ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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Day 6 #09

「それで、どこにいるんですか? このあたしをハメて、アウトブレイクの犯人に仕立て上げようとした、二十代後半にもなってアイドルを続ける恥知らずの大年増は?」

 

 警察署の入口を爆破して登場した武術もできる白衣の天使・藍沢エリは、落ちていた斧を拾い、獲物を狙う狼のような目で部屋の中を見回し、そして、何故か瑞姫ではなくあたしを口撃し始めた。

 

「――エリさん。瑞姫さんは二十四歳だから、まだ二十代前半です」遥がささやくように言う。この状況下で律儀にツッコむのもどうかとは思うけど。

 

「そうだっけ? ま、二十四も二十五も、大して変わんないでしょ。アイドル適齢期は、とっくに過ぎてるわよ」口数の減らないエリ。この手錠が外れたら、コイツから血祭りにしてやろうか。

 

 ……だから、そんなこと言ってる場合じゃないっつーの。

 

 瑞姫は、エリの挑発には応じず、冷静な口調で言う。「よくここが分かったわね? まあ、いつかは気づかれるとは思ってたけど。参考までに、どうして分かったのか教えてもらえる? まさかあなたも、偶然見つけた、なんて言わないわよね?」

 

「もちろんですよ」エリは、ポケットから何か取り出した。太いアンテナが二本ついている、手のひらサイズの黒い機械だった。トランシーバーのように見えるけど、あたしたちが使っているものとは、少し形状が違う。

 

「電波を受信して、盗聴機とか、盗撮カメラとかを発見する機械です」エリが言った。「深雪さんがよく使ってるって聞いて、借りてきました」

 

 ……そう言えば深雪、昨日、そんなことを言ってたな。さっき二人が、一〇階前方の客室――あたしや深雪たちが泊まっていたホテルのフロアにいたのは、あれを回収するためだったのか。

 

「もちろん、これだけでは場所を特定することはできません」エリは続ける。「電波を受信しないことには、探知もできませんからね。いつ、瑞姫さんたちがトランシーバーの電源を入れるのか。それが問題だったんですけど。タイミングよく通信をしてくれて、しかも何を思ったのか、ずっと通信状態にしてくれて、すぐに見つけることができましたよ」

 

 愛子たちが燈のグループを襲うところを、音声付きで見せようと、トランシーバーの電源を入れっぱなしにしたからだ。

 

 エリは、斧の刃先を瑞姫へ向け、勝ち誇ったように目で見つめる。「攻めに集中しすぎて、自分が大きなミスをしていることに気づかなかった――それが、あなたの敗因です」

 

 それは、半年前の『スパイダー・マスターマインド』の大会で、敗北したエリが瑞姫から言われた言葉だった。エリ、やっぱりまだ根に持ってたんだな。

 

 瑞姫は、クックックと、含み笑いをする。やがてこらえきれなくなり、大声で笑い始めた。「――いいね、藍沢エリ。ヴァルキリーズのメンバーなんて、バカばっかりだと思ってたけど、あんたはちょっと見どころがある。見直したよ」

 

「それはどうも」斧を肩に乗せるエリ。「それで、これからどうするつもりですか? 戦ってあたしたちに勝てるとは思えませんし、まさか、これで終わりじゃないですよね?」挑発するように言う。

 

 瑞姫は格闘技は何もやっていないから、エリの言う通り、戦っても勝ち目はないだろう。だけど、瑞姫にはまだ余裕があるように見える。まだ何か、企んでいるように見える。

 

「もちろんだよ」瑞姫がポケットから何か取り出した。「何の準備もせず、こんなところにただ立てこもってるだけだと思ったかい!?」

 

 それは、小さなボタンスイッチだった。何だ? と思う間もなく、瑞姫はそれを押した。

 

 その瞬間、再び部屋に轟音が鳴り響いた。今度は天井が爆発した。部屋全体がぐらぐらと揺れ、瓦礫が大量に降ってくる。幸いあたしもエリたちも巻き込まれることはなかったけれど。

 

「はは! せいぜい、ゾンビたちと遊んでな!」

 

 瑞姫の笑い声が聞こえた。爆破の煙と瓦礫の粉塵でよく見えないけれど、どうやら、部屋の奥の留置場へ移動しているらしい。エリが追おうとするけれど。

 

「――――!」

 

 瓦礫の中から、ゆっくりと、ゾンビが立ち上がった。とっさに斧を振るうエリ。あっさりと倒されたけれど、その後ろから、二体、三体と、ゾンビが次々と立ち上がった。

 

 ――そうか。この上は、ゲームセンターとか、ボウリング場とか、娯楽施設がたくさんあるフロアだ。ゾンビが大量に集まってたはずだ。

 

 エリは斧を振るい、ゾンビを倒して瑞姫を追おうとする。しかし、あまりにも数が多い。すでに部屋はゾンビだらけだ。爆破と同時に落下してきたゾンビだけでなく、音を聞きつけて集まって来たゾンビが、まるで雨漏りでもしているかのように、ぼとぼとと天井から降ってくるのだ。

 

「エリさん! 今は瑞姫さんは諦めましょう! 先に若葉さんを!」ゾンビに向かって矢を射ながら、遥が言った。エリは瑞姫の消えた通路を苦々しげに見つめていたけど、すぐにあたしの所に来てくれた。手錠と、繋がれている書類棚を確認する。

 

「頭を下げてください」

 

 そう言って、エリは斧を構えた。言われたとおりにする。ぶん、と、頭上を斧が通り過ぎた。その一撃で書類棚は壊れ、あたしはようやく解放された。

 

「若葉さん!」

 

 遥が木刀を投げてくれる。ああ、あたしの愛用の木刀ちゃん。よく無事だったわね。さっそくそれを使い、襲い掛かるゾンビをまとめて二体やっつける。

 

 ……そうだ。朱実は?

 

 部屋を見回す。朱実の縛り付けられたストレッチャーは部屋の隅だ。幸い、爆破で落ちてきた瓦礫に巻き込まれてはいなかったけど、朱実に気づいたゾンビが二体、ゆっくりと向かっている。あたしは走り、その二体を同時に倒した。殺されたとはいえ、このまま黙ってゾンビのエサにするわけにはいかない。

 

 エリと遥もストレッチャーの周りに集まる。

 

「な……なんてことを……」

 

 右腕を失った朱実の姿を見て、遥は言葉を詰まらせた。

 

「ゴメン……あたしのせいだ……」あたしはそう言った。助けると約束したのに、助けられなかった。あたしに、力が無かったばかりに。悔やんでも悔やみきれない。

 

 と、エリが。

 

「心停止からどれくらいですか?」

 

 朱実の首を触りながら言った。

 

 何を言われたのか分からず、あたしはきょとんと、エリを見る。

 

「心臓が止まってから、どれくらいの時間が経ってますか?」

 

 鋭い目を向けるエリ。いつになく真剣な声だ。

 

「えっと……一〇分くらいだと思うけど……」

 

「だったら、まだ望みはあります」

 

 そう言って、エリは斧を置き。

 

 拳を握り、振り上げた。

 

 そして、勢いよく、朱実の胸に振り下ろす。

 

 だん! と、朱実の身体が反動で跳ねた。それくらい強い衝撃。

 

 エリは朱実の胸に両手を当てると、強く、リズムよく、押し始めた。何度も、何度も、朱実の胸を押す。心臓マッサージだ。まさかエリ、朱実を蘇生させるつもり!?

 

「若葉さんと遥は、ゾンビが近づかないようにしてください!」叫ぶように言うエリ。

 

 振り返ると、ゾンビが間近に迫っていた。木刀を振るう。遥も矢を放つ。

 

 エリが朱実の胸を押す。押し続ける。

 

 朱実に変化は、ない。

 

「戻って来い……朱実……」胸を押しながら、つぶやくように言うエリ。

 

「朱実!!」遥が叫ぶ。

 

「朱実! お願い! 戻ってきて!!」あたしも叫ぶ。

 

 それでも朱実は動かない。

 

 やはり、ダメなのか……。

 

 そう思った。諦めかけた。

 

 ――――。

 

 でも。

 

 あたしは、ゾンビとの戦いをやめ。

 

 朱実の左手を握る。

 

 そして、意識の無い朱実に向かって、話しかけた。

 

「朱実。あなたがヴァルキリーズに入って来た時のこと、あたしはハッキリと覚えてるよ。他の四期生のみんなは、ヴァルキリーズに入ることが夢だと――深雪や亜夕美みたいになるのが夢だと言ったよね。でも、朱実は違った。朱実は、『ハリウッド映画のヒロインになれるような、世界に通じる女優を目指しています!』って、言ったんだ。あたし、嬉しかったよ。ヴァルキリーズは夢の通過点。それを理解してくれている娘が、四期生の中にもいてくれて、ホント、嬉しかったんだよ」

 

 強く、強く、朱実の手を握る。

 

「夢は叶った? そんなわけないよね? まだまだ始まったばかりだよ。ううん、もしかしたら、始まってすらいないかもしれない。これからヴァルキリーズの活動をして、たくさんのドラマや映画に出て、ヴァルキリーズを卒業して、それから始まるんだ。あなたはまだ、スタートラインにも立ってないんだよ」

 

 エリが胸を押す。遥が矢を放つ。あたしは手を握り、話しかける。

 

 それでも朱実は――動かない。

 

「朱実!! あきらめるな!!」

 

 あたしは、心の底から、叫ぶ。

 

 心臓が停止してから、もうすぐ十五分になる。医学のことはよく分からないけれど、仮に蘇生したとしても、心停止から時間が経てば経つほど、脳に重い障害が残る可能性が高くなる。その上朱実は、右腕を切断された。もう元の朱実には戻れないだろう。朱実は、もう夢からは遠いところへ行ってしまったのかもしれない。

 

 それでも……それでも!!

 

 生きてさえいれば、いつかはきっと!!

 

 だから!

 

「女優になるんだろ!! 朱実!! 夢を! あきらめるなあぁぁ!!」

 

 叫ぶ。

 

 そして。

 

 ――ドクン、と。

 

 心臓の鼓動が、聞こえたような気がした。

 

 次の瞬間。

 

 朱実の切断された右腕から、勢いよく、血が噴き出した。

 

 それは、心臓が動き始めた証!

 

「朱実!?」さらに呼びかける。

 

 一瞬だけ。

 

 朱実は、あたしの手を強く握り返した。

 

 戻って来た……朱実が、戻って来たんだ!

 

 涙が出そうになる。でも、まだ安心はできない。

 

 切断された右腕からは、どくどくと血が溢れ出している。このままでは、出血多量で死んでしまう。なんとか血を止めないと。

 

「傷口を焼きます!」エリが言った。「若葉さん、そのまま朱実を励まし続けてください!」

 

 傷口を焼く? 昨日、拳銃で足を撃たれた亜夕美の治療の時、あたし、半分冗談で同じことを言ったけど、ホントにやるのか?

 

 戸惑うあたしをよそに、エリはボールのようなものを取り出した。下半分は緑色、上半分は透明のプラスチックのカプセルだ。ガシャポンの入れ物か? でも、その中に入ってるのはおもちゃではなく、黒い粉だ。

 

 エリはカプセルを開けると、中の粉を朱実の傷口にふりかけ、そして、点火棒ライターを取り出した。まさかあの粉、火薬か!? そう言えば朝、美咲が、花火がどうこう言ってたな。おもちゃ屋さんにあったとか。それか?

 

 傷口に火を近づける。ボン! と、小さな爆発が起こり、腕が燃え上がった。

 

 同時に、朱実の悲鳴が響き渡る! 意識が戻ったんだ!

 

 悲鳴とともに、暴れ始める朱実、右腕を切断され、その傷口を焼かれる。朱実の苦しみは想像もできない。

 

 あたしは、朱実の手をさらに強く握りしめる。「大丈夫! 大丈夫だから! あたしを……エリを、信じて!」

 

 朱実の悲鳴は、もはや悲鳴などと言えるようなものではない。それほどまでに、悲痛な、胸をえぐられるような泣き声。狂ったように首をぐるぐると振り、拘束されて動かない身体で、可能な限り暴れる。ヘタをすると、痛みで本当に狂ってしまいかねない。

 

 それを、あたしの声が、繋ぎ止めている。

 

 あたしは叫ぶ。「朱実! つらいだろうけど、苦しいだろうけど、でも、こんなの、何でもないんだから! そうよ! 朱実の夢は、世界に通用する女優でしょ? これから、もっとつらく、もっと苦しいことが、たくさんあるんだから! これくらい我慢でききゃ、朱実の夢は叶わないよ!? 一緒に夢を叶えよう! 朱実!!」

 

 朱実が。

 

 泣くのをやめ、叫ぶのをやめ。暴れるのをやめ。

 

 あたしを見た。

 

 強く、あたしの手を握り返す。

 

 そして、微笑んだ。

 

 そのまま、目を閉じる。

 

「朱実!?」手を強く握り返すが、反応はない。

 

「大丈夫です」と、エリが言った。「出血は止まりました。痛みで気を失っただけです。今はその方がいいでしょう」

 

 エリの、その言葉を聞いて。

 

 腰が抜けたかのように、あたしはその場にへたり込んだ。

 

 遥があたしの側に来た。「安心してる場合じゃないですよ。ゾンビがどんどん集まってきています。ここは一度退散しましょう。瑞姫さんを捕まえるチャンスは、きっとまたあります」

 

 エリは、瑞姫が消えた留置場のドアを見つめる。諦めきれないといった目だ。でも、何も言わなかった。朱実のストレッチャーを押し、入口の方へ向かう。

 

 でも。

 

「ダメよ! 奥にはまだ、七海たちがいるの!」

 

 あたしの声で、二人は立ち止まる。

 

「……七海さんたちが? それは放っておけませんね。助けましょう」嬉しそうなエリ。床の斧を拾う。七海たちを助けるよりも、瑞姫を追えるから嬉しそうな気がするのは気のせいか。

 

 遥はしばらく黙ったまま、何か思案しているようだったけれど、やがて。「ゾンビの数が多いです。簡単にはいきませんよ? 大丈夫ですか?」

 

「任せなさい!」あたしは木刀を構えた。

 

「やる前から負けることを考えているバカはいないわよ」エリも斧を構える。

 

「では、若葉さんとエリさんは、とにかく前に進んでください。あたしは後ろから援護します」

 

「OK! じゃあ、行くよ!」

 

 あたしは、エリとともにゾンビの群れに突っ込んで行った。

 

 ……ん? 今の、遥だよな?

 

 ゾンビを数体倒したところで、ふと疑問が湧き、あたしは振り返った。朱実のストレッチャーを押しながら、後方から次々と矢を放ち、ゾンビを倒しているのは、確かに遥だ。超マジメな性格だけど、そのせいで、普段は先輩メンバーに遠慮し、積極的に話したりすることのない娘。謙虚と言えば聞こえがいいけど、積極性に欠けるため、アイドルとしては欠点だった。

 

 それが今、状況を素早く分析し、あたしとエリに対して、テキパキと指示を出していた。それはまるで、キャプテンの由香里と一緒にいるような安心感。遥に、あんな一面があったんだな。

 

 ……なんて感心してる場合じゃないな。気合を入れろ。あたしは再びゾンビに向き直り、木刀を振るった。

 

 エリの猛攻と、遥の的確な援護により、あたしたちはすぐに留置場のある通路へ入ることができた。

 

 留置場の天井も破壊され、通路はゾンビで溢れていた。幸いと言うべきだろうか、鉄格子は壊れておらず、一番手前の牢の中の麻紀と麻央は無事だ。だが、この牢を開けないことには助けることができない。扉をゆすってみるけれど、当然ビクともしない。

 

「鍵を壊しましょう」

 

 エリが斧を構えた。大きく振りかぶり、鉄格子の鍵穴部分にめがけて勢いよく振り下ろす。がきん! と、耳障りな金属音が鳴り響き、火花が飛び散った。しかし、鍵穴付近に少し傷がついたものの、ほとんど何の影響も受けていない。エリは続けて斧を振るう。鍵穴部分は徐々に変形していくけれど、それでも壊れる気配は無い。それはそうだ。簡単に壊れるようでは、留置場の意味が無い。このまま続ければいつかは壊れるかもしれないけど、その間も、ゾンビはどんどん押し寄せてくる。時間的余裕はない。鍵があればいいんだけど、何処にあるのだろうか? 手前の部屋のどこかにあったのだろうか? あったとしても、今、部屋は瓦礫とゾンビの山と化している。探し出すのは不可能に近い。瑞姫や愛子たちが持っていないだろうか? 可能性は高いけど、愛子は今、上のフロアの劇場にいる。取りに行くには時間が掛かるし、持っているという保証もない。では、瑞姫は?

 

 そう言えば。

 

 瑞姫は、なぜこの留置場の方へ逃げたのだろうか? さっき見た限り、この奥は行き止まりだった。逃げ場は無いように思う。

 

 留置場の奥を見た。瓦礫と粉塵とゾンビが溢れかえっている。瑞姫はこの奥にいるのだろうか? あの娘がわざわざ追い込まれるような場所に逃げるとは思えない。行ってみるしかない。あたしはこの場をエリたちに任せ、奥へ進もうとした。

 

 ――と。

 

「若葉さん!!」

 

 遥が叫んだ。何? と思う間もなく、肩を掴まれ、そのまま後ろに引き倒された。何すんの! と言おうとした瞬間。

 

 仰向けに倒れたあたしの目の前を、何かがものすごい勢いで通り過ぎた。奥にいる瑞姫が石でも投げたのだろうか? そう思った。しかし、違った。

 

 留置場の壁と、麻紀たちの牢の扉に、それは突き刺さっていた。我が目を疑った。

 

 飛んできた物は、鉄格子だった。

 

 通路と牢を隔てる、縦二メートル、横三メートルほどの大きさの、あの、鉄格子が飛んできたのだ!

 

「な……何なんですか!? これ!?」普段は冷静なエリも動揺を隠せない。遥の声がもう少し遅ければ、あたしもエリも巻き込まれていただろう。

 

 そうだ。この奥には……。

 

 七海たちが閉じ込められていた牢の、さらに奥。一番最後の牢に。

 

 瑞姫が「まだ未完成」と言った、何かがいる。獣の息づかいと、雷鳴のような唸り声、そして、牢の壁にヒビを入れるほどの破壊力を持つ、何かがいるのだ。

 

「あ、でも、とりあえず、牢は開きそうです」

 

 エリが言った。見ると、飛んできた鉄格子がぶつかったおかげで、麻紀の牢の鉄格子は、大きくゆがんでいた。エリが、鍵の部分を思いっきり蹴る。勢いよく扉が開いた。中に入る。気を失っている麻紀と、親指を咬み続ける麻央を、エリと遥が背負った。

 

 後は、奥の牢の七海と真理だ。

 

 通路に出る。ゾンビたちは、さっき飛んできた鉄格子に巻き込まれ、吹っ飛ばされたり、身体を真っ二つに切断されたりして、ほとんど倒されていた。今なら簡単に奥まで進めそうだ。しかし、ためらわずにいられない。この奥に、頑丈で重い鉄格子を壊し、軽々と投げる、何かがいるのだ。

 

 通路は瓦礫の粉塵で溢れ、相変わらず視界は悪い。

 

 そこへ。

 

 人影が見えた。

 

 木刀を、斧を、弓を、それぞれ構える。

 

 何か来る――ゴクリ、と、息を飲む。

 

 が、その人影は、想像よりもはるかに小さかった。とても、あの鉄格子を投げたとは思えない。

 

 姿が徐々にはっきりしてくる。顔が確認できた。みんな、一斉に武器を下した。

 

「真理!?」

 

 現れた小さな人影に駆け寄る。崩れるように倒れそうになった真理を、あたしは支えた。

 

 エリが確認する。意識は失っていない。さっき愛子にぶたれたから顔がはれているけれど、それ以外にケガはなさそうだ。

 

「しっかりして、真理。七海は――瑞姫は、どこ?」真理の肩を揺する。

 

「七海さんは……化物が……連れて行きました……瑞姫さんも一緒に……壁を……壊して……」

 

 ――壁を壊して?

 

 鉄格子を壊して投げるくらいだ。その程度ならやりかねないけれど。

 

 瑞姫は、一体何を作ったんだ。化物? ゾンビだけでも十分化物なのに、この上何を?

 

 遥が真理に訊く。「とりあえず、奥にはもう誰もいないんだね?」

 

 真理は、小さく頷いた。

 

 後方の留置場の入口を確認する遥。飛んできた鉄格子が塞いでいて、戻れそうにない。脱出するには進むしかない。

 

「行きましょう、若葉さん。朱実と、真理をお願いします」遥が言った。そして、エリと奥へ進もうとする。

 

「待って! まだ、千穂たちがいるの!」あたしは叫んだ。

 

 怪訝そうな顔をする遥とエリ。

 

 そう。まだ助けなければいけない人がいる。ゾンビの心臓を移植された千穂。ゾンビと血液を入れ替えられたゆき、ゾンビと人工授精させられた菜央、ゾンビのエサにされた真穂、右腕を切断された朱実、ゾンビとなったさゆりと直子もそうだ。

 

 エリが牢の中を確認していく。全て中を見て、そして、首を振った。「ダメです。もう、助けられません」

 

「そんなことは分かってる。でも、みんな大切な仲間なんだよ? 見捨てては行けない」

 

「それはそうですけど、ゾンビはどんどん集まってきてるんです。これ以上は危険です」

 

 エリの言うことはもっともだけど、あたしは譲らない。「分かってるわよ! でも助けなきゃ! 仲間なんだから!!」

 

「助けるって、どうやってですか! 鉄格子は開きませんし、仮に開いたとしても、もうみんな死んでるんです! 諦めてください!!」

 

「死んでる? 死んでるから諦めろですって? 死んでたらもう仲間じゃないの!? ゾンビになったらもう仲間じゃないの!? 見捨ててもいいって言うの!!」

 

「そうは言いませんけど、でも今は無理です! 生きてる人のことを考えてください!」

 

「もういい! あんたがそんな薄情な娘だとは思わなかった! 逃げたきゃ勝手に逃げろ! あたしは一人でも、みんなを助けてみせる!!」

 

 千穂の牢に近づく。鉄格子は、押しても引いてもビクともしない。それでも揺する。どうにかしてこの扉を開けて、中にいる仲間を助けなければ。

 

「そんなことをして無駄ですよ!」遥も止める。「エリさんの言う通り、ここは一度、引きましょう!」

 

 あたしは無視した。どいつもこいつも、仲間を何だと思ってるんだ。

 

 そう、仲間なんだ

 

 たとえ死んでいようとも、たとえゾンビになっていようとも。

 

 みんな、あたしの大切な仲間なんだから。

 

 ここに放っておくなんてできない。いずれはゾンビたちに襲われる。

 

 そんなことはさせない。

 

 あたしは、絶対に仲間を見捨てない。絶対に助けてみせる。絶対に。絶対に!!

 

 鉄格子を揺する。ただ、揺すり続ける。揺すって揺すって、揺すり続け――。

 

「若葉さん!!」

 

 肩を掴まれ、引っ張られた。

 

 そして。

 

 左頬に、熱い痛み。

 

 目の前には、遥がいる。怖い目で、あたしを睨んでいる。

 

 今、あたしは遥に頬を叩かれたのか。あの、おとなしい遥に。あの、いつも先輩に遠慮している遥に。

 

 遥は、あたしの両肩を痛いくらいに掴み、そして、叫ぶように言った。「あたしたちは、神様でもスーパーマンでもないんです!! やれることには限界があるんですよ!!」

 

 ――――。

 

 その言葉は。

 

 あたしに、現実を見せる言葉だった。

 

 聞きたくなかった。でも、聞くしかなかった。

 

 遥は続ける。

 

「仲間を助けたい気持ちは分かります。でも、自分の力を過信しないでください! できること以上のことをしようとしてもダメなんです! もちろん、無理でもやらなければいけない時はあります。でも、若葉さんが今やろうとしていることは違います! できないことをやろうとしたら、犠牲者が増えるだけなんですよ!」

 

 遥の言葉に、反論することはできなかった。

 

 そう――あたしはあまりにも無力だ。そのことが、今日、イヤというほど分かった。

 

 一人でここにやってきて、捕まった。逃げるチャンスはあったのに、愛子たちと戦って、みんなを助けようとした。そして結局、何もできなかった。

 

 もし、誰かと一緒に来ていれば。もし、逃げて助けを呼べば。

 

 救えた命があったかもしれない。

 

 あたしは無力だ。それなのに、できないことをやろうとして、犠牲者を増やしたのだ。

 

 あたしは、無力なのだ――。

 

「……勘違いしないでください」遥が言った。

 

 伏せていた顔を上げる。

 

 優しい顔が、そこにはあった。

 

「若葉さんは、無力なんかじゃありません。みんなが頼りにしてるんです。だから、これからも力を貸してください。さあ、行きましょう。真理を、よろしくお願いします」

 

 真理を見る。恐怖からか、立つこともできない。一人で肩を抱き、震えている。上からゾンビが落ちてきた。その音に、ビクッと、大きく震えた。

 

 ――――。

 

 あたしは駆け寄り、優しく抱きしめる。

 

「大丈夫よ」

 

 耳元でささやいた。

 

 その言葉で。

 

 真理の震えが、少し治まった。

 

 あたしの力では、千穂たちはもう救えない。

 

 でも、この娘はまだ救うことができる。

 

 あたしは、真理に優しく言う。「立てそう?」

 

 真理は、小さく頷いた。

 

 あたしは、朱実をストレッチャーから下ろし、背負うと。

 

「ゴメン、遥、エリ。行こう」

 

 遥とエリは、優しく微笑んでくれた。

 

 みんなで奥へと進む。

 

 真理の言う通り、奥の壁は破壊され、大きな穴が開いていた。留置場の壁だ。そう簡単に壊せるものではないだろう。それを、化物は、簡単に破壊して行ったのだ。

 

「真理、あなたのグループが立てこもっていたレストランを襲ったゾンビは、この牢にいたヤツね」

 

 あたしが訊くと、真理は、黙って小さく頷いた。

 

 留置場の硬い壁を壊すくらいだ。レストランのシャッターなんか、何の役にも立たないだろう。

 

 一体ここには、何がいたんだ。

 

 破壊された壁を見ながら、あたしたちは逃げるのも忘れ、ただ、立ち尽くしていた。

 

 ぼとり、と、ゾンビが落ちてきた。我に返る。こんなことをしている場合ではない。

 

 幸い、化物も、瑞姫の姿も無かった。あたしたちは穴をくぐり、警察署から脱出した――。

 

 

 

 

 

 


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