ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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Day 7 #05

 あたしたち一〇人は、五階中央左側の入口から、ショッピングモールの中に入った。

 

 ショッピングモールは、この五階から七階までの三フロアが吹き抜けになっている。その七階、あたしたちが入って来た正面の上に、瑞姫はいた。吹き抜けからこちらを見下ろしている。そのそばに、七海がいる。両手を縛られ、天井から吊るされていた。吹き抜けに放り出されているわけではないからあまり危険ではないけれど、宙吊りの状態では辛いだろう。早く助けなければ。あたしは五階フロアを見回した。少し離れたところにエスカレーターがあるけれど、その手前のシャッターは下ろされていた。格子式のシャッターで、向こう側には大量のゾンビが溢れている。あたしたちの姿に気づくと、こちらに向かってきた。もちろん、シャッターがあるから襲われることはない。ゾンビは行く手を阻むシャッターをガシャガシャと叩いたり、なんとかあたしたちを掴もうと格子の隙間から手を伸ばしたりしはじめた。やがて、シャッターの向こうは、群がるゾンビでいっぱいになった。シャッターは頑丈そうだから壊れることはなさそうだけど、もしシャッターが上がったら、大量のゾンビに襲われる。油断はできない。

 

 反対側を見た。こちら側にはエレベーターや階段がある。見たところゾンビはいないけれど、やはり手前のシャッターは下りている。

 

 残るは正面だ。鉄の扉がある。もちろん閉ざされていて、確認してみないとわからないけど、恐らく鍵がかけられているだろう。

 

 つまり、ここから上に行く手段は、今の所無い。

 

 あたしは、七階の瑞姫を見上げた。「瑞姫! 約束通り、一〇人で来たよ!」

 

 瑞姫はあたしたちを一瞥すると、挑発するようにあごを上げた。「ふん。確かに一〇人だけど、これだけ? エリはどうしたの? まさか、逃げたの?」

 

「誰を連れて来いとは言わなかっただろ?」由香里が言う。「それとも、あたしたちじゃ不満?」

 

「まあ、そうだね」瑞姫は腕を組んだ。「まともに戦えそうなヤツが、燈と美咲くらいしかいないのが、不満と言えば不満だね。エリは実戦には使えないにしても、頭は悪くないから、いてくれればそれなりに楽しくなったかもしれないからね」

 

「心配ないよ!」亜夕美が言う。「あたしが、楽しませてあげるよ! イヤというくらいね!」

 

「それは楽しみだわ」不敵に笑う瑞姫。

 

「――遥」あたしの後ろで、燈が、瑞姫には聞こえないよう、小さな声で、遥に言う。「ここから、矢で瑞姫さんを狙えそう?」

 

「難しいと思う」遥は答えた。「角度がキツイし、少し後ろに下がれば、もう狙えない」

 

「分かった」そう言うと、燈は、今度はみんなに向かって言う。「もう少し、前に行きましょう」

 

 うん? 前に? つまり、瑞姫の立っている場所の真下くらいに? 余計角度が厳しくなって、狙いにくくなるんじゃないのか? よく分からないけれど、燈のことだ。きっと、何か考えがあるのだろう。あたしたちは言う通りにし、少し前に進んだ。

 

「瑞姫。これからどうするつもり?」近づきながら、由香里が言う

 

「簡単な実験だよ。ちょっと待って。まずは、準備が必要だからね」

 

 そう言うと、瑞姫はポケットから何か取り出した。ボタンスイッチだ。昨日、警察署で持っていたものと同じ形をしている

 

 ――まさか、爆弾?

 

 そう思った。あの時、警察署の天井が爆破された。またどこか爆破するつもりなのだろうか。

 

「その通りよ」瑞姫が、ボタンを押した。

 

 そのとたん。

 

 船が、大きく揺れた。

 

 まるで地震でも起こったかのような揺れだった。立っていられず、膝をついたり、尻餅をついたりする娘もいる。

 

 やがて、揺れが治まった。

 

「瑞姫! あんた、何をしたの!?」由香里が叫ぶ。

 

「船を爆破したんだよ。もう、この船は沈むよ」

 

 船を爆破!? なんてことを!!

 

「安心して。沈むって言っても、すぐじゃないから。あのタイタニック号だって、沈没に二時間半掛かった。この船なら、規模を考えたら倍以上の時間が掛かる。でも、あくまでも沈没の時間だからね? 現実的に脱出可能な時間は、せいぜい一時間くらいだよ」

 

 あと一時間で、脱出できなくなる?

 

 瑞姫は、残り一時間で、七海を救い出せとでも言うつもりなのだろうか? くそ! ゲームのつもりか!?

 

「あ、そうそう。この船にある救命ボートは、一艘だけ残して、全部使えないようにしておいたから」

 

 瑞姫のその言葉に、みんな、息を飲んだ。

 

 救命ボートが、一艘しか使えない?

 

 瑞姫は悪魔の笑みを浮かべた。「ちなみに残ってるその一艘は二十人乗りだ。あんたたちは今、三十五人が生き残ってる。どういうことか分かるね?」

 

 つまり――十五人は、脱出できない。

 

「脱出に向かったのは二十四人だから、今頃、誰が乗るかでもめてるだろうね。あんた達も、仲間を助けようなんてバカなこと考えてないで、早く行った方がいいよ?」

 

 瑞姫のその言葉に。

 

 みんな、顔を見合わせる。

 

 しかし。

 

 だれも、逃げようとはしなかった。

 

「……安心したよ」と、瑞姫が言った。「そうじゃないと、実験のやりがいが無いからね」

 

 由香里が瑞姫を見上げる。「何をする気なのか、そろそろ教えてほしいんだけど?」

 

「そうね。じゃあ、そろそろ始めようか」瑞姫は、あごに手を当てた。「ゾンビの利用方法、いろいろ考えたんだよね。食料化や臓器移植や輸血もいいけど、やっぱり、一番いいのは兵器への転用だと思うの」

 

「兵器?」

 

「そう。ゾンビ兵士と呼んだ方がいいかな? まあ、動きはとろいし武器も使えないから微妙だけど、痛みも恐怖も感じない、って言うのは、戦場では大きなメリットなのよ。絶対に需要はあるはず。でも、ゾンビにどのくらいの戦闘能力があるのか分からないと売り込みにくいから、あんたたちに戦ってもらって、データを取りたいの。もちろんボスゾンビもいるからね。がんばってね」

 

 ボスゾンビ――昨日、留置場の一番奥の牢にいたヤツだろう。牢の鉄格子を投げ、硬い壁を破壊する化物……。

 

 …………。

 

 ……うん?

 

 何気なく、瑞姫から目を放し、正面を見ると。

 

 いつの間にか、燈が、瑞姫のいる場所の真下に移動していた。七階と六階の床があるので、瑞姫からは見えない位置だ。何をする気だろう? あたしが燈の方に目を向けると、燈は無言で瑞姫の方を指さし、続いてあたしたちを指さし、また瑞姫を指さした。それを何度も繰り返す。

 

 ――そのまま話しててください。

 

 なんとなく、そう合図しているように思えた。何かする気なのだろうか? 分からないけど、とりあえず言う通りにしよう。あたしたちは由香里を見た。

 

「こんなことして、何になるのよ! 何が目的なの!」叫ぶ由香里。

 

「だから言ってるでしょ? 実験よ、実験。ゾンビの利用法の。これだけゾンビが溢れてるのに、何もしないって手はないでしょ? 何かに使わないと、もったいないと思わない?」

 

「あたしはただ、ゾンビにはなりたくない、としか思わないね」

 

「ま、凡人ならそうだろうね。あたしはあなたたちとは違うから、こんな状況でもプラスになることを考えるし、思いついたことは試さないと気が済まないの」

 

 由香里と瑞姫が話している間に。

 

 燈は壁に向かってジャンプし、壁を蹴ってさらに高くジャンプする。天井に手が届く高さだ。跳んだ先にはわずかなでっぱりがあるんだけど、燈はそのでっぱりを掴み、天井にぶら下がった。そのままするすると端まで移動すると、逆上がりの恰好で六階フロアの手すりに足をかけ、這い上がった。そこでさらにもう一度壁を蹴ってジャンプし、六階の天井、七階の床にぶら下がる。つまり、瑞姫の真下だ。そのまま、上の気配を窺っている。

 

 燈の人間離れした行動に、たぶんみんな驚いただろう。でも、瑞姫にバレないよう、なんとか驚きが顔に表れないようにする。

 

「瑞姫……今ならまだ間に合うわ」由香里は、説得するような口調に変わった。「七海を解放し、投降しなさい。悪いようにはしないから」

 

「はあ? いまさら何言ってんのよ。キャプテンらしくないね? そんな説得に、あたしが耳を貸すと思ってんの?」

 

「もちろんだよ。あたしは、あなたのことを信じている」

 

 まあ、もちろんそんなことはないだろうと思う。いくら仲間想いの由香里でも、あの瑞姫を説得できるなんて思ってないはずだ。燈が七海を救出しようとしている。その時間を稼ぐため、会話を引き延ばしているのだ。

 

 しかし、そんなことよりあたしは、さっきから燈のことが気になってしょうがないんだけどな。このショッピングモールは船の中にあるものだから、1フロアの高さは普通より低くなっている方だけど、それでも道具も何も使わずに七階フロアの下まで移動した燈。そのジャンプ力もスゴイけど、ずっとぶら下がってる今の状況はもっとスゴイ。なにせ、燈が掴んでいるのは、天井の下にわずかに出た梁のような部分、漢字でたとえると“凹”となってる所なのだ。鉄棒とかにぶら下がるのとはわけが違う。しかも、右手一本である。どれだけの握力があればあんな芸当が可能なのだろう? 想像もつかない。そう言えば、以前テレビ番組でヴァルキリーズメンバーの体力測定があり、その時の握力測定で、燈は一〇〇キロを超えてたっけ。プロレスのパワーファイター並の握力だ。あの時はテレビ局の人が仕込んだネタだと思ったけど、今の状況を見ていると、あれ、ホントだったんじゃないか、という気がしてくるな。

 

「……燈先輩って、ミサイルに掴まって飛んで行けるタイプですね」

 

 美咲がまたわけの分からないことを言う。こういう時は大抵ゲームのことを言っているので、ムシするか「バカなこと言わないの」とツッコむところだけれど、今の燈を見ていると、できるんじゃないかという気がしてくる。

 

 と、瑞姫が。

 

「うん? 何?」

 

 手すりから身を乗り出し、下を見た。

 

 しまった。完全に燈をガン見してしまった。しかも美咲と二人で。視線がずれてちゃ、瑞姫だって怪しむよな。何と言う失態。

 

 瑞姫は、床にしがみついている燈の存在に気づき。

 

「――ちっ!」

 

 舌打ちとともに、縛られている七海のところへ走った。右手にナイフのようなものが見える。七海を盾にする気だろう。

 

 燈は、足を前後に大きく振ると、勢いをつけて上に跳びあがり、手すりを越えて七階フロアに着地する。背中の刀を抜き、同時に床を蹴った。すでに数メートルは離れていた瑞姫との間合いが一気に詰まる。そして、瑞姫が七海にナイフを突きつけるよりも一瞬早く、刀を瑞姫の喉元に当てた。

 

「残念、一足遅かったですね」燈が微笑む。「そもそも、たった一人で一〇人も相手にしようというのが間違いですよ」

 

「そうね……あんたから目を離したのは、確かに失態だったよ」笑う瑞姫。その笑いは、諦めでも、自嘲でもなかった。まだ何か企んでいる――そういう笑い。

 

「何がおかしいんですか?」燈が刃をさらに近づける。

 

「あたしは、一人ってわけじゃないんだよ? ちょっと段取りが違うけど、まあ、仕方ないわね――スコーピオン!!」

 

 瑞姫が大声で叫んだ。スコーピオン? なんだ?

 

 瑞姫の声に応えるように。

 

 ショッピングモールの奥、エレベーター側の、格子式のシャッターの向こうで。

 

 獣の咆哮。

 

 そして。

 

 何かが近づいてくる。

 

 ゆっくりと。

 

 それが近づいてくるにつれ、身体中を、悪寒が駆け抜ける。

 

 もしかしたらこれが、燈の言っていた、『殺気』というやつだろうか――そんなことを思う。

 

 その姿が、はっきりと見え。

 

「……な……何……あれ……」

 

 皆、言葉を失った。

 

 現れたのは。

 

 大きい――とてつもなく大きなゾンビだった。

 

 いや、身長は、そんなに高くは無い。たぶん、あたしと同じくらいだろう。一七〇センチに満たないくらいだ。それでも大きいと感じるのは――そのゾンビが、とにかく、ムキムキマッチョだからだ。その姿を見た瞬間、あたしの頭に思い浮かんだのは。

 

 ――スケッティ・ノートン。一〇年ほど前、日本のプロレス界で大活躍した超パワーファイターだ。

 

 日本人レスラーでパワーファイターと言えば、たぶん、多くの人が佐々木健助を思い浮かべるだろう。ちょうど活躍した時期がノートンと同じで、何度も対戦経験があるけれど、ノートンのパワーは健助をはるかに凌駕していた。体格も、ノートンの方が上回っていた。あたしの記憶にある限り、最強のパワーファイターだ。

 

 だが、目の前のゾンビは、そのノートンをさらに上回る体格だった。健助の二倍以上はあるだろう。というか、もはやそれをゾンビと言っていいかも分からない。まさに、筋肉の化物だ。

 

「Taaannnkk! って感じですね……」美咲がまたよく分からないことを言う。「どうします? 火炎瓶投げて四十秒間逃げ回るのが一番安全だと思いますけど?」

 

「よくわかんないけど、火炎瓶なんて持ってるの?」

 

「持ってないですけど、燈先輩ならもしかしたら……」

 

 うーん、どうだろう? 昨日までの全身を覆う忍者装束ならともかく、今の薄着のセクシー忍者スタイルで、火炎瓶なんか隠し持ってるかな? たぶん無いだろう。

 

 ノートンゾンビはゆっくりとした足取りで近づいてくる。その前には頑丈そうな格子のシャッターが下りているけれど、そんなものは何の役にも立たないことは明らかだ。あいつが、亜夕美たちが立てこもっていたレストランのバリケードを吹っ飛ばし、留置場の鉄格子を投げ、壁をぶち破った化物なのだ。

 

 ノートンは、シャッターの前で大きく吼えると。

 

 岩石のような大きな拳を打ちおろした。

 

 その衝撃で、シャッターは簡単に吹っ飛ぶ。

 

「危ない!!」

 

 とっさに、みんなで身を屈める。

 

 幸い、シャッターは見当違いの方向に飛んで行った。落下すると同時に轟音を響かせバラバラになる。もしあんなのに巻き込まれたら、一発KOだ。戦慄を覚えずにはいられない。

 

 ノートンは、ゆっくりと、さらに近づいてくる

 

 みんな一斉に武器を構える。でも、ほとんどの娘は腰が引けている。当然だろう。頑丈な格子式シャッターを軽々吹っ飛ばすゾンビ相手に、木刀や竹刀なんかで何ができるだろう? ノートンの身体はまさに筋肉の鎧だ。とても歯が立つとは思えない。

 

 と、美咲が一歩前に出た。

 

「フッフッフ……ついに、美咲ちゃんが本気を出す時が来ましたね」不敵な笑みを浮かべる。

 

 まさか、あの筋肉の鎧を相手に、素手で戦いを挑むというのだろうか?

 

「空手には、“裏当て”という技があります。今からそれを見せてあげますよ」

 

 裏当て――聞いたことがある。正拳突きの一種だけど、胸を突いても、痛むのは背中、という技だ。理屈はよく分からないけど、要は、突きの衝撃が体内を駆け抜けるのだ。だから、防具を身に着けていても意味が無い、とか何とか。でも、それはまさに達人レベルの技ではないだろうか? こう言っては何だけど、美咲なんかにできるのだろうか?

 

「まあ、見ててください」

 

 美咲は不敵な笑みを浮かべたまま、ノートンと同じくらいゆっくりと歩く。

 

 しばらくして立ち止まった美咲は、顔の前で両手を交差させ、大きく息を吐き出した。そのまま右半身を引き、構える。

 

 ノートンが、美咲の構えに呼応した。丸太のように太い腕を振り上げ、再び獣の咆哮を上げると。

 

 ゴリラのような獣走りで、美咲に向かって突進する。

 

 美咲は目を閉じ、ただ、じっと待つ。

 

 ノートンが、美咲の間合いに入った。

 

 その瞬間、美咲はカッ、と目を開き。

 

「はっ!!」

 

 気合とともに、右拳を突き出した!

 

 ばしん! と、鈍い音がフロアに響き渡り。

 

 ノートンの動きが、止まった。

 

 美咲の拳から放たれた衝撃は、ノートンの身体を駆け抜け――。

 

 …………。

 

 ――る、訳は無かった。

 

 ノートンは、ケロリとした顔で美咲を見下ろしている。

 

「あれ?」

 

 という言葉が、美咲の最後の言葉となった。

 

 ノートンが、ブン! と、右腕を振る。それは、先端に岩が付いた大木を振り回してるようなものだ。左腕を上げてガードする美咲だけど、そんなものは何の役にも立たない。吹っ飛ばされた美咲は、ばたんきゅーと倒れ、そのまま動かなくなった。死んだか? いい娘だったのにな。まあ、美咲のことだ。仮に死んだとしても、教会に連れて行ってお金を払えば生き返るだろう。

 

「……って、遊んでる場合じゃないだろ!」亜夕美が足を引きずりながら前に出た。薙刀を構える。

 

 遊んでるのは美咲なんだけどな。美咲がバカをしてあたしが怒られるこのシステムはどうにかならんのか。

 

 まあ、あたしも気が緩んでたのは確かだ。引き締めないとな。木刀を構えた。

 

 さて。

 

 裏当ては冗談だとしても、美咲の正拳突きは強力だ。しかし、ノートンには全く効いた様子はない。やはりあの筋肉の鎧は、とんでもなく硬そうだ。

 

 ノートンはゴリラのようにドンドンと胸を叩くと、再びこちらに向かって走ってきた。亜夕美が足を引きずりながら走る。ノートンが拳を振り下ろした。亜夕美は左に回り込み、その一撃をかわす。ズン! と、大きく床が揺れる。とんでもない破壊力だ。あんなものまともに喰らったらぺちゃんこだ。

 

 ノートンの一撃をかわした亜夕美は、気合とともに薙刀を振り下ろした。体格の大きいノートンにかわす術はない。亜夕美の薙刀の先端には本物の刃が付いる。それが、完璧にノートンの背中を捉えていた。そして――。

 

 がきん!

 

 刃がノートンに触れた瞬間、亜夕美の薙刀は真ん中から真っ二つに折れ、刃先は、バラバラに飛び散った。

 

 亜夕美の顔が驚愕に歪む。

 

 そこに、ノートンの裏拳が飛んできた!

 

「――――!!」

 

 亜夕美の身体は、まるで人形のように吹っ飛ばされた。

 

 ――そんな!? ケガをしているとはいえ、あの亜夕美が、あんなにあっさりやられるなんて!?

 

 ノートンがこちらを見る。

 

 その後ろに。

 

 いつの間にか、深雪が回り込んでいた。

 

 右手に何か持っている。あれは……スタンガンだ!

 

 ノートンは深雪に気づいていない。深雪は、ノートンにスタンガンを当て、スイッチを入れた。

 

 バチバチバチ! と、大きな音が鳴り響く。舞を戦闘不能にしたスタンガンの電流を喰らい、ノートンは――。

 

「――――!」

 

 まるで後ろから肩でも叩かれたかのように、振り返った。

 

 そして、深雪の姿を確認すると、左拳を振るう。深雪の身体も宙を舞い、そして、床に叩きつけられた。

 

 美咲、亜夕美、深雪――ヴァルキリーズに格闘のランキングがあれば、間違いなく上位に入るであろう三人が、なす術も無くやられてしまった。しかもそれは、まるで羽虫でも追い払うかのような仕草だった。

 

 動かなくなった三人の姿を確認したノートンは、また、こちらに向かって走る。

 

 どうする? あの三人で全く歯が立たなかったのに、あたしなんかじゃどうにもならないぞ!? 一度引くか!? でも、逃げ場はない! 迷ってるヒマもない! このまま玉砕するしかないの!? ええい! ままよ!

 

 あたしは突進してくるノートンを迎え撃つため、木刀を構え直した。

 

 しかし――。

 

 突然、ノートンの突進が止まった。

 

 うん? なんだ?

 

 ノートンは、歯を剥き出し、肩で大きく息をしながら、あたしを睨んでいる。睨んではいるけど、動こうとはしない。どうしたんだろう? まさか、あたしにビビったのか? ふん、あたしも結構やるな。

 

「――スコーピオン! もういいわよ!!」

 

 七階から瑞姫が叫んだ。そう言えばスコーピオンって名前だっけ? スコーピオンってサソリだよな? この筋肉オバケのどこがサソリなのだろう? 全然イメージが違う。あたしはノートンと呼び続けることにしよう。

 

 七階の瑞姫は、首に刃を突きつけられながらも、勝ち誇った顔で燈を見た。「どうする? 下の娘だけじゃ、スコーピオンには勝てないよ? このまま続けてもいいけど、あの娘たちに全滅されると、あたしも実験ができないから困るんだけど?」

 

 燈は瑞姫とノートンを交互に見る。

 

 そして、苦々しげな表情で、刀を下げた。

 

「素直で良かった。じゃあ、下に戻りなさい」あごを上げる瑞姫。

 

 燈は瑞姫を見つめながら、少しずつ離れる。

 

「あ、その前に」瑞姫が止める。「あんたはちょっと反則的に強いから、ハンデを貰うわ。武器は全部ここに置いて行きなさい」

 

 燈が鋭い目を瑞姫に向ける。ある程度武術を習っている者でもすくみ上がるほどの視線だけれど、瑞姫は涼しい顔だ。

 

 しばらく睨み合っていたけれど、やがて燈は目を伏せ、刀を投げ捨てた。

 

「全部、よ」と、瑞姫。「服も脱ぎなさい。今日に限ってそんな薄着なのは、武器を隠していないって見せかけるためでしょ? いろいろ隠してあるのは、分かってるのよ」

 

 燈は小さく息を吐き出すと、セクシー忍者の着物に手を掛けた。

 

 すると。

 

 ごとり、と、音を立てて落ちたのは、鎖鎌だった。あんなもの隠し持ってたのか。

 

 続いて、手裏剣、クナイ、煙玉、マキビシ、火炎瓶(ホントに持ってたよ)、鉄の爪、鉤縄、吹き矢、カイザーナックル……と、出るわ出るわ。あんな薄着のどこに隠してたんだと思うくらいの大量の武器が出てきた。

 

 着物を脱ぎ、両手の手甲と、両足の長足袋も外した燈は、純白のビキニ姿になった。

 

「コレも取るの?」ブラに手を掛ける。

 

「ま、あたしもそこまで悪趣味じゃないから、それは勘弁してあげるわ。じゃあ、下に戻りなさい」再びあごを上げる瑞姫。

 

 燈は、ぴょん、と、ジャンプすると。

 

 スタ、っと、あたしの側に降りてきた。

 

 ……って、あそこ、ビル三階分の高さだぞ? そこから飛び降りて、しかも裸足で、スタ、だってさ。ノートンも化物だけど、この娘も負けてないんじゃないか?

 

 燈とノートンが睨み合う。

 

 ノートンが、徐々に興奮してくるのが分かった。息が荒くなっている。それはまさに、獲物を前にした獣だ。

 

「スコーピオン。今はいいわ。戻りなさい」七階から瑞姫が言う。

 

 だが、ノートンは燈を睨みつけたまま、歯をむき出しにし、威嚇するように吠えた。

 

 燈は、ただ冷たい目で、その姿を見つめているだけだ。

 

「スコーピオン!」瑞姫が声を上げる。

 

 ノートンはしばらく燈を威嚇していたけれど、やがて、ゆっくりと後ろに下がった。燈も視線を逸らし、瑞姫を見上げた。

 

「さて、じゃあ、ルールを説明するわね。と言っても、そんな複雑なものじゃないよ。今からゾンビがドンドン襲ってくるから、戦って、七海を救い、船から脱出すればいいだけ。簡単でしょ?」

 

 くそ。ゲームでもしてるつもりか? 瑞姫を睨みつける。もちろん、そんなことは何の意味も無い。瑞姫は勝ち誇ったような表情で見下ろしているだけだ。

 

「じゃ、頑張ってね」

 

 瑞姫のその言葉と同時に。

 

 エスカレーター側、ゾンビが大量に集まっている側のシャッターが、ゆっくりと開き始めた。

 

 阻むものが無くなり、フロアにゾンビたちが大量になだれ込んでくる。両手を前に突き出し、あたしたち食糧に向かって、まっすぐに向かって来る。ざっと見ても一〇〇体以上はいるだろうか? とんでもない数だけど、こっちも一〇人いる。一人一〇体倒せばいい、と考えれば、たいした数ではない。ゾンビは決して強くは無いので、十分可能だ。しかし、こちらは美咲と亜夕美と深雪という貴重な戦力を三人もいきなり失っている。その上、船から脱出するタイムリミットは約一時間。絶望的だが、やるしかない。

 

「あのゾンビは引き受けます」

 

 燈が前に出た。武器を持っていないどころか裸に近い水着姿。まさに無防備だけど、一〇〇体以上のゾンビを前にしても臆することなく向かっていく。ゾンビの一体目が襲い掛かる。得意の抱き着き攻撃だ。しかし、燈の右拳が目にもとまらぬ早さでゾンビの顔面をとらえ、あえなく撃沈した。二体目は右ハイキックでやっつけ、三体目は手刀で首をはね、四体目は勢いをつけた飛び蹴りで数体まとめて吹っ飛ばした。

 

 ……って、今、燈、素手でゾンビの首をはねたぞ? ゾンビと言っても腐ってるわけじゃないから、身体は頑丈なはずなんだけどな。燈、恐るべし。

 

「若葉先輩知らないんですか? 忍者は何も身に着けていない状態が一番強いんですよ?」誰かが言った。

 

 そうなのか? 刀とか手裏剣とか持つよりも素手の方が強いというのはよく分からないけれど、実際今の無双状態を見ていると、そうかもしれないと思えてくる。

 

「……って、あんた生きてたんだ」声の主に言う。あたしの側にいたのはゾンビ……ではなく美咲だった。あのノートンの一撃を喰らって、よく無事だったな。

 

「はい。きっちりガードしましたから」ニッコリと笑う美咲。なかなかしぶといヤツだ。

 

 亜夕美と深雪を見る。なんとか立ち上がったけれど、二人ともフラフラだ。戦うのは無理だろう。

 

 さて。

 

 燈がゾンビどもと戦ってくれている間に、なんとか七海を救い出す方法を考えなければいけない。フロアを見回す。反対側にはエレベーターがある。ゾンビはいないけど、こちら側にはあのノートンがいる。今の所襲ってくる気配は無いけれど、エレベーターに近づけば戦闘になるだろう。そもそもあのエレベーターが動くかどうかも分からない。今は近づかない方がいいだろう。他のルートは無いか?

 

「あれはどうですか?」

 

 美咲が正面を指さした。壁の下の方に非常口を示す緑色の看板があった。その隣に扉があるけれど鉄製で硬く閉ざされている。とても開きそうにない。

 

 ……いや、待てよ?

 

 一見固く閉ざされて開きそうにはないけれど、あれは非常口だ。内側から開かないのでは意味が無い。きっと開くはずだ。もちろん、瑞姫がそんなことに気付かないとは思えない。なんらかの仕掛けがしてあるのだろう。それでも行ってみる価値はある。由香里を見ると、無言で大きく頷いた。よし。あたしたちは警戒しながら非常口に近づく。

 

 が、瑞姫がにやりと笑った。その瞬間。

 

 ぱん! と、小さな爆発音がして、非常口の扉が開いた。

 

 そこから、大量のゾンビが流れ込んできた。やっぱり仕掛けてたか。でも、上のフロアに行くにはここしかない。

 

「みんな、行くよ!」あたしは木刀を握りしめ、ゾンビの群れに突っ込んで行った。襲い来るゾンビに木刀を振るい、次々と倒す。由香里や美咲たちも続く。美咲がジャンプキックでゾンビ数体をまとめて吹っ飛ばすと、由香里も竹刀でゾンビをまとめて倒した。睦美たちも果敢に挑んでいく。

 

 ――が。

 

 ゾンビは、次々とフロアになだれ込んでくる。あまりにも数が多い。しばらく戦ったけれど、その数は全く減る気配がない。数体のゾンビがあたしたちの側を通り抜け、後ろにいる深雪と亜夕美に襲い掛かる。まずい。深雪たちはノートンにやられてフラフラなうえに武器を持っていない。ゾンビと戦うのは無理だ。

 

 襲い来るゾンビの前に亜夕美が立った。顔面に拳を叩き込む。しかし、それは破壊力のあるものではなかった。ゾンビは数歩後退したものの、すぐにまた襲いかかる。その後ろからも別のゾンビが襲おうとしている。このままではやられる。そう思った時、亜紀と恵利子の二人が亜夕美の元に駆けつけ、ゾンビを倒した。そのまま二人を護るように立つ。良かった。ひとまず亜夕美たちは大丈夫だけれど、ゾンビの数は減らない。むしろ、どんどん増えてきている。

 

「ダメだ、若葉。一度下がろう」由香里が言った。まだまだゾンビはフロアに流れ込んできている。このまま正面からぶつかるのは無謀だ。仕方がない。あたしたちはその場を離れた。

 

 くそ。どうする? 燈の方を見る。相変わらず素手で次々とゾンビを倒してはいるけれど、こちらも数が多い。ゾンビに囲まれ、身動きが取れない。エレベーターの前には相変わらずノートンがいる。非常口からはゾンビの群れ。あまりに多すぎてあたしたちじゃ対処しきれない。せめて、深雪と亜夕美が戦えれば何とかなりそうなんだけど、あたしたち六人じゃ、とても手に負えないぞ。

 

 …………。

 

 うん? 六人?

 

 みんなを見る。由香里、美咲、睦美、亜紀、恵利子、そしてあたし。今、戦っていたのはこの六人だ。そして、ノートンにやられてフラフラの深雪と亜夕美、一人でゾンビと戦っている燈……全部で九人だ。

 

 ――遥はどこに行ったんだ?

 

 フロアを見回すけれど、姿が見えない。まさか、ゾンビにやられたの?

 

 そう思った瞬間。

 

 あたしたちの頭上を、何かが飛んでいった。

 

 なんだ? 飛んで行ったものを目で追うと。

 

 七階フロアの壁に、矢が突き刺さった。

 

 壁の手前には七海が吊るされていたのだけど。

 

 七海を吊るしていたロープが切れ、ドサリ、と、七海が七階フロアに落ちた。

 

 あの矢がロープを切ったのだろうか? 一体誰が?

 

 その時。

 

「七海さん!! 逃げてください!!」

 

 フロアに、遥の声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 


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