ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~ 作:ドラ麦茶
「どうしたの、若葉? まさかあんた、寝てた?」
由香里がイジワルな口調と視線を向け、みんなが軽く笑う。
「寝てないわよ。失敬な」あたしも笑った。「ただ、ちょっと考え事してただけ」
「同じでしょ。大事な話をしてるんだから、集中しなさい」
「はい。スミマセン」
あたしは、ペロリと舌を出した。
ここは、世界最大級のクルーズ船・オータム号内四階後方、劇場の控室だ。
瑞姫を取り逃したあたしとエリは、一度操舵室に戻り、由香里たちに事情をすべて説明した。皆、大きなショックを受け、そして、この後どうするかを話し合うべく、あたしたちのグループは操舵室を出て、遥たちのグループと合流したのだ。
館内放送での、瑞姫の言葉を思い出す。
――今夜一時に、ショッピングモールまで来なさい。そうね……最低一〇人は連れて来な。そうじゃないと、面白くないから。
今、十二時四十分だ。瑞姫が指定した時間まで、あと二十分。
みんなで話し合った結果、メンバーを二つに分けて行動することに決まった。ショッピングモールへ向かうメンバー一〇人と、船を脱出するメンバーである。日本を発って今日で七日目。予定では、今日の午前中にはハワイのオアフ島に着くはずだった。船はずっと自動操舵になっていたので、航路から外れているということはないだろう。少なくとも、ハワイは近いはずだ。脱出するなら頃合いだろう。
「ケガしてる娘と、シスターの娘は優先的に脱出してもらうとして――」由香里が言う。「問題は、ショッピングモールへ向かう一〇人だけど」
あたしは、由香里の言葉を制し、前に出た。みんなの方を向く。「みんな、聞いてほしい。向こうは瑞姫一人だけだけど、あの娘のことだ。何か企んでるに違いない。化け物みたいなゾンビを連れているって話もある。正直、かなり危険な任務になると思う。でも、あたし一人じゃ、何もできない。だから……仲間を救うために。あたしに、力を貸して欲しい」
あたしは。
みんなに向かって、深く、深く、頭を下げた。
ぽん、と、肩に手を置かれた。顔を上げる。由香里だった。
「若葉……あんた、なんか勘違いしてるね」
勘違い? 何だろう?
「責任感が強いのは結構だけど、何でもかんでも自分一人で背負い込むのは良くないよ? これは、若葉の問題じゃないんだよ。アイドル・ヴァルキリーズ、みんなの問題だ。だから、若葉に手を貸すんじゃない。みんなで力を合わせるんだ。もちろん、あたしは行くよ。アイドル・ヴァルキリーズのキャプテンとして、この事件を最後まで見届ける義務があるからね」
由香里の、その優しい言葉に。
「――ありがとう」
心の底からお礼を言った。由香里がいてくれれば、これほど心強いことはない。
「ついにあたしも、本気を出す時が来ましたね……」
そう言って前に出たのは美咲だ。不敵に笑いながら、赤い革製のグローブを取り出す。指の部分が露出している格闘用のオープンフィンガーグローブだけど、手の甲の部分に丸い金属がいくつも埋め込まれている。あんなもので裏拳でも叩き込もうものなら相手は大ケガ必至だし、拳の重量が増すからパンチひとつでも破壊力は格段にアップするはずだ。試合用ではない、ルール無用のケンカ用グローブだ。
「若葉先輩と一緒なら、地獄の底までお付き合いしますよ」
グローブをはめながら、美咲は微笑んだ。
「ありがとう、美咲」あたしは美咲の頭を撫でた。
次に前に出たのは、燈と遥だった。「もちろん、あたしたちもお供させていただきます」
今回の事件で由香里のようなリーダーシップを発揮した遥と、ヴァルキリーズのメンバー全員で戦っても勝てないとウワサされる最強忍者の燈。こんなに心強い味方はいない。
これで五人。今ここにいるメンバーで、本格的な武術を習っていて、かつ、大きなケガをしていない娘は以上だ。残るメンバーは、週二回の剣道の稽古か、武術が義務付けられていないソーサラークラスの娘だけだ。危険な任務だから無理強いすることはできない。瑞姫が指定した一〇人には満たないけれど、最悪この五人で行くしかないだろう。
「……しょうがない。あたしも付き合ってやるか」
そう言って前に出たのは、なんと睦美だった。意外だな。この娘の性格からして、真っ先に脱出したがると思ったんだけど。
「あんた今、『意外だな。この娘の性格からして、真っ先に脱出したがると思ったんだけど』って思ったでしょ?」睦美が睨む。げ。完全に読まれている。いかんいかん。あたしのこの、考えてることがすぐ表情に出るクセ、ホント、直さなきゃな。
「あんたの中で、あたしはどういうキャラ設定なのよ、まったく……」睦美が頬を膨らませる。「あたしだって、栄誉あるアイドル・ヴァルキリーズの一期生なんだからね? 五年間一緒に活動してきた仲間を、見捨てるわけないでしょ?」
正直この船内での事件以降、あたしの中で睦美は、『めんどくさい娘』というキャラ設定でしかなかったけれど、彼女の言う通り、あたしたちは栄誉あるヴァルキリーズ一期生だ。その絆はきっと、ヴァルキリーズで一番深く、固い。
「ありがとう、睦美」あたしは笑顔で言った。
「若葉さん。あたしたちも連れて行ってください」
今度は、二期生の林田亜紀と上原恵利子だった。さっきこの劇場控え室で、愛子とちはるをどう殺そうかと相談していた二人だ。
「さっきは、スミマセンでした」二人は頭を下げる。「仲間が殺されたと聞いて取り乱し、醜態をさらしてしまいました。反省しています。せめてもの罪滅ぼしに、あたしたちも、若葉さんにお供させてください」
あたしはにっこりと微笑んで、二人の肩に手を置いた。「醜態だなんて、そんなことないよ。仲間が殺されたんだから、取り乱して当然だよ。あたしだって、同じことを考えていたんだから。気にすることはないよ。でも、来てくれるなら嬉しいよ。ありがとう」
二人は顔を上げ、そして、笑った。
これで八人か。後二人。
「それじゃ、これで九人か。あと一人だね」
そう言ったのは亜夕美だった。は? 九人? まだ八人だろ?
「……って、亜夕美、あんたまさか、行くつもりなの?」
「当たり前でしょ? なんであたしが行かないと思ったのよ?」当然のように言う亜夕美。
武術の腕はヴァルキリーズ内でもトップクラスの亜夕美だけれど、二日前、右太ももを拳銃で撃ち抜かれて大ケガをした。その傷は深く、いまだ完全に出血が止まっていないのか、巻かれた包帯には血がにじんでいる。ケガをしたメンバーの中では、右腕を切断された雨宮朱実に次ぐ大ケガだろう。当然脱出側のメンバーとして考えていた。
「気持ちは分かるけど、無理しないで」由香里が言った。「七海は、絶対に助けるから。あたしたちに任せて、亜夕美は、脱出して」
「冗談じゃないよ。もともとは、あたしのせいで始まったことなんだ。あたしが……由香里みたいに……もっとしっかりしていれば……みんな……死なずにすんだかもしれない……」
「亜夕美のせいじゃないよ。責任を感じることはない。だから、みんなと一緒に脱出しなさい」
「それはできない。あたしも行く。これは、あたし自身のけじめだ」
亜夕美が一歩前に出た。
しかし、右足から崩れ落ちた。やはり、怪我の状態は良くない。
「ほら見なさい」と、由香里が亜夕美を見下ろす。「そんな状態でついてくるなんて無茶だよ。素直に脱出しなさい。これは、キャプテンとしての命令よ」
「……そんな命令は聞けないね」片膝をつき、由香里を見上げる格好で睨む亜夕美。
「脱出しなさい!」
「イヤだ!」
睨み合う二人。どちらも引かない。このままでは埒が明かないぞ。
と。
「――こうなった亜夕美を、説得するのは無理だね。時間のムダだよ」深雪が前に出た。「もう、連れて行くしかないね。まあ、この娘のことはあたしに任せて。無茶しないように、しっかりと見張ってるから」
亜夕美に肩を貸し、立たせる。
「深雪……あんたまさか、一緒に来る気なの?」亜夕美が驚く。「気持ちは分かるけど、無理しないで。七海は、絶対に助けるから。あたしたちに任せて、深雪は、脱出して」
「……さっき、全く同じことを由香里から言われてたよね」
「あ……あたしと深雪じゃ、話が全然違うでしょ? ブリュンヒルデにもしものことがあったら、ヴァルキリーズはどうなるのよ?」
「それは亜夕美だって同じでしょ。亜夕美にもしものことがあったら……ううん、亜夕美やあたしだけじゃない。由香里も、若葉も、美咲も、みんな同じ。ランキングなんて関係ないよ」
「そりゃあ、そうかもしれないけど」目を伏せる亜夕美。
「それにあたし、今の亜夕美よりは戦えると思うけどね」深雪は、イタズラっぽく言った。
「言ったな。勝負するか?」
「いいわよ? 五秒で決着つけてやる」
亜夕美と深雪はしばらく見つめ合い、お互い笑い合った。
……まあ、イチャイチャするのは勝手だけど、時と場合を考えろよな。それに、今まで別行動してた遥グループの娘たちは二人が和解したことを知らないから、みんな、目を丸くして驚いてるぞ。
「わ……若葉さん。まさか、カメラが回ってるんですか!?」と、遥。やっぱりそう思うのか。
「大丈夫だよ。ま、この一週間でいろいろあってね。今や二人は昔と同じく……ううん、昔以上の仲良しカップルだよ」
「昔以上って……そもそも昔は仲が良かったってことが信じられないんですけど」
あ、そうか。深雪と亜夕美が仲が良かったのって、ホントに結成当初だけだもんな。三期生の遥たちはもちろん、二期生の燈たちだって知らないはずだ。
まあ、そんなことより。
「これは、二人とも連れて行くしかないね」あたしは由香里に向かって言った。「深雪の言う通り、亜夕美を説得するのはムリだし、時間のムダだよ。ラブラブな二人を引き離すのも心苦しいし」
由香里は腰に手を当て、はぁ、と、大きくため息をついた。「しょうがないな……分かった。でも、二人とも、絶対にムリはしないでよ?」
由香里の言葉に、二人は大きく頷いた。
これで、ショッピングモールへ向かう一〇人はそろった。残りのメンバーは、救命ボートを使い、船から脱出してもらおう。
「じゃあエリ、みんなをお願いね」あたしは、エリに向かって言った。
ショッピングモールに向かうグループと、船を脱出するグループに分かれると決まった時、エリは脱出するグループに属することを素直に了承してくれた。この娘の性格からして、絶対瑞姫を捕まえると言うと思ってたから、ちょっと意外だった。まあ、いかに瑞姫と遺恨があっても、やっぱりエリは看護師だ。ケガ人を放っておくことはできなかったのだろう。
「はい。あたしが責任をもって、みんなを脱出させます」エリはいつものように、天使のような笑顔で言った。
その笑顔を見ていたら。
…………。
あたしは、ものすごく不安な気持ちなった。
そう。エリがこの笑顔を見せるのは、間違いなく、何かを企んでいる時なのだ。
「エリ、ホントに大丈夫?」同じ二期生の林田亜紀がエリに向かって言う。「愛子さんやちはるさん、舞さんも、一緒に脱出するんでしょ? もし、三人が暴れ出したりしたら……」
「心配ないよ」と、エリは笑う。「三人は、燈が『絶対にほどけない縛り方』で、拘束してるから。無理にほどこうとしたら、身体中の関節がはずれる、って言ってたし」
何それ怖い。そんな縛り方があるのか? さすが忍者だな。
「それに、もしあたしに逆らうようなことがあったら、その時は……」
エリの天使のような笑顔が、悪魔のほほえみに変わった――ような気がした。
……そうか。不安はこれだ。エリは、瑞姫以上に愛子とちはるの二人に遺恨がある。日ごろの恨みを晴らすチャンスと考えているのかもしれない。
あたしは、そっと祭に声をかけた。「――エリが暴走しないように、ちゃんと見張っててね」
「若葉さん。エリさんが暴走して、あたしなんに止められると思いますか?」
もっともなことを言う祭。
脱出メンバーを見る。祭に限らず、もしエリが暴走した時、それを止められるような娘はいない。と、言うより、エリの暴走を止められるとしたら、キャプテンの由香里か親友の燈くらいだろう。この二人でも怪しいけど。いっそのこと、エリも縛っておくか? うん、それはいい考えだな。あたしはそっと、燈に相談してみた。すると。
「エリを縛るんですか? それはたぶん、ムリだと思いますよ?」
とんでもない答えが返って来る。
……最強忍者の燈をもってしても拘束がムリとは。エリって、どういう娘だよ。
「若葉さん」エリが、例の天使のような笑顔であたしをじっと見ていた。「さっきから、何をコソコソ話してるんですか?」
その笑顔に、その言葉に、あたしは戦慄を覚えた。
「あ……いや……なんでも無いよ。うん」あたしは両手を振って言った。
……しょうがない。愛子とちはるの二人には悪いけど、自分の命の方が大事だ。これ以上、この件には触れないようにしよう。
などと言っている間に。
時計を見る。十二時五〇分。瑞姫が指定した時間まで、あと一〇分。
あたしが操舵室に戻って由香里たちに事情を説明している間、燈は、ショッピングモールの周辺を偵察してくれたらしい。その報告によると、ショッピングモールへの入口は、五階中央左側の公園からの入口を除き、全てが封鎖されているという。まあ、無理にこじ開けることもできそうではあるけれど、七海を人質にとられている以上、滅多なことはしない方がいいだろう。
ちなみに。
燈の恰好は、昨日までの、アイドルとしては面白みのない全身を覆う黒装束から一転、純白のノースリーブの着物にボトムは前後の垂れだけと、ちょっと動けば下着が丸見えの(もちろん見せパンか水着だろうけど)、露出の多い、いわゆるセクシーくのいちの格好だ。二の腕ふにふにの太ももむっちむちである。両手の手甲と両足の長足袋がまたそそる。涎が出そうだ。
と、燈が、急にきょろきょろと辺りを見回しはじめた。どうしたんだろ?
「燈? どうかした?」と、遥が燈の方を見た。
「ん……いや、なんか、殺気を感じて……」背中の刀に手を当てる燈。
……あたしのことだろうか? 殺気って……そんなつもりじゃないんだけどな。まあ、もう変な目で見るのはやめよう。ヘタすりゃ斬られかねない。
「殺気? いつ感じたの?」と、遥。
「さっき感じたわ」燈が応えた。
「…………」
「…………」
…………。
……あの燈からダジャレを引き出すとは……遥、恐るべし。これは今後が楽しみなコンビだな。
いや、それよりも。
今、あの遥が、燈にタメ口を利いたぞ。遥、成長したな。
燈と遥は遥の方が年上なのだけど、燈は二期生、遥は三期生なので、燈の方が先輩である。だから、真面目な性格の遥は、今まで燈に対して敬語で話していたのだ。それはそれで別にかまわないことなのだけど。
今回の事件で、遥にはリーダーシップがあるということが分かった。もしこの先、遥が次のキャプテン候補になるとしたら、ネックなのはやはり三期生という立場だ。二期生で称号を持っている燈やエリに敬語を使わなくなるのは、キャプテン候補として非常に重要なことのような気がするぞ。
と、今はそんなこと考えてる場合じゃないな。
七海の救出に向かうメンバーと、脱出するメンバーは決まった。瑞姫の指定した時間まではまだ少しある。この間に、みんなに言っておこう。
あたしは、この事件が終わったら、アイドル・ヴァルキリーズの活動を辞退するつもりだ。
先月週刊誌にスキャンダル記事が載った時も同じ決意をした。しかし、メンバーのみんな、ファンのみんなの温かさに触れ、あたしは、ヴァルキリーズを続けていくことにした。メンバーと、ファンのみんなの温かさに、応えていくことにした。
しかし。
今回の事件で、あたしはメンバーを護れなかった。多くの娘が命を落とし、多くの娘が傷ついた。
そして、ヴァルキリーズのイベントに参加してくれた多くの人たちがゾンビとなり。
あたしは、その人たちを倒した。
あたしは、メンバーも、ファンの人たちも、護ることができなかった。温かい言葉に、気持ちに、応えることができなかった。
今度こそ、もう、続けていくことはできない。
もちろん、ヴァルキリーズを辞めるくらいで償えると思っていない。先月のスキャンダルとは比較にならないほどの罪だ。正直、どうすれば許されるのか分からない。いや、許される方法なんて、きっとないのだろう。
少なくとも、これ以上続けてはいけない。だから、今度こそ。
あたしは、みんなに向かい。
「――みんな聞いてほしい。あたしは、この事件が終わったら、ヴァルキリーズのキャプテンを……いや、アイドル・ヴァルキリーズの活動を、辞退しようと思う」
決意を言おうとして。
――は? キャプテン?
あたしより先に、口を開いたのは、由香里だった。
みんなの視線が、一斉に由香里に向く。
「ちょっと由香里? 何言ってんの!?」私は思わず声を上げる。
「ゴメン、若葉。もう決めたことなんだ」由香里は、小さく笑った。「あたしは、今回の事件が起こって、自分でも情けなくなるくらい、何もできなかった。キャプテンなのに、みんなを護らなければいけないのに、護れなかった。あたしは、キャプテン失格だ。もちろん、キャプテンを辞めたからって……ヴァルキリーズを辞めたからって、許されるとは思ってない。正直、どうすれば許されるのか分からない。いや、許される方法なんて、きっとないんだと思う」
「何言ってんのよ!」あたしは叫ぶ。「由香里は、ちゃんとやっていたじゃない! みんなのことを考え、みんなのことを導いてくれた。みんなの希望になってくれた。由香里がいなかったら、もっと、ずっと大変なことになっていたと思う。責任があるとしたらあたしだよ。あたしに、もっと力があれば、たくさんの仲間が救えたはずなんだ。ヴァルキリーズを辞めるなら、まずあたしだ」
「それこそ、何言ってんのよ!」今度は由香里が叫ぶ。「若葉は毎日毎日ゾンビだらけの危険な船内に飛び出して、みんなを護ってくれたじゃない。若葉がいたから、たくさんの仲間が救われたんだ。若葉が辞める必要なんてない」
「そうだよね」と、亜夕美が口を開いた。「若葉も、もちろん由香里も、辞める必要なんてない。辞めなければいけないのは、あたしだ。もともとは、あたしから始まったことなんだ。あたしが、グループの娘たちを護れなかったから……あたしが由香里や若葉みたいにしっかりしていれば、こんなことにはならなかったはずなんだ。ホントに、申し訳ないと思っている。だから、あたしが責任を取って、辞めるよ」
「そんな!」と、今度は深雪だ。「亜夕美が辞めたら、あたし、どうしていいか分からないよ! あたしがブリュンヒルデでいられるのは、亜夕美がいてくれるからなの。あなたがいないと、あたし、もうヴァルキリーズでやって行ける自信が無い。亜夕美が辞めるんだったら、あたしも辞める」
「お二人が辞めることなんて無いですよ」エリが手を挙げた。「責任があるとしたら、それはあたしです。あたしは、船内のゾンビ騒動の原因が瑞姫さんではないかと、早い段階で気が付いていました。でも、ずっと操舵室に閉じこもったままで、何もしなかった。もっと早く行動していれば、みんな、死なずに済んだかもしれないんです。ヴァルキリーズを辞めなければいけないのは、あたしです」
「エリに責任があるなら、あたしにもあります」今度は燈が手を挙げる。「あたしも、瑞姫さんがゾンビ騒動の原因じゃないかと疑っていました。でも、結局エリが動くまで何もできませんでした。辞めるなら、あたしです」
「燈だけの責任じゃないです」遥が言う。「あたしも同じです。あたしも、辞めます」
「それだったら、あたしだって」睦美が手を挙げた。「あたしは事件が起こって、パニックになって、わがままを言って、みんなに迷惑をかけた。あたしも辞めるよ」
「じゃあ、あたしも同じです」亜紀も手を挙げる。「あたしも、辞めます」
「じゃ、あたしも」恵利子も手を挙げた。
続いて、祭が、綾が、カスミが……いつの間にか、ヴァルキリーズのメンバーほぼ全員が「あたしが辞める」と手を挙げていて。
残っているのは美咲だけになった。
みんなが一斉に、美咲を見る。
美咲も、ゆっくりと手を挙げ。「じゃあ、あたしも辞めます」
すると、全員で挙げた手を美咲に向け。
『どうぞ、どうぞ』
…………。
うーむ。こんな大事な時にもお約束を忘れないとは。さすがプロだ。あたしたちもなかなかやるな。
……なんてやってる場合じゃないだろ。みんなで苦笑いをする。
「……とりあえず、この件は保留しようか?」あたしはみんなに言った。
「そうだね。今は七海を助けることに集中しないと」由香里が同意し、みんなも頷いた。
もうすぐ一時になる。
……そうだ。これだけは、みんなに言っておこう。
「みんな、ゴメン。最後に、これだけは約束してほしいんだ」あたしは、みんなに向かって言う。「たくさんの仲間が殺された。ヒドイ目に遭わされた。みんなの中には、瑞姫たちを、同じ目に遭わせてやりたいと思ってる娘もいると思う。気持ちは分かる。あたしだって、そう思ってた。でも、絶対、そんなことはしないでほしい。あたしは、もうこれ以上大切な仲間に、人殺しになってほしくない……」
あたしのその訴えに。
みんな、大きく頷いてくれた。
「……まあ、死んだ方がマシ、って思うくらい殴ってやるけどね」亜夕美がバキボキと指の関節を鳴らした。
「そうだね。それは止めないよ。と言うか、あたしもやる」
あたしは、ニヤリと笑った。
一時になった。
「――由香里」あたしは右手で拳を握り、左胸を叩いた。
「――――」由香里も拳を握り、胸に当てた。
他のみんなも、同じように胸に手を当てる。
アイドル・ヴァルキリーズ出陣前の、誓いのポーズだ。
みんな目を閉じ、十秒ほど沈黙。
そして。
「行くぞおぉ!!」
由香里が叫ぶ。それに、みんなで応える。
アイドル・ヴァルキリーズ!!
全員で叫び、拳を高く振り上げた。
そして。劇場の控室を出て。
エリたちは、救命ボートへと向かい。
あたしたちは、ショッピングモールへと向かった――。