもちろん、メンバー間でも、普段から話題になっていた。内容によって有利不利があり、勝ち残るメンバーはかなり違ってくる。あたしは第1回の大会で優勝したけれど、第2回、第3回大会ともに、まったくいいところが無く終わってしまった。マラソンも頭脳ゲームも、完全にあたしの不得意ジャンルだった。できれば、あたしの得意なもので勝負したい。さて、今大会の内容は……?

 

 ネット上の大型掲示板などでウワサされているのが、格闘勝負である。メンバー全員、武術で勝負するというのだ。ヴァルキリーズがデビューして5年。戦乙女として武術を全面的に押し出してきたヴァルキリーズのメンバー内で、一番強いのは誰か? という疑問は、ずっと議論されていた。そろそろ白黒つけてほしい、というのだ。

 

 もっとも、格闘勝負に関しては否定的な意見も多く、あたしたちメンバーも、それはないだろうなと思っている。アイドル・ヴァルキリーズはコンサートやイベントなどで武術の試合を披露することもあるけれど、今の所、異種格闘技戦は行われていない。メンバー同士の剣道の試合、または、空手やキックボクシングなどのプロの格闘家を呼んで、公開スパーリングを行うのが主だ。もちろん、安全面が十分に考慮され、防具付き、もしくは寸止めルールで行われている。これまで、真剣勝負が行われたことはないし、これからも無いだろうと思っている。

 

 しかし――。

 

 続いてオーロラビジョンに浮かび上がった文字に、会場は、大きくどよめいた。

 

 

 

“ついに、アイドル・ヴァルキリーズの真剣勝負が解禁!?”

 

 

 

 メンバーの間にも、動揺が走る。

 

 当然だろう。戦乙女をコンセプトにしているとはいえ、メンバーの大半は、週に2回の剣道の稽古をしているだけで、シスタークラスやソーサラークラスの娘たちは、それすらもやっていない。本格的な武術を身に着けているメンバーはほんの一握りだ。それだけで上位はほぼ確定するし、優勝する娘も、やる前から決まってしまう。

 

 あたしはステージ中央を見た。ランキング3位・武術もできる戦乙女・藍沢エリの隣にいる娘。腰まで伸びた長い黒髪をツインテールに結び、感情の無い目で、オーロラビジョンを見つめている。格闘勝負になれば、優勝はあの娘以外には考えられない。

 

 一ノ瀬燈。あたしやエリと同期の二期生。ヴァルキリーズで圧倒的に最強と名高い娘だ。

 

 燈の使う武術は、なんと、忍術である。つまり、忍者だ。初めて聞いたときは何の冗談かと思ったけれど、これはネタでもなんでもなく、燈は正真正銘本物の忍者なのだ。非常に身のこなしが軽く、バク天バク中は当たり前。以前、テレビの番組で、オリンピック元体操選手から、「余裕で金メダルが取れる」と絶賛されたことがある。手裏剣や刀を使った殺陣の腕前も超一流。握力は100キロを超え、素手でクマを殺し、そのあまりの格闘能力の高さからアメリカの諜報機関・CIAのブラックリストにも載っているという。こんな都市伝説じみた話でさえ、「燈ならひょっとしたら……」と思ってしまうほど、ズバ抜けて最強の娘なのだ。柔道の有段者・愛子さん、マーシャル・アーツの達人・ちはるさん、キックボクシングの元アマチュアチャンピオン紗代さん、この3人が一目を置いている、薙刀の達人亜夕美さん。その亜夕美さんですら、「燈とは絶対に戦いたくない」と言っており、たぶん、他のヴァルキリーズのメンバー全員で束になって戦っても、燈1人に敵わないであろう。

 

 つまり。

 

 格闘勝負になれば、1位のセンターポジションと2位の2列目左側はほぼ(いや、確実に)確定。3位から10位くらいの前列を、愛子さんたち武術の達人が争い、それ以外のメンバーで後列を争う、という、見る方もやる方もあまりテンションの上がらない内容になってしまうことだろう。それだけならまだしも、レベルの違うメンバー同士の対戦になれば、大ケガをしかねない。メンバーが動揺するのも無理はないだろう。これ、大丈夫なのだろうか?

 

 ……いや、待てよ?

 

 オーロラビジョンの文字をよく見る。“ついに、アイドル・ヴァルキリーズの真剣勝負が解禁!?”と、なっている。なんだ? 最後の“!?”は。クエスチョンマークがついているということは、真剣勝負ではないということだろうか?

 

 予想は当たっていた。表示されていた文が消え、新たな文が浮かび上がる。

 

 

 

“第4回特別称号争奪戦・アイドル・ヴァルキリーズ・オンライン決戦!!”

 

 

 

 その瞬間、会場内は歓声と落胆の入り混じったどよめきが上がる。

 

 アイドル・ヴァルキリーズ・オンライン決戦――なんだ、そういうことか。あたしを始め、メンバーのほとんどが、ホッと、胸をなでおろしていた。

 

 アイドル・ヴァルキリーズ・オンラインとは、あたしたちアイドル・ヴァルキリーズのメンバー全48名が実名で登場するテレビゲームである。プレイヤーは好きなメンバーを1人選び、様々なシナリオのゲームに挑戦するのだ。シナリオはたくさんあり、歌やダンスの腕を磨きトップアイドルを目指す王道シナリオもあれば、誘拐されたメンバーを救うため悪の組織と戦うバトルものとか、絶海の孤島にある洋館内で起こった連続殺人事件の犯人を捕まえるといった推理物まである。ゲームが発売されて2年経つけど、続々と新しいシナリオが発売され、人気が衰えることはない。現在人気のシナリオは、今年の4月下旬に発売された『ザ・デッド』である。横浜からハワイ・オワフ島に向かう世界最大級の豪華客船・オータム号内で、乗員乗客が全員ゾンビ化するというアウトブレイクが発生。ゾンビ化を免れたヴァルキリーズのメンバーが生き残りを賭けて戦う、という、サバイバルホラー系のシナリオである。

 

 全てのシナリオは1人で遊ぶこともできるけど、このゲームの最大の特徴は、『オンライン』の名が示す通り、インターネットを通じて、遠く離れた他のプレイヤーと一緒に遊ぶことができる、という点である。同じシナリオでも、遊ぶプレイヤーが違えば展開は大きく異なり、何度でも飽きずに遊ぶことができるのだ。

 

 アイドル・ヴァルキリーズ・オンラインでの特別称号争奪戦か……おもしろそうだな。

 

 残念ながらあたし、ゲームは得意ではない。と、言うより、テレビゲームなんて小学生の頃ちょっと遊んだくらいの素人だ。最近はケータイのソーシャルゲームを暇つぶしにやるくらいかな。アイドル・ヴァルキリーズ・オンラインに関する知識も、ゲーム中に使われるイベントシーンの撮影をした時に、予備知識として勉強しただけだ。ゲーム自体を遊んだことはないんだよね。

 

 でも、これはチャンスだぞ? マラソンや頭脳ゲームなんかより、よっぽど勝ち残る自信がある。ゲームに関しては素人のあたしだけど、たぶん、他のメンバーもあまり変わらないだろう。まあ、1人だけズバ抜けたゲームオタクがいるけど、今から練習すれば、何とかなるかもしれない。大会の開催まで、まだ2ヶ月近くあるんだ。なんてったってあたし、時間だけはたっぷりある干されメンバーなんだから。

 

 ……言ってて惨めな気分になってきたな。まあ、ホントのことだからしょうがないけど。

 

 オーロラビジョンの文字が消え、また新しい文字が浮かび上がって来たので、あたしは気を取り直してそちらを見た。

 

 

 

“特別称号争奪戦のみのオリジナルシナリオ『アビリティーズ』!!

 

 メンバー1人1人異なる特殊能力(アビリティ)を駆使して戦うバトルロイヤル!!”

 

 

 

 うん? 特殊能力(アビリティ)

 

 なんだろう? テレポートとか、テレキネシスとか、超能力みたいなものだろうか? それを駆使して戦う……なるほど。あたしや、シスター・ソーサラークラスの娘みたいに格闘能力が低いメンバーでも、そのアビリティとやらを駆使すれば、愛子さんや亜夕美さんのような武術の達人にも勝てるようになるんだろう。うん。いいシステムだ。

 

 しばらくして、オーロラビジョンの文字が消え、“さらに……”と続いた。まだあるのか? じっと見ていると。

 

 

 

“世界初!! VRMMOシステムでのゲーム化を実現!! 戦乙女たちのリアルな戦闘が展開する!!”

 

 

 

 その瞬間、会場はこれまでにないほどのどよめきに包まれた。

 

 VRMMOシステム? なんだろう? 分からないけれど、会場がどよめいたのはそれが原因だろう。周りのメンバーを見る。誰も分かってないようで、困惑の表情だ。

 

 でも、1人だけ。

 

「VRMMOシステム!? ホントですか!? やったぁ!!」

 

 と、ハイテンションな声で叫ぶ娘がいた。見ると、三期生の桜美咲だった。美咲はトレードマークのサイドテールの髪を揺らし、子供みたいにぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでいる。どうやら、VRMMOというのが何か、理解しているらしい。

 

 桜美咲、三期生の18歳。身長150センチほどの小柄な身体とサイドテールの髪型、そして、子供のような言動が特徴。さっきあたし「1人だけズバ抜けたゲームオタクがいる」と言ったけど、あの娘がそうだ。とにかくゲームが大好きで、普段から、携帯ゲームはおろか、テレビにつなぐ据置型ゲーム機まで持ち歩いているというツワモノ。会話の内容の8割がゲームに関することで、その内の9割9分はマニアックすぎてメンバーの誰も理解できない。しかし、それがファンの間では大好評。「妹系ゲームオタク」というキャッチコピーで人気が爆発。今年の春のランキングでは三期生最高位の7位を獲得するという快挙を成し遂げた。今、ヴァルキリーズ内で最も追い風が吹いている、最強の『推され』メンバーである。

 

「美咲――」と、隣のメンバーが声をかける。「VRMMOシステムって、何?」

 

 みんなも美咲を見る。やはり、気になるのだろう。

 

 美咲は興奮を抑えられない口調で話し始めた。「ゲームの世界にあたしたちが入れるんですよ!! 分かりやすく言えば、あたしがマスターチーフになってコヴニャンコと戦ったり、若葉先輩がマースカ軍曹になってローカトスどもをチェーンソーでぶった切ったり、エリ先輩がタンクになって田代病院の屋上でフラシンスの燈先輩をパンチでぶっとばすことができるんですよ!!」

 

 目をキラキラさせながら早口でしゃべる美咲だけど、何を言ってるのか誰も理解できなかった。どこが分かりやすいんだ。まあ、美咲に訊いたのが間違いだろう。誰か、まともな解説できる人はいないのか?

 

「VRMMOは、Virtual Reality Massively Multiplayer Onlineの略よ」

 

 落ち着いた口調で言ったのは、インテリアイドルの緋山瑞姫さんだった。

 

「バーチャル……なんですか?」思わず訊き返すあたし。発音がネイティブすぎてまったく聞き取れなかった。

 

「ヴァーチャル・リアリティ・マシヴェリィ・マルチプレイヤー・オンライン」ゆっくりと言う瑞姫さん。「簡単に言うと、仮想現実空間に大勢の人間が集まってプレイするゲームのこと」

 

「仮想現実空間に集まるって……美咲の言う通り、ゲームの世界に入れるってことですか!?」

 

「そういうこと。普通、ゲームはモニターを見ながらプレイするけど、このシステムには必要ない。ゲーム機と人の脳を、直結することができるの。と言っても、頭に針を刺したりするわけじゃないから、安心して。ヘッドギアみたいなのをかぶるだけ。人体には、全く害はないわ。ゲーム機が作る映像を直接脳に送るから、目の前にはゲームの世界が広がる。当然、物に触ったら感触があるし、ゲーム世界の音もリアルに聞こえる。ゲーム機が脳波を読み取るから、コントローラーを持つ必要もない。歩いたり走ったりも思いのまま。当然、戦うことも、ね」

 

 ……SFの世界だな、まるで。そんなことが、現代の科学力で可能なの? しかも、そんなすごいシステムを、ヴァルキリーズの特別称号争奪戦に使うなんて、一体、どうなってるんだ?

 

 瑞姫さんは続ける。「本当は、全身麻痺などの患者の心をケアする目的で開発したシステムだけど、プロデューサーが、どうしても特別称号争奪戦に使いたい、って言うから、仕方なく提供したの」

 

「へぇ。そうなんですか」

 

 と、何気なく相打ちを打ったけれど。

 

 …………。

 

 今、瑞姫さん。さらっと、とんでもないことを言わなかったか?

 

 全身麻痺などの患者の心をケアする目的で開発したシステム? 仕方なく提供した?

 

「ん? どうしたの?」と、瑞姫さんが不思議そうな顔で見る。

 

「いや、その……ひょっとして、このVRMMOシステムって、瑞姫さんが作ったんですか?」

 

「そうよ? それがどうかしたの?」

 

 ……いや、どうかしたの? じゃないでしょう。なんでアイドルが、そんなすごいシステムを作れるんだ? 確かに瑞姫さんは、インテリキャラだけど、大学は、K大の看護学部卒業のはずだ。つまり、看護師である。大学卒業で看護資格があるから、ヴァルキリーズでは、ソーサラーとシスターの混成クラス・ウィザードに属している。実際に頭がいいのは確かだけど、VRMMOなんてシステムを作るには、コンピューターの知識だけでなく、脳科学とかの知識も必要だぞ? そんなの、どこで身に着けたんだ?

 

「ああ、安心して」と、瑞姫さんは笑った。「あたしが開発したのは、VRMMOのシステムだけ。ゲームの開発には関わってないから、大会であたしが有利ってことはないわ」

 

 ……いや、そんなことを気にしているんじゃないんだけどね。

 

 まあいい。もともと瑞姫さんは謎の多い人物だ。昔はイラクやアフガニスタンなどの戦場を渡り歩き、医療活動をしていた、なんて、ホントかウソか分からないウワサもある。あまり深く考えない方がいいだろう。

 

 それよりも。

 

 VRMMOシステムによる、アイドル・ヴァルキリーズ・オンラインでの、特殊能力バトル――。

 

 どんな戦いになるのか、全く想像がつかないけれど。

 

 やってやろうじゃないの。

 

 この戦いに勝てば、これまでの実績、経験、スキル、人気に関係なく、アイドル・ヴァルキリーズのセンターポジションに立つことができる。

 

 あたしたち『干され』メンバーは、年に1度のこの大会に賭けている。

 

 正規のランキングで上位に入らなければ、その1年間、ステージ上で前に行くことはできない。テレビや雑誌などのメディアへの露出も、極端に少なくなる。つまり、目立つことはできないのだ。だから、その翌年のランキングでも、上位に行くことはまず無理だ。

 

 特別賞争奪戦は、そんな『干され』メンバーに与えられた、数少ないチャンスなのだ。

 

 このチャンスを逃せば、また1年間、チャンスは回って来ないだろう。

 

 あたしも、もうデビューして3年以上経つ。その間、ずっと干されメンバーだった。

 

 もし、今年のこのチャンスを活かせなかったら、きっと、この先もずっと、干されメンバーのままだろう。

 

 それならば、いっそのこと、ヴァルキリーズを卒業した方がいいかもしれない。

 

 アイドル・ヴァルキリーズだけがアイドルではない。他にもアイドルグループはたくさんあるし、ソロアイドルだってたくさんいる。ヴァルキリーズがいかに国民的アイドルグループとは言え、干されメンバーでチャンスを与えられないのなら、ずっとしがみついている必要はないだろう。

 

 それに――。

 

 アイドル以外の道も、考えた方がいい時期かもしれない。

 

 ヴァルキリーズでダメだったから他で、というのは、あまりにも甘い考えだ。他のアイドルグループに属したり、ソロで活動したところで、成功する望みはあまりないだろう。それは分かっている。きっとあたしは、アイドルには向いていないのだろう。まあ、それはそうだ。あたしなんて、かわいくないし、歌はヘタだし、ダンスもうまくないし、なんでアイドル目指したんだろう、って、今になって思う。幸いあたしはまだ18歳だ。やり直しはいくらでもできる。

 

 ――よし。

 

 あたし、前園カスミは、第4回特別称号争奪戦で上位に入れなければ、ヴァルキリーズを卒業します。

 

 胸に誓う。

 

 もちろんそれは、ネガティブな誓いではない。

 

 絶対に優勝してやる! という、固い決意だ。

 

 あたしは、両手を拳に握ると。

 

 ドーム球場中に響きわたるほどの大きな声で、メンバーみんなも、会場のファンのみんなも、ビックリするほどの大きな声で。

 

「よしゃああああああぁぁぁぁ!! やってやるぞおおおおおぉぉぉぉぉ!!」

 

 魂のすべてを込めて、叫んだ。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 そして、あっという間に時は流れ。

 

 

 

 10月18日。特別称号争奪戦当日――。

 

 

 

 

 

 


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