ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~ 作:ドラ麦茶
「――カスミ!! お前、今寝てたか!?」
キャプテンの怒鳴り声に、あたしは顔を上げた。辺りを見回す。まぶしいライトに照らされたステージ、派手なステージ衣装、激しく踊り、歌うメンバー、その最前列に立つあたし、歓声を上げるお客さん――の姿はない。あるのは、半分以上ライトが消された薄暗いステージ、Tシャツにジャージやスパッツという地味な服装のメンバー、その、後ろの方に座るあたし、会場にいるのはメンバーだけ。みんな、呆れたような、あるいは同情するような視線を、あたしに向けている。
一瞬で、全てを思い出す。
ここは、都内郊外にある小さな演芸ホール。3日後に愛知県名古屋市にあるドーム球場で行われるコンサートのリハーサル会場だ。
ホール内にはドーム球場と同じ大きさのステージが作られてある。本番の行われるドーム球場は現在急ピッチで会場作りが進められていて、リハーサルに使えるのは前日になってからなのだ。だから、今は都内で練習している、というわけだ。その練習の出来があまりに悪く、キャプテンがみんなを集めてお説教をしていたのだけど、その間に、あたしはうっかり眠ってしまったのだ。
「あ……えっと……その……スミマセン!!」
あたしは、慌てて立ち上がり、頭を下げた。
キャプテンは、小さく舌打ちをして。「――まったく。こんな時によく眠れるな」
視線をあたしからは外し、メンバー全員に向かって叫ぶように言う。
「お前ら今の状況が分かってんのか!! 声は出てない、振りはバラバラ、進行順も覚えてない、本番まであと3日しかないんだぞ!? よく居眠りなんてしてられるな! やる気が無いなら帰れよ!!」
怒りに満ちたキャプテンの言葉に、皆、恐縮そうにうつむき、肩を落とす。
と。
あたしの後ろで、小さく舌打ちをする音が聞こえた。
チラリ、と、振り返って見る。一期生の早海愛子さんだった。
「――さっき深雪が寝てた時は、何も言わなかったじゃねぇかよ」
不満そうな口調で呟いた。
「ま、それがランキング1位様と、万年低ランクのヤツらとの違いだよ」
そう言ったのは、愛子さんの隣にいた並木ちはるさんだ。愛子さんと同じく一期生だ。
2人とも小さな声だったけれど、言った瞬間。
「愛子! ちはる! 今なんか言ったか!?」
キャプテンが、鋭い目を向けた。
愛子さんは再び小さく舌打ちをすると、目を背け、「……別に。何も言ってねぇよ」と、ふてくされたように言った。
キャプテンは再びメンバーを見渡した。「お前らホントに腐ってんな!! このままじゃ終わりだぞ!! 少し真面目に考えろ!!」
キャプテンは、吐き捨てるように言い。
そして、背を向け、会場を出て行った。何人かのメンバーがその後を追う。
あたしたちは、近くのメンバーと顔を見合わせ、気まずそうに、笑い合った。
☆
あたし、前園カスミ。アイドル・ヴァルキリーズ二期生の18歳。
アイドル・ヴァルキリーズとは、「歌って踊れる戦乙女」をコンセプトとしたアイドルグループだ。ヴァルキリー――戦乙女の名が表わす通り、女性騎士の恰好でコンサートなどの公演をするのが特徴だ。メンバーほぼ全員に武道の修練が義務付けられており、あたしをはじめ、ほとんどの娘が週2回の剣道の稽古を行っている。剣道以外でも、武術や格闘技なら基本的になんでも認められていて、空手や柔道、薙刀やキックボクシングなど、様々な武術を習っている。中には、段位を持っていたり、学生時代に全国大会で優勝したりと、かなりの腕前の人もいるのだ。そんな、いわば「戦うアイドル」という斬新なコンセプトで売り出したアイドル・ヴァルキリーズは、デビュー6年目の現在、人気が大爆発。紅白歌合戦出場、レコード大賞受賞、ドーム公演で女性アイドルグループとしては最高観客動員数を記録、5大ドームコンサートの開催が決定、など、今や国民的アイドルと呼ばれるまでに成長した。
アイドル・ヴァルキリーズ最大の特徴は、何と言っても、毎年3月から4月にかけて行われる人気投票だ。3月1日から31日までの1ヶ月間投票が行われ、4月初旬にその結果が発表される。
そして、ランキングの結果が、ステージ上での立ち位置に、大きく影響するのだ。
ランキング上位の者は、ステージ上では前の方に配置され、下位に行くほど後ろに配置される。
つまり、上位のメンバーほど目立つことができるのだ。
また、ランキングの上位9名には、特別な称号が与えられる。称号を持つことがアイドル・ヴァルキリーズの最大のステータスであり、特に、ランキング1位に与えられる称号、“ブリュンヒルデ”は、アイドル・ヴァルキリーズ全48名の頂点に立ち、その1年間、最前列の真ん中で歌うことが許された娘に与えられる物で、最高の栄誉とされている。
ランキングは、これまで5回行われた。二期生であるあたしは、第3回の大会から出場しているけれど、残念ながら、全て30位以下のランク外。この3年間、あたしの舞台でのポジションは、不動の最後列。ほとんどスポットのあたらない目立たない位置で、歌い、踊り続けてきた。
そんなあたしだけど、1度だけ、栄光の“ブリュンヒルデ”の位置に立ったことがある。
それが、さっき居眠りしてた時に見た夢――アイドル・ヴァルキリーズ12枚目のCDシングル、「気まぐれ女神のほほ笑み」である。
もちろん、あたしがランキングで1位を獲ったというわけではない。
アイドル・ヴァルキリーズには、毎年春に行われる正規のランキングの他に、秋に行われる『特別称号争奪戦』というイベントがある。これは、正規のランキングを完全に無視し、全く別の方法でポジションを決める大会だ。勝ち残れば、それまでの経験、実績、全て関係なく、最前列中央のセンターポジションに立つことができる。
その第1回大会で、あたしは優勝したのである。
『特別称号争奪戦』の選出方法は毎年異なるけど、第1回大会で行われたのは、くじ引きだった。あらかじめ1番から48番までのポジションが割り振られた表と、メンバーの名前が書かれたボールが入った箱が用意され、48番から順々にボールを選んでいくのだ。数字が低いほど前列である。正規のランキングで上位のメンバーのボールが早々に引かれる波乱の展開の中、あたしの名前が書かれたボールは、なかなか出なかった。
そして。
そのまま、最後まで引かれることはなかったのである。
つまり、あたしがセンターポジション。
当時、デビューしてまだ4ヶ月も経っていない無名メンバーのあたしが、人気急上昇中のアイドル・ヴァルキリーズのセンターポジションに選ばれたことは、ファンの間で大きな話題となり、多くのマスコミに取り上げられ、あたしは一躍時の人となった。
そして、その年の暮れに発売された12枚目シングル、「気まぐれ女神のほほ笑み」で、あたしはセンターポジションを務め、たくさんのテレビやラジオの番組、イベントやコンサートに出演した。あの時の戸惑い、プレッシャー、不安、そして、それらを大きく凌駕する感動と嬉しさは、今でも忘れない。
が……それだけだった。
翌年春に行われた正規のランキング。二期生にとっては初のランキングだ。運だけで掴んだとは言え、デビュー間もなくヴァルキリーズのセンターポジションを務めたあたしは、高順位を獲得するのではないか? と、かなり期待していた。
でも――。
多くの同期の娘の名前が呼ばれる中、あたしの名前は、最後まで呼ばれることはなかった。
センターポジションを経験しながら、正規のランキングではランク外。
悔しくて仕方なかったけど、所詮は運だけで掴んだセンターポジション。今のあたしの実力は、こんなものなのだ、と、認めるしかなかった。まあ、まだデビューして1年。これからまた頑張ればいい。またチャンスはめぐってくる。そう、気持ちを切り替えたけれど。
その後は、運にも見放される。
秋の特別称号争奪戦は、その後も毎年行われているけれど、大会の内容は毎年変わっている。第2回大会は体力勝負となり、42.195kmのフルマラソンが行われた。去年行われた第3回大会は知力勝負となり、頭脳ゲームでの勝負だった。いずれもあたしは下位に甘んじ、第1回のように、チャンスをものにすることはできなかった。
当然、そんな状態であたしの人気が出るわけもなく、正規のランキングでは、去年も、そして、今年も、ランクインすることはなかった。
…………。
……おっと。なんか、暗い感じの自己紹介になってきたね。ゴメンゴメン。
と、まあ、そんな感じだけど、一応、大人気アイドルグループメンバーの1人として、それなりに楽しくやっている。これからも頑張るから、応援よろしくね。