ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~ 作:ドラ麦茶
戦いは終わり――。
☆
『運も実力のうち』という言葉がある。
この世界には、運に恵まれている人と、恵まれていない人がいる。運に恵まれている人とは、運を呼び込んでいる人であり、それも、本人の才能の1つ、という考え方である。
間違っているとは思わない。
でも、それが全てではない、とも、思う。
運を呼び込むのが才能の1つ。でも、それで終わりではない。呼び込んだ運を活かすことも必要だ。そして、それもまた、才能の1つだ。
はたして、あたしのその才能があるだろうか?
それは、これから分かるだろう。
時計を見ると、1時55分。開演5分前だ。目の前には、木の板を組み合わせただけの飾りっ気のない階段。十数段のその階段を登った先には、この舞台裏とは別世界の、豪華に飾り付けがされたステージがあり、さらにその先には、あたしたちのパフォーマンスを見るために集まってくれた、何百人という人たちが、開演を待ちわびている。彼らの息づかいが、ざわめきが、期待感が、ここまで聞こえてくる。
もうすぐ、新曲を発表する時間だ。
第4回特別称号争奪戦・アイドル・ヴァルキリーズ・オンライン・アヴィリティーズ大会から、早3ヶ月。今日は、完成した新曲を披露する日。
他のメンバーを見る。準備運動をする娘、発声練習をする娘、お喋りをする娘、ただじっとして集中力を高めている娘。全員が、開演前の緊張を感じている。みんなそれぞれの方法で、その緊張をほぐそうとしている。
まあ、緊張するのも当然だろう。コンサートやライブの前は誰だって緊張するのに、この、特別称号争奪戦の新曲発表の時は、他のどんな時よりも緊張するのだ。何と言っても、通常の曲と全く異なる、この曲だけのメンバー、ポジションで歌い、踊るのだから。
いつも前列に立っているメンバーが、後列に下がる。
いつも後列に立っているメンバーが、前列に上がる。
それが、特別称号争奪戦の曲。
本当にこのメンバーで大丈夫なのか? 心配する声は多い。あたしたちだって、不安なのだから。
でも――。
その心配、その不安こそが、特別称号争奪戦曲の醍醐味なのだ。
それに、この日のために、あたしたちは必死で練習してきた。仕上がりはバッチリ。後は、練習の成果をステージの上で出すだけだ。
開演5分前。
「はい! みんな、集まってください!」
パンパンと手を叩きながらみんなを呼ぶのは、キャプテンの由香里さん――ではない。
三期生の、篠崎遥。次世代キャプテン候補で、大会の時、あたしたちのチームのリーダーとして、立派に戦った娘だ。
もちろん、由香里さんがキャプテンの座を譲った、というわけではない。
今日はヴァルキリーズのメンバー全員がそろっているけど、これから先、歌番組などに出演するとき、全員が集まるわけではない。大会の上位16名が中心に集まって、出演することが多くなる。由香里さんは惜しくも16位以内を逃してしまった。だから、由香里さん不在の時に、代わってリーダーシップを取る人が必要なのだ。当然、みんなの期待は遥に集まる。遥も、大会が始まる前は、次世代キャプテンと呼ばれることに抵抗があったみたいだけど、大会であたしたちのチームのリーダーを務めて自信がついたのか、練習の時から、立派にキャプテンを務めている。これから期待ができそうだ。
遥は、集まったメンバーをぐるりと見回し、1度大きく息を吐いた。
「――もうすぐ開演です。新曲披露の時はいつも緊張しますが、みんな、今日は特に緊張していると思います。いつもと違うメンバー、いつもと違うポジション、そして、いつもと違うキャプテン」
遥が小さく笑い、みんなも笑った。
「――そして、いつもと違う、センターポジション」
みんなの視線が、今回の曲でセンターポジションを務めるメンバーに集まる。
あたしも、その娘の方を見る。
いつも、どこかオドオドし、落ち着きが無かった娘――でも、もう、その姿は無い。
今日の舞台でセンターポジションを務めるのは。
エリを倒し、そして、あたしも倒し、見事、第4回特別称号争奪戦で優勝。特別称号『元・泣き虫』を手に入れた、四期生・朝比奈真理。
真理は、みんなの視線に。
自信に満ちた表情で頷いた。
大会以前では考えられなかったその姿に、みんなも安心し、視線を遥に戻した。
「しかし、いつもキャプテンが言ってますが、どんなメンバーであろうと、どんなステージであろうと、あたしたちがやることは変わりません! 最高の歌を歌い、最高のダンスをし、最高の演技をし、最高のパフォーマンスで、お客様に楽しんでもらう! そのために! まずあたしたちがこの舞台を楽しみましょう!!」
遥の言葉に、全員で、「はい!!」と応える。
開演3分前になった。
「――さて、いよいよだね」
後ろから声をかけてきたのは、称号戦3位の藍沢エリだ。今回の新曲では、真理のすぐ後ろ、あたしの隣のポジションで歌うことになっている。
「うん。お互い、頑張ろうね」あたしは笑顔で応えた。
大会では激しいバトルを繰り広げたあたしとエリだけど、大会が終われば、いつもの同期生。あたしたちだけでなく、メンバーみんなも同じだ。大会での戦いはあくまでゲームであり、終わった後は、勝者も敗者も関係なくリスペクトする。それがアイドル・ヴァルキリーズの鉄の掟だ。これは、春の正規のランキングにも言える。様々な場面で、メンバー同士が戦うことになるアイドル・ヴァルキリーズだけど。決して、仲が悪いわけではない。多くの戦いを経験したからこそ、固い絆で結ばれているのだ。
「――けっ、セコイ手使って生き残ったクセに。ホント、計算高い女だぜ」
そう言ったのは、ヴァルキリーズの問題児・並木ちはるさんだった。隣には、早海愛子さんもいる。
エリは2人を見ると。
「あら? 大会で惜しくも、目標の16位以内に入れなった愛子さんとちはるさんじゃないですか?」
いつものおすまし顔で、ワザとらしく言う。
「あん? 全部てめぇのせいだろうが!」愛子さんが吼える。
そう。ちはるさんはもちろん、愛子さんも、大会では惜しくも16位以内に入れなかったのだ。エリのせいで。
大会の第7フェイズ、最強忍者の一ノ瀬燈とちはるさんが『自爆』の能力で死んだ時点で、生存者は16名。愛子さんは16位以内に入るはずだった。
しかし、その後エリが生き返り、生存者は17名になった。
そこで、エリが『キル・ノート』の能力を使う。
その、最初のターゲットに選ばれたのが、愛子さんだったのだ。
「ホントにゴメンなさい」全く悪びれてない口調のエリ。「あの時、生き残ってた16人の名前を順番に書こうとして、真っ先に思い付いたのが、どういうわけか愛子さんだったんですよ。不思議ですね? やっぱり、ああいう時は、日ごろの行いがモノを言うんですかね?」
「……てめぇ。いつもいつも舐めた口ばかり利きやがって。今日という今日は許さねぇ」
殺気立つ愛子さん。ちはるさんも、バキバキと拳の関節を鳴らす。
……前言を修正。あたしたちヴァルキリーズのメンバーは、多くの戦いを経験したからこそ、固い絆で結ばれているのだ(一部例外あり)。
「コラコラコラ。やめなさい。本番前よ?」
と、間に割って入ったのは、努力家で苦労人の小橋真穂さんだ。大会中は『非戦闘地帯』という能力で大活躍だった。その能力は、現実世界に戻っても健在だ。
「……へっ。今度舐めた口を利きやがったら、ただじゃおかないからな」
真穂さんに背中を押され、愛子さんとちはるさんは行ってしまった。
ま、あの2人とエリのケンカは、もはや恒例行事だな。大会前はハラハラしたけど、愛子さんもちはるさんも、実はそんなに悪い人じゃなかったことは、大会中よく分かった。今では安心して見ていられる。あたしはエリと顔を見合わせ、どちらからともなく笑った。
と、その時である。
「――ちょっと、真理!? どうしたの!?」
舞台裏に、亜夕美さんの声が響いた。何だ? 何かあったのか? あたしはエリと一緒に、声のした方に走った。
真理が、床にしゃがみ込み、同期の藤村椿の胸に抱かれ、泣いていた。
……って、真理、泣き虫は返上したんじゃなかったのか? 少なくとも、さっきまではそうだった。本番直前になって、やっぱりプレッシャーに押しつぶされてしまったのだろうか? それも仕方がないかもしれない。3年前のあたしも、本番直前、まるで金縛りにあったかのように動けなかった。
泣きじゃくる真理の頭を、椿が優しく撫でる。亜夕美さんも、他のみんなも、どうしていいか分からず、ただ、見守るしかない。
キャプテン代行の遥がやって来た。真理の側にしゃがみ、優しい口調で言う。「どうしたの、真理? 何かあった?」
真理は、涙を拭い。
「……な……なんでもありません。大丈夫です」
震える声で言った。
その胸には、スマートフォンが、大事そうに握られている。
ネットに何か書かれていたのだろうか? 見ない方がいいと、真理には何度も言っていたのに。
ヴァルキリーズの絶対的エース・深雪さんが卒業を発表して以降、ネットのアイドル系の情報サイトや大型掲示板では、次のセンターポジションは誰だ? という話題でもちきりだ。エリや燈や美咲の名前が上がる中、今回のCDシングルでセンターポジションを務める真理の名前もよく上がる。当然、それを快く思わないアンチファンも多く、心無い書き込みが数多く投稿されているのだ。
「――美咲」遥が、そばにいた美咲を見る。「スタッフさんに伝えて。開演を、10分、いえ、5分だけ、延ばしてほしいって」
「りょーかいでーす!」美咲は右の拳を左胸に当てる、ヴァルキリーズ誓いのポーズをする。
でも。
「大丈夫です!!」
真理が、今までにないくらい大きな声で言った。
目には、涙を一杯に溜めている。
でも。
その目は、決して、泣き虫真理ちゃんの目ではなかった。
決意に満ちた、1人の、戦乙女の瞳。
「あたし、やります! やらせてください!!」
真理の瞳を、じっと見つめていた遥は。
「――分かったわ。でも、涙でメイクが崩れてる。すぐに直してもらいなさい」
「はい! ありがとうございます! みなさん、ご心配をかけて、申し訳ありませんでした!!」
深く頭を下げると、真理は、椿と一緒に、メイクルームへと走って行った。
……何があったのか分からないけど、あの様子なら大丈夫そうだな。本番まで後2分。真理がステージに出るのは一番最後だし、ヴァルキリーズのメイクさんは超一流だ。十分間に合うだろう。
そして――。
開演の時間となった。
メンバーが、順番に階段を駆け上がり、舞台上に出て行く。
真理と椿も戻って来た。
真理の瞳に、もう涙は無い。
みんなが、階段を駆け上がって行くのを、あたしたちは見送る。
亜夕美さんが階段を上がり、燈とちはるさんと愛子さんが上がり、真穂さんや遥や椿たちも上がる。
「――じゃあ、先に行ってるね」
エリも階段を上がり。
「真理、舞台を、楽しみなさい!」
あたしも、階段を上がった。
薄暗い舞台裏とは正反対の、眩しいライトが照らすステージ。
あたしは、前に進み。
エリの隣に立った。
最後に。
真理が、ステージに現れる。
今日の主役の登場に、会場の歓声が、ひときわ大きくなった。
真理は、歓声のあまりの大きさに、一瞬怯んだようだったけど。
大きく1度頷き。
そして、ゆっくりと前に出て。
あたしと、エリの前に立った。
ステージ上に、音楽が鳴り響く。
真理のために書き下ろされたと言ってもいい新曲「Get a Chance!」だ。
女神は気まぐれなんかじゃない
さあ 殻を脱ぎ捨てて 走り出そう 今すぐに
チャンスを掴むかどうかは 自分次第だ
真理は、観客の声に応えるように、歌い、踊る。
この曲の歌詞、いきなりあたしのセンター曲「気まぐれ女神のほほ笑み」を全否定かよ、という気持ちが無いわけではないけれど。
まあ、その通りだと、思う。
チャンスは、気まぐれな女神が与えてくれるものではない。
意外と、どこにでも転がっている物なのだ、ありふれた岩のように。
そして。
そのチャンスを掴むかどうかは、自分次第なのだ。
――――。
大会前、あたしは、優勝できなければヴァルキリーズを卒業すると、胸に誓っていた。
結局、優勝することはできなかったけれど。
でも、あの大会で、優勝以上に大きなものを得たように思う。
あたしはまだ、ヴァルキリーズにいて、やれることが沢山ある。やりたいことが、たくさんある。
そのことに気付いた。
いや――みんなから、教えられた。
だから、あたしはまだ、ヴァルキリーズを卒業しない。
あたしは、まだ、戦える。
エリと、そして真理と、目が合う。
――さあ、これからが、本当の勝負よ。
2人とも、そう言っている。
そう――3人の勝負は、いや、全員の勝負は、まだ終わっていない。
特別称号争奪戦は、あくまでも、ステージ上での立ち位置を決めるための戦いだ。
どんなに上位に行こうとも、たとえセンターポジションに立ったとしても。
ステージ上で結果を残せなければ、意味が無いのだ。
戦いは、始まったばかりだ。
――今度は、負けない!
あたしは、歌い、そして、踊り続ける。
これからも、ずっと――。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
TIPS 33:第4回特別称号争奪戦・最終結果
優勝:朝比奈真理(特別称号『元・泣き虫』獲得)
準優勝:前園カスミ
3位:藍沢エリ
4位:沢井祭
5位:藤村椿
6位:吉岡紗代
7位:鈴原玲子
8位:佐々本美優
9位:秋庭薫
10位:高倉直子
11位:白石さゆり
12位:西門葵
13位:本田由紀江
14位:篠崎遥
15位:桜美咲
16位:小橋真穂
以上16名が、2014年1月29日発売予定のアイドル・ヴァルキリーズ24枚目シングルCD「Get a Chance!」の選抜メンバーに決定。