ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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Day 6 #03

「それで……今までどこにいたの? 他のメンバーは無事?」操舵室の奥のソファーに案内しながら、由香里が訊く。

 

 確か、愛子とちはるの二人は、真穂、さゆり、千穂、直子、瑞姫の七人で、ホテルの三階前方の大部屋に泊まるはずだった。しかし、部屋で待機という由香里の言葉を無視し、ボウリングやカラオケに行ったんだっけ?

 

「……あの日は明け方の五時くらいに部屋に帰って、それから寝て、起きたのは九時前かな? そしたら、外がゾンビだらけでさ。それからは、ずっと部屋に立てこもってたよ」

 

「部屋に? 大丈夫だった? あたしたちが泊まってたホテルの部屋のドアは、ゾンビに破られたけど」あたしは言った。

 

「うん。まあそこは、ドアの前にタンスとかテレビとかでバリケードにして、食糧とか、必要なものがある時だけ外に出て、あとはゾンビに気づかれないように息を潜めて、何とか乗り切ったよ」

 

「みんな、無事なのね?」

 

 由香里が訊くと。

 

 愛子とちはるは、うつむき、黙ってしまった。

 

「どうしたの? まさか、誰か、ケガでもした?」恐る恐る、あたしは訊いた。

 

 愛子は、ゆっくりとした口調で言った。「いや、ケガは、誰もしてない。ただ……さゆりと直子が……ゾンビになった」

 

 その瞬間。

 

 全員が、言葉を失った。

 

 さゆりと直子が、ゾンビに?

 

 亜夕美グループの宮本理香を合わせると、三人のメンバーがゾンビ化したことになる。

 

 やはり、ヴァルキリーズのメンバーだけがゾンビにならない、ということはないのだ。メンバーだって、ゾンビにはなる。覚悟はしていたけれど、やはりその現実を突きつけられるのは、つらい。

 

「それで……さゆりと直子は……?」

 

 訊くのが怖かった。けれど、訊かないわけにはいかない。

 

 ゾンビになってしまうと、生きている人を襲い、食べようとする。亜夕美のグループは、ゾンビ化した理香に三期生の桜井ちひろが襲われ、命を落とした。たとえそれがかつての仲間であったとしても、ゾンビにとって人間はエサでしかないのだ。仲間を護るため、亜夕美はゾンビ化した理香を殺した。それは仕方がないこととは言え、やりきれない。

 

「とりあえずふん縛って、別の部屋に閉じ込めてるよ。瑞姫が、もしかしたら元に戻せるかもしれない、って、言ってたし」

 

 ――――。

 

 それは、あまりにもさらりと言われたので、思わず聞き流しそうになったけれど。

 

 元に戻せる?

 

 ゾンビ化したみんなを、元の人間に戻せる、ってこと?

 

 仲間がまたゾンビ化したことに落胆していたみんなも、一斉に顔を上げた。

 

「元に戻せるって……どういうこと?」あたしは訊いた。

 

「まあ、あたしも、よく分かんないんだけどね」愛子は首をかしげながら言う。「瑞姫が言うには、便宜上ゾンビって呼んでるけど、実際は死んだ人がよみがえってるんじゃなく、生きている人が、ゾンビみたいになってるんだって。それは、なんらかのウィルスに感染している可能性が、極めて高いそうなの」

 

 ふむ。その辺りはエリの考えと同じだな。ヴァルキリーズ一賢い女とズル賢い女が言うんだから、これは信憑性が高そうだぞ。

 

「要は、インフルエンザなんかと同じ感染症だから、体内でのウィルスの繁殖を抑えたり、死滅させたりすることができれば、元に戻せるかもしれないって」

 

 あたしには医学の知識なんてほとんど無い。だから、それが本当に実現可能なのかどうかは分からないけれど。

 

 理屈の上では、瑞姫の言う通りだと思う。ウィルスによってゾンビ化するのなら、そのウィルスを死滅させれば、正常な状態に戻るかもしれない。もちろん、戻らないかもしれない。発症したら最後、治療法は無いという感染症も、この世界にはたくさんあるだろうから。

 

 しかし。

 

 ゾンビになった人を元に戻す。そんな発想は、あたしたちには無かった。あたしたちは、ゾンビになったが最後、もう元には戻らない、と、勝手に決めつけていた。それは、映画やゲームなどを見て、その先入観で決めつけたことだ。固定観念にとらわれず、ゾンビの治療法を見つけようとするなんて、さすがは瑞姫だ。

 

「瑞姫は今、ゾンビからウィルスを抽出して、特効薬を作る研究をしてるみたい」愛子が言った。「でも、あんまり期待しないで、って言ってたけどね」

 

 まあ、それはそうだろうな。以前テレビで見たけど、もし新型のインフルエンザが発生した場合、そのワクチンができるまで、最低でも半年ほどかかる、って言ってた。まして瑞姫は高学歴ではあるけどウィルスの専門家じゃないだろうし、そもそもこんな船の中では研究するための設備も無いだろう。すぐに結果が出るとは思えない。

 

「ただ、瑞姫がちょっと気になること言ってたんだよね」と、愛子が続ける「なんでも、もしかしたらこのゾンビウィルスには、すでにワクチンがあるのかもしれない、って」

 

「――――」

 

 あたしと由香里は、黙って顔を見合わせた。

 

 ゾンビ菌のワクチン――それは、二日前、ゲームセンターで会った一ノ瀬燈が言っていたことと同じだ。

 

 愛子はさらに続ける。「この船に乗ってる人はみんな、ゾンビになってる。ゾンビになってないのは、あたしたちヴァルキリーズのメンバーだけ。これは、あたしたちだけがどこかでワクチンを接種したからじゃないか……って、瑞姫は言うの」

 

 そう。燈の意見も、全く同じだった。

 

 他のメンバーが言っても、「もしかしたらそうかも?」と思うレベルの話でも、瑞姫が言うと、格段に説得力が増す。

 

 あたしは、燈も同じことを言っていたことを話した。話を聞いた愛子たちは「やっぱり……」と、納得した表情になった。

 

 では。

 

 あたしたちは、一体どこで、ワクチンを接種したんだ。

 

 どんなに思い返しても、ここ最近注射をした覚えはない。みんなにも訊いてみる。少し考えた後、首を振った。やはり、誰も注射なんてしてないようだ。

 

 でも、あたしたちヴァルキリーズのメンバーだけがゾンビ化していないのは確かなのだ。どこかでワクチンを接種した、という可能性は高いはず。そうでないにしても、ゾンビ化しない何らかの理由があるはずなのだ。それは一体なんだ? あたしたちだけがゾンビ化せず、他の人たちがゾンビ化する理由……。

 

 と、その時。

 

「あ……」

 

 美咲が顔を上げ、目を丸くする。何か思いついたような表情だ。

 

「どうしたの? まさか、何か気付いたの?」

 

 全員の視線が美咲に集まる。もしこれで、「今日はFFの新作の発売日でした」とか言ったら、サメのエサにしてくれる。

 

 美咲はゴクリと息を飲みこんだ。「――あたし、大変なことに気が付いちゃいました」

 

「大変なこと……?」あたしも息を飲む。全員が期待の眼差しを美咲に向けた。

 

「あ、でも、その前に一つ訊いておきたいんですけど」

 

「うん」

 

「このお話の主人公って、誰ですかね?」

 

 …………。

 

 はぁ? いきなり何言い出すんだ? コイツ

 

「ですから、この船の中で起こっているゾンビ騒動のお話の主人公です」

 

「……ちょっと何言ってるか分からないけど、もし今回の事件を映画とかドラマにするんなら、主人公はやっぱり、ブリュンヒルデの深雪か、もしくはキャプテンの由香里じゃない?」ヒヤヒヤしながら答えるあたし。

 

「……ですよね……あたしが主人公ってことはないですよね?」

 

「まあ、それはないだろうね」

 

「やっぱり……じゃあ、やめておきます。言いません」

 

「……って、何でよ。大変なことに気が付いたんじゃないの?」

 

「はい。たぶんこれ、今回の事件の真相にものすごく近いことだと思います。でも、言いません」

 

「だから、何でよ?」

 

「だって、あたし、主人公じゃないんです。主人公じゃない人が事件の真相に気づくのって、絶対死亡フラグじゃないですか?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「あんたねぇ。そんなこと言ってる場合じゃないでしょ? メンバーがゾンビになるかならないかがかかってるんだよ? 大事なことなら、早く言いなさい」

 

「いいえ、言いません。言おうとした瞬間、突然真っ暗になって、みんなパニックになって、そして、明かりが点いたとき、あたしはもう死んでる、って、パターンですよ、きっと」

 

「大丈夫よ、美咲」あたしは、美咲の両手を握った。「あなたは、絶対に死なせない。何があっても、あたしが護るから」

 

「せ……先輩……」美咲はうるうるした目で見つめ返す。「……先輩のそのセリフも、死亡フラグです」

 

「……いいからさっさと言え。じゃないと、あんたのゲーム機のセーブデータ、全部消すわよ」

 

「あわわ。それは困ります。分かりました。言います。」

 

 ふん。さっさと言えばいいのよ。しかし、自分の命よりもゲームのセーブデータの方が大事とは、見下げ果てたヤツだ。

 

「えっとですね」美咲は、周囲を警戒しながら、ゆっくりとした口調で話し始めた。「今までヴァルキリーズのメンバーでゾンビになった人は、理香先輩と、さゆりちゃんと、直子ちゃんですよね?」

 

「うん。そうだね」

 

「これって、エリ先輩の特製スポーツドリンクを飲んでない娘たちじゃないですか?」

 

 ――――。

 

 エリのドリンクを飲んでない娘?

 

 そうだっただろうか?

 

 記憶を巡る。あれは、この船に乗って最初の日。コンサートの第一部が終わって、控室に戻って来た時だ。エリがいつものように特製スポーツドリンクを用意してくれていたので、みんなで飲んだ。でも、確かに飲まなかったメンバーもいた。

 

 ……そうだ。

 

 理香は、レモンとか柑橘系が苦手で、さゆりと直子はハチミツが苦手とかで、ドリンクを飲んでいない。

 

 あ、でも。

 

 それなら、愛子とちはるはどうだ?

 

 この二人は、エリを目の敵にしていて、何かと因縁をつけてはケンカをしている。あの時も、エリのドリンクにケチをつけて、それが原因でケンカになりかけてたような。

 

 ……いや。

 

 そうか。確か、ちはるは一口飲んで「酸っぱい」とか言ってたし、愛子も途中から来た由香里に無理矢理飲まされてたっけ。

 

 そうだよ。美咲の言う通りだ。ヴァルキリーズのメンバーで、理香、さゆり、直子の三人だけがエリの特製ドリンクを飲んでいない。そして、その三人だけがゾンビになっているのだ。

 

 それはつまり。

 

 エリの特製ドリンクが、ゾンビ菌のワクチンだったってこと?

 

 今までは、ワクチンは注射で摂取するってイメージで考えていたけれど。

 

 ワクチンって、何も注射だけじゃないんだ。飲むワクチンだって存在する。

 

 でも。

 

 何故、エリはそんなものを持っているんだ?

 

 まさか。

 

 今回のこのゾンビ騒動を企てたのは、エリなのだろうか?

 

 一体、何のために?

 

「本人に直接聞いてみればいいじゃない」愛子が席を立つ。「エリ、このグループにいるんでしょ?」

 

「あ、いや、それが……昨日、一人で出て行っちゃった」

 

「はぁ? 出て行った? 何で?」

 

「それが分からないの。燈たちのグループと合流したい、とは言ってたけど……」

 

「燈のグループ? どこにいるの?」

 

「それも分からない。一度会って、訊いてみたんだけど、教えてくれなかった」

 

「燈たちとは連絡取れないの?」

 

「あ、それは大丈夫。連絡先は聞いてある」あたしは由香里を見た。燈たちの使っているトランシーバーの周波数は聞いている。「由香里、燈たちと連絡取ってみようよ?」

 

「うん、そうだね」由香里はトランシーバーを取り出し、スイッチを入れた。「こちら操舵室の由香里。燈? 聞こえる?」

 

 みんなで由香里を見つめる。しばらく待ってみるけれど、返事は無い。

 

「燈? 遥? どうしたの? 聞こえたら、返事して」さらに呼びかける。

 

 しかし、トランシーバーは沈黙したままだった。何度か呼びかけてみるけれど、結果は同じ。誰も出なかった

 

「……何かあったのかな?」不安を隠しきれない由香里。いかに燈がヴァルキリーズ最強と名高いとはいえ、まだ二十歳にも満たない少女だ。このゾンビだらけの船内では、何が起こるかは分からない。

 

「なんか臭うね……プンプン臭うよ」愛子が言う。ハッキリとは言わないが、エリを疑っているのだろう。

 

 それも、仕方がない。

 

 エリは、危険を冒し、一人であたしたちのグループを出て行った。燈たちのグループと合流する、と言っていたけれど、その燈と、連絡が取れない。

 

 そして、そのエリが作った特製ドリンクを飲んでいないメンバーだけが、ゾンビ化しているという事実。

 

 この状況では、エリが今回のゾンビ騒動をエリが企てた、と思われても、仕方がない。少なくとも、なんらかの関係があるのは否定できない。

 

「エリを探そう。ここであれこれ考えてても、何の結論も出ないよ」愛子が言った。

 

 ……そうだな。愛子の言う通りだ。エリを探そう。エリが犯人にしろ、他に真犯人がいるにしろ、そもそも犯人なんていないにしろ、それしかない。燈たちも心配だ。

 

「でも、探すと言っても、簡単なことじゃないよ?」由香里が言った。「船は広いし、ゾンビだらけだ。何の当ても無く探し回っても、危険なだけだよ」

 

 確かにその通りだ。二日前、ゾンビに襲撃されたという通信を最後に行方不明になった七海たちを探したけれど、半日費やしてショッピングモールの3フロアを調べるのが精いっぱいで、しかも何の成果も無かった。ゾンビだらけの船内では、動き回れば動き回るほど、危険は高くなる。何か、いい方法は無いだろうか。

 

「あたしさ、ここに来るまでに気付いたんだけど」と、ちはるが言った「この船の中って、結構いろんなところに監視カメラが設置されてるんだよね。あのカメラの映像が見られるところに行けば、エリも、行方不明のメンバーも、すぐに見つけられるんじゃない?」

 

 …………。

 

 ちはるの言葉を聞いて、あたしは目からウロコが落ちそうになった。

 

 そうだよ。あたし、このゾンビ騒動が起こってからずっと、「行方不明のメンバーを一刻も早く見つけなきゃ」と思っていたのに、たまたま窓からメンバーの姿が見えたり、たまたま外で出会ったり、あるいは船内をしらみつぶしに探したり、何て非効率的な探し方をしてたんだろう。

 

 ちはるの言う通り、この船には、いたるところにカメラが設置されてある。当然その映像を見るための場所もあるはずだ。そこに行けば、今までのような運任せでメンバーを探すよりも、はるかに効率がいい。なんで今までこんな簡単なことに気が付かなかったんだよ。

 

 船内マップを確認する。九階前方に警備員室があった。恐らくここだろう。操舵室からそう遠くはない。みんなで相談し、あたしと愛子とちはるで向かうことになった。あたしは、部屋から愛用の木刀を持ってくる。

 

「ゴメンね、若葉。いつも、無茶ばかりさせて」

 

 準備が整ったあたしに、由香里が声をかける。

 

「ううん。このくらい、なんでも無いよ。みんなのためだもん」あたしは笑って応えた。

 

「じゃ、行こうか」愛子が言う。

 

「若葉、愛子、ちはる――気を付けてね」

 

 由香里の言葉に、あたしたちは無言で頷く。

 

 それは、外に出るときは、由香里がいつも言う言葉だけど。

 

 今日の由香里の表情は、いつになく真剣だった。

 

 その理由は分かっている。

 

 二日前、亜夕美たちが立てこもっていたレストランがゾンビたちの襲撃を受け、七海たちが行方不明になった日。

 

 由香里は、レストランと、ゲームセンターに設置されていた監視カメラを気にしていた。

 

 ゾンビは、亜夕美が外に出ている時を狙ってレストランを襲撃したのだろうか? ゾンビにそんな知識があるとは思えないけれど、否定はできない。そもそも、ゾンビにレストランのバリケードを破壊できるはずがないのだから。レストランの襲撃には、ゾンビ以外の何者かの手引きがあった可能性が高い。その何者かは、監視カメラで船内の様子を伺っているかもしれないのだ。

 

 つまり。

 

 警備員室には、七海たちを襲ったヤツがいるかもしれないのだ。

 

 由香里は、何か感じているのかもしれない。

 

 正直に言うと――あたしも、感じている。

 

 はっきりとした根拠は無いけれど、あたしはこれから、今回のゾンビ騒動の、真相に迫りそうな予感がするのだ。

 

 それは、とてつもなく危険なことのように思う。

 

 何故、こんなゾンビ騒動が起こったのか? その原因を知りたい、と思う気持ちは、もちろんある。でも、それは優先事項ではない。あたしが最優先するのは、仲間の安全だ。

 

 でも。

 

 事件の真相に迫ることが仲間を救うことにつながるのならば、それは、避けては通れない。どんなに危険なことであっても。

 

 大丈夫。愛子とちはるは、アイドルとしてはやや問題があるけれど、二人とも、武術の腕は確かだ。いざ戦闘になれば、あたしなんかよりはるかに戦力になるだろう。しかも、愛子は組技寝技の武術・柔道、ちはるは立技の武術・マーシャルアーツ、あたしは武器使用の武術・剣道、と、スキの無い組み合わせだ。これなら、どんな相手にも対応できるだろう。

 

 あたしたちは操舵室を出て、警備員室へと向かった。

 

 

 

 

 

 


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