ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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Day 7 #07

 エスカレーターから七階へ上がり、瑞姫の消えた非常口の扉を開ける。下へ続く階段にはゾンビが溢れていた。しかし、途中から爆破されていて、ゾンビは上がってくることができない。当然降りることもできないので、やはり瑞姫は上へ向かったようだ。あたしは階段を駆け上がった。八階に着き、フロアへの扉を確認する。鍵がかかっていて開かなかった。これは、最初から開かないようになっていたのだろうか。それとも、瑞姫がここから中に入り、鍵をかけたのか。恐らくは前者だろう。八階フロアはレストラン街とフードコートだ。扉の向こうはゾンビで溢れているはず。ノートンや愛子たちと一緒ならともかく、格闘経験のない瑞姫が一人でゾンビの群れに飛び込むとは考えにくい。きっと、さらに上に向かったのだ。あたしは再び階段を駆け上がった。九階、十階、十一階、と、扉は全て閉ざされている。もしかしたら瑞姫は、ゾンビの少ないフロアに入った可能性もある。しかし、扉が閉ざされている以上、あたしはこのまま上にあがるしかない。もちろん、疑問はある。船の傾きはハッキリとわかるほどの角度になりつつあり、揺れも激しくなっている。沈没するか崩壊するか、どちらにしても時間はあまりないだろう。一刻も早く脱出しないといけない。しかし、建物の上に向かえば、その分、脱出が困難にならないだろうか? それとも、この先に他の脱出の手段があるのだろうか? 分からない。今は追うしかない。

 

 十八階まで駆け上がった。だが、そこの扉も開かなかった。この船は操舵室を除けば十八階建てのはずだけど、階段はまだ上に続いている。屋上へと続いているのだろう。確かこの船の屋上は、プールとかミニゴルフ場とかロッククライミング場とかがあったはずだ。階段を上がる。また扉があったけれど、そこも鍵がかかっていて、外に出ることはできなかった。しかし、階段はさらに上へと続いている。まだ上があるのか? あたしはさらに階段を上った。やはり扉があり、そこで、階段は終わっていた。瑞姫の姿は無い。もしあの扉も閉ざされていたら、もう、瑞姫はどこに行ったか分からない。追うことは不可能だろう。そうなれば、諦めてあたしも脱出するしかない。ドアノブに手を掛け、捻った。扉は、何の抵抗も無く開いた。

 

 扉を開けた瞬間、潮の香りを含んだ冷たい風が吹き込んできた。頭上には星の瞬く夜空が広がっている。

 

「すごいですね。こんな素敵な星空、東京じゃ絶対見られないですね、先輩」

 

 後ろから聞こえた声に、「そうだね」と、何気なく返事をする。

 

 …………。

 

 あん? 今の誰だ? 振り返ると。

 

 見覚えのあるサイドテールのゲームオタクが、そこにいた。

 

「美咲!? あんた、ここで何してるの!?」

 

 美咲はへへっ、と笑う。「ケリを……つけてきました。いや、つけにきました」

 

「あんたまさか、勝手についてきたの!?」

 

「ちゃんとチーフに許可は取りましたよ? 外に出るにはチーフの許可を取り、必ず二人以上で。それがルールです。破ったら、またゲーム禁止にされちゃいますからね。それに、若葉先輩を一人にしたら、無茶をするに決まってますから。あたしがしっかりと見張ってないといけません。さ、一緒に瑞姫先輩を捕まえましょう」

 

 美咲はロープを取り出し、ニッコリと笑った。それで瑞姫を縛ろうというのだろう。だけど、相手はあの瑞姫なのだ。何をしかけてくるか分からない。

 

 

「ダメよ! あなたはすぐに戻って、由香里たちと脱出しなさい!」叱るように言うあたし。

 

「それはちょっと、たやすいことではないです。今から戻っても、チーフたちと合流できる保証はありません。救命ボートはもう無いんです。脱出するには、若葉先輩のボートに乗るしかありません」ぱち、っと、ウィンクをする美咲。

 

 ……確かにそうだな。ここまで来てしまった以上、一人で引き返す方が危険だ。さてはコイツ、そのことを計算して、ここまで声をかけなかったんだな。まったく、困った娘だ。

 

「しょうがないわね……分かった。一緒に来なさい。でも、瑞姫を見つけても、あなたは手を出さないでね。分かった?」

 

「まっかせてくださーい! 三島流喧嘩空手には、足技も沢山ありますから!」大きく振りかぶって回し蹴りをする美咲。分かってないな。まあ、今は時間が惜しい。瑞姫を探そう。

 

 辺りを見渡す。夜明けまではまだ時間があるけれど、眩しい照明に照らされ、昼間のように明るかった。ここは、プールなどの屋上施設の一角にある、スタッフルームと思われる小さな建物の上だ。広さは十メートル四方。エアコンの室外機と思われる巨大な機械がスペースのほとんどを占めている。機械は動いていない。瑞姫の姿は無かった。隠れる場所は無くも無いけれど、隠れている可能性は低いだろう。そもそも瑞姫は本当にここに来たのだろうか? 船が沈没しかけているのに、こんなエアコンの室外機しかない場所に来ても意味が無いように思う。やはり、別の場所に向かったのだろうか。

 

「先輩? ここから、あっちの屋上に行けるみたいですよ?」

 

 室外機の向こうから美咲の声。行ってみると、この建物から数十メートル離れた場所に、ここと同じような建物があり、連絡通路で繋がれていた。さらにその向こうにも同じような建物がある。他に道はなさそうだ。行ってみるしかない。あたしは橋を渡った。

 

 橋の下にはプールが見えた。ウォータースライダーや流れるプール、サーフィンができるプールまである。船の上とは思えないほど豪華な施設だ。水着姿のゾンビが楽しそうに水遊びをしている……というのはもちろん冗談で、ただうろついているだけだけど、美咲は指をくわえ、うらやましそうにゾンビたちを見ていた。まあ、気持ちは分からなくはない。こんなゾンビ騒動さえなければ、ここで遊ぶ時間もあっただろう。

 

「美咲、行くよ?」声をかける。美咲は名残惜しそうに下を見つめていたけれど、やがて駆けて来た。

 

 と、その時。

 

 船が、また、大きく揺れた。

 

 いや、今度の揺れは、今までのものと違う。遥かに大きい。とても立っていられない。

 

「美咲! しっかり掴まって!!」叫ぶ。橋の手すりを抱いてしゃがみこんだ。ヘタをすれば放り出されかねないほどの大きな揺れだ。下の階に落ちるくらいならまだいいけれど、万が一海まで飛ばされたりしたら、無事ではいられない。二十階に近い高さから落ちれば、海面はコンクリート並の硬さになるだろう。揺れは収まる気配がない。あたしは美咲の手を取り、引き寄せ、抱きしめた。

 

 長い、本当に長い揺れが、ようやく収まった。

 

 船は、さらに傾いているように思う。もう猶予は無いだろう。急がないといけない。

 

「美咲、大丈夫?」

 

「ダメですぅ。もうあたし、動けませぇん」気色の悪い猫なで声を出す美咲。あたしの胸にぐりぐりと顔をうずめ、抱きついて離れない。ええい。遊んでいるヒマはないっつーの。あたしは無理矢理引っぺがし、ほっといて先に進もうと立ち上がり――。

 

「――――!!」

 

 下を見て、言葉を失った。

 

 さっきまでそこにあったプールが――無かった。

 

 ゾンビも、プールも、全てが消えていた。

 

 代わりに。

 

 大きな、闇のように深い穴が、出現していた。

 

 屋上の眩しすぎるライトでも、奥まで照らすことはできない。それはまるで底なしの穴だ。見ているだけで吸い込まれてしまいそうになる。

 

 背中を、冷たいものが流れ落ちた。

 

 建物の崩壊が、始まったのだ。

 

 それは、直径一〇メートルほどの穴だった。船の規模から考えれば小さな方だけど、崩壊が始まった以上、もう止められないだろう。この連絡橋が崩れなかったのは奇跡としか言いようがない。あの穴に落ちれば、海に放り出されるよりも悲惨な結果となっただろう。穴は、どこまで続いているのだろうか? 考えて、思い当たった。恐らくは五階だ。ここは丁度、ノートンがへし折った五階の柱の真上辺りだ。1フロアの柱が一本折れただけで、その上のフロアがすべて崩壊したことに戦慄を覚える。美咲も下を見て、みるみる血の気が引いて行った。

 

「せ……先輩、あたし、高所恐怖症じゃないですけど、さすがにここにずっといたくはないですね……行きましょう」

 

 あたしは静かに頷き、橋を渡った。

 

 隣の建物の屋上も、さっきと同じくエアコンの室外機で埋め尽くされていた。人の気配は無いが、さらにその向こう、一〇メートルほど離れた場所にも同じような建物があり、そこに、人影が見えた。走っている。ゾンビではない。

 

「瑞姫いいぃぃ!!」力いっぱい、叫んだ。

 

 瑞姫が立ち止まる。きょろきょろと辺りを見回し、あたしに気づいた。表情が歪む。忌々しげな眼で、あたしを睨んだ。

 

「……まさか追いかけて来るとはね。あたしなんかほっといて、さっさと脱出した方が身のためだと思うけど?」

 

「そんな訳にはいかないでしょ? この実験を企画したのはあんたなんだから。実験に協力した身としては、その結果がどうだったの気になってしょうがないからね!!」

 

「ははっ。あんたもそんな皮肉が言えるようになったんだ? 成長したね。そんなにあたしの口から結果を言わせたいなら、いいよ。教えてあげる。最後の実験は、大失敗! あんたたちの勝ち! あたしの負け! どう!? これで満足!?」

 

「まあ、ぼちぼちかな。でも、負けを認めるんだったら、素直に捕まりなさい。逃げるなんて、見苦しいよ?」

 

「残念ながら、あたし、そんなにプライド高くないから。どんなに見苦しくたって、とことん逃げてやるよ。最後の実験は失敗だったけど、他の実験は、まあ、成果はあったからね。それに、あたしには、コレがある」

 

 そう言って、瑞姫は懐から何か取り出した。離れているからよく見えないけれど、細長い、プラスチックの容器だった。注射器のように見える。

 

 瑞姫は勝ち誇った表情で言う。「これ、スコーピオンのウィルスよ」

 

 スコーピオン? さっき燈に倒された、あのノートンか!?

 

 瑞姫は注射器をしまい、続ける。「まだ完成とは言えないけど、それでも、高く買ってくれそうなとこに心当たりはあるから」

 

「高く買ってくれる? あんた、結局はお金目当てだったの!?」

 

「もちろん違うけど、実験は失敗だったんだから、しょうがないじゃない? せめてお金くらいは貰っておかないと。あたし、転んでもタダじゃ起きないの」

 

「ははは! 天才も落ちぶれたもんだね! 情けないよ!」

 

「なんとでも言いなさい。あたしはこれで失礼するけど、あんたたちも、早く脱出した方がいいよ?」

 

「そうはいかないよ。あたしは、仲間を見捨てたりしない。あんたも大事な仲間だからね。とっつかまえて、死ぬほどブン殴って、自分の犯した罪の大きさを教えてあげるよ!」

 

「それはありがたいね。でも……お断りするよ!」

 

 瑞姫が懐からまた何か取り出した。今度はボタンスイッチだ。それを押した瞬間。

 

 目の前で小さな爆発が起こり、建物を繋ぐ連絡通路が崩れ落ちた。

 

 くそ! やられた! こんな所にも爆薬を仕掛けてたなんて!

 

「じゃあね、若葉。縁があったら、また会おうね」

 

 優雅な仕草でくるっと身をひるがえした瑞姫は、高笑いしながら歩き始めた。その先にはもう一つ高い建物があり、屋上に階段が続いている。あそこからどうやって脱出するつもりなのか分からないけれど、何とかして追いかけなければ。一か八か、向こうまでジャンプしてみるか? ……無理だろうな。向こうの建物までは一〇メートルほど離れている。燈ならイケるかもしれないけど、あたしなんかにはとても届きそうもない。くそ! ここまで来て、みすみす逃げられてしまうのか!?

 

「あーあ。瑞姫先輩も、ついに死亡フラグが立ちましたね」のんきな声で美咲が言う。

 

「ん? そう?」

 

「はい。悪役のボスが負けて、逃げ出して、『これがあれば、俺はまだ大丈夫だ……へっへっへ……』なんて言うのは、完璧な死亡フラグです。この後、真のボスが現れて、瑞姫さん、粛清されちゃいますね」

 

「……まあ、映画とかでそういうの、よくあるけどさ。さすがに瑞姫以上の悪役はいないんじゃないの?」

 

「いますよ? ほら。あそこ、見てください」

 

 美咲の指さした先、向こう側の建物の階段に。

 

 誰か、座っている。

 

 瑞姫も、それに気づいた。笑い声が消え、立ち止まる。

 

 ゆっくりと、その人影が立ち上がった。

 

 右手に竹刀を持ち。

 

 背中まで伸びたストレートの髪を、左手でかき上げた。

 

「ここに来ると思ったんですよね」

 

 ゆっくりと瑞姫に近づき。

 

 小悪魔のように笑った。

 

「救命ボートが一艘を残して全部使えなくなってたのを見て、瑞姫さんはどうやって脱出するつもりなんだろう? って考えたら、ここしかないと思いましたよ」

 

 ぱしん、と、左手に竹刀を打ち付けた。

 

「あんたも……ホントにしつこいね」瑞姫は、心底イヤそうに言った。「あんたに『武術もできる白衣の天使』なんて呼び名を付けた人の神経を疑うよ」

 

 確かにな。あの娘のどこが天使なんだと、あたしも思う。『治療もできる暗黒魔王』とかの方がいいんじゃないか?

 

「若葉さん? 何か言いましたか?」魔王の視線がこちらに向く。あたしはあわてて口を押さえた。魔王の逆鱗に触れたら、命がいくつあっても足りない。

 

 魔王は、再び瑞姫を見た。「では、決着をつけましょうか?」

 

 竹刀を構え、魔王――藍沢エリは、不敵に微笑んだ。

 

 

 

 

 

 


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