ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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Day 4 #03

「で!? どこで二人に会ったの!?」

 

 美咲の首根っこを掴み、操舵室のソファーまで連れ戻したあたしは、机の上に船内マップを広げた。

 

 一ノ瀬燈と篠崎遥。二人とも、ゾンビ騒ぎが始まって以降、連絡が取れなかった娘だ。確か、十人ほどのグループで、六階前方の客室に泊まっていたはずだ。残りのメンバーは無事なのだろうか? 今、どこにいるのだろうか? そこは安全なのか? 安全でないなら、迎えに行かなければ。確認すべきこと、やることはいっぱいだ。ゲームなどしている場合ではない。由香里たちもようやく美咲の呪縛から解かれ、真剣な表情で船内マップを見つめる。

 

「えっと――」美咲は頭をなでながら地図を指さす。「確か、ダーツ・バーの前でしたから……ここですね」

 

 あたしは場所を確認する。四階の中央、ショッピングモールの、娯楽施設が多数入っているフロアの一角だ。

 

 ……って、十九階の操舵室から十一階のホテルの部屋に行くのに、なんで四階のショッピングモールに行くんだ。さてはコイツ、ゲームセンターにも行ってたな。

 

 まあ、そのことは後で説教しよう。今大事なのは。

 

「それで、他のメンバーは無事なの?」あたしは、最も重要なことを訊く。

 

「あ、はい。みんなケガ一つ無いそうです」美咲は答えた。

 

 ふう。みんなで安堵の息を洩らす。良かった。とりあえず、みんなが無事なのが何よりだ。

 

「ひとまずは安心ね。で、今どこに立てこもってるか、訊いた?」あたしはさらに質問する。

 

「それが……教えてくれませんでした」美咲は顔を伏せた。

 

「教えてくれなかった? 何で?」

 

「あたしもよく分からないんですけど……その……信用できない、って、言ってました」

 

 信用できない? どういうことだろう?

 

 美咲が信用できないということだろうか? 確かにこんな天然ゲームオタク、信用するに値しないけど、今、そんなことを言ってる場合ではないだろう。

 

 いや、もしかしたら……。

 

 あたしは、昨日、公園で吉岡紗代と森野舞に襲われたことを思い出した。

 

 あたしたちが燈たちを襲う、と思ったのだろうか。もしかしたら、すでに他の誰かに襲われたのか。だから、警戒しているのでは?

 

 分からない。ここで考えているだけでは、何の結論も出ないだろう。

 

「それでですね」美咲が言う。「そのまま行ってしまいそうだったので、とりあえず、あたしたちのグループの状況と、操舵室に立てこもってることを伝えました。……マズかったですかね?」

 

「いえ、それは別にかまわないけど」

 

「それと、遥ちゃんたちもトランシーバーを持ってたので、よく使う周波数を聞いておきました」

 

 おお。美咲にしては気が利いてるな。よしよし。あたしは昨日七海からもらったトランシーバーを持ってきた。美咲の聞いてきた周波数に合わせ、由香里に渡す。

 

 由香里はスイッチを押そうとしたけど、その手を止めた。

 

「ん? どうかした?」訊いてみる。

 

「いや、あの娘たちのグループ、誰がリーダーなんだろう、と思って」

 

「誰って、そりゃあ――」

 

 考える。燈たちのグループは、一ノ瀬燈、篠崎遥、林田亜紀、沢田美樹、上原恵利子、佐々本美優、鈴原玲子、山岸香美、西門葵、藤村椿、の十人だ。この中で、リーダーシップを発揮しそうな娘と言えば……。

 

 …………。

 

「――誰だろうね?」分からなかったので、素直にそう言った。由香里は、だよね、という風に頷いた。

 

 そうなのだ。このメンバーの中に、リーダーシップを発揮しそうな娘がいないのだ。メンバーの中に一期生はいないので、最も先輩なのは二期生の燈、亜紀、恵利子の三人だ。ランクが最も高いのは燈で、称号も持っている。でも、彼女はリーダーよりはエースのタイプだ。あたしたちのグループで言えば、由香里よりも深雪に近い。ちょっとリーダーシップを発揮しているところが想像できない娘だ。亜紀と恵利子もリーダーのタイプではないし、三期生四期生の娘たちも同様だ。

 

 でも、今この船内の状況下でリーダーも決めずに行動し、かつ、一人の犠牲者も出していないというのは考えにくかった。やはり、誰かがリーダーとなっているはずだ。

 

「……となると、やっぱ燈かな」あたしは言った。この中からどうしてもリーダーを選ぶのなら、やはり二期生で、かつ最もランクの高い燈になる。

 

「うーん、まあ、そうだね」由香里もそう言った。

 

 そして由香里は、トランシーバーのスイッチを入れた。「こちら操舵室の橘由香里。誰か聞こえる? こちら操舵室の橘由香里。聞こえたら、返事して」

 

 しばらく由香里が呼び掛けると。

 

《――はい》

 

 ノイズが少し混じっているけれど、返事が聞こえた。

 

「その声は遥だね? 美咲から聞いたわ。無事で良かった。他のメンバーの様子はどう?」由香里が言った。

 

《はい……みんなケガも無く……無事です……》

 

「そう。良かった。ごめん。そこに燈はいる? いたら、代わってほしいんだけど」

 

 しばらく返事が無かったけど、やがて。

 

《はい……燈です……》

 

 やはりノイズが混じるけれど、確かに燈の声だった。

 

「燈? 無事で良かった。今、どこにいるの?」

 

《…………》

 

 由香里の質問に、燈は答えない。

 

「美咲から聞いたんだけど、信用できないって、どういうこと? ひょっとして、そっちで何かあった?」さらに質問する由香里。

 

 燈は、やはり何も答えない。

 

「とりあえず、どこかで直接会って話がしたいんだけど、いいかな? 場所を指定してくれれば、あたしたちの方から行くよ」

 

 しばらく沈黙があったけれど、やがて。

 

《……分かりました……由香里さんとなら……会います……》

 

 燈が答えた。

 

「ありがと。でも、一人で外に出るのは危険だから、必ず二人以上で行動するようにしてるの。あ、今朝会った美咲は例外ね。あの娘は勝手に一人で出かけたから、罰として一週間ゲーム禁止にしたところ」

 

 それを聞いて、美咲は「そんなぁ!」と叫びそうになったけれど、あたしが拳を握って見せたら、はい、と、おとなしくなる。

 

 由香里は続ける。「悪いけど、もう一人連れて行くね。あたしたちのグループの状況は美咲から聞いて知ってるよね? メンバーは、そっちで選んでくれて構わないよ」

 

 また沈黙する。考えているのだろう。

 

 たぶんエリが選ばれるだろう、と、あたしは思った。燈と同じ二期生で、二人は特に仲がいい。

 

 しばらくして。

 

《……では……若葉さんでお願いします……》

 

 ん? あたし?

 

 ちょっと意外だった。まあ、あたしはもう何度も外に出てるし、本格的な武術の経験が無い由香里とエリの二人で外に出るのはちょっと不安だし、別に問題は無いんだけど。

 

「分かった。じゃあ、こっちはあたしと若葉の二人で行くね。そっちは、燈と遥の二人でいい?」

 

《……はい……それで構いません……場所は……四階のゲームセンターでお願いします》

 

「うん。じゃあ、すぐに行くから。そうね、十五分後に」

 

《了解です》

 

 そして、無線は切れた。

 

「――と、いうわけだから、ゴメン、若葉。一緒に来てくれる?」すまなさそうな顔をする由香里。

 

「もちろん」と、あたしは笑顔で応える。「これくらいのこと、何でもないよ」

 

「ありがとう」由香里も笑顔で応えた。

 

「ちょっと待ってくださいよ!!」大声を上げたのは美咲だ。「若葉先輩は、今日はあたしと一日中ゲームをするんですよ? チーフの命令なんですよ? それなのに、なんでまたチーフとデートなんですか!? しかもゲーセンデートだなんて! そんなの、あたしは絶対認めません! どうしてもっていうのなら、あたしも一緒に行きます!!」

 

 必死で訴える美咲だけど、すでに呪縛から溶けたあたしたちに、その声は届かない。四人同時に拳を握って、「ぶつぞ」と言わんばかりに美咲に見せる。美咲は「ゴメンなさい!」と、頭をかばって縮こまった。

 

「さて、じゃあ、行ってくるか」由香里が立ち上がった。「悪いけど、あたしがいない間、みんなのこと、よろしくね」

 

「うん、了解」深雪が頷き、そして、由香里に竹刀を渡した。「若葉と二人なら心配ないだろうけど、一応、気を付けてね」

 

 由香里は竹刀を受け取り、大きく頷いた。

 

「じゃあ、あたしも行ってくるわ」木刀を持って立ち上がる。「――エリ、このゲーム機、美咲には絶対見つからない場所に隠しておいて」

 

 あたしがリュックを渡すと、エリは小悪魔のような笑顔で言う。「分かりました。任せてください」

 

 それを聞いて、美咲はこの世の終わりを迎えたような顔になる。エリが、絶対に見つからない場所に隠す、となれば、それは本当に絶対に見つからないだろう。そういう娘だ。ちょっとかわいそうにも思うけど、まあ、自業自得だ。

 

 世界の終焉を見た美咲を残し、あたしと由香里は操舵室を出た。

 

 階段を下り、十八階の客室へ。相変わらず大量のゾンビがうろうろしているフロアを駆け抜け、エレベーターホールへ向かう。ホールもゾンビだらけだ。幸運にもエレベーターはこの階で停止していたので、適当にゾンビを倒して乗り込む。そのまま一気に四階へ下りた。

 

 四階は前方と後方が客室で、中央が、ボウリングにビリヤード、ゲームセンターやカラオケなどの娯楽施設がたくさん入っているフロアだ。

 

 エレベーターを降り、客室とは反対側にある扉を開けると、ノリのいいロック調の音楽が耳に飛び込んできた。広い通路がまっすぐに続き、両サイドに様々なお店が並んでいて、フロア中に音楽が鳴り響いている。街の歓楽街と同じ雰囲気だ。ゾンビの数も、客室側とは比べ物にならないほど多い。それでもあたしと由香里の脅威ではなく、襲い掛かってくるゾンビどもを次々と蹴散らし、ゲームセンターへ向かった。

 

 ゲームセンターは、フロアのやや後方にあった。景品を取るゲーム、大型の機械のゲーム、ビデオゲームにメダルゲームなど、広いホールに所狭しとゲーム機が並べられている。店内を流れる音楽と、ゲームの音が混じり合い、ものすごい喧騒だ。一通りホール内を見てみたけれど、燈たちの姿は無い。ちょっと早く来てしまったようだ。あたしたちはホール内でも比較的ゾンビが少なく、かつ、ホールの奥の方でゾンビから見つかりにくいメダルゲームのコーナーで待つことにした。

 

 スロットマシンのイスに座り、あたしは、待ち合わせ相手の燈と遥のことを考えた。

 

 一ノ瀬燈。十九歳。ランキング6位のオルトリンデだ。二期生では、3位の藍沢エリに次ぐ順位で、今後の活躍が期待されているメンバーの一人である。

 

 燈は日本に古来より伝わるある武術を取得しているけれど、これを聞いたら、ほとんどの人が思わず笑ってしまうだろう。

 

 彼女が使う武術。それは――忍術。

 

 そう。彼女は忍者なのだ!

 

 …………。

 

 笑うよね? あたしも初めて聞いたときは笑った。みんなも笑った。二期生のオーディションの時の審査員も笑ったらしい。誰もがネタだと思ったのだ。

 

 でも。

 

 これ、ネタでもなんでもなく、マジなのだ。

 

 一ノ瀬燈は、正真正銘誰がどう見ても忍者なのである。

 

 まず。

 

 忍者というだけあって、燈は身が軽い。バク転や宙返りなんてお手の物。調子が良ければ、後ろとびひねり前方伸身二回宙返りという、もはやどういう技なのかさっぱり分からないような難易度の宙返りもできるらしい。以前テレビのバラエティー番組で、オリンピックの元体操選手に、「余裕で金メダルが取れる」と言われたこともあるくらいだ。

 

 また、木登りやロッククライミング、フリークライミングもお手の物。その辺の一〇階建てくらいのマンションなら、道具も使わずスイスイと登っていく。香港のアクションスターも真っ青な身のこなしだ。

 

 そして、忍者というからには武術もすごい。

 

 主に刀身の短い刀、いわゆる忍者刀を使うのだけど、これがまた本格的な殺陣も簡単にこなせるほどの腕前。すでに何本もの時代劇に出演していて、高齢層の方にも人気が高い。

 

 そして、忍者と言えば手裏剣だろう。これまたとんでもない腕前で、数十メートルくらいの距離なら百発百中で的に当てられる。他にも、クナイ、鎖鎌、煙玉など、一通りの忍者グッズは使いこなすことができるのだ。

 

 また、彼女の忍者っぷりは、普段の生活から徹底している。

 

 まず、夢で見た通り、燈は決して右手で握手をしない。あのトラブルの後も、ずっと左手での握手を続けている。そう。あの時由香里が言った通り、燈が右手を使うのは、武器を持つ時だけなのである。それはつまり、いつなんどき敵に襲われても、すぐに武器を持って反撃できるようにしているということだ。一体どこの誰が突然燈を襲ったりするのかは不明だけど、たぶん、忍者としてそれは当然の心がけなのだろう。普段の生活で使うのも基本的に左手だ。字を書くときはペンを左手に持ち、ご飯を食べるときも箸は左手で持つ。右手にお茶碗を持つことすらしない。あまりに徹底して右手を使わないので、もしかしたら何かしらの障害があるのでは? というウワサが流れたほどだ。もちろん、それはありえない。剣を持ったり手裏剣を投げるのは右手なのだから。

 

 そして、燈の右手に関しては、こんな恐ろしいエピソードもある。

 

 以前、あるテレビ番組でメンバーの体力測定があり、その中で握力を測ったのだけど、燈の右手の握力は、なんと一〇〇キロを超えた。日本の成人女性の平均値を大きく上回る……なんてレベルではない。プロレスのパワーファイター並の握力だ。もちろん、燈は筋肉ムキムキのマッチョマンなんかではなく、見た目はアイドルらしい細身の女の娘である。忍者だからそれなりに筋肉はついているけれど、それでも握力一〇〇キロは常識的に考えてありえない。たぶん、テレビ局の人がネタとして仕込んだのだろうけれど、それでもひょっとしたら……と思わせてしまうのが、燈の怖いところだ。

 

 そんなわけで。

 

 アイドル・ヴァルキリーズに武術のランキングは無いけれど、ネット上の大型掲示板などでは、よくそのことが話題になる。そんなとき、あたしはもちろん、キックボクシングの紗代や空手の美咲、なんと、薙刀の亜夕美すら抑え、圧倒的に最強候補なのが燈だ。もしかしたら、他のヴァルキリーズのメンバー全員で戦っても、燈一人に敵わないんじゃないか、とさえ思うくらいだ。

 

 そしてもう一人、三期生の篠崎遥。

 

 一言で言うならば、真面目な性格。しかし、その真面目度はグループ内でも群を抜いていて、頭に「超」と「クソ」を付けても足りないくらいだ。コンサートやテレビ番組の収録、振り付けのレッスンなど、誰よりも早くスタジオに入り、誰よりも真剣に取り組み、誰よりも遅くまで居残って練習を続ける。しかも、それを大学に通いながら続けているのだ。大学に通いながらアイドルの活動をする人は多いけれど、遥ほど両立している人はまずいないと思う。大抵は、アイドル活動を重視して単位がヤバくなるか、大学を重視してアイドル活動がおろそかになるか、なのだ。キャプテンの由香里や、ランキング8位の七海も大学を卒業しているけど、二人とも大学には真面目に通っておらず、留年しなかったのが奇跡だと言っている。

 

 遥はさらに、大学では勉強だけでなく、弓道もやっていて、なんと、全国大会でベスト8に入るなど、輝かしい成績を残している。

 

 そんなマジメな性格がファンに受け入れられ、先日行われた第5回のランキングでは9位に入賞。称号『グリムゲルデ』を獲得。三期生では美咲に次ぐ順位だ。

 

 ただ、そのマジメ過ぎる性格は、彼女の欠点でもある。

 

 と、言うのも――。

 

「あ、来たよ」

 

 由香里が言ったので、あたしは考えを中断する。見ると、景品ゲームコーナーの方から、二人がゆっくりと歩いてきた。

 

「おはよ」あたしは普段と変わらない感じで声をかけた。「二人とも、無事で良かったよ」

 

 遥は微笑んで頭を下げたけれど、燈は無表情のままだった。

 

 燈は紺色の忍者装束に身を包んでいた。口元を覆うことができるフードを目深にかぶり、両手には、手甲という忍者独特の防具をつけている。露出しているのは目の周りと指先、そして、トレードマークのツインテールの髪だけだ。アイドルとしては面白みのない格好だな、と、どうでもいいことを思った。背中には短い刀を背負っていた。まさか船内に刃物なんて持ち込めないだろうから、模擬刀だと思うけれど、昨日の亜夕美の薙刀のように、船内にあるものを改造して忍者刀にしているかもしれない。

 

 遥の方は、純白の着物に胸当て、紺の袴、左手には弓、と、弓道家らしい格好だ。腰に矢筒を下げており、その中には矢がたくさん入っている。競技用だと思うけど、これも改造すればいくらでも本物に近いものを作れるだろう。

 

「ホントに、無事で何より」由香里が言った。「それで、キャプテンとして、他のメンバーの無事も確認しておきたいんだけど、他の娘たちはどこ? みんな、どこかに立てこもってるの?」

 

「すみませんが――」由香里の言葉に応えたのは燈だった。「それは言えません」

 

 燈の顔は大部分が覆われていて表情は読めないけれど、明らかにこちらを警戒しているように思えた。

 

「言えないって、どうして?」由香里は表情を変えず、笑顔のまま訊く。「美咲に、『信用できない』って、言ったそうだけど、どういう意味? あたしのことも信用できない?」

 

「…………」

 

 燈は答えなかった。何を考えているのか分からない視線を由香里に向ける。

 

 と、その視線が、不意に後ろを向いた。

 

 ゾンビが襲ってきたのか、と思い、木刀を構え、燈の視線を追うけれど、ゲーム機が並んでいるだけで、特に何もない。

 

「……どうしたの?」

 

 訊いてみたけれど、燈は応えない。ただ、鋭い視線を背後に向けている。

 

 そして、懐から何か取り出した。十字型の刃物。手裏剣だ。

 

「そこにいるのは誰!?」

 

 燈が手裏剣を投げた。

 

 ものすごいスピードで飛んで行った手裏剣は、ガツン! と鈍い音を立て、スロットマシンの画面に突き刺さった。

 

 ……まさか、あの手裏剣は、本物?

 

 そうとしか思えなかった。ヴァルキリーズのメンバーは、コンサートなどで武術のデモンストレーションを行うことがあり、燈もよく手裏剣の腕前を披露する。だから、船内に手裏剣を持ち込んでいても不思議ではないけれど、それはあくまでもデモンストレーション用のもので、本物ではない。刃はついておらず、的の方が柔らかくなっていて、軽く投げても刺さるようになっているのだ。

 

 しかし、今燈が投げた手裏剣は、ゲーム機に深々と突き刺さった。本物の刃がついてなければ、どんなに強く投げても不可能だろう。そんなもの、一体どうやって船内に持ち込んだのだろうか?

 

 燈は鋭い目で、手裏剣の刺さったゲーム機を睨む。

 

 と、そのゲーム機の後ろから。

 

 純白の胴着に黒の袴、右手に長い棒を持った女が、ゆっくりと、姿を現した。

 

「亜夕美!?」

 

 あたしと由香里が同時に声を上げた。

 

 

 

 


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