ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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TIPS 99:アイドル・ヴァルキリーズ・第6回ランキング

「――たくさんの人が、『無理しない方がいいんじゃない?』と言います。そうかもしれません。でもあたしは、あたしを応援してくれる人がいる限り、上を向いて歩いて行きます。これからも、小橋真穂を、ずっと見ていてください! 今日は本当に、ありがとうございました!!」

 

 スピーチを終え、深々と頭を下げる真穂さん。その姿に、会場からは温かい拍手と歓声が贈られた。

 

 アイドル・ヴァルキリーズ・第6回ランキング、13位の小橋真穂さんのスピーチが終わった。

 

 ここは、日本武闘館。今日は、アイドル・ヴァルキリーズ最大のイベント、ランキング発表の日である。これから1年、ステージ上で歌うメンバーの立ち位置を決める、メンバーにとっても、ファンにとっても、最も重要な日だ。

 

 特に今年、会場内は、これまでにないほど異様な空気に包まれている。

 

 デビュー以来、ずっとアイドル・ヴァルキリーズを引っ張ってきた、神撃のブリュンヒルデ・神崎深雪さんが、先日ついに卒業。新たなブリュンヒルデになるのは、深雪さん最大のライバル・本郷亜夕美さんか、次世代エースの筆頭・藍沢エリか、はたまた、全くのダークホースがランキングを制するのか? ランキング発表が進むにつれ、会場内のボルテージは、どんどん上がって行く。

 

 注目は、ブリュンヒルデ争いだけではない。

 

 神崎深雪の卒業によって、ヴァルキリーズの世代交代は急速に進むだろう――芸能ニュースやネットの大型掲示板などを中心に、これまでさんざん言われてきた。実際に、その通りのことが起こっている。ここまで、多くの一期生がランクを落とし、変わって、二期生、そして、三期生四期生の若いメンバーがランクを上げている。

 

 ステージ上の真穂さんは、ゆっくりと頭を上げる。そして、とびっきりの笑顔で会場の人たちに応え、ステージ後ろに用意された席に座った。多くの若いメンバーが台頭する中、昨年の14位から一つランクを上げた真穂さんは、さすがと言わざるを得ない。努力家で苦労人。この1年も、そのスタイルを貫き通した。それが、ファンのみんなに認められた結果だ。

 

 ちなみに、あたしこと、前園カスミは。

 

 ステージ下のメンバー席で、ここまで、18人のスピーチを聞いてきた。つまり、まだ名前を呼ばれていない。次は12位の発表だ。諦めるのは、まだ早い――そう思う反面、さすがにもうダメだろう、と思う気持ちも、やはり、ある。これまで3度、ヴァルキリーズのランキングに参加し、全て圏外。でも、この1年間は、それまでの自分とは違っていた、と、自信を持って言える。特に、去年秋の特別称号争奪戦と、年が明けて1月に発売されたCDシングルでは、今までにない前園カスミを、ファンのみんなに見せることができたのではないかと思う。今年こそ、ランクインすることができるかも――そう、思っていた。期待していた。

 

 でも、どうやら、今年もダメだったようだ。

 

 悔しい。

 

 少し気でも気が緩めば泣きそうになる。まだイベント中だ。泣くわけにはいかない。ぎゅっと拳を握り、歯を食いしばり、涙が出ないよう、上を向く。

 

 悔しい。本当に。心の底から。

 

 でも、心のどこかで。

 

 安心している自分も、いる。

 

 安心? 何に?

 

 名前を呼ばれなくて安心したのだろうか? こんなに悔しいのに?

 

 そんなわけない。

 

 そう、この安心感は。

 

 悔しいと思える自分に、安心したのだ。

 

 去年も、あたしは名前を呼ばれなかった。悔しいという気持ちもあったけど、でも、「まあ、しょうがないや」と、あっけらかんとした気持ちが大半だった。

 

 あたしは、最初から諦めていたのだ。

 

 あたしみたいな干されメンバーの名前が、呼ばれるはずない。

 

 そう、思っていたのだ。

 

 最初から諦めていたから、悔しい気持ちも、あまり沸かなかった。

 

 でも、今年は違う。

 

 とても、とても悔しい。

 

 今年は、諦めていなかった。

 

 大丈夫、悔しいと思えるなら、あたしは成長している。あたしは、まだヴァルキリーズで戦える。

 

 結果は結果として受け止め、前へ進もう。

 

 そう思い、上を向く。

 

「――それでは、第12位の発表です!」

 

 会場内に、司会者の声が響き。

 

 照明が消え、ドラムロールが鳴る。いくつかのスポットライトが、ステージ下に座るヴァルキリーズメンバーの中から、12位のメンバーを探すかのように、順番に照らしていく。

 

 ドラムロールが止み、会場は、静寂に包まれる。

 

「最終獲得票数、2万8412票――」

 

 初めはゆっくりと、静かに。

 

 しかし、最後は、力強く読み上げる。

 

「――朝比奈真理!!」

 

 ――――!?

 

 その瞬間――。

 

 会場内は、拍手と歓声、そして、ため息が入り混じった。

 

 スポットライトが、ステージ下に座る真理を照らす。

 

 真理は、自分の名前が呼ばれたことに気が付いていないかのように、呆然としている。

 

 やがて、拍手と歓声が自分に送られていると気付き。

 

 ゆっくりと、席を立ち。

 

 観客席の方を振り向き、1度、深く頭を下げ、ステージの方へ歩き始めた。

 

 四期生の朝比奈真理。去年の愛知ドームのコンサートでは、限定ユニット『アスタリスク』のボーカルに選ばれ、そして、秋に行われた第4回特別称号争奪戦では、見事優勝。特別称号『元・泣き虫』を獲得し、CDシングル『Get a chance!』で、センターポジションを務めた。それがきっかけで、大ブレイク。歌番組はもちろん、バラエティ番組、トーク番組、さらには、大きな役ではなかったが、ゴールデン放送のドラマにも出演。今、最も勢いがある若手メンバーである。

 

 その真理が、12位。

 

 四期生のランキング参加は今年で2度目だ。それで12位というのは、十分すぎる結果だけど。

 

 …………。

 

 うーむ、正直言って、微妙だなぁ。

 

 決して、悪い順位ではない。悪い順位ではないけれど、去年、三期生の篠崎遥は、2度目のランキング挑戦で9位にランクイン。同じく三期生の桜美咲は、さらにその上を行く7位だった。それと比べると、どうしても見劣りすると言わざるを得ない。まして今年は、“神劇のブリュンヒルデ”と呼ばれた神崎深雪さんが卒業し、次のセンターポジションを決めるため非常に重要なランキングだ。その候補の1人だった真理。一部ファンの間では、いきなり1位になってもおかしくないと言われていた。さすがにそれは現実的ではないと、あたしは思っていたけど、それでも、称号獲得できるベスト9には入るだろうとは思っていた。

 

 でも、結果は12位。

 

 もっと上を狙えたはずだし、ヴァルキリーズの将来の為にも上に行ってもらわないといけなかっただけに、なんとなく、メンバーの間にもファンの間にも、気まずい空気が流れているように思う。

 

 真理が、ステージに上がった。

 

 スタッフから、12位と書かれた楯を受け取り、そして、中央の、マイクの前に立つ。

 

 名前を呼ばれたメンバーは、ステージ上でスピーチをすることになっている。これまでのランキングで、多くの名言を生み、みんなに感動を与えてきた、重要な仕事だ。

 

 会場中の視線が、真理に集まる。

 

「あ……え……と……」

 

 言葉が出てこないようだ。

 

 それも仕方ない。

 

 あたしたちヴァルキリーズのメンバーは、みんな、これまで多くのステージを経験してきた。この武闘館よりも収容人数が多い会場でのコンサートも、たくさん経験している。人前に立つことには慣れている。立つだけでなく、歌い、踊り、そして、喋って来た。数えきれないほど。

 

 それでも。

 

 このランキングイベントのステージ上のスピーチは、他のステージとは、全く異なる。

 

 どんなに事前に話すことを考えていたとしても、ステージに上がり、みんなの前に立った瞬間、全てが真っ白になってしまうのだ。あたしはランキングイベントでステージに上がったことは無いが、第1回特別称号争奪戦のくじ引き大会の時、ランキングと同じ形式で名前が発表され、同時に、スピーチも行った。あの時でさえ、何をしゃべっていいか分からなかった。ランキングでのスピーチは、あの時とは比べ物にならないほどの重圧だろう。あの亜夕美さんでさえ、以前、頭が真っ白になり、何もしゃべらずステージを下りたことがあったくらいだ。泣き虫を返上したとはいえ、真理にはキツイかもしれない。

 

「その……四期生の、朝比奈真理です」

 

 真理は、ようやくそれだけ口にし、そして、深く、頭を下げた。

 

 やや控えめな拍手が贈られる。

 

 真理は、顔を上げ。

 

「こんなにも……その……素敵な順位を頂いて……え……と……本当に、ありがとうございます」

 

 一言一言、絞り出すように。

 

「……あ……この……順位を……頂いたからには……」

 

 時折、言葉に詰まりながら。

 

「その……順位に恥じないように……これからも……もっと……努力していきたいと思います」

 

 落ち着きなく、視線をさまよわせながら。

 

「……あたしは……アイドル・ヴァルキリーズが……大好きです」

 

 弱々しい声で。

 

「……今日は……どうも……ありがとうございました」

 

 それだけ言って。

 

 そして、また頭を下げた。

 

 拍手が贈られる。

 

「頑張ったね!!」「立派だよ!!」「よくやった!!」

 

 そういう声も聞こえるけれど。

 

 うーん、と、唸る声が大きい。

 

 あたしも、思わず唸ってしまった。

 

 微妙な順位に続き、これまた微妙なスピーチだった。ほとんど内容が無いじゃないか。名前を言って、お礼を言って、これから努力すると言って、最後にヴァルキリーズが好きだと言っただけ。しかも、ものすごく覇気のない声で。まるで、昔の泣き虫真理ちゃんに戻ってしまったかのようだ。

 

 まあ。

 

 それも、仕方がないかもしれない。

 

 ただでさえ尋常ではないプレッシャーに晒されるヴァルキリーズのランキング。深雪さんが卒業し、次世代エースと呼ばれ、期待されている真理は、他のメンバーとは比べ物にならないくらいのプレッシャーだったことだろう。

 

 いつかは、1位を獲らなくてはいけない。

 

 そのために、今年は少しでも高いランクを獲っておきたい。最低でも、9位以内に入り、称号を獲得しなくては、深雪さんのようなブリュンヒルデには、深雪さんを超えるようなブリュンヒルデには、決してなれないだろう。

 

 本人も、その覚悟で挑んだはずだ。

 

 だが、結果を残せなかった。

 

 泣き虫を返上したとはいえ、真理はまだ16歳だ。ショックで自失しても、仕方ないだろう。

 

 顔を上げた真理は、どこか、寂しさのある笑顔で、みんなの声援に手を振ると。

 

 まるで、夢遊病者のような足取りで、ステージ奥の席へ向かって行った。大丈夫かな? 貧血起こして倒れそうな雰囲気だぞ? ステージ下のメンバーも、心配そうに見つめる。

 

 ……うん?

 

 あたしの隣の席に座っている娘を見る。四期生の藤村椿だ。うつむき、ぎゅっと握りしめた手を膝の上に置き、小さく震えている。どうした? 泣いてるのかな?

 

 椿と真理は親友同士。思うような結果を得られなかったとは言え、普通に考えれば12位は大健闘だ。真理の晴れ姿に感動したのかもしれない。

 

「……ダメだ。もうガマンできない」ぼそりとつぶやく椿。

 

 ……なんだ。トイレに行きたかったのか。ガマンしないで行けばいいのに。まあ、ランキング発表時のトイレに行くタイミングは非常に難しい。名前を呼ばれた時に、トイレに行っていた、なんてことになったら恥ずかしいからな。でも、こう言っちゃ悪いけど、今から椿が呼ばれるなんてことは無いだろう。残念ながら、あたしと同じで、今年も圏外だ。

 

 と、椿は突然立ち上がった。

 

 メンバーのみんな、何事かと振り向く。

 

 椿は、キャプテンの由香里さんの方を見て言う。「――由香里さん、スミマセン。あたし、もうガマンできません!」

 

 ……おいおい。トイレに行くなら黙って行けよ。一応アイドルだろ。アイドルはトイレに行かない、なんて本気で信じているファンはさすがにいないだろうけど、それでも気を使うのは当然だ。

 

 などと思っていたら。

 

「名前を呼ばれていない人が、あそこに上がってはいけないのは、もちろん分かっています」

 

 まっすぐに、ステージ上のスタンドマイクを見つめて言う。

 

 なんだ? 椿、何を言っているんだ? 

 

「でも、このままじゃ、真理はまた、前の泣き虫真理に戻ってしまうような気がするんです!」

 

 決意を込めた口調で言う椿。でも、みんなも椿が何を言いたいのか分からないようで、顔を見合わせ、首をひねっている。

 

 しかし、由香里さんだけは椿の気持ちが分かったのか。

 

「……いいよ。行っておいで! あたしも、プロデューサーも、そういうハプニングは大好きだから!」

 

 子供のような無邪気な笑顔で言う。

 

 ハプニング? 由香里さんも、何を言ってるんだ?

 

 椿は、「はい! ありがとうございます!!」と、由香里さんに向かって深々と頭を下げ、そして、席を離れ、ステージに向かって歩いて行った。

 

 観客も椿の行動に気づき、何事か、と、ざわつき始めた。

 

 椿は、そのまま前に出て、ステージへの階段を上がる。

 

 ……って、おい! それはマズイぞ!? ヴァルキリーズにとって、ランキング発表時のステージ上は神聖なものだ。名前を呼ばれた人以外は、決して立ってはいけない。立つことは許されない。タブー中のタブーだ。それを破ったりしたら、運営からどんなに怒られるか。ヘタすりゃ謹慎、最悪解雇だぞ? 会場に集まったファンのみんなも、そのことは理解している。椿の常軌を逸した行動に驚き、怒り、そして、ブーイングを投げかけた。

 

 しかし椿は、そんなブーイングなど聞こえないかのように、マイクを握り、あたしたちに、観客に背を向け。

 

 ステージ後方、12位の席に座ろうとしていた真理を、睨みつける。そして。

 

「おい真理!! てめぇ、あれだけ次世代エースだ未来のブリュンヒルデだ散々持ち上げられてたのに、12位なんて低い順位で、適当なスピーチしてんじゃねぇぞ!!」

 

 マイクの音が割れまくりの大きな声で叫んだ。まるで、プロレスのマイクパフォーマンスのようだ。

 

 その椿の言葉で。

 

 会場内のブーイングは、ピタリと消える。

 

 それはつまり。

 

 今、椿が言ったことは、会場内の誰もが、心のどこかで思っていたことなのだ。

 

 真理は、戸惑いの表情。無理もない。ただでさえ12位というランクにショックを受けていたのに、ステージ上にお呼びでないヤツが上がり、真理が一番気にしていることを、めいいっぱい大きな声で叫んだのだ。

 

 椿はさらに叫ぶ。「お前! 今のがホントに言いたかったことか!? このステージに上がって、みんなに向かって言いたかったことが、アレだったのか!? もっと言いたいことがあったんじゃないのか!? あたしはあるよ! このステージに上がったら、絶対に言ってやろうと思ってたことがある!! あたしだけじゃない!! 加奈子も、麻央も、朱実も、綾も!! みんな、同じことを言いたいはずだ!!」

 

 その瞬間。

 

 会場は、大きくざわめいた。

 

 ヴァルキリーズメンバーも、例外ではない。

 

 いま、椿が挙げたメンバーは、もしや……。

 

 椿は叫び続ける。

 

「でも! あたしには言えない! もうあたしは、名前を呼ばれない! あたしには、ここに立つ資格は無い!! だから言えない!! お前しかいないんだよ!! あたしの……あたしたちの気持ちを言えるのは、お前しかいないんだ!!」

 

 まっすぐに、真理を見つめて。

 

 真理も、戸惑いの表情が消え、まっすぐな視線を返す。

 

 椿の気持ちを受け取ったかのように。

 

 真理は、大きく頷くと。

 

 ステージ中央に戻った。

 

 椿が、マイクを譲る。

 

 そして、会場の観客のみんなに向かって、深く、深く、頭を下げ。

 

 静かに、ステージを下りた。

 

 真理は――。

 

「……スミマセン。もう少し、あたしに時間をください」

 

 小さな、しかし、覚悟を決めたしっかりした口調で、言った。

 

 誰もが息を飲み、真理の言葉を待つ。

 

 真理は、大きく深呼吸をすると。

 

「――あたしは、2年前、ドリームペインターというアイドルグループに所属していました」

 

 その瞬間、会場は再び大きくどよめく。

 

 ドリームペインター――それは、ヴァルキリーズプロデューサーをはじめとする運営スタッフの、黒歴史中の黒歴史。誰もが、暗黙の内に触れてはいけないと思い、話題にするのを避けてきたことだ。

 

 2年前、アイドル・ヴァルキリーズの姉妹ユニットとして、デビューを予定していた新アイドルユニット・ドリームペインター。

 

 ヴァルキリーズを手掛けたスタッフが集結し、デビュー前からすでにCDデビューが決まり、その上デビューコンサートを、この日本武闘館で行うという、破格の高待遇が話題を呼んだ。

 

 しかし、様々なトラブルを抱え、ドリームペインターは解散。CDデビューも、武闘館コンサートも、中止となった。

 

 事務所が、その名前を掲げて「CDを発売し、日本武闘館でコンサートを行う」と告知したのに、中止である。

 

 こんな恥ずかしいことがあるだろうか。まさに黒歴史である。

 

 その黒歴史に、真理が触れた――。

 

 いったい真理は、何を言うつもりだ?

 

 真理は続ける。「――ドリームペインターは、あたしと、椿ちゃんと、加奈子ちゃん、麻央ちゃん、朱実ちゃん、綾ちゃんたち、全24人のメンバーで、CDデビューと、そして、この日本武闘館でのデビューコンサートに向けて、練習をしていました。しかし、様々な行き違いがあり、ドリームペインターは解散となり、CDデビューも、武闘館コンサートも、できないまま、終わってしまいました」

 

 真理は、大きく息を吐いた。そして、上を向き、しばらく沈黙。言葉を選んでいるのか、何かを思い出しているのか、あるいは、泣きそうになる自分を抑えているのか。

 

 やがて、前を向く。「ドリームペインターが解散となったのは、全て、あたしの責任だと思います」

 

 その言葉に、会場に集まった真理のファンたちから、一斉に、「違う!!」「そんなことは無いよ!!」「真理ちゃんのせいじゃない!!」と、擁護する叫びが上がった。その優しさに、真理は一瞬言葉を詰まらせたけど、また、言葉を継ぐ。

 

「ありがとうございます。でもやっぱり、あたしの責任です。あの時、あたしはドリームペインターのセンターポジションに選ばれました。当時のあたしは、今以上に未熟で、アイドルグループの最前列中央に立つこと、その意味が、何も分かっていませんでした。その覚悟が、何もできていませんでした。あたしが、もっとしっかりしていれば、ドリームペインターは、解散することは無かったはずです」

 

 ……ドリームペインターの解散の理由は、公式には発表されていない。しかし、解散の直前、人気メンバー9名が突然脱退しており、それが原因であることは誰の目にも明らかだった。9名が脱退した理由も明かされていない。当時は様々な憶測を呼んだけど、脱退したメンバーは全員、グループの中でも人気の高いメンバーであったため、真理のセンターポジションに納得できず辞めた、という見方が強かった。今の真理の発言は、それを認めたことになる。事務所は解散と9人の脱退の理由は発表しないという方針で来たのに、こんな公の場で勝手に喋ったりして、真理、大丈夫か? 事務所の方針に逆らったりしたら、かなり重いペナルティが待ってるぞ?

 

 ……イヤ。

 

 もちろん、真理にもそれは分かっているはずだ。

 

 分かっていてもなお、話さなければいけないと思っている。

 

 つまり、それだけの覚悟があるということだ。

 

「ドリームペインターのことは、今でも、椿ちゃんたちと話すことがあります。思いはみんな同じです。ドリームペインターが解散となってしまったことは……武闘館でコンサートを行えなかったことは、今でも、すごく心残りです。まだデビューもしていないグループなのに、それでもたくさんの人たちが応援してくれていた。あたしが未熟なせいで、その人たちの期待を裏切ってしまった。それが悔しくて、情けなくて……」

 

 再び、真理のファンから擁護の言葉が飛ぶ。真理はひとつひとつの言葉に応えるように、笑顔を向ける。

 

「――先日、あたしは智恵理さんに会いました」

 

 会場が、またざわめく。

 

 神坂智恵理。ドリームペインターの元メンバーで、当時オフィシャルホームページ内で行われていた人気投票で1位だった娘だ。9人の脱退はこの娘がきっかけだったと、当時ウワサされていた。

 

「智恵理さんも、気持ちはあたしたちと同じでした。ドリームペインターのコンサートをやりたい。みんなで、また歌いたい。花恋さんも、日南子さんも、他のみんなも、きっと、同じ気持ちだと思います」

 

 その、真理の言葉に。

 

 ヴァルキリーズのメンバーが、そして、真理のファンが、大きく動揺し、ざわめいた。

 

 真理は、まさか……。

 

 その雰囲気に気が付いたのか、真理ははっとした表情になり、笑顔で言う。「あ、誤解しないでください。さっきも言いましたが、あたしは、アイドル・ヴァルキリーズが大好きです。素敵な仲間と、素敵な先輩たちに囲まれて、今、あたしは、本当に幸せです。ヴァルキリーズを辞めたいなんて、全然思っていません」

 

 それを聞いて、みんな、大きく安堵の息をつく。ビックリした。まさか真理があの歳でヴァルキリーズの卒業を発表するんじゃないかと、ヒヤヒヤしたよ。

 

 真理は、また真剣な表情になる。「――でも、ドリームペインターのコンサートを行えなかったことは、やはり、あたしたちの中で、すごく、心残りなんです。待っていてくれたファンの方たちに、あたしたちの歌を聞いてほしかった。あたしたちの踊りを見てほしかった。ドリームペインター解散の原因は、あたしが未熟だったのが原因です。あたしに、ドリームペインターのセンターポジションを務める覚悟があれば、メンバーを引っ張っていける力があれば、この武闘館で、皆さんに、歌を、踊りを、届けることができたはずなんです」

 

 真理は、何かを思案するように、再び顔を上げた。沈黙。会場のみんな、静かに、真理の言葉を待つ。

 

 真理が、前を向いた。

 

「皆さんに、ひとつ、この場で約束したいと思います」

 

 その目に、今までにないほどの強い意志を感じる。

 

「あたしは、来年、アイドル・ヴァルキリーズのランキングで、必ず1位を獲ります!!」

 

 その瞬間――。

 

 会場は、今日一番の、どよめきに包まれる。

 

 驚く声、感心する声、呆れる声、全ての声が混ざり合い、会場内に、まるで雷鳴のような低い音が鳴り響く。

 

 ――あの真理が、1位を獲ると宣言した!?

 

 今年で6回目となるヴァルキリーズのランキングで、1位を獲ると宣言した人は、たった2人しかいない。言うまでも無く、深雪さんと亜夕美さんだ。実際過去5回のランキングで1位争いをしたのはこの2人だけで、3位以下は大きく引き離されていた。この2人の間に割って入ろうという娘はいなかったのである。

 

 今年、深雪さんが卒業してしまったため、1位は、去年2位の亜夕美さんと、3位のエリで争われると見られている。亜夕美さんは当然のごとく1位を狙うと宣言したけど、エリは、「精一杯頑張ります」程度の表現にとどめ、1位を獲るという宣言はしなかった(腹の中でどう思っているかは知らないが)。ランキングで1位を獲ることがどれだけ難しいかを知っているのだ。

 

 なのに。

 

 なのに!

 

 真理が!

 

 あの真理が!

 

 あの、ついこの間まで、何かあるたびに泣いていた真理が!

 

 あの、泣き虫で、弱虫で、意気地なしで、ヘタレで、チキンで、小心者で、臆病者で、腰抜けで、弱味噌だった真理が!!

 

 1位を獲る宣言をした!?

 

 誰もが、驚きを隠せない。誰もが、動揺を隠せない。誰もが――。

 

 ――――。

 

 誰もが――真理の成長を、認めずにはいられない。

 

 真理は言葉を続ける。

 

「あたしは、まだまだ未熟な人間です。でも! 来年のランキングまでには、必ず! センターポジションにふさわしい人に、みんなを引っ張っていける人に、なってみせます!! だから――だから!! その時は、どうか、お願いです!!」

 

 真理は、目に涙をいっぱい溜め。

 

 しかし、それ以上に大きな決意を込め。

 

「あたしたちに、ドリームペインターのコンサートをやらせてください!!」

 

 心の底から、叫び。

 

「どうか!! お願いします!!」

 

 深く、深く、頭を下げた。

 

 会場のどよめきは、やがて。

 

 拍手に変わり。

 

 歓声に変わり。

 

 ステージ上の、若きエースに送られる。

 

 あたしたちも、精一杯の拍手で、真理の成長を祝福する。

 

 真理は、いつまでも。

 

 頭を下げ続けていた――。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 長かった、12位のスピーチが、ようやく終わった。

 

 真理はステージ奥の、12位の席に座る。ほんの10分ほど前、1度あの席に座りかけた時とは、まるで違う、晴れやかな笑顔。

 

 名前を呼ばれていないのにステージに上がるというタブーを犯した椿も、あたしの隣の席に戻ってくる。ステージに上がった時は大ブーイングで、どうなることかと思ったが、今は観客から拍手を贈られている。今の真理の決意を引き出したのは、間違いなく椿なのだから。さすがは特殊能力『やればできる子』の使い手である。去年の特別称号争奪戦のゲーム中は、この能力が効果を発揮する場面は無かった。それが、まさか現実世界で発動しようとは。

 

 まあ、それはそれとして。

 

 …………。

 

 くっそー。真理め、メチャクチャカッコイイじゃないか。やっぱ、あのステージでみんなを沸かせるスピーチをするのは、最高の気分だろうな。ああ! もう! どうしてあたしは、ここに座ってるんだよ! あたし、今年1年、結構頑張ったと思うんだけどな。特別称号争奪戦では2位だったし、その後発売されたCDシングル『Get a Chance!』では、2列目のポジションだったし、テレビの歌番組とかの出演でも、それなりに結果を残せたと思う。

 

 …………。

 

 でも。

 

 評価するのは、自分じゃない。あくまで、ファンのみんなだからな。

 

 あたしが今年も名前を呼ばれなかったのには、それだけの理由があるはずだ。それはなんだろう? 分からない。でも、それが分からなければ、また来年も、みんなのスピーチを聞くだけで終わってしまう。原因を解明しなければいけない。今日は、帰って大反省会だな。

 

「――それでは、第11位の発表です!」

 

 会場に司会者の声が響く。照明が消え、ドラムロールが鳴り、スポットライトが11位のメンバーを探す。

 

 そして。

 

「最終獲得票数、2万9735票……ま――」

 

 

 

(アイドル・ヴァルキリーズ・オンライン 終わり)

 

 

 

 

 


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