ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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Day 4 #01

「どうも、ありがとうございましたー!!」

 

 最後のファンの方と握手を終えたあたしは、深々と頭を下げ、そして、手を振って見送った。休憩をはさみ六時間近くにも及んだ今日の握手会も、これにて終了。ふう。大変だったけど、たくさんのファンの人と交流ができて、ホント、楽しかった。

 

 あたしたちアイドル・ヴァルキリーズは、定期的にファンとの握手会を行っている。都内やその近郊はもちろん、地方でも積極的に開催している。デビュー直後は全く人が集まらず寂しい思いをしたけれど、今ではどこに行っても行列が絶えない。何時間もの間握手をし続けるのは大変だけど、握手会はファンと直接交流できる貴重なイベントだ。いろいろな人とお喋りできて、本当に楽しい。

 

 さてと。

 

 周囲を見回す。今日の握手会の会場は、東京からほど近いドーム球場だ。二十本ほどのレーンが設けられ、その先でメンバーが待っている。ファンの方は、お目当ての娘のレーンに並び、順番が来たら握手をして簡単なおしゃべりする、というシステムだ。ほとんどのメンバーはすでにすべてのファンとの握手を終え、控室に戻ろうとしているところだけれど、深雪や美咲など、ランキング上位のメンバーの中には、まだファンが並んでいる娘もいる。

 

 と。

 

「कखगघङचछजझञटठडढणतथदधनपफबभमयरलवशषसह!!」

 

 あたしの三つ隣の握手レーンで、興奮して早口で何か喋ってる男の人がいた。一ノ瀬燈のレーンだ。二期生で、ランキング6位の“オルトリンデ”。腰まで伸びた黒髪をツインテールに結んだ髪型がトレードマークである。何かあったのかな? あたしは行ってみた。

 

「燈? どうしたの?」

 

 あたしが訊くと、燈は困った顔をして言った。「若葉さん。すみません。こちらの方が……」

 

 と、早口でしゃべっている男の人を示す。

 

「कखगघङचछजझञटठडढणतथदधनपफबभमयरलवशषसह!!」

 

 どうやらものすごく怒っているようだ。興奮し、早口すぎて何言ってるのか分からない……のではなく、これは完全に外国の言葉だ。それも、英語とか韓国語とか中国語とか、馴染みのある言葉でもない(まあ、その辺りの言葉でもあたしには分からないけど)。男の人の顔を見る。堀が深いけど、欧米の人ではない。肌はやや黒く、眉が濃くて長く、あごには豊かな髭を蓄えている。中東とか、東アジアの人っぽい顔立ちだ。

 

「どうしたの? 何かあった?」

 

 と、やって来たのは由香里だ。あたしたちアイドル・ヴァルキリーズの頼れるキャプテン。あたしと燈、ほっと、胸をなでおろす。

 

「えっと、何か問題があったみたいなんだけど、ちょっと、何言ってるか分からなくて……」あたしは由香里に言った。

 

 外国人ファンの方は、相変わらず早口で喋りまくっている。その言葉を聞いて、由香里はちょっと顔をしかめた。大丈夫かな? これまで由香里は、ヴァルキリーズのキャプテンとして様々なトラブルを解決してきたけれど、さすがに言葉が通じない相手ではダメかもしれない……と思ったら。

 

「Can you speak English?」と、由香里。

 

 おお! すげぇ! 由香里、相手の未知の言語に対して、未知の言語で返したぞ! さすがは我らがキャプテン!

 

「……若葉さん。あれは英語だと思いますけど……」と、燈が言った。

 

「へ? そうなの? てか、あたし、何も言ってないと思うけど」

 

「……いえ、なんとなく、そんなことを思ってるような顔をしてたので」

 

 そうなのか? 確かにあたし、思ってることが顔に出やすい、と、みんなからよく言われるけれど、そこまでわかりやすいのかな?

 

 まあいい。英語だろうとフランス語だろうとバビ語だろうと、あたしにとっては未知の言語だ。そんな異世界の言葉を使いこなすなんて、さすがは由香里だ。

 

「I am Yukari Tachibana of the captain. Did anything happen?」由香里は堂々とした口調で言った。きっと『世界は俺のものだ!!』とか言ってるに違いない。

 

「……いえ、今のは『私はキャプテンの橘由香里です。何かありましたか?』と、言ったんだと思います」と、燈。また表情を読まれたらしい。

 

「って、燈もあの未知の言語が分かるの?」

 

「まあ、あのくらいなら分かります」

 

 そうなのか。さすがはランキング6位のオルトリンデだ。二期生では、武術もできる白衣の天使・藍沢エリに次ぐ順位で、「次世代ブリュンヒルデ候補の一人」と言われているだけのことはある。

 

 由香里は、外国人ファンの人と何度かやり取りをして、そして。

 

「She is not a handshake with the right hand in any way. Her right hand is meant to have a weapon. Because she is a ninja.」

 

 由香里がそう言うと、外国人ファンの人は目を丸くし、そして嬉しそうに由香里と握手を交わし、満足気な表情で帰って行った。

 

「ふう。何とか納得してくれたよ。良かった良かった」と、由香里。

 

 燈が頭を下げる。「すみません、由香里さん。ありがとうございます」

 

「ああ、大丈夫大丈夫。これくらい、何でもないって」由香里は照れながら笑う。

 

「でも、スゴイね」と、あたしは尊敬のまなざしで由香里を見つめた。「由香里が英語を喋れるなんて、知らなかったよ」

 

「まあ、喋れる、なんてレベルじゃないけど、あのくらいなら、何とかね」

 

「で、あの人、なんて言ってたの?」

 

「うん。燈がね、左手で握手をしようとして、それで怒ってたみたい」

 

 左手で握手? たったそれだけで、あんなに怒ってたの?

 

 燈は基本的には左利きで、ペンを持ったり、箸を持ったりするのは、全て左だ。握手も左手で行う。ファンの間では有名で、これまでトラブルになったことは特にない。

 

「まあ、日本じゃそんなに問題にならないけど、海外じゃ、左手で握手するのは割と嫌われるかな」由香里が言った。「今の人、インドの人らしいから、特にね。あっちの方じゃ、左手は汚れた存在とされているから、左手での握手はタブー中のタブーだよ」

 

 へえ。そうなんだ。知らなかった。気を付けないと。まあ、あたしは右利きだから問題ないけど。

 

「で、さっきの人、結構怒ってたのに、納得して帰って行ったみたいだけど、何て言ったの?」あたしは一番気になっていたことを訊いた。

 

「ん? えーっとね。『彼女は武器を持つための右手を決して人に握らせません。何故なら、彼女は――』」

 

 

 

 

 

 

 あたしは、そこで目を覚ました――。

 

 

 

 


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