ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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Day 1 #02

「ひ・と・ま・ず……おつかれさーん!」

 

 ステージを終え、舞台裏に下がるメンバーたち。近くのメンバーとハイタッチをして、コンサートが順調にスタートしたことを喜び合う。

 

 今日のコンサートはいつもと違う。ここは、ドーム球場でも、武道館でも、屋外の会場でもない。なんと、海の上。船の中だ。それも、ただの船ではない。全長360メートル、幅42メートル、水面からの高さ最大72メートル、総重量約2万トン。船内には、高級ホテル並みの宿泊施設はもちろん、ショッピングモール、レストラン、バー、コンサートホール、映画館、サーフィンまで楽しめるプール、ミニゴルフやロッククライミングまで楽しめる運動施設、果ては、小規模ながらも遊園地まである、世界最大級のクルーズ客船・オータム号だ。それはもはや船というよりは海上都市。街が一つ海の上を移動しているようなものだ。

 

 オータム号は、毎年2回、横浜港を出港し、ハワイ・オアフ島までを6泊7日かけて旅をする。その、就航10周年を記念した特別イベントとして企画されたのが、今回の船内コンサートだ。『アイドル・ヴァルキリーズと行く豪華客船の旅』と、呼ばれている。航海中は、あたしたち、アイドル・ヴァルキリーズのコンサートはもちろん、握手会や撮影会など、船内限定のイベントが盛りだくさんなのだ。その第一弾が、このコンサートである。

 

 コンサート1曲目の、「胸奥の試練」を歌い終えた後は、簡単なあいさつを済ませた後、2曲目に、これもコンサートの2曲目として定番となった「時代遅れのリール髪」を披露。その後、合間合間にトークをはさみながら、架空の少女・才加ちゃんの淡い恋心を歌い、初のミリオンヒットとなった名曲「才加のハート」や、激しいダンスナンバーの「ダイアモンドの夜」など、ヒット曲、最新曲を次々と熱唱し、観客とともに大いに盛り上がった。ステージは、予定通り3時30分に第一部を終了。この後30分の休憩をはさみ、再び二時間のステージを予定している。

 

「若葉せんぱーい! おつかれさまでしたー!」

 

 舞台裏から控室へ戻る通路の途中で、大きな声と天真爛漫な笑顔で、桜美咲が駆け寄ってきた。

 

「お疲れ、美咲。今日のダンス、良かったじゃない? 目立ってたよ」

 

「ホントですか? やったぁ! ありがとうございます!」あたしの言葉に、美咲は子供のようにぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ。「これも、毎日『ダンス・セントラル』で練習しているおかげです!」

 

『ダンス・セントラル』? 何だろう? 新しいダンススタジオか何かだろうか?

 

「ああ。『ダンス・セントラル』っていうのは、テレビゲームのタイトルですよ。最近あたし、毎晩3時間はやって、ダンステクニックを磨いてますから」

 

「……テレビゲームをピコピコやって、ダンスが上達するの?」

 

「もう。若葉先輩って、ホントにゲームのこと何も知らないんですね。ゲームをピコピコなんて、いつの時代の話ですか。『ダンス・セントラル』は、コントローラーを持たなくてもいいんです。テレビの前に専用のカメラを置いて、そのカメラがプレイヤーの動きを感知して、画面上にダイレクトに反映されるんですよ。ダンスゲームだけでなく、アクションゲームやスポーツゲーム、最近ではホラーゲームも出てますよ? あのゲームがこれまた体を使ってですね――」

 

 と、美咲は嬉しそうにゲームの講釈を語り始めた。こうなると誰にも止められないし、ゲームに疎いあたしには何のことやらさっぱり分からないので、「へえ」「そうなんだ」と、適当に聞き流しつつ相槌を打っておく。

 

 彼女は、桜美咲。アイドル・ヴァルキリーズ三期生で、あたしの後輩。身長150センチの小柄な身体と、肩まで伸びた髪を左に結んだサイドテールの髪型がトレードマークだ。

 

 三期生のデビューは2年前で、現在12名がヴァルキリーズに在籍している。美咲はデビューするや、妹キャラとゲームオタクというキャラがウケ、ファンの間で人気が爆発。先月の第5回ランキングではなんと7位に入賞し、見事、称号“ヴァルトラウテ”を獲得した。もちろん三期生としては最高順位で、現在ヴァルキリーズで最も注目されるメンバーだ。

 

 美咲のゲームのうんちくは止まらないので、放っておいて控室に入る。この娘の場合、ゲームの話を聞いてほしいのではなく、ただゲームのことを喋りたいだけなのだ。相手が聞いているか聞いていないかは関係ない。だから、これがベストな対処法だ。

 

 控室では、メンバーたちが集まり、今回のコンサートの出来について話し合っていた。ほとんどの娘が満足のいくパフォーマンスができたようで、笑顔でお喋りしているけれど、中には歌詞やダンスの振り付けを間違えたり、トークで滑ったりといった失敗をし、ちょっと落ち込んだ表情の娘もいて、仲のいい娘が数人集まりって励ましていたりもする。コンサートが終わった後は、大体そんな感じだ。まあ、今回のコンサートは本格的に落ち込むほどの大きな失敗は無かったので、あまり気にする必要はなさそうだ。

 

「はーい。皆さんお疲れ様でした! 特製ドリンクがあるので、飲んでくださいね!」

 

 控室の奥から、たくさんのペットボトルと紙コップを乗せたドリンクカートを押して、藍沢エリが現れた。控室のみんな、「待ってました!」とばかりに、エリの周りに集まる。ずっとゲームトークをしていた美咲でさえ話を中断し、特製ドリンクを求めて走って行った。あたしも美咲の後に続く。

 

「たくさんありますから、そんなに慌てないで大丈夫ですよ」

 

 エリは笑いながら、紙コップにドリンクを注いでいった。

 

 彼女は、藍沢エリ。ヴァルキリーズ二期生。背中まで伸びたストレートの黒髪が特徴。武闘派集団のアイドル・ヴァルキリーズの中では珍しい、お嬢様タイプだ。一応剣道を習っているけれど、それはヴァルキリーズに入ってから始めたもので、腕前の方は正直今ひとつだ。彼女の武器は、何と言っても、看護資格を持っていることである。高校で衛生看護科に通っていたそうで、去年、資格を取得。武術もできる白衣の天使、というキャラ設定で人気が爆発し、去年のランキング12位から、一気に9ランクもアップ。第3位にランクインし、見事、称号“ゲルヒルデ”を獲得したのだ。また、看護師らしく面倒見のいい性格で、コンサートやテレビ番組の収録後は、いつも、手作りスポーツドリンクを用意してくれている。これがメンバーの間で大好評。特に、数十曲も歌って踊るコンサート終了後の彼女の特製ドリンクは、極上の味わいだ。

 

「ぷっはぁ! この一杯のために生きてるぅ!」

 

 特製ドリンクを一気に飲み干した美咲が、オヤジ臭いセリフを口にする。苦笑いしつつ、あたしも飲んだ。口の中にハチミツとレモンの香りが広がり、そして、激しい歌とダンスで大量に水分を失った体に染みわたって行く。ああ! あたしも思わず美咲と同じセリフを言ってしまいそうになるくらい、本当においしい。

 

「ありがと、エリ。おいしいよ。後半もよろしくね」

 

 あたしが右手の親指を立てて微笑むと、エリはウィンクを返してきた。そして、続々と控室に戻ってくるメンバーに、ドリンクを振る舞っていった。

 

 と。

 

「またドリンク配って点数稼ぎ? あんたも精が出るねぇ」

 

 和やかな雰囲気を、一転、凍りつかせる一言。

 

 控室に入ってきたのは、早海愛子と並木ちはるだ。ともに一期生。ランキングはそれぞれ16位と24位で、称号は持っていない。

 

 2人は、ヴァルキリーズのちょっとした問題児だ。ランキングのことをかなり気にしているようで、自分たちより上位にランキングされている後輩の娘にイヤミを言ったり、先輩風を吹かせてパシリに使ったり、時には些細なことで怒鳴ったりもするので、みんなからは、割と敬遠されている。特に、後輩メンバー最高順位のエリを目の敵にしていて、いつも何かと因縁を付けては絡んでいくのだ。

 

 ちはるはドリンクを取り、一口飲む。「ああ。相変わらず酸っぱいわね。よくみんな、こんなの飲んでるよ」

 

 顔をしかめ、まるで嫁の料理にケチをつける姑のような口調でそう言った。

 

 もちろん、エリのドリンクにはレモンが入っているから酸っぱいのは確かだけど、決してきつくは無い。酸っぱい中にもまろやかな甘みがあり、すごく飲みやすいのだ。

 

 誰がどう見ても言いがかりだ。周りのみんな、非難するような視線を送るけれど、愛子が、何か文句がある? と言わんばかりの目で睨み返すと、みんな視線を逸らし、下を向いた。それに満足したのか、愛子は再びエリの方を見る。

 

「こんなことして、誰かにブログに書いてもらって、好感度上げようとしてんでしょ? 魂胆見え見えよ。相変わらず、計算高い女だわ」愛子が吐き捨てるように言った。

 

 もはや、イジメにも近い振る舞いだ。これが、他の気弱なメンバーに対して行われているのならば、完全なイジメであり、みんな黙っていないだろう。でも、エリに限って言えば、安易にイジメだといえない部分もある。

 

 と、言うのも。

 

 例えば、他の後輩メンバーが今みたいなイヤミを言われた場合、どんなに理不尽でも、一応相手は先輩だから、我慢したり聞き流したりするのが普通だ。三期生でランキング7位の美咲も、あの二人からよくイヤミを言われているけれど、いつも笑顔で応えている(もっとも、美咲の場合はイヤミを言われていることに気が付いていない可能性が高いのだが)。

 

 しかし、エリの場合は違う。

 

 エリは、愛子たちに向かってにっこりと微笑むと。

 

「はい。あたし、素の自分でみんなから好かれる自信が無いので、いっぱい計算しています。愛子さんたちも、あたしみたいに計算した方がいいんじゃないんですか?」

 

 さらに場を凍りつかせる言葉を発した。

 

 ……と、まあ、こんな感じで、エリは相手が先輩であろうと、容赦なく言い返すのである。

 

「なんですって? あんた、あたしが嫌われてるとでも言うの?」愛子の顔がみるみる赤くなっていく。

 

「え? まさか、気づいてなかったんですか!? あれだけみんなにイヤミを言ってるんですから、それくらいの自覚はあるかと思ってました」ワザとらしく口を押さえて驚くエリ。

 

 愛子の顔が、ますます険しくなった。

 

 マズイなこれは。そろそろ止めないと、取っ組み合いのケンカになりかねない。まだコンサートは途中なのだ。ケガ人が出ると大いに困る。これが普通のアイドルグループなら、ポカポカたたいたり、髪を引っ張ったり、引っ掻いたりするくらいで、まあ、コンサートならメイクで傷を隠せばバレない程度で済むのだろうけど、あたしたちヴァルキリーズのメンバーは、ほとんど全員何らかの武術の心得がある。確か愛子は、柔道の有段者だったはず。もしケンカになれば、リアルにゲガ人が出る可能性が高いのだ。

 

 鬼のような形相の愛子と、涼しい顔が逆に相手を挑発しているエリ。まさに一触即発だ。

 

 と、そこへ。

 

「おつかれー! みんな! 今日も絶好調だったね!!」

 

 軽い口調で、張り裂けそうに緊迫した空気の控室に入ってきたのは、橘由香里だった。

 

 その瞬間、あたしを含めたメンバー全員が、ホッと、安堵の息をついた。

 

 橘由香里。一期生でランキング5位の“シュヴェルトラウテ”。そして、コンサート開演前、みんなの前で士気を高めるスピーチをした、アイドル・ヴァルキリーズ48名を束ねるキャプテンである。

 

「お? エリちゃん特製のドリンクがあるじゃん。いつもすまないね。いっただっきまーす」

 

 由香里は睨み合うエリと愛子に気づいていないのか、カートの上に置かれたドリンクを1個取り、おいしそうに飲んだ。

 

「ん? どうしたの、愛子? 怖い顔して」

 

 半分ほど飲んだところで、由香里は愛子の顔を見て言った。

 

 愛子は由香里の言葉には応えず、相変わらずエリを睨んでいる。

 

 由香里はエリと愛子の顔を交互に見て、そして。

 

「何があったのか知らないけど、とりあえずこれ飲んで、パーッと行こうよ!」

 

 カートの上のペットボトルを1本取ると、愛子の肩に手を回し、その口に無理やりねじ込んだ。ペットボトル内のドリンクが、一気に愛子の口に流れ込む。たまらずむせる愛子。

 

「ちょっと! 何すんのよ!」

 

 せき込みながら、愛子は由香里を引き離した。由香里は、くるくる回転しながら吹っ飛ぶ。まるでお笑い芸人のような大げさな動作だ。もちろん、ワザとやっているのだろうけど、その動きがおかしくて、あたしは思わず吹き出してしまった。つられて、隣の美咲も笑う。その笑いは、すぐに控え室のメンバー全員に広がった。

 

 控室の張りつめた空気が一転和み、毒気を抜かれてしまった愛子は。

 

「……もういいわ。行こう」

 

 ぼそり、と、ちはるに言って、ロッカールームへ入って行った。ちはるはエリをしばらく睨んでいたけれど、やがて愛子の後を追った。

 

 由香里はぱちぱちと瞬きしながら愛子たちを見送り、そして、みんなの方を見て、外国人のような大げさなジェスチャーで両手を広げ、首をひねった。その姿がまたおかしくて、控室内は笑いに包まれた。

 

 ふう。良かった。由香里のおかげで、何とか無事に収まった。

 

 由香里はペットボトルをカートに戻した。「ゴメンね、エリ。ちょっとこぼしちゃった」

 

「いえ、いいです。こちらこそ、スミマセンでした。余計な騒ぎを起こして」ぺこり、と、頭を下げるエリ。

 

「ホントだよ。悪いのは愛子たちだけど、あんたも、何か言われたらスグに言い返すクセ、少しは直した方がいいよ」ちょっと真面目な顔になって、由香里は言った。

 

 ああ。由香里、やっぱり控室に入る前から、2人の会話を聞いてたんだな。それであんな行動に出たのか。

 

 例えば、もしあの時、由香里が現れなかったら、最年長であるあたしが2人を止めることになっただろう。その場合、あたしはまず2人の間に割って入り、先にケンカを売った愛子たちを叱ったと思う。もちろんそれでも騒ぎは収まったかもしれないけれど、どうしても、雰囲気は悪いままだ。最悪この後のコンサートに何らかの影響が出るかもしれない。

 

 それを避けるために、由香里は場の雰囲気を笑いに変える方法を選び、騒ぎを収めたのだ。瞬時にそんな判断をして、それを実践できるあたり、さすがはキャプテンだ。

 

 ヴァルキリーズではこういったケンカはワリと頻繁に起こるのだけれど、その都度、由香里はうまく仲裁している。もちろん、今みたいな方法ばかりでなく、叱るときはしっかりと叱る。それだけでなく、何か失敗をして落ち込んでいるメンバーを励ましたり、悩みごとの相談に乗ったりと、メンバー全員の心の支えにもなっていて、みんなから厚い信頼を得ている。あたしも、メンバーの中で最も尊敬しているのが由香里だ。本来チームのキャプテンは最年長であるあたしがやるべきなのかもしれないけれど、あたしには由香里のようにメンバーを束ねる能力は無いだろう。だから、喜んでキャプテンの座を譲っている。

 

 もっとも、ヴァルキリーズ最年長はあたしということになっているけれど、実は、あたしと由香里は同い年なのだ。ただ、あたしの方が誕生日が早いだけ。しかも、あたしの誕生日が9月15日なのに対し、由香里は9月18日。たった3日しか違わないのだ。それだけで、由香里はヴァルキリーズ最年長の肩書をあたしに譲っているのだから、なんとなく納得がいかない部分もあるのだが。

 

「お疲れ、若葉、美咲」

 

 由香里が私たちを見つけ、声をかけてくれた。

 

「お疲れ、由香里」あたしは笑顔で応える。

 

「お疲れ様です! チーフ!」

 

 美咲は右手の拳を左胸に当て、背筋をぴんと伸ばした。ヴァルキリーズでは忠誠を誓うポーズとされているけど、あくまで設定上のことである。舞台裏でこんなことをやるのは美咲くらいだ。また、キャプテンである由香里のことを「チーフ」と呼んでいる。これは特に公式の設定というわけではなく、美咲オリジナルの呼び方だ。

 

「美咲、今日のダンス良かったんじゃない? 後半も期待してるよ」由香里が美咲を褒める。叱るだけでなく、いい仕事をした娘はちゃんと褒める。これも、キャプテンとして重要な仕事だ。

 

「ありがとうございます! 実は、毎日『ダンス・エボリューション』というゲームで――」

 

 また美咲のゲームトークが始まってしまいそうだったので、あたしはそれを遮り、「由香里も、今日の進行、冴えてたよ」

 

「でっしょー? 進行って、ああ見えて結構難しいのよね。誰に話を振るかとか、話を振ってスベった時にどう対処するかとか。ま、ヴァルキリーズであたし以上に仕切れる人はいないだろうね」

 

「近いうちに、ゴールデンの冠番組で、司会者抜擢、間違いなしだね」

 

「ふっふーん。ま、そんな大したことはないかもあるかもね。ははは」由香里は得意げに笑った。

 

 キャプテンである由香里は、今回のようなコンサートでは、MCなどの進行役を務めることが多い。それはキャプテンだから当然といえば当然で、別に本人も嫌がっているわけではないけれど、それでも、誰もそのことに触れないのは、やっぱり寂しいだろう。もちろん、みんな感謝はしているだろうけれど、なかなか口に出す機会は無いものだ。それに、やっぱり、キャプテンも人間。労をねぎらうだけでなく、たまには自分もねぎらってほしいはずだ。そんな時、キャプテンをねぎらうのは、最年長のあたしの仕事なのだ――と、これは自分で勝手に思っているだけなのだが。

 

 


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