ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~ 作:ドラ麦茶
「――でさ、そのお好み焼き屋のおばちゃん、齢七十にして、なんと、広島焼きの修行をするために、広島の大きなお好み焼き屋に弟子入りしたんだよ!」
「ホントに!? おばちゃんやるね!!」
耕作君の話に、あたしは、思わず大声を上げてしまう。
「で、今年の初めに帰って来たんだけどさ、コレがめちゃくちゃうまいんだよ。いやー。俺、おばちゃん見直したよ」
「そうなんだ。すごいねおばちゃん。あーあ。あたしも久しぶりに、おばちゃんのお好み焼き、食べたいなー」
「ああ、近いうちにインターネットで販売するって言ってたから、利用したらいいんじゃないか?」
「インターネット!? おばちゃんどんだけバイタリティ強いのよ! あたし、負けたわ」
笑いながら、あたしはグラスのフルーツ系カクテルを飲み干し、新しいものを注文する。お店に入って二十分ほど。もう三杯目だ。それほど強いお酒ではないから、酔うほどの量ではない。でも、普段由香里たちと飲むよりもはるかにペースが早く、そして、テンションも高いのが、自分でも分かる。
つまりあたしは、もう酔っぱらっているのだ。
耕作君もジョッキのビールを飲み干し、三杯目を注文する。その顔はもう真っ赤っ赤だ。「バイタリティが強いって言えばさ、裕美って、覚えてるだろ?」
「あー。なつかしいね。クラスの中じゃ内気で目立たない娘だったけど、どうしてるの?」
「それがさ、アイツ、二十歳の時に結婚して、四歳になる子がいるんだよ!!」
「ホントに!? あのシャイだった裕美が、男射止めたの!? しかも子供もいるの!? 信じらんない!!」
「そう! しかも下に二歳の子もいてさ。自転車の前と後ろに子供乗せて、買い物の荷物ぶら下げて、山道を走ってんだぜ? 八百屋で大根値切るとか当たり前にやるし、ゴミ捨て時に長々お喋りするし、もうすっかり関西のおばちゃんだよ」
「ホントに!? あの娘が!? 全然想像つかないんだけど!!」
届いたばかりの三杯目のカクテルをグイッと飲み干し、手を叩きながら笑う。
――ヤバイ。超楽しいんですけど。
別に普段、由香里たちと飲むのが楽しくないわけじゃない。メンバーのみんなとは気兼ねなく話せるし、大声で笑うこともある。でも今日は、いつもと全然違う。考えてみたら、高校を卒業してすぐに上京し、芸能活動を始めたあたしは、仕事関係の人以外とお酒を飲むのは初めてのことだ。もちろん、ヴァルキリーズのメンバーは大事な友達だし、仲間だし、親友だ。でも、どうしても仕事仲間という点だけは切り離せない。楽しく飲んでお喋りしていても、ついついブログにアップする写真のこととかを考えてしまう。
でも耕作君は、完全に仕事とは関係が無い人だ。そこには確実に、いつもとは違う楽しさがあった。
だから。
「あたしも耕作君とあのまま付き合ってたら、今頃結婚とかしてたかな?」
勢いで、こんなことを言ってしまう。
「あー。どうかな? 俺、今の仕事結構楽しいから、まだ結婚は考えてないなぁ」
「そうなんだ? ざーんねん」
「そういうお前はどうなんだ? 仕事、楽しいか?」
「もちろん! 楽しくて仕方ないよ」
「そうか。そりゃ良かった。でもさ、昨日のヴァルキリーズのランキング、テレビで見たけど、あれ、大変そうだな? 仲間同士で競わされて、イヤにならないか?」
「うーん。まあ、大変なこともあるけど、それも含めて、やっぱり楽しいよ」
「はは。ならいいけど」
耕作君は三杯目のビールも飲み干すと、メニュー表を開き、店員さんに焼酎のお湯割りと鶏のから揚げを注文する。あたしも同じお酒を頼んだ。
「でも、残念だったな」メニューをたたみながら、耕作君が言った。「今回のランキング、4位に落ちたんだろ? 藍沢エリちゃんだっけ? あのお嬢様みたいな娘に抜かれたんだよな」
「そうなの! やられたよ。あの娘、ああ見えて結構腹黒いところあるから、裏で何かやったんじゃないかな?」
楽しいから、こんな冗談も、気軽に言えてしまう。
「そうなのか!? 可愛い顔してるのにな。信じられない」
「そうよ。見た目に騙されちゃダメだよ? あーあ。明日からお披露目公演のレッスンがあるんだけど、ポジションが大きく変わったから、大変だよ」
「そっか。忙しそうだな。お披露目公演が終わったら、来月確か、船上コンサートがあるんだよな?」
「耕作君よく知ってるね? そうなの。横浜からハワイに向かう超豪華クルーズ船で、六泊七日の旅だよ。ヴァルキリーズとしても経験したことが無いイベントだから、由香里、はりきってたなぁ。あたしも超楽しみなんだよね」
「いいよなぁ。ネットで見たけど、その船、劇場とか、ショッピングモールとか、スポーツ施設とかもあるんだろ? それで一週間の船旅か。うらやましいよなぁ」
「よかったら耕作君も来る? まだチケットは余ってると思うよ? 一番安い部屋でも十万円くらいするけど」
楽しいから、こんな大胆なことも、気軽に言えてしまう。もちろん、冗談だけど。
「げ? 十万? そんなにもするのか?」
「そりゃそうだよ。なんたって、世界最大級の大型客船だもん。どうする? 今なら特別に、好きな娘一人と会わせてあげてもいいよ? 耕作君って、誰推し? まさか、美咲とか言わないよね?」
「桜美咲ちゃんか? まあ、おもしろい娘だとは思う」
「えー? あんなの、胸が大きいだけのタダのゲームオタクだよ? どこがいいの?」
「お前、ヒドイこと言うな。まあ、美咲ちゃんもいいけど、そうだな……去年加入した、浅倉綾って娘とか、カワイイよな」
「綾!? あの娘、まだ十四歳だよ!? ヴァルキリーズ最年少だよ!? 信じられない! 耕作君、そんな趣味があったの!?」
「バ……バカ! 違うよ! ただ、こう、この歳になると、若さがまぶしく見えると言うか」
「違わないじゃん! うわぁ、ショック。耕作君がまさか、ロリコンになってたとは……」
「まあ、若葉にはすでに無い魅力が綾ちゃんにあるのは確かだな」
「はぁ? 何それ? ひっどーい。ふん。悪かったわね。どうせあたしは最年長のオバさんですよ」
楽しいから、頬を膨らませて、ふてくされたりもしてみる。
「お前もそんなカワイイところがあるんだな」笑う耕作君。
つられて、あたしも大声で笑う。
今日のあたしは、よく笑う。よく喋る。
仕事と完全に切り離されたお酒って、こんなに美味しくて、こんなに楽しかったんだ。
テーブルに焼酎のお湯割り二つと鶏のから揚げが運ばれてきた。あたしはお酒を一つ耕作君に渡すと、唐揚げをテーブルの真ん中に置き、レモンを絞った。
とたんに、耕作君が目を丸くする。「ちょっとまて! お前、何勝手にレモン絞ってんだよ!」
「へ? 耕作君、レモンキライだった?」
「いや、別にキライじゃないけどさ。ふつう絞る前に一言訊くだろ? うわー。まさか若葉がドヤ顔で唐揚げにレモン絞る女だとは思わなかったよ。ショックだわー。別れて正解だったかも」
「なによそれ? 男のくせに細かいこと言って。こっちこそ、別れて正解だったよ。ふーんだ。いいもん。この唐揚げ、全部あたしが食べるから」
「あー。冗談だよ、冗談。俺、唐揚げ大好物なんだよ。知ってるだろ? だから、食べさせてください。お願いします」
「ふむ。分かればよろしい」
そしてあたしたちは、また笑い合う。
本当に、楽しい時間が過ぎていく。
あまりに楽しすぎて。
この辺りからあたし、記憶がしばらく無くなってしまう――。
ぱち。目を覚ましたあたしが見たのは。
見知らぬ天井。見知らぬベッド。見知らぬ部屋。
――あん? ここ、どこだ?
身体を起こす。そのとたん。
ずっきーん。と、洗面器いっぱいのカキ氷を一気に食べたかのような頭痛に襲われた。
……あいたたた。なんだこれ? 何があったんだ?
頭を押さえ、辺りを見回す。十畳ほどの部屋だった。セミダブルと思われるベッド。テーブルにイス、クローゼットなど、家具は必要最低限だけど、きちんと整理整頓されている。窓はカーテンが閉められていて、外の様子は分からない。床には絨毯が敷かれてある。どうやらどこかのホテルのようだ。
あれ? あたし、何か地方に行く仕事、入れてたっけ? えーっと。記憶を巡る。昨日は確か、ランキング発表が終わった翌日で、仕事は数時間のミーティングだけで、早めに終わったんだ。で、帰りに高校時代の同級生の耕作君に会って、二人でお酒を飲みに行って、それで……。
…………。
そこから記憶が無い。
さー、っと、顔から血の気が引いていくのが、自分でも分かった。
改めて部屋を見回す。あたし以外の人の姿はないけれど、バスルームと思われる部屋の電気が点いていた。シャワーの音も聞こえる。
マズイ……これは、非常にマズイ展開だぞ。これからどうする? パニックになりそうな頭を何とか落ち着かせ、考える。
見たところ、あたしの着衣に乱れはない。どうやら、全てのことが終わった後、という最悪の事態だけは免れたようだけど、このままここにいては、それも時間の問題かもしれない。さっさと出て行くか? せっかく久しぶりに会えた同級生なのにこんな別れ方になるのは残念だけど、背に腹は代えられない。よし。素早く荷物をまとめる。
しかし。
蛇口を閉める音がして、シャワーが止まった。すぐに、バスローブに身を包み、タオルで頭を拭きながら、耕作君が出てきた。
あたしは、どうしていいか分からず、ベッドに戻って布団で体を隠した。服は着ているからそんなことをする必要はないんだけど、パニックになって自分でも何をやっているのか分からない。
耕作君はあたしを見ると、「お? やっと起きたか。大変だったんだぜ? ここまで連れて来るの」と、いつもの笑顔で言う。
「あ……あはは。えーっと、耕作君、ここ、どこ?」
「ん? 俺が泊まってるホテルだけど?」
「あ……あはは。そうなんだ。えーっと、ね。あたし、なんでここにいるんだっけ?」
「なんだ。やっぱりお前、覚えてないのか」呆れ顔の耕作君。「お前、なんかすごい酔っぱらっててさ、店出た後、歩けなくなって、そのまま路上で寝ようとしたんだよ。さすがにほっとくわけにもいかないし、だからと言って若葉が今どこに住んでるのか知らないし、勝手に若葉のケータイ見て友達に連絡するわけにもいかないだろ? しょうがないから、ここまで連れてきたんだよ」
そっか……確かにあたし、耕作君とお酒を飲むのが楽しくて仕方なくて、かなりのハイペースで飲んでたもんなぁ。お酒を飲んで記憶が飛ぶ、なんて都市伝説だと思ってたけど、ホントにあるんだね。
耕作君は冷蔵庫からビールを取り出した。「安心しろ。俺、もちろん、何もしてないぜ? するわけないだろ」
……確かに、耕作君は酔っぱらった女の人に乱暴するような人ではない。そこは一安心なんだけど。
弱ったな、これは。完全にやっちまったよ。時計を見る。二時を過ぎていた。遅い時間だけど泊まるわけにはいかない。タクシー拾って帰ろう。
「ゴメン、耕作君。あたし、帰るよ。今日はホント、楽しかった。じゃあね」
「そうか? じゃあ、気を付けてな」
耕作君はあたしを引き止めようとはしなかった。やっぱり下心なんて無かったんだな。あたしは素早く身支度を整え、玄関へ向かう。
そして、ゆっくりとドアを開けた。用心深く顔を出し、辺りを見回す。長い廊下が続いている。人の姿は無い。
「……何やってんだ?」と、耕作君。
「しーっ! 誰かいないか確認してるの! こんな時間にホテルの部屋から出てくるところを見られたらマズイから」
「そうか。お前も大変だな」笑う耕作君。笑い事じゃないんだけどな。
……まあいい。これはあたしの失態が招いた事だ。耕作君が悪いわけではない。
正面の部屋番号を確認する。1116と書かれている。つまり十一階か。結構いいホテルに泊まってるんだな。どうもビジネスホテルとかではなさそうな雰囲気だ。
まあ、そんなことはどうでもいい。とりあえず、エレベーターは使わない方がいいだろう。こんな時間とは言え、誰かと一緒になる可能性はゼロではない。あんな狭い密室で二人きりだと、あたしだとバレてしまうことは十分あり得る。そしたらネットの大型掲示板とかツブヤイターとかで暴露され、それがあっという間に拡散され、大騒ぎになる……考えすぎだとは思うけど、用心にこしたことはない。よし。階段で行こう。あたしはもう一度耕作君に別れを告げ、そして、部屋を飛び出し、忍者の燈のように忍び足で警戒しながら階段へ向かった。幸い、廊下でも階段でも誰かとすれ違うことはなかった。一階のホールには従業員と数人の客らしき人がいたけれど、目立たないように隅を通り、気づかれることなく外に出ることができた。でも、こんな時間にホテルの側でタクシーを拾うのもマズイ。あたしはそこからさらに一キロほど歩いてからタクシーを拾い、なんとか自分の部屋に帰ることができた。
しかし。
この夜の、ほんの些細な失態が。
まさか、あたしのアイドル人生を大きく狂わせる事態になろうとは、この時のあたしは、思ってもみなかった。