ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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休憩

 コンサートのリハーサル中、そのデキの悪さにキャプテンが激怒し、会場を出て行ってしまった。連日徹夜が続き、疲労がピークに達していたメンバーは、ここぞとばかりに練習をサボり始める。こんな状態でキャプテンが戻って来たら大ごとだ。あたしは、キャプテンが出て行った東側会場出入口の付近で見張ることにした。

 

 東側会場出入口はドアも無く、床、壁、天井、すべてコンクリート剥き出しの、飾りっ気のない質素な廊下が続いている。照明もまばらで薄暗く、なんとなく寂しい雰囲気である。

 

 あたしは出入口近くの壁にもたれ、廊下の奥に意識を向けつつケータイをいじった。

 

 と。

 

「お疲れ様です、カスミさん。もしかして、見張りですか?」

 

 上品な口調で声をかけてきたのは、西門葵さんだった。

 

「ああ、葵さん。お疲れ様です」あたしはケータイを閉じ、葵さんに向き直る。「そうです。ちはるさんにたちに、キャプテンが帰って来たら知らせろ、って、言われて」

 

「あらら。それは大変ですね。あたしも付き合います」

 

「いえ、大丈夫ですよ。あたしが言われたことですし」

 

「まあまあ。せっかくの短い休憩なのに、1人で見張りなんて、あんまりですよ。それに、あたし、こういうの、結構得意なんですよ?」

 

 見張りが得意というのもよく分からない話だけど、1人で見張るよりも気が楽だし、退屈しないですむので、あたしはお願いすることにした。

 

「ああ、それと――」葵さんはにっこりと笑った。「カスミさんの方が先輩なんですから、あたしなんかに敬語を使う必要、ないですよ?」

 

「そんな! それはこっちのセリフですよ。葵さんこそ、あたしより年上なんですから、敬語なんて使わないでください」

 

「そういうわけにはいきません。この業界では、年齢よりも芸歴が重要ですからね。カスミさんは、あたしよりも2年も先輩なんですから」

 

 そう。あたしは二期生で葵さんは四期生。あたしの方が先輩ではあるんだけど、年齢はあたしが18歳なのに対し、葵さんは23歳と、5つも年上なのだ。葵さんのいう通り、この業界では年齢よりも芸歴の方が重要視されるけれど、だからと言って5歳も年上の人にため口を利くのも抵抗がある。この辺は、この業界の難しいところだ。

 

「じゃあ、間を取って、お互い敬語は使わない、ということにしませんか?」提案するあたし。

 

「そうですね。敬語ばかりなのも、よそよそしくて逆に仲が悪いように見えちゃうかもしれませんし。そうしましょうか?」葵さんも同意してくれた。

 

「じゃあ、よろしく、葵さん……じゃなくて、葵」

 

「よろしく、カスミ」

 

 あたしたちはどちらからともなく手を差し出し、握り合った。

 

 西門葵さん。四期生の23歳。藍沢エリと同じく、ヴァルキリーズでは珍しいお嬢様タイプの人だ。それもそのはず。なんと、音楽大学卒業でピアノの腕前はプロ級という、エリとは違い、正真正銘本物のお嬢様なのである。

 

 何故そんな人が体育会系武闘派集団のヴァルキリーズにいるのかというと。

 

『歌って踊れる戦乙女』をキャッチコピーにし、メンバー全員に何らかの武術の修得を義務付けて誕生したアイドル・ヴァルキリーズだけど、デビュー3年目くらいから、汗臭いイメージを払拭しようと、『お嬢様枠』が用意されたのだ。『シスター』クラスと、『ソーサラー』クラスである。

 

 アイドル・ヴァルキリーズには、『クラス』というものがある。これは、コンピューターゲームの『職業』のようなもので、各メンバーの特徴を分かりやすくするためのものだ。主に、『ナイト』、『シスター』、『ソーサラー』の3つがあり、それぞれ条件を満たしたクラスに属することになる。最も基本的なクラスが『ナイト』で、なんらかの武術を習っている娘は、このクラスに属している。あたしもナイトのクラスだ。

 

『シスター』は、エリのような看護資格を持っている娘が属することができるクラスで、三期生から募集が始まった。二期生のエリが、アイドル活動をしながら看護資格を取得したのを知ったプロデューサーが、思いつきで始めた、との噂だ。しかし、ファンの間では比較的好評で、シスタークラスの娘は比較的人気が出る傾向にある。

 

 そしてもう1つ、『ソーサラー』は、大学を卒業した娘が属するクラスで、四期生から募集が始まった。まだ導入されてから日が浅いので何とも言えないけれど、今の所、シスターとは違い、ファンの間の評判は良くない。なにせ、大学卒業となると、年齢がどうしても22歳以上になる。葵さんには悪いのだけど、正直アイドルとしては遅すぎるデビューだ。まあ、ヴァルキリーズの最年長の人は今年26歳だし、一期生の多くは23、4歳だから、特に問題はないという声もあるけれど、たぶん、次からは募集されないだろう。

 

 以上の3つが基本的なクラスで、ほとんどのメンバーはこのいずれかに属するのだけれど、中には、同時に2つのクラスの資格を持っている娘もいる。剣道を習いながら、同時に看護資格も持っているランキング3位の藍沢エリがその代表だ。

 

 同時に2つのクラス条件を満たした場合、『混成クラス』と呼ばれるクラスに属することになる。いわゆる上級職だ。現在ヴァルキリーズには、『ナイト』と『シスター』の混成職『シルバーナイト』、『ナイト』と『ソーサラー』の混成職『ダークナイト』、そして、『シスター』と『ソーサラー』の混成職『ウィザード』の3つの上級職がある。まあ、上級職だからと言って別にヴァルキリーズ内での立場が上というわけではないけれど、混成クラスのメンバーは総じて人気が高く、ランキングでも高順位を記録している。

 

「ところで葵さん……じゃなかった、葵、剣道習わないの?」慣れないタメ口に戸惑いつつ、あたしは葵に訊いてみた。

 

「剣道? あたしにはムリだよ。スポーツとか、大の苦手だし」葵は目を丸くして言った。

 

「でも、週2回の稽古にさえ出れば、腕前に関係なく、『ダークナイト』のクラスになれるんだよ? 上級職はそれだけで人気ができるし、美味しいと思うけど」

 

「そうかもしれないけど、やっぱり、やめておくよ。ケガとかしたくないし」

 

 あ、そうか。葵はピアニストだ。剣道をして手や腕にケガをしようものなら、ピアノの演奏に大きく支障をきたす。たとえ人気が出たとしても、ピアノを重視したいんだろうな。

 

「カスミこそ、どうなの?」と、葵。「カスミ、高校3年だよね? 大学に行けば、卒業後はダークナイトだし、看護学校に行けば、いずれシルバーナイトだよ? 進路は決まってるの?」

 

「あはは。それが、まだ何も」苦笑いしながら言った。

 

 葵は目を丸くする。「まだって、もう8月だよ? 大丈夫?」

 

「うーん。まあ、たぶんこのまま卒業して、ヴァルキリーズの活動に専念すると思う。ダークナイトやシルバーナイトには憧れるけど、あたしの学校の成績じゃ、ちょっと難しいかな」

 

「そっか……まあ、アイドル一本に絞るのも、大事なことだよ。お互い、頑張ろうね」

 

「うん」

 

 あたしは、笑顔で応えた。

 

 そのまましばらく2人で話していると。

 

 ……コツ……コツ……コツ……。

 

 通路の奥から足音が聞こえてきた。暗くてよく見えないが、人影が近づいてくる。

 

 あれ? キャプテン、もう戻って来たのかな? 出て行ってまだ10分くらいしか経ってないぞ? 休憩をくれた、って言う真穂さんの推理ははずれだったか? だとしたらマズイ。早くみんなに知らせないと。こんなだらけた状況を見られたら、さっき以上の雷が落ちる。

 

「あ、大丈夫よ」と、葵が落ち着いた口調で言った。「この足音は、由香里さんじゃないわ。たぶん、瑞姫さんよ」

 

「へ? そんなの、分かるの?」

 

「ええ。見てて」

 

 自信に満ちた口調。ホントかな? 違ってたら、ヤバイことになるぞ? ドキドキしながら待つ。

 

 しかし、現れたのは、葵の言った通り、緋山瑞姫さんだった。さっき、キャプテンと一緒に会場から出て行ったメンバーの1人だ。

 

「何? 2人とも。由香里の見張り?」瑞姫さんは笑いながら言う。

 

「ええ、まあ。そんなところです」あたしも笑って答える。「みんな、あんな感じなんで」

 

 瑞姫さんは会場のだらけきったメンバーを見て、苦笑いを浮かべた。「まあ、毎日毎日深夜まで残って練習させられたんじゃ、仕方ないけどね。由香里たちはスタッフさんたちと話し込んでたから、しばらくは戻ってこないよ。あんた達も、休めるときに休んでおきなさい」

 

 そう言って、瑞姫さんは優雅な足取りで会場内のメンバーの方へ歩いて行った。

 

 緋山瑞姫さん。三期生。日本の大学ランキングで上位に入るK大学卒業のインテリアイドルで、その才色兼備を武器に、クイズ番組や情報番組、政治などの討論番組にも次々と出演し、大人気。先月のヴァルキリーズのランキングでは12位を獲得。三期生ではかなりの高順位だ。典型的な『推され』メンバーの1人である。ちなみに歳は25歳で、ヴァルキリーズでは3番目の年長者である。

 

「……それにしても葵、よく足音だけで瑞姫さんだって分かったね」あたしは感心して言った。

 

「まあね」と、葵は得意げに笑う。「あたし、耳だけは良いの。一応、音楽家目指してるからね。瑞姫さんの足音は『……コツ……コツ……コツ……』って、少しゆっくりめで、優雅な感じ。由香里さんの足音は、『……コツ……コツ……コツ……』って、瑞姫さんと比べると、ちょっとテンポが速めで、ややリズムが乱れがちなところがある。音も、半音高めかな」

 

 まるでオーケストラの指揮でもとるように、両手の人差し指を揺らしながら足音の解説をする葵。解説されてもその違いが全く分からないけれど、とにかく、すごい特技だな。さっき「見張りが得意」みたいなことを言ってたけど、こういうことだったのか。

 

 その後も何度か足音が聞こえたけれど、葵はそのつど、これは誰々の足音ね、と言い、そして、全て正解だった。本当にすごい特技だ。見張り以外で役に立ちそうにないのが欠点だけど。

 

 1時間くらい、2人でお喋りしながら出入口を見張っていると。

 

 ……コツ……コツ……コツ……。

 

 またまた、廊下の奥から足音が響いてくる。

 

「来た。由香里さんよ」葵が言った。

 

 まだ姿は見えないけれど、ここまで100%の的中率だったから、疑う余地はないだろう。あたしたちは東側出入口を離れ、みんなの元に向かった。キャプテンが戻って来たことを告げると、みんな表情を引き締め、「あたしたち、ちゃんと練習してましたよ」と言わんばかりに、ダンスの振りやステップの確認をし始めた。あまりにもワザとらしいけれど、まあ、バレることはないだろう。

 

 ……あ、そうだ。愛子さんたちは?

 

 会場を見回すけれど、愛子さんたちの姿はない。まだ戻ってきてないようだ。早く知らせないといけない。

 

 そう思ったところで、重大なことに気が付いた。

 

 愛子さんたち、今、どこにいるんだ?

 

 確か、「裏で休んでる」と、言ってた。由香里さんとは反対側の西側出入口から出て行ったから、その近くにいるんだろうけど。

 

 東側出入口を見る。ちょうど、キャプテンが会場に入ってきたところだった。葵、見事正解……なんて言ってる場合じゃないぞ。今から愛子さんたちを呼びに行ったんじゃ、サボってたのがバレバレだ。別にあの2人がキャプテンに怒られても知ったこっちゃないけど、知らせないと、後で何を言われるか分からない。そうだ。ケータイで連絡してみようか? いや、ダメだ。あたし、愛子さんもちはるさんも深雪さんも、メールアドレスも電話番号も知らない。

 

 こんな時は――。

 

 あたしは会場を見回し、同期の本田由紀江を見つけ、声をかけた。「ねえ、由紀江。愛子さんかちはるさんか深雪さんのメルアド、知らない?」

 

「知ってるけど、どうしたの?」

 

「ゴメン、『由香里さんが戻って来た』って、メールしてくれる?」

 

 由紀江は辺りを見回し、愛子さんたちがいないことに気づいたのか、「OK」と、小声で言った。そしてスマホを取り出し、慣れた手つきでメールを打ち始めた。

 

 本田由紀江。二期生で、ランクはギリギリ圏内の29位。メールマニアで、ヒマがあれば、絶えずスマホをいじっている。本人が目の前にいてもメールで会話しようとするくらいだ。たぶん、ヴァルキリーズメンバー全員のメルアドを把握しているだろう。

 

 会場に戻って来たキャプテンが、パンパンと手を叩いた。「はい! みんな、集まって!」

 

 みんな、今始めたばかりの練習を中断し、キャプテンの元に集まる。メール送信を終えた由紀江もキャプテンの元に走る。あたしも後を追った。

 

 キャプテンは集まったメンバーを見回し、少し表情をゆがめた。愛子さんたちがいないことに、すぐに気が付いたのだろう。タイミング悪く、愛子さんたちが西側出入り口から戻って来た。キャプテンが、キッ、と睨む。ヤバイ。また雷が落ちる……そう思ったけど、キャプテンは、愛子さんたちの後ろに深雪さんがいるのを見て、ちょっと困ったような顔になった。やがて小さく息を吐くと、3人には触れず、話を始めた。

 

 出て行く前にちはるさんが言った通り、キャプテンは、深雪さんには甘い。居眠りをしていると、あたしは怒られるけど、深雪さんは怒られない。練習をサボっていると、愛子さんとちはるさんだけなら怒られていただろうけど、深雪さんがいるから怒られない。メンバーの中で一番ハードなスケジュールで、一番疲れがたまっているのが深雪さん、という点を考慮しても、これは明らかに差別である。

 

 もっとも、それが4年連続ランキング1位のメンバーと、万年低ランクのメンバーとの差だ、と言われたら、返す言葉もないけれど。

 

 …………。

 

 

 

 

 

 


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