ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~ 作:ドラ麦茶
「はいやー!!」
美咲は掛け声とともに、左ジャブ2発でゾンビを怯ませた後、渾身の右ストレートを打ち込む。
「やぁ!!」
その隣では、突進してくるゾンビに面を打ち込む深雪。
2体のゾンビが、どさりと倒れる。
深雪の右側からゾンビが抱き着くように襲い掛かってくる。それをしゃがんで交わした深雪は、すかさず胴を打ち込む。うずくまるゾンビに、美咲が右踵落としを繰り出す。見事なコンビネーションだ。
迷いを捨てた神撃のブリュンヒルデ・深雪と、最初から迷ってないどころか、この状況を楽しんでいるようにも見える妹系ゲームオタクの美咲を先頭にして、その後ろに睦美やエリたち、最後尾を、あたしとキャプテンの由香里が護るというフォーメーションで、エレベーターホールを駆け抜けた。エレベーターは使わず、階段を駆け上がる。出陣前に相談し、階段を使うと決めていた。操舵室は8フロアも上の階にある。エレベーターを使えば大きく時間を短縮できるけれど、リスクも高い。まず、エレベーターが到着するまでに時間がかかること。その間、広いエレベーターホールの前で待たなければならない。大勢でいるのは目立って危険だ。そして何より、エレベーターは比較的小さく、8人乗りだというのが痛い。あたしたちは一応アイドルだから、全員標準体重よりは軽い(ハズだ)けれど、それでも16人は乗れないだろう。メンバーを2つに分けることだけは絶対に避けたかった。
12階、13階と、階段を上がって行く。襲い掛かってくるゾンビは、美咲と深雪が次々と倒して行く。数は、さっきと比べると格段に少なくなっていた。後方のあたしたちにはほとんどやることが無く、15階あたりで申し訳ない気持ちになってきた。でもまあ、やっぱり先頭は、あたしなんかより深雪が立った方が、メンバーの士気は上がる。美咲は先頭で戦うのが楽しくて仕方がないように見えるので、気にしないでいいだろう。
18階で階段は終わった。フロアマップによると、操舵室はここから前方に行き、扉を抜けた先にある階段を上がらなければいけない。あたしたちは足を止めることなく進む。
ここまで何の問題も無く来たけれど、この先、危惧する点が一つだけあった。
階段を上りつつ、全てのフロアで、見える限り様子を確認したけれど、どこもゾンビだらけだった。あたしたちのような、まともな人間はいない。やはり、船全体が同じような状態だと思った方がいい。
つまり、操舵室も同じかもしれない、ということだ。
ずっと鳴り続けていた汽笛は、いつの間にか止んでいる。
もし、操舵室もゾンビだらけだったら――。
頭からその考えを追い払う。そんなことは、今は考えなくてもいい。どんなに考えたって行ってみなければ分からないし、他に行く場所もないのだから。
18階のゾンビたちも、深雪たちは難なく倒して行く。もはや二人のゾンビ無双状態だ。すぐに目的の扉が見えてきた。『STAFF ONLY』とプレートが貼られた、両開きの鉄製の扉。美咲がノブを捻ると、簡単に開いた。鍵はかかっていない。全員で中に入り、内側から鍵をかけた。扉はかなり頑丈そうだ。ホテルの部屋と違い、これならゾンビどもに壊される可能性は低いだろう。
中は長い廊下が続いていた。ゾンビの姿も、生存者の姿も無かった。慎重に進む。折り返す形で階段があった。客室の階段とは違い、非常階段のような質素な作りだ。美咲が駆け上がる。階段の先には、さっきの扉よりもさらに頑丈そうな扉があった。ドアノブは車のハンドルのようで、その下には0から9の数字のボタンがあり、カードリーダーらしきものが付いていた。まるで、銀行の大金庫みたいなドアだ。これなら、閉ざしてしまえばゾンビなんかには絶対に開けられないだろう。
でも、逆にあたしたちはどうやって入るのだろうか?
そんな心配は無用だった。
ドアに、鍵はかかっていなかった。
それどころか、閉ざされてすらなかったのである。
美咲がドア引くと、重々しい見た目に反して、簡単に開いた。
今この状態でまともな人間がドアを半開きにしているなんて考えられない。萎えそうな気持ちを奮い立たせ、あたしたちは操舵室へ入った。
世界最大級の客船の操舵室だけあって、かなり広い部屋だった。横幅30メートルはあるだろう。計器類が付いた機械がたくさん置かれてあるけれど、狭苦しさは感じない。正面と両サイドはガラス張りで、一面の青い海が広がっていた。
操舵室には、たくさんの人影があった。
あたしたちの姿に気づき、全員が、こちらを見た。
灰色の顔で。
血を流した目で。
そして、獣の方向を上げる。
「ダメですチーフ! 操舵室内も、ゾンビだらけです!」美咲が叫んだ。
そんな? ここの人たちもゾンビ化してたら、この先どうすれば……。
なんて考えてる場合じゃない!
あたしたちに気が付いたゾンビたち。一斉に、こちらに向かってくる。
「……とりあえず、ゾンビたちをやっつけよう!」
由香里の言葉に、全員で返事をする。
「えーい!」
もはや切り込み隊長となった美咲が真っ先にゾンビの群れに突っ込んでいく。手前でジャンプすると、左足で相手を突き飛ばす蹴りを出し、そのまま空中でくるっと回って後ろ回し蹴りも繰り出す。流れるような空中2段蹴りに、ゾンビたちは数体まとめて吹っ飛んでいく。
深雪も続く。美咲のような派手ではないけれど、静かな無駄のない動きで、襲ってくるゾンビを次々と撃退していく。あたしと由香里も、木刀でどんどんゾンビを倒していった。他のメンバーも負けじと続く。
ここまでの戦いで気づいたことがある。
このゾンビたち、決して強くはないけれど、厄介な点もある。
一つは、痛みを恐れないことだ。普通、木刀なんて武器を見せられたら警戒するだろう。ゾンビにはそれが無い。こちらが素手だろうが武器を持っていようが、とにかく正面から突っ込んでくるのだ。また、多少の痛みでは怯みもしないので、正確に仕留めないと、いつまでも襲ってくる。
二つ目は、とにかく数が多いことだ。ここまで来る間、ゾンビ化していない人はあたしたち以外にはいなかった。考えたくはないけれど、もしかしたら船の中にいる人ほとんど全員、ゾンビ化しているのかもしれない。いったいこの船には何人の人が乗っているのだろう? 規模を考えれば、1000人や2000人じゃすまないように思う。ゾンビは痛みを恐れない。1体2体なら何の問題もない相手でも、5体10体と増えると、倒しても倒しても次々と襲いかかってこられて、手に負えなくなる。
そして。
あたしは正面から来たゾンビを突きで倒し、左から来たゾンビを横薙ぎの一閃で倒す。しかし、その瞬間、後ろから別のゾンビに抱きつかれた。
この、抱き着き攻撃が非常に厄介だ。
ゾンビの力はそう強くはないから、じたばたすれば振りほどけるんだけど、弱くもないので時間がかかるのだ。抱き着いてから咬みつき攻撃もしてくるので、それも防がなければいけない。そして、戦える人数が少ないあたしたちにとって、1人が捕まるというのは、大きな戦力ダウンになる。
ゾンビに捕まったあたしの横を、別のゾンビが通り抜ける。
しまった! あたしの後ろには、ケガをした可南子とカスミがいる。それを護るのは祭とエリだ。祭は何の武術も習っていない。エリは週2回の剣道の稽古をしているけれど、今は武器を持っていない。あたしに抱き着いているゾンビは、すぐに振りほどけそうにない。他のメンバーも手いっぱいで、助けられそうにない。どうすれば?
怯える可南子たち。それを護るように、エリが前に立った。武器もないのに、どうするつもり?
ゾンビが両手を振り上げて襲いかかる!
エリは1歩踏み込んで、どん! と、両手でゾンビの胸を押した。それは破壊力のあるものではなかったけれど、ゾンビは体勢を崩し、数歩後ろに下がった。
いいぞ。そんな攻撃でも続ければ、少しは時間を稼ぐことができる。その間に、このゾンビを振りほどいて……。
――うん?
ゾンビを突き飛ばしたエリが、身体を左に向けた。ゾンビに右手側を見せる格好。何をする気だ?
ゾンビは体勢を整え、再びエリに襲いかかる。
そのゾンビに向かって。
エリはサイドステップで1歩近づき、右足を振り上げ、足の裏でゾンビの顎を蹴り上げた! 『破壊王』の異名を持つプロレスラー・橋下真也のように強烈なトラースキックだ!
エリの攻撃に吹っ飛んだゾンビは、あたしに抱き着いているゾンビも巻き込んで、ドサリと床に倒れた。
……そう言えばエリ、さっきもゾンビ相手に見事なケンカキックをかましてたな。
エリを見ると、にっこり笑ってVサインを出す。あたしは、エリに駆け寄った。
「すごいね。エリって、プロレスやってるの?」訊いてみる。
「は? プロレスですか?」目を丸くするエリ。「そんなの、やってるわけないじゃないですか。あんな野蛮なスポーツ、興味もありません」
「じゃあ、なんでケンカキックやトラースキックを使ってるの?」
「何のことかよく分かりませんけど、今のキックだったら、思いつきです。ああすれば、ダメージが大きいんじゃないか、と、思って」
最後にいつもの満面の笑みを浮かべる。看護資格を持つお嬢様キャラの女の子が、思いつきであんな物騒な蹴り技を出すのか? 世の中、分からないものだ。
「きゃああぁぁ!!」
操舵室内に悲鳴が響き渡る。見ると。
部屋の奥から、身長2メートルを超える巨漢ゾンビが現れた。今まで倒してきたどのゾンビよりもはるかに大きい。力も強そうだ。厚い胸板に太い腕。着ている半袖Tシャツが今にも破れそうだ。
巨漢ゾンビは獣のような声で吼えると、両手を振り上げて襲いかかってきた。ここまでたくさんのゾンビたちを倒してきたメンバーも、さすがにあの巨体を前にしてはこれまでのようにはいかない。みんな、逃げ惑う。
あの巨漢ゾンビを倒すのはみんなにはムリそうだな。よし。あたしはぎゅっと木刀を握りしめ、そして、走った。
でも、その前に。
「どいてくださーい!」
規格外のゾンビを前にしても全く物怖じせず、のんきな声で向かっていく娘が1人。言うまでも無く、美咲である。
美咲の身長は150センチ。あたしと並んでも親子ほどの身長差なのに、あのゾンビの前だと、もはや蟻んこである。大丈夫か?
両手を振り上げたゾンビは、向かってくる美咲に対して、得意の抱き着き攻撃を仕掛ける。
美咲はゾンビの目の前でしゃがんだ。低い身長が、さらに低くなる。ゾンビの両腕が空を掴む。
「はあぁ!!」
気合とともに、美咲は低い位置から跳び上がるように左の拳を繰り出した!
ガツン! という鈍い音とともに、ゾンビの顎にクリーンヒットする。
信じられないことに、その一撃で巨漢ゾンビは吹っ飛び、地響きを立てて床に落ちた。
今のは、カエル飛びアッパーってやつか? 確か、ボクシングの技じゃなかっただろうか? なんで空手家の美咲がそんな技を? 訊いてみると。
「もう! 若葉先輩、違います! カエル飛びアッパーじゃないですよ! 雷神拳ですよ、雷神拳! 三島流喧嘩空手の究極奥義です!」美咲は両手をブンブン振って言う。
「三島流喧嘩空手……? 美咲の空手って、そんな流派だったっけ?」
「いえ、これは、あたしの心の師、三島平八師匠から教わった技です」押忍! という感じで、美咲は両腕をクロスし、その後、腰の横へ引いた。
三島流喧嘩空手……聞いたことのない流派だけど、喧嘩空手なんて言うくらいだから、正当空手ではないだろう。
しかし、正当だろうと邪道だろうと、その威力は抜群だった。吹っ飛んだ巨漢ゾンビは、ピクリとも動かなくなった。美咲は、ニッコリ笑って親指を立てた。
操舵室の奥にもたくさん部屋があり、そこにもゾンビがいたけれど、もはや普通のゾンビなどあたしたちの敵ではない。簡単に倒し、あたしたちは、無事、操舵室を制圧した――。