ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~ 作:ドラ麦茶
「――これで良し、と」真穂さんの傷を消毒し、目立たないよう小さな絆創膏を貼り、エリは言った。「幸い傷は小さいですから、コンサート中は、メイクで隠せば目立たないと思います。まったく、ビックリさせないでくださいよ」
「あはは。ゴメンね、エリ」真穂さんは苦笑いをした。
「それにしても、ちょっと気に入らないことがあったからって、すぐに暴れて、挙句に関係ない人にケガをさせて……ホント、困った人がいるもんですね」
エリは、わざとらしく大きな声で言った。もちろん、ちはるさんのことである。
ちはるさんが、鋭い目でエリを睨んだ。
いつもなら、ここでまたひと悶着起こるところだけど。
「……うるせぇ。手当てが終わったんだったら、さっさと帰れ」
ちはるさんは、小さな声でそう言うと、プイっと、そっぽを向いた。
「おや? どうしたんですか? いつもみたいに、暴力に訴えないんですか? ちはるさん、それしか取り柄ないでしょう?」よせばいいのにさらに挑発するエリ。
でも、ちはるさんは聞こえないふりをした。
「……さすがに真穂さんにケガをさせたのはマズかった、って、思ったんじゃない?」あたしは小声で言った。
「へぇ。あの人にも、そんなまともな神経が残ってたんだ。意外ね」
ホントにこの娘は口が減らないな。まあ、あたしも同感だけど。
真穂さんが立ち上がった。「じゃあ、ありがとね、エリ。由香里に気づかれたらいけないから、早く戻って」
「分かりました」エリは応急手当のキットを片付け始めた。「今回のことは、真穂さんに免じて、誰にも言いませんけど、今度こんなことがあったら、ちゃんと報告しますからね。キャプテンだけでなく、事務所やプロデューサーにも」
「分かってるって。じゃ、ホントに助かったよ」
真穂さんはウィンクすると、まだ泣き続けている真理の所へ走って行った。
「……で、真理は何で泣いてるの?」応急手当のキットを片付け終え、エリが立ち上がる。
「まあ、ちはるさんが、ね」
あたしは真理が泣き出したいきさつを話した。
エリは、大きくため息をついた。「……分からないわねぇ。デビューしてまだ1年も経ってない四期生が、ドームコンサート限定とはいえ、新ユニットの主役に抜擢されて、なんで泣く必要があるの? こんなチャンス、そうそう無いでしょうに」
「そりゃあ、エリみたいに図太い神経してればそう思えるでしょうけどね。真理みたいな気弱な娘には、相当なプレッシャーなんだよ」
「失礼なこと言うわね。あたしのハートは、ガラスのように繊細なんだから」
エリのハートがガラスだと言うのなら、それはきっと、対戦車用ロケット弾の一撃にも耐える、厚さ12センチの特製防弾ガラスだろう。
「――ま、真理の気持ちは分からないではないけどさ」と、エリは続ける。「泣いたって、何の解決にもならないでしょうに。イヤなら、他の娘に譲ればいいのよ。こんな大きなチャンス、欲しくても貰えない娘が、山ほどいるのにね」
…………。
そう、なのだ。
真理はまだ、デビューして1年にも満たない。
なのに、こんなに大きなチャンスを貰っている。
一方で。
歌いたいのに、歌わせてもらえない娘がいる。努力しても、認めてもらえない人がいる。
その差は、何なんだ?
少し前、エリは愛子さんに「推されるのも干されるのも、それだけの理由がある」と言った。
真理が推されるのにも、あたしたちが干されるのにも、理由がある。それは多分、間違いないだろう。
でも、その理由は、いくら考えても分からない。
――気まぐれ女神のほほ笑み、か。
3年前、くじ引きであたしがセンターポジションに選ばれた時の歌。その歌詞の一部が思い浮かぶ。
気まぐれな女神が君に微笑んだ
チャンスは今だ さあ 走り出そう
デビュー数ヶ月で、突如、脚光を浴びることになったあたしをイメージして作られた詩だ。
今の真理にも、この詩は当てはまる。
「――ねぇ、エリ」
「ん?」
「プロデューサーは、なんで真理に、こんな大きなチャンスを与えたのかな?」
エリは、視線を少し上に向け、うーん、と唸ると。
「――さあ? いつもの気まぐれじゃない?」
とぼけたように笑った。