ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~ 作:ドラ麦茶
ゲームセンターの外はゾンビだらけだった。あたしたちを見つけたゾンビは、次々と襲いかかってくる。
「邪魔よ!!」
亜夕美が叫び、薙刀を振るう。手製ではあるけど、先端には本物の刃が付いている。それでゾンビを斬り裂き、刺し、反対側の柄の部分で殴り、突き、時には蹴りや拳も使ってゾンビどもをなぎ倒し、走る。あたしたちもゾンビを倒しながら後を追う。ゲームセンターから三○メートルほど離れた場所のエスカレーターを駆け上がった。
七海たちの立てこもっていたレストランがゾンビに襲われた。あの強固なバリケードをゾンビどもがどうやって突破したのだろう? 分からないけれど、とにかく急がなければいけない。七海たちのグループのメンバーはほとんどがナイトのクラスだけど、本格的な武術を習っている娘はいない。七海が剣道の初段を持っているくらいだ。それは由香里や深雪と同じく、ヴァルキリーズで義務付けられた週二回の剣道の稽古で取得したもので、本格的なものではない。ゾンビの数が多ければ、とても七海一人では対処しきれないだろう。
亜夕美を先頭にエスカレーターを駆け上がる。エスカレーター付近にはゾンビの数は少なく、簡単に進めたけれど、八階のレストラン街にはゾンビがあふれかえっていた。亜夕美が鬼神のごとく次々と倒して行くけれど、数が多く、思うように進めない。
「くっそおおぉぉ!!」
苛立ち、吠える亜夕美。しかし、どうにもならない。一体一体片づけ、少しずつでも進んでいくしかない。
ようやく七海たちの立てこもっていたレストランにたどり着いたときには、ゲームセンターで無線を聞いてから十五分ほど経っていた。
レストランの状態を見て、あたしたちは言葉を失った。
正面のシャッターは破壊されていた。
それはまるで、建物解体用の鉄球クレーン車でも使ったかのように、シャッターが、バリケードごと内側に吹き飛ばされていた。店内には瓦礫が散らばっていて、まるで廃墟のようだった。
「七海! 無事!?」
真っ先にレストランの中に飛び込んだ亜夕美が叫ぶ。返事は無い。ゾンビが数体、うろうろ歩いているだけだった。亜夕美の姿を確認し、襲い掛かって来るけれど、すぐに倒された。
「七海! どこ!? 菜央! 麻紀!」
メンバーの名前を呼び、店内を探すけど、やはり返事は無い。トイレや倉庫、冷蔵庫、天井裏も探したけれど、誰もいなかった。
「くっそおぉ!」行き場のない怒りを、近くのテーブルを蹴り上げてぶつける亜夕美。
「落ち着いて、亜夕美」由香里が静かな声で言った。
「落ち着けですって!? これが落ち着いていられると思う!?」すぐに喰って掛かる亜夕美。
「感情的になってもしょうがないでしょ? 冷静になりなさい。状況は、そんなに悲観的ではないわ」
悲観的ではない? どうしてそう言えるのだろう?
「誰もいないということは、七海たちは逃げたってことよ。ゾンビどもが連れ去ったとは思えないわ」
由香里がそう言うと、亜夕美は少し落ち着きを取り戻した。
そうか。確かにそうだ。
ゾンビは人を襲うと、その場で咬みつき、食べようとする。決して、どこかに連れ去ったりすることはない。店内に死体は無い。ならば、七海たちは逃げたと考えるのが妥当だ。
亜夕美は再びトランシーバーを取り出した。「七海!? 聞こえる!? 聞こえたら返事して! 七海!?」
しかし、トランシーバーは無言のままだった。何度か呼びかけてみるけれど、何の返事も返ってこない。返事ができない状態なのか。それとも、トランシーバーを手放してしまったのか。
亜夕美がレストランを飛び出した。近くを探す気なのだろう。あたしも後を追う。
でも、由香里がその場を動こうとしなかったので、足を止めた。由香里は、吹き飛ばされたシャッターを調べているようだった。
「由香里? どうかしたの?」あたしは由香里のそばに行った。
「ちょっと、気になってね……」
曖昧に返事しただけで、由香里はそれ以上何も言わなかった。
「何してんの!? 先に行くよ!」亜夕美はあたしたちを残し、走り出した。
それでも由香里は、じっと、シャッターを見ている。シャッターを調べ、その後、レストラン内を見回す。
そして。
天井の一点に、視線が釘付けになった。
あたしはその視線の先を追った。
そこには、監視カメラが釣り下がっていた。
入口付近から、店内全てが見渡せるように設置されている。
由香里は、無言で監視カメラを見つめる。
「由香里? あれが、どうかしたの?」訊いてみた。
「……ううん。何でもない。ゴメン。あたしたちも七海を探そう」
由香里はそう言って、レストランを出た。
あたしはもう一度、天井の監視カメラを見た。そう言えば、由香里はゲームセンターでも監視カメラを気にしてたな。何か気になるんだろうか?
…………。
考えても分からないし、由香里も、何でもないと言ってたんだ。それよりも、今は七海たちを探すのが先決だ。あたしは由香里の後を追った。
亜夕美にはすぐに追いついた。七海たちの名を呼びながら、レストラン街のお店の中を、片っ端から調べている。もちろん、大声を上げているからゾンビたちの気を引きまくっているけど、襲い掛かってくるゾンビは次々と倒されていく。七海たちがどこに隠れたのかは分からない。手がかりは何もないから、こうやってしらみつぶしに探すしかないだろう。あたしたちも七海たちの名を呼びながら、ゾンビを倒して行った。
レストラン街を抜け、フードコートも探し終わり、フロア前方の客室も全室見たけれど、七海たちの姿は無い。そのままフロア後方の客室へ向かったけれど、そこにもいなかった。別のフロアに移動したのだろうか? その可能性が高いだろう。あたしたちは下の階へ降り、同じように、ゾンビを倒しながらフロアをくまなく探した。
ゾンビと戦いながら、客室やお店をひとつひとつ見て回るのは、思いのほか時間が掛かった。体力の消耗も激しい。いくらゾンビが弱いとはいえ、あまりにも数が多いうえに、大声を出してこちらから呼び寄せているのだから。木刀を振るい続けた腕はもうパンパンだ。由香里の表情も辛そうだ。ヴァルキリーズきっての体力自慢の亜夕美でさえ、息が上がっている。それでも、やめることはできない。仲間の無事を確認するまでは。
七階を調べ終えたけれど、成果は無かった。そのまま六階へ降りる。そこにも七海たちの姿は無く、五階へ降りたところで。
バチン! という音とともに、フロアの照明が落ち、辺りが暗くなった。時計を見ると、十時を回っている。ショッピングモールの営業時間が終わったようだ。どうやら、閉店時間を過ぎると、自動で電源が落ちるようだ。
それでも探索を止めようとしない亜夕美に向かって、由香里が言った。「亜夕美……もう、限界だよ。一度、操舵室に戻ろう。これ以上は危ないし」
亜夕美は正面から抱きつこうとしたゾンビを斬り捨てると、振り向いて由香里を睨んだ。「バカなこと言わないで」と、言わんばかりの目だ。でも、何も言わない。肩で大きく息をし、ただ、由香里を睨む。すでに亜夕美も限界を超えているのだろう。由香里の言う通り、これ以上は危険だった。体力的な問題もあるけれど、何よりも、明かりが無いのが致命的だ。非常灯が点いているから真っ暗ではないけれど、それでも視界は非常に悪い。対してゾンビどもは、暗くても大して影響はないように思えた。それどころか、むしろ昼間よりも凶暴になっているような気がする。
「残念だけど、今は七海たちを信じよう。あたしたちがやられたんじゃ、助けることもできなくなる」
由香里がそう言うと、亜夕美も、しぶしぶ承諾した。
ショッピングモールから出ようとした時、由香里が。「あ、ゴメン。ちょっと待って」
そう言って、近くのお店に入った。コンビニだ。しばらくして戻ってくる。スポーツドリンクを三本持っている。助かった。大声で叫びながらゾンビと格闘しまくったから、もう喉はカラカラ。あたしたちは一気に飲み干した。ふう。これで操舵室までなんとか戦えるだろう。
そして、ショッピングモールを出ようとして。
うん? 由香里、まだ何か持ってる?
あたしは、スポーツドリンクの他に、もう一つ、由香里が何か持っているのに気が付いた。缶のようだけど、飲み物ではなさそうだ。プラスチックのフタが付いている。ラベルには「ラッカー」と書いてあった。ペイントスプレーのようだ。
「由香里、それ、どうするの?」訊いてみた。
「ん? ああ、ちょっとね」笑って曖昧に答える由香里。何かあるのだろうか? 気になったけど、正直、疲れて追及する気力も無かったので、気にしないでおくことにした。
階段を上がるような体力はもちろん無いので、エレベーターを使うことにする。幸いにも、あたしたちが朝下りてきてそのままだったようで、すぐにドアが開いた。乗り込み、十八階のボタンを押す。すぐに十八階に着いた。最後の気力を振り絞りエレベーターホールのゾンビを倒し、廊下を駆け抜け、そして、ようやく操舵室へたどり着いた――。