ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~ 作:ドラ麦茶
キャプテンが、簡単に今後の練習のやり方や心構えについて話し、その後、全体練習の再開となる。
キャプテンがいない間の1時間ほどの休憩が効いたようで、みんなの動きは多少良くなり、なんとかまとまって来た。もっとも、キャプテンはまだまだできに満足していない様子だったけれど、同じところばかり練習しているわけにもいかないので、明日以降の課題となり、次の練習に移ることになった。
「じゃあ、各パートのメンバーに別れて、それぞれ練習開始!!」キャプテンが手を叩いて叫んだ。
コンサートは長丁場だから、全員がずっと舞台に立っているわけではない。オープニングの3曲はメンバー全員で歌う曲から始まるけど、その後は、ソロや派生グループでのパートに入る。あたしは、今回のコンサートでの限定ユニット、『アスタリスク』のメンバーに選ばれた。新曲が2曲、このユニットのために書き下ろされている。恐らく、コンサートでの評判が良ければ、今後、本格的なデビューもあり得るだろう。あたしのような干されメンバーには願ってもないチャンスと言えるけど、実はこれが、現在あたしの最大の頭痛の種である。
と、言うのも。
「――じゃあ、アスタリスクのメンバー、集まってくださーい」
キャプテンと同じようにパンパンと手を叩きながら言ったのは、さっき愛子さんたちのケンカを止めた小橋真穂さんだ。あたしと、相変わらずめんどくさそうな表情でのそのそと歩いてくるヴァルキリーの問題児・並木ちはるさん、そして、一期生の吉岡紗代さんという人と、四期生の朝比奈真理という娘が集まった。
「それじゃあ、とりあえず頭からやっていこうか?」
真穂さんが言い、全員配置につく。中央に真理が立ち、その後ろに、左から、あたし、真穂さん、ちはるさん、紗代さんの順に並ぶ。
「じゃあ、行くよ? 1・2・3・4!」
真穂さんの掛け声に合わせ、真理が歌い始める。あたしたちはお互いの動きを確認しつつ、振りを合わせていく。AメロからBメロ、そして、サビのパートに入っても、それは変わらない。真理が歌い、他の4人は踊る。
そう。
この曲に、あたしたちの歌うパートはない。もうひとつの曲も、同じである。
要するに、あたしたちは、真理のバックダンサー扱いなのだ。
朝比奈真理。15歳の四期生。ランキング2位の本郷亜夕美さんに可愛がられていて、テレビなどにもちょくちょく出演している。その影響からか、今年のランキングでは28位を獲得。決して高ランクとは言えないけど、四期生はヴァルキリーズに入ってまだ1年にも満たないので、ランクイン自体が快挙と言っていい。そのため、運営サイドから目を付けられたのだろう。今回の新ユニット『アスタリスク』の主役に抜擢されたのである。来年のランキングでは、称号を獲得するのでは? とウワサされている。早くも『推され』が確定した娘だ。
「はん、まったく、泣けてくるねぇ」ダルそうに踊りながら、ちはるさんがぼやくように言う。「何が悲しくて、こんな入ったばかりのガキのバックダンサーをしなくちゃいけねぇんだよ」
それが聞こえたのだろう。真理は後ろを気にするようなそぶりを見せ、歌声が小さくなった。
「ほら。文句言わない。集中集中」真穂さんが言った。
もちろん、ちはるさんは黙ったりしない。「文句のひとつでも言わないと、やってられないだろ? こっちは5年もヴァルキリーズでやって来たんだぞ? それがこの扱いかよ」
「おい――」と、一番向こう側の紗代さんが、踊りながら言う。「文句があるなら、直接運営に言え。その度胸が無いなら、黙って踊ってろ」
ちはるさんは、紗代さんに視線を向ける。「なんだよ紗代。お前は、この状況に納得してるって言うのか?」
「納得はしてないさ。でも、文句を言ったって、何にも変わらない。だから、今やれることをやるだけだよ」紗代さんは、ちはるさんと視線を合わすことなく言った。
吉岡紗代さん。一期生で、ランキングは22位。キックボクシングの使い手で、アマチュアのチャンピオンだったこともあるらしい。ヴァルキリーズのデビュー当初は『美少女キックボクサー』というキャッチコピーで人気を博し、最高ランク7位で、称号も持っていた。けれど、年々順位を落としていき、今ではすっかり低ランクが定着してしまっている。紗代さんもまた、干されメンバーの1人だ。
紗代さんの言葉に、ちはるさんは目を丸くした。「はぁ?『今やれることをやるだけ』だ? どうしたの? 紗代。ガラにもないこと言っちゃって。熱でもあるんじゃない?」
挑発するような口調のちはるさんだけど、紗代さんは黙ったまま、ただダンスを続ける。
ちはるさんは、ふん、と、鼻を鳴らした。「――すっかり丸くなっちゃって。情けないねぇ。そんなに亜夕美が怖いのか?」
その、ちはるさんの言葉に。
「なんだと?」紗代さんは踊るのをやめ、ちはるさんを睨みつけた。「おい。それは、どういう意味だ?」
ちはるさんも、ダンスをやめる。「そのまんまだよ。どういうわけか亜夕美がそのガキのことを可愛がってるから、文句が言いたくても言えねぇんだろ? 舎弟のつらいとこだな」
「あたしが、いつ亜夕美の舎弟になったって言うんだ――」
紗代さんの声のトーンが下がった。どんどん殺気立っていくのが分かる。
アイドル・ヴァルキリーズは全48人の大型アイドルユニットだ。メンバーは、特に仲の良い娘同士でいくつかのグループに分かれている。“派閥”と言うほどのものではないけれど、大人数で行動すれば、どうしても、ある程度そうなってしまうのは仕方がないだろう。亜夕美さんはランキング2位だし、アネゴ肌の性格なので、多くのメンバーから慕われている。同期で仲がいい人の1人が、紗代さんだ。親友と言っていい関係だけど、ネットの大型掲示板などを中心に、よく「紗代は亜夕美の舎弟」と言われている。ランキングは亜夕美さんの方がはるかに上だし、恐らく武術の腕も亜夕美さんの方が勝るからだ。もちろん、所詮はネット上での話で、実際はそんなことはない。でも、紗代さんは常々、そのことを気にしているようなのだ。
ちはるさんは挑発するように笑った。「そんなに怒るなよ。ホントのことだろ?」
「てめぇ……」紗代さんが1歩近づいた。
マズイな。紗代さんって、基本的に優しい先輩だけど、昔は結構な不良だったらしく、時々キレるんだよな。どうしよう? この2人がケンカなんか始めたら大変だ。2人とも武術の達人。タダでは済まないだろう。と言って、あたしなんかに止められるはずもない。
「コラコラコラ。やめなさいって、紗代」真穂さんだ。ダンスをやめ、紗代さんを止める。「今は練習中。集中しなさい」落ち着いた口調で言って、今度はちはるさんの方を見る。「ちはるも、いい加減にしなさい。紗代の言う通り、文句を言っても何にもならないわ。今できることをやりましょう」
さすがは真穂さん。大人な発言だ。真穂さんはあたしと同じく、週2回の剣道の稽古をやっているだけで、本格的な武術は身に着けていない。それでも臆せずこの2人の言い争いに入って行くあたり、ホント、尊敬する。
でも、真穂さんでも、今のちはるさんを黙らせることはできなかった。
「はいはい。2人とも、ご立派な考えで。でも、あたしは納得できないね」ちはるさんは、真理を指さす。「コイツが、10年に1人の逸材とか、スゲー才能を持ってるって言うんなら、まだ我慢できるさ。でも、コイツを見てみろよ。歌はヘタだし、ダンスのセンスはねーし、武術だって素人同然。なんでこんなやつが推されるんだよ? おかしいと思わねぇのか?」
ちはるさんのその言葉に。
紗代さんも、真穂さんも、黙ってしまった。
それはつまり――2人とも、そう思っているということだろう。
もちろん、あたしも思っている。
ちはるさんの言う通り。
真理は、歌もダンスも、特出して上手いわけではない。武術もヴァルキリーズに入って剣道を始めただけで、いたってフツーの腕前だ。顔は、まあカワイイ方ではあるけど、顔で勝負するなら別のアイドルグループに行け、と、思う。あたしたちは、「歌って踊れる戦乙女」をコンセプトとした、アイドル・ヴァルキリーズなのだ。正直言って真理は、ヴァルキリーズのコンセプトには全く合っていない。ちはるさんの言うことは、分からないわけではないのだ。
真理を見る。両手でマイクを握り、うつむき、肩を震わせている。泣いているようだ。すぐに真穂さんが駆け寄り、抱きしめた。
「おいおいおいおい。またかよ。勘弁してくれよ。泣きたいのはこっちなんだぜ」ちはるさんは両手を上げ、呆れたような口調で言った。
真理は、こういうことがあっても、ただ泣くしかできないのだ。何か言い返すくらいの根性があれば、まだ見込みはあるのだろうけどな。まあ、言い返したところで、エリみたいに騒ぎが大きくなるだけなんだけど。
真理は、真穂さんの胸に顔をうずめ、すすり泣き始めた。真穂さんが優しく頭を撫で、「大丈夫、大丈夫だから」と、繰り返す。
「……まったく。幼稚園かよ、ここは」ちはるさんは、吐き捨てるように言った。
その、ちはるさんの前に。
紗代さんが立った。
怖い目で、ちはるさんを見ている。
「あん? なんだよ?」挑発的な視線を返すちはるさん。
が、その目が、驚愕に変わる。
ちはるさんが、その場にしゃがんだ。
次の瞬間。
しゃがんだちはるさんの頭上を、ものすごいスピードで、紗代さんの右足が通り過ぎた。
紗代さんの、右ハイキックだ!
突然の攻撃をギリギリしゃがんでかわしたちはるさんは、すぐに地面を蹴り、紗代さんと間合いを離した。「てめぇ! 何しやがる!!」
「それ以上何か言ってみろ。今度は外さねぇぞ」怖い声で言った。
「上等だよ。バックに亜夕美がいるからって、ビビるとでも思ってんのか? やってやろうじゃねぇか」ちはるさんは右半身を引き、右手は胸の前に、左手は腰より少し上の位置に構え、軽く上下に体を揺らし始めた。
対する紗代さんも、右半身を引き、静かに構えた。
ヤバイヤバイヤバイヤバイ。2人とも、完全に臨戦態勢だ。アイドル・ヴァルキリーズでは試合以外の勝負、いわゆるケンカは固く禁じられている。破った場合は重いペナルティが課せられる。最悪除名になることもあるのだ。別に2人が勝手に始めたケンカでヴァルキリーズを辞めようが知ったこっちゃないけど、ケガ人が出たりするとコンサートが中止になることもあり得る。それは避けたい。でも、あたしなんかにこの2人を止めるなんてできっこないぞ? 本気ケンカし始めたら、さすがに真穂さんだって止められないだろう。ここはむしろ、巻き込まれないように逃げた方が賢明か?
なんて迷っているうちに。
ちはるさんが間合いを詰めた。さっきのお返し、とばかりに、右のハイキックを繰り出す。
それは、あたしが見ても、本気の蹴りではなかった。単なる挑発だ。キックボクシング元アマチュアチャンピオンの紗代さんなら、目を閉じていてもかわせるような一撃だった。
でも。
「やめて! やめなさい!!」
真穂さんが、2人の間に割って入った。
「――ちっ!」
ちはるさんが舌打ちする。いかに本気でないとは言え、1度繰り出したハイキックは急に止められない。
ちはるさんの右足が、真穂さんの左側頭部に入った。
がくん、と、崩れ落ちる。
倒れる瞬間、なんとか紗代さんが支えた。
「クソッ! 素人が入って来るんじゃねぇよ!」ちはるさんも駆け寄る。
「てめぇ!!」紗代さんが拳を構えた。
「やめて紗代! 大丈夫!! かすっただけだから!!」真穂さんが、両手で紗代さんの拳を抑えた。
良かった! 無事なようだ。ちはるさんのハイキックをまともに喰らったら、どんな武術の達人でも一瞬で意識を失うだろうからな。
そう思ったけど。
ぽたり、と。
地面に、赤い斑点が広がった。
全員が、息を飲んだ。
――あれはまさか、血?
真穂さんを見ると。
こめかみから、血が流れ落ちていた。
ちはるさんの蹴りだ。かすっただけで切れても、おかしくはない。
「おい! 何やってる!!」
会場に、キャプテンの声が響いた。少し離れたところからこちらを見ている。マズイ! 今の、見られたか!?
でも。
「何でもないよ!!」
真穂さんが立ち上がり、大声でキャプテンに応えた。
キャプテンから左側頭部が見えないように隠し、床の血の跡を踏み、言う。「ちょっとダンスのステップ間違えて、転んだだけ! 大丈夫! たいしたことないから!!」
キャプテンは、疑わしそうな目でこっちを見ていたけど、やがて。「本番まで時間はないけど、無理してケガだけはするなよ!」
「了解!」
両手で丸を作って応える真穂さん。キャプテンは、それ以上何も言わなかった。良かった。なんとかバレずに済んだ。
……いや、良くはないか。真穂さんがケガをしてしまった。早く治療しないと。
真穂さんの表情が歪む。心配させないように「大丈夫よ」と笑ってみせるけど、思ったより傷は深いのかもしれない。
「てめぇは、加減ってものを知らねぇのか!」紗代さんがちはるさんを睨んだ。
「知るかよ。急に入って来る方が悪いんだろうが!」ちはるさんも言い返す。
また、紗代さんが拳を握った。
「だから! やめてってば!!」真穂さんが、叫ぶように言った。「お願いだから、2人とも、こんなことでケンカしないで! こんなの、意味ないよ!」
いつの間にか。
真穂さんの瞳には、涙が浮かんでいた。
その目を見て、さすがに、紗代さんもちはるさんも、何も言えなくなってしまった。
「……ゴメン……なさい……」
消え入るような声で言ったのは、真理だった。
相変わらずうつむき、肩を震わせ、泣いている。
「どうしたの? なんで真理が謝るの?」すぐに真穂さんが駆け寄り、頭を撫でる。
「……あたしが……あたしなんかが……こんな……大事なポジションに選ばれたから……あたしなんて……歌も……ダンスも……何にもできないのに……あたしのせいで……紗代さんとちはるさんがケンカして……真穂さんがケガをして……」
しゃくりあげながら、真理はそう言った。
「何言ってんの。真理は悪くないよ。悪いのは、血の気が多い、あのバカ2人なんだから」
真穂さんは、真理の頭をなでながら優しく言った。
「でも……あたしがアスタリスクのメンバーに選ばれさえしなけりゃ……」
「そんなこと言わないの。選んだのはプロデューサーなんだから。あたしたちのことは気にしないで、真理は、堂々としてればいいのよ」そして、優しく微笑んだ。
「まったく……お前はそれでいいのかよ!!」
ちはるさんが、真穂さんに向かって言った。
「いいって、何が?」真穂さんがちはるさんを見る。
「こんなヒドイ扱いされて、それでいいのかって言ってんだよ! 同じメンバーなのに歌えないんだぞ? ただ後ろで踊ってるだけなんだぞ? これは、運営側が、あたしたちはもうヴァルキリーズには必要ないって言ってるのと同じなんだぞ!? あたしはしょうがないよ。こんなんだから、干されてもしょうがないって、自覚くらいはある。紗代とカスミだって、ランキングで結果を出せてないんだから同じだ。でも、真穂は違うだろ? せっかくケガから復帰して、地道に頑張って14位までランクを上げたのに、あたしたちと同じ扱いなんだぞ? 努力してるヤツが干されるなんておかしいだろ!!」
叫ぶようなちはるさんの言葉に。
紗代さんも、真穂さんも、もちろんあたしも。
何も言えず、ただ、黙っているしかできなかった。
気まずい沈黙が続く。聞こえるのは、真理の泣く声だけ。
「……まあ、しょうがないよ」
それを破ったのは、真穂さんだった。
「あたしも、もう23歳だもん。アイドルとしては、あまり先が無いのは明らかだもん。それに比べて、真理はまだ15歳。どんなに頑張ったって、その差は埋められないよ。アイドルなんだから、若さは重要だからね」
そして、自嘲気味に笑った。
「――ちっ」ちはるさんは舌打ちし、真穂さんから目を逸らした。「おいカスミ。さっさとエリ呼んで来い。由香里には、絶対バレないようにしろよ」
そうだった。真穂さん、ケガしている。早く治療しないと。
藍沢エリは看護資格を持っている。激しいダンスや武術の演武なんかも披露することがあるヴァルキリーズでは、ケガはしょっちゅうだ。エリはいつも応急手当て用のキットを持ち歩いており、いつでも治療できるようにしているのだ。
あたしは、キャプテンに見られないよう、こっそりエリを呼びに行った。