ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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Day 5 #05

「亜夕美から離れて」

 

 エレベーターホールに現れた神崎深雪は、静かな声でそう言って、そして、竹刀を構えた。目は、まっすぐに舞を捉えている。

 

 舞は、深雪が現れたことに最初は驚いていたようだけど、すぐに薄ら笑いの表情に戻った。「何? あんたまさか、亜夕美を助けようっていうの? 冗談だよね?」

 

 深雪は応えない。ただ、まっすぐに舞を見つめる。

 

 舞は深雪と亜夕美を交互に見て、そして。「あ、そうか。深雪もやりたいんだね? そうかそうか。そうりゃそうだよね。ヴァルキリーズのメンバーの中じゃ、深雪が一番、亜夕美のこと嫌ってるもんね。でもゴメンね。これ、あたしの獲物だから」

 

 舞は、掴んでいた亜夕美の髪の毛を投げ捨てるように放した。そして、亜夕美の腹を蹴り上げる。亜夕美の顔が苦痛に歪む。その顔を踏みつけ、舞は、挑発的な視線を深雪に向ける。「まあ、深雪がどうしてもって言うんなら、二、三発は殴らせてあげてもいいよ?」

 

 そして笑う。

 

 その、不快な笑顔に向けて。

 

 一気に踏み込んだ深雪が、竹刀を振るった。

 

「――おっと」

 

 舞は体を逸らせてその一撃をかわす。空を斬った竹刀が、今度は突きに転じた。舞は大きく後ろに飛び、その一撃もかわした。間合いが離れた。亜夕美をかばうように立ち、竹刀を構える深雪。

 

 その姿を見て、不敵に笑う舞。「……へえ。本気で亜夕美を助ける気なんだ? ヴァルキリーズ始まって以来の珍事じゃない? マスコミ大喜びだよ、きっと」

 

 舞の言葉には反応せず、静かに竹刀を構える深雪。

 

 舞は、やれやれと言う表情で頭を掻いた。「ま、別にいいけどね。どうせあんたも、いずれ殺るつもりだったから」

 

 ポケットに折りたたみナイフをしまうと、特殊警棒を構えた。

 

 睨み合う二人。

 

 先に動いたのは深雪だ。

 

 気合の声とともに一気に踏み込み、面を打ち込む。警棒でその一撃を受け止める舞。つばぜり合いの状態。深雪は後ろに下がり、放れると同時に小手を狙った。その一撃は空を斬った。再び間合いが離れる。

 

 落ち着いた表情で間合いを伺う深雪。

 

 舞は、相変わらず不快な笑みを浮かべ、深雪を見ている。

 

 また深雪が動いた。面を打ち込む。特殊警棒で受け止めようとする舞。その瞬間、竹刀が軌道を変えた。特殊警棒をかわすように下へ潜り込む。がら空きの胴を狙った攻撃だ。

 

「――――!」

 

 不意を突かれたけれど、舞の反応は早かった。サイドステップでかわそうとする。でも、かわしきれなかった。ぱしっ、と、軽い音がした。

 

 胴を打ち込んだ深雪は、前に出した足の後ろに後ろの足を引き付ける剣道独特の足さばき・送り足で駆け抜け、振り返り、竹刀を構えた。

 

 舞はお腹をさすりながら、相変わらず薄く笑っている。

 

 深い一撃ではなかったけれど、確実に舞の胴を捉えていた。これが試合ならば、一本が上がってもおかしくない。隙の無い構え、無駄のない動き、正確な攻撃――深雪らしい、まっすぐな剣道だ。

 

 でも。

 

 だからこそ、危険だった。

 

 もう一度踏み込み、面を打ち込む深雪。

 

 舞は、それを警棒で受け止めると。

 

 左手で竹刀を掴んだ。

 

 予想外の行動に、深雪は戸惑いの表情。

 

 舞が勝ち誇った顔で笑う。「ビックリした? そうだよね。試合でこんなことする人、いないもんね? でもね、これ、試合とかじゃないから」

 

 警棒を振り上げる舞。

 

 とっさに竹刀から手を離し、頭をかばう深雪。

 

 それを見た舞は、警棒を下げ、深雪のお腹めがけて警棒を突き出した。

 

「――――!!」

 

 深雪の身体がくの字に折れ曲がる。そのまま膝をつき、前のめりに倒れた。

 

 舞は、竹刀を投げ捨てると。

 

「ほらよ!」

 

 まるで、サッカーボールでも蹴るように、深雪の顔を蹴り上げた。

 

 飛ばされ、深雪は仰向けに倒れる。

 

「あ、ゴメンゴメン! あんたの大事な商売道具、蹴っちゃったよ! どうしよう!」

 

 挑発する口調の舞。深雪の側に立ち、見下ろす。

 

「顔はやめてほしい? 分かった。じゃあ、こっちにしてあげる」

 

 舞は右足を振り上げ、深雪のおなかを蹴った。胃液を吐き出す深雪。苦痛に歪む顔。舞がもう一度足を振り上げる。深雪は反射的にお腹をかばう。その瞬間、舞の蹴りは深雪の顔を襲った。衝撃で口の中を切ったのか、あるいは鼻の骨が折れたのか、血が、赤い斑点となって、床に飛び散った。

 

「あ、ゴメンゴメン、間違えちゃったよ。もうあんたの商売道具、使えないね。あはは!!」

 

 狂気じみた笑い声をあげ、舞は、深雪のお腹を、顔を、蹴り続ける。

 

 深雪のお腹を蹴る。

 

「――最初から、あんたのことは気に入らなかったんだよ。歌もダンスもヘタクソなくせに、偉そうに一番前に立ってる、あんたがね!」

 

 深雪の背中を蹴る。

 

「顔がカワイイってだけで、何にもしないでただ笑ってるだけでいいんだから、楽でいいよね。羨ましいよ、まったく!」

 

 深雪の顔を蹴る。

 

「後ろの方で歌わされてるあたしの気持ちが判る? あんたみたいに注目されない。誰もあたしなんて見ていない。振り付け間違えても気づかれない、歌詞を間違えても誰も気にしない。こんなバカバカしいこと、やってられないわよ!」

 

 深雪の顔を踏みにじる。

 

「まあ、デビューしてからずっと上位にいるあんたなんかに、あたしの気持ちなんて分からないだろうけどね!!」

 

 深雪のお腹を、背中を、顔を、舞は蹴り続ける。

 

「や……やめろ……やめろ!!」

 

 叫ぶあたし。でも、舞にその声が届くはずもない。深雪をもてあそぶように、蹴り続ける。

 

 何とかしなければ! 足に絡みついたロープを掴む。深く足に食い込み、宙吊りの状態ではとても外れそうにない。当然素手でちぎれるような太さでもない。それでもロープをつかみ、引っ張る。さらに深く足に食い込む。手のひらが焼けるように熱い。ロープが血で赤く染まる。それでもやめない。しかし、ロープははずれない。ちぎれない。

 

 くそ! 何やってるんだ! あたしは!!

 

 亜夕美と深雪がいたぶられている。それなのに、宙吊りにされ、見ているしかできない。仲間が苦しんでいるのに、叫ぶしかできない。どこまで役に立たないんだ。あたしは!

 

 悔しかった。情けなかった。自分の無力さに腹が立ち、涙が出そうになる。

 

 もう何度目か分からない。舞が深雪の顔を蹴った。もう深雪は顔をかばうことも無かった。うつ伏せに倒れ、動かなくなった。

 

「あはは! 気持ちいいねぇ!!  ヴァルキリーズの1位と2位が、あたしの前に倒れてるよ!! ブリュンヒルデとロスヴァイセを、万年低ランクのあたしが倒したんだ!! 若葉!! あんた証人になってよね! こいつらを倒したのはあたし! 今日からあたしがブリュンヒルデだよ! この森野舞が! アイドル・ヴァルキリーズの頂点! 神撃のブリュンヒルデなんだよ!!」

 

 舞は、勝利を宣言するように叫び、高らかに笑った。

 

 ふざけるな……。

 

 仲間と戦って、倒して、それでブリュンヒルデだと……?

 

 いつから、アイドル・ヴァルキリーズはそんなシステムになったんだ。

 

 戦って勝てばブリュンヒルデになれるのか。武術が強ければブリュンヒルデになれるのか。どんな卑怯な手を使っても、勝てばブリュンヒルデになれるのか。

 

 違うだろ……。

 

 違うだろ!!

 

 ヴァルキリーズのランキングは、そんなものじゃない!

 

 舞を殴りつけたかった。誤った考え方を正したかった。

 

 でも。

 

 右足に絡みついたたった一本のロープが、それを許さない。

 

 以前、舞たちが言ったように。

 

 今のこの船の中では、強い者がすべてなのか。

 

 弱い者は、強い者に従うしかないのか。

 

 戦って勝ち残ったものが、ブリュンヒルデなのか。

 

 ……ふざけるな

 

 ふざけるな。

 

「ふざけるな!!」

 

 ホールに響き渡る声。

 

 叫んだのは……あたしではない。

 

 深雪でもない。もちろん、舞でもない。

 

「あん? 何?」

 

 舞は、不愉快そうな表情で、声の方を見た。

 

 亜夕美が、立ち上がった。

 

 撃ち抜かれた右足は、血に染まっている。さんざん殴られ、蹴られた身体は、顔は、大きく腫れ上がり、痣になり、痛々しい。

 

 それでも。

 

 その目は、決して死んではいない。

 

 気迫のこもった目を、闘志あふれる視線を、怒りに満ちた眼光を。

 

 舞に向け。

 

 叫ぶ。

 

「ヴァルキリーズのランキングを何だと思ってる……単なる人気投票なんかじゃない。まして、武術のランキングなんかじゃない! あたしを倒して……深雪を倒して……それでブリュンヒルデだと? 笑わせるな!!」

 

「はん! 人気投票じゃない? だったらあんたは、何のランキングだって言うんだい?」

 

 挑発する口調の舞に対して、亜夕美は。

 

「――努力だよ」

 

 はっきりとした声で、そう言い切った。

 

「あん?」意味が分からない、という顔で、亜夕美を見る舞。

 

 亜夕美は、ゆるぎない口調で続ける。「アイドル・ヴァルキリーズのランキングは、メンバーの努力のランキングなんだ。努力した人が上位に行けるんだよ。努力した人が、ステージの前に立てるんだよ!」

 

「はぁ? それこそ笑わせるよ。この深雪が、努力してるって言うの? 歌もダンスもヘタで、顔がカワイイってだけで一番前に立って、ただ笑ってるしかできないこの深雪が、努力してるって言うの?」

 

「ああ、そうさ!!」

 

 叫んだ。

 

 その、自信に満ちた言葉に。

 

 舞は言葉を失った。

 

 亜夕美は、傷ついた足で、一歩踏み出した。

 

「確かに深雪は、歌もダンスもヴァルキリーズで一番じゃないよ。でもね! それを補うために、誰よりも努力をしてきたんだ。深雪が1位なのはね、深雪の一年間の努力が、ファンのみんなに認められたからなんだよ。深雪が、一年間メンバーの中で一番努力したからブリュンヒルデなんだよ! その努力を! ずっとずっと続けてきたから、四年連続ブリュンヒルデなんだよ!! それに比べて、お前は何だ? 振り付けを間違える? 歌詞を間違える? それでへらへら笑ってるようなヤツが上位に行けると思うのか? そんなんだからお前は30位なんだよ。何の努力もしないから! 万年低ランクなんだよ!!」

 

 そうだ――。

 

 亜夕美の言う通り。

 

 アイドル・ヴァルキリーズのランキングは、努力のランキングなのだ。

 

 深雪は、誰よりも努力したから、ブリュンヒルデでいられるのだ。

 

 亜夕美は知っている。ブリュンヒルデになるのがどれほど難しいかを。ブリュンヒルデの座を護るのがどれほど難しいのかを。一度ブリュンヒルデの座に立ち、そして、奪われた亜夕美だからこそ、知っているのだ。

 

 そして、それは同時に。

 

 深雪の凄さを、誰よりも知っているということだ。

 

 深雪のことを、誰よりも認めているということだ。

 

 だから言える。

 

「――舞。お前は真面目にダンスのレッスンをしてるか? どうせ間違えても誰も気づかないから、って、手を抜いて練習している間に、深雪は全力で取り組んで、指先の動きから視線の流れ、周りのメンバーの動きまで完璧に覚えようとしてるんだよ。剣道はどうだ? アイドルには関係ないってサボってる間に、深雪は真面目に取り組んで初段を取ったんだよ。休みの日は何してる? お前が遊んでいる間に、深雪は歌もダンスも剣道も、休み返上で全部の稽古をしてるんだよ。この船に乗って何をしてた? お前が戦って称号を奪う、なんてくだらないことをしている間に、深雪は新曲のダンスの稽古をしてるんだよ! お前には! 倒れるその瞬間まで体調を崩してることに気づかず踊り続けた経験なんて無いだろ? それだけやっても自分の納得できるレベルにならず、悔しくて情けなくて泣いたことなんか無いだろ? ステージに立つのが怖くて怖くて、それでも逃げずに立ち向かったことなんて無いだろ? それがお前と深雪の! 30位と1位の差なんだよ!! お前が文句ばっかり言って何もしなかったその同じ環境で、深雪は黙って努力し続け、それでブリュンヒルデの称号を掴んだんだよ!! 深雪を殺して称号を奪う? ブリュンヒルデはね、誰よりも汗と涙を流し、誰よりも努力した者だけ手にすることができるんだ。お前みたいに!! 何の努力もしないで文句だけは一人前に言ってるような奴は、一生かかっても手にすることはできないんだよ!!」

 

 亜夕美の声が、エレベーターホールに響き渡る。

 

 それは、心の叫びだった。

 

 そう、亜夕美は。

 

 一切口を利かなくても、一緒にいなくても、そんなそぶりを見せなくても。

 

 誰よりも、深雪のことを見ているのだ。

 

 誰よりも、深雪のことを知っているのだ。

 

 誰よりも、深雪のことを尊敬しているのだ。

 

 ライバルだからこそ。

 

 亜夕美は深雪のことを――そして、深雪もまた、亜夕美のことを――誰よりも、理解しているのだ。

 

 それが、深雪と亜夕美の――ブリュンヒルデとロスヴァイセなのだ。

 

「――そういうのって、うざいよ」

 

 舞は、ため息とともに言った。

 

 亜夕美を睨む。

 

「努力努力って、うざい! うざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざい! そんなに努力がすごいの? 努力したって報われないこともあるんだよ! そのことを証明してやるよ! ここであんた達を殺せば、あんた達がこれまでやってきた努力は全部無駄! あはは!」

 

 舞は、再び狂気じみた笑い声をあげ、そして、特殊警棒の先を亜夕美に向けた。「まずは! そのやかましい口を永久にふさいでやるよ!」

 

「やれるもんならやってみろ!!」吼える亜夕美。

 

 亜夕美は、どうするつもりだ。

 

 深雪への攻撃は止んだ。でも、それはあくまでも一時的なものだ。亜夕美が殺されたら、またその狂気の牙は深雪に向けられる。亜夕美のあの足のケガで、薙刀も無い状態で、今の舞に勝てるだろうか?

 

 舞は特殊警棒を振り上げ、一歩、亜夕美に近づいた。

 

 しかし、二歩目は踏み出さない。

 

「あん?」

 

 舞が足元を見る。

 

 踏み出そうとした二歩目を、深雪が掴んでいた。うつ伏せに倒れたまま、左手で、舞の左の足首を掴んでいる。

 

 わずらわしそうな表情の舞。掴まれた足を振りほどこうとするけれど、深雪は手を放さない。

 

「何? あんたの方から殺してほしいわけ?」笑う舞。「でも、ゴメンね。順番があるの。あのうるさいヤツを先に殺っちゃうから、ちょっと待ってて」

 

 深雪は手を放さない

 

「……ぅ……」

 

 何か言ってる気がした。

 

「何? 何か言ってる?」

 

 そばに立つ舞にも聞き取れなかったようだ。舞はしゃがみ、うつ伏せの深雪に顔を近づけた。

 

 その瞬間、深雪は顔を上げ。

 

 右手を、舞の顔に向けた。

 

 その手の先から、霧のようなものが噴き出した!

 

「――――!!」

 

 言葉にならない悲鳴を上げ、顔をそむける舞。

 

 深雪が立ち上がった。「ああ! もう! 痛かったぁ!!」

 

 それまで殴られ、蹴られ続けたのがウソのように、いつものような明るい声。

 

 その右手には、スプレー缶が握られている。催涙スプレーだろうか? そう思った。舞は、激しくせき込み、狂ったように目をこすっている。間違いないだろう。

 

「こういうの、できれば使いたくなかったんだけどね」深雪は催涙スプレーを投げ捨てた。「ま、いいか。これ、試合とかじゃないし」

 

 挑発するように笑う。

 

 催涙スプレーで視力を失った舞にその顔は見えないけれど、少し前に自分が言った言葉を逆に言い返され、逆上した舞は。

 

「殺す……殺す!!」

 

 狂ったように、特殊警棒を振り回す。

 

 もちろん、相手が見えてない状態で振り回しても、当たるはずもない。深雪は、舞から十分な間合いを取り、後ろに回り込んだ。

 

 ――うん? 深雪、まだ何か持ってる?

 

 長方形の黒い箱のような物だ。小型の機械だろうか? 先端の部分が湾曲していて、そこに、二本の金属製の突起物が付いている。

 

 あれは……スタンガン!? 深雪、何であんなもの持ってるんだ!?

 

 深雪は、舞の背後から静かに近づき。

 

 そして、スタンガンを舞の首筋に当てた。

 

 バチバチッ! という大きな音がして、舞の首筋から青い火花が飛び散った。体が大きくのけ反り、ビクビクッと、何度か体を痙攣させる舞。

 

 深雪が右手を放すと、舞はその場に倒れ、そして、動かなくなった。

 

 気を失って倒れた舞の前にしゃがみ、深雪は右手のスタンガンを見せ、そして、小悪魔のように笑った。

 

「ブリュンヒルデってさ、意外と普段から、怖い目に遭ってるんだよね。夜、変な人に後を付けられたり、家の前で待ち伏せされたり、そういうの、しょっちゅうあるの。だから、いつもこういうの持ち歩くようにしてるんだ。いざって時のためにね。ま、デビューしてからずっと下位にいるあんたなんかに、あたしの気持ちなんて分かんないだろうけどね」

 

 気を失っているから、当然舞は何の反応もしない。深雪はつまらなそうな表情でそれを見つめ。

 

「――――」

 

 無言で立ち上がった。振り返る。

 

 そこに、亜夕美が立っている。

 

 しばらく、二人は見つめ合い。

 

 そして、どちらからともなく、笑い合った。

 

 この瞬間、あたしは。

 

 長かった二人の冷戦が、終わった、と思った。

 

 深雪が、一歩、亜夕美に近づいた。

 

 その時――。

 

 気を失ったと思っていた舞が、立ち上がった。

 

 右手にナイフを握っている。

 

 それを振り上げ。

 

 背を向けている深雪に、襲い掛かった。

 

「深雪! 後ろ!!」

 

 あたしが叫ぶ前に。

 

 亜夕美が、駆け出していた――。

 

 

 

 

 

 


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