ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~ 作:ドラ麦茶
第4回特別称号争奪戦・アイドル・ヴァルキリーズ・オンライン・アヴィリティーズの勝負も、いよいよクライマックス。生き残った、あたし、エリ、そして、真理の3人での特殊ミッション・デスマッチが始まった。
あたしは、ガン、と、手のひらに拳を打ちつける。「さて、エリ。決着をつけましょうか。ゴーレムモードのあたしへの対策とやら、楽しみだわ」
「そう? 期待に応えられるといいな」エリはいつものおすまし顔に戻る。
そして、おなじみの大振りの剣をしまうと、別の武器を取り出した。30センチくらいの棒とトゲトゲの付いた鉄球を鎖でつないだ武器だ。確か、モーニングスターという名前だ。特殊ミッション・スレイヤーの時、エリア内アイテムとして配置されていた。
「これ、見つけるの苦労したんだよ?」エリは鉄球をブンブン振り回しながら言う。そして、めいいっぱい勢いをつけ、足元の岩に叩きつけた。
ガツン!
岩が砕ける。
「どう? 気に入った?」鉄球をもてあそぶエリ。「岩に対して高い攻撃力を発揮する武器よ。これがあれば、非力なあたしでも、あなたに大きなダメージを与えられる。燈に使い方を教えてもらって、みっちり練習したから、十分使いこなせるわよ? ニブちんのあなたに、かわせるかしら?」
最強忍者の燈はあらゆる武器を使いこなす戦闘マシンだし、エリは非常に物覚えがいい。ゲーム前半のあたしのように、使い慣れない武器で戦闘力が大幅ダウンという期待はできそうにない。でも、確かに強力な武器だけど、致命的というわけでもなさそうだ。エリの足元の岩を見る。砕けたのは鉄球がヒットした部分だけで、まだ大部分が残っている。『デストラクション』のように、一撃で粉々にするほどの威力はなさそうだ。対して、今のあたしのパワーなら、一撃でも当たればエリをKOできるはず。いいだろう。やってやる。あたしはゆっくりと構えた。エリも腰を落とし、モーニングスターを構える。
――と、その前に。
あたしは、エリから視線を外さず、真理に向かって言う。「真理、戦う気が無いなら、あなたはさっさと勝負を下りなさい。もし、あたしとエリが相打ちになって、両方死んだら、生き残ったあなたがセンターポジションになってしまう。今のあなたに、ヴァルキリーズのセンターポジションは任せられないわ」
真理は、無言でうつむいた。
……真理。
あなたは、ヴァルキリーズのセンターポジションにふさわしいと思う。
でも、今のあなたに、センターポジションを任せるわけにはいかない。
ヴァルキリーズのセンターポジションに立つということは、他の47人のメンバーの、頂点に立つということだ。
いや、ヴァルキリーズのメンバーだけではない。
アイドル・ヴァルキリーズは、今や日本一のアイドルグループだ。
それはつまり、ヴァルキリーズの一番は、日本のアイドルの中で一番ということ。
何千、何万人の敗者の頂点に立つということだ。
どんなに才能があろうとも、どんなに適性があろうとも。
その覚悟が無い人に、センターポジションを任せるわけにはいかない。
3年前、運だけでセンターポジションに選ばれたあたしは、その覚悟ができていなかった。だから、何もできなかった。何の結果も残せなかった。あれだけ大きなチャンスを与えられたのに。
どんなに大きなチャンスを与えられても、それを活かすだけの力が無ければ、意味が無いのだ。
だから――。
今の真理には、センターポジションは任せられない。
真理はきっと、将来、ヴァルキリーズを引っ張る絶対的なエースになる。
あたしのような干されには、なってほしくない。
これから、ゆっくりと、いろいろな経験を積み、それからセンターポジションを経験しても、決して遅くはない。あなたは、まだ若いのだから。
「――よそ見してる場合じゃないわよ!」
エリが鉄球を振り上げ、襲い掛かって来た。エリに意識を戻す。あたしは、さっき亜夕美さんや燈との激闘を終えたばかりだ。あの2人に比べたら、エリなどザコ同然。鉄球の一撃が止まって見える。が、ザコ同然なのはあたしも同じだろう。さっきは『融合』の能力で美咲と合体していたが、今は通常ゴーレムモードだ。動きは思っている以上に鈍い。カスミサキなら余裕でかわせる一撃だけど、今は無理だ。あたしは左腕を前に出し、鉄球を受け止める。
――――!
いってぇ! 鉄球の一撃は、あたしの腕の一部を大きく砕いた。やはりあの武器は、岩に対して特攻があるようだ。
――でも、暴走状態の亜夕美さんの薙刀は、もっと痛かったぞ!!
あたしは歯を食いしばって痛みに耐え、鉄球を弾き、その勢いのまま右の拳を振るった。ブン! 大きく空振り。エリはあたしの右側に回り込む。パンチの勢いがつきすぎて、背中を取られた。しまった!!
背中に振り下ろされる鉄球。ダメだ、かわせない!
ガツン! 走る激痛。あたしは振り向きざまに右の裏拳を振るったけど、エリはバックステップで間合いを取った。
「思ってたより、身体は硬いみたいね」ブンブンと鉄球を振り回し、こちらの様子を伺うエリ。「でも、こうやって少しずつ身体を砕いて行けば、そのうち死ぬでしょ」
「そうかもね。でもその前に、あたしの攻撃を当ててやる。あんたなんか、一撃でKOよ」
「ムリしない方がいいんじゃない? 背中の痛みは選手生命にかかわるわよ、って、昔の偉い人も言ってるし」
「余計なお世話だよ!」
あたしは間合いを詰め、再び右の拳を振るう。エリは右に回り込み、あたしの攻撃をかわす。ガラ空きとなった背中に、再び鉄球を振るう。次ヒットすれば耐えられるかどうか分からない。でも、それは狙い通りだ! ボン! あたしは『ゴーレム』の能力を解除し、通常の岩モードに戻る。大きさは直径30センチほど。鉄球は見事に空振り、エリは大きく体勢を崩した。あたしはさらに『ザ・ロック』の能力も解除し、通常モードに戻る。そのままガラ空きとなったエリの頭部に得意の上段右回し蹴り! バシン! 見事にヒット――いや、エリはわずかに首を傾け、クリーンヒットを避けている。クソ! まさかエリにそんな芸当ができるなんて。
ドン! お腹に、強烈な痛み。エリの前蹴りが、あたしのお腹を捉えていた。尻餅をつくあたし。酸っぱいものが込み上げてくる。たまらず吐き出した。くそ。ゴーレムモードならなんてことない蹴りも、通常モードだとダメージ大だ。エリを睨む。
――――!!
エリは、右手にペン、左手にノートを持っていた。何かを書き始める。ヤバイ! 『キル・ノート』だ!! 通常モードのあたしにはもちろん有効! ボン! 慌ててゴーレムモードになる。ふう。油断もスキも無いヤツだ。
エリもすぐにノートとペンをしまい、モーニングスターを構える。「ふふん。3つのモードを使い分けるなんて、考えたじゃない」
「そっちこそ、ヒットするポイントをずらして反撃するなんて芸当、どこで覚えたの? ま、かわしきれてはいないみたいだけどね」
エリの側頭部から、タラリと血が流れ落ちた。かすっただけで出血させるとは、あたしの蹴りも捨てたもんじゃないな。
「ふん。こんなの、唾でもつけときゃ治るわ。それより、そっちこそ、そろそろHPヤバいんじゃないの?」
「おあいにく様。カスミちゃんゴーレムモードは、そんなにヤワじゃありませんから」
精一杯強がって言う。実は、ワリとヤバくなってきた。左手のダメージはそうでもないんだけど、背中のダメージが大きい。さっきゴーレムモードを解いたから、そのダメージが生身の肉体にモロに響いてしまったのだ。あまり余裕は無いぞ。
でも、どうやらそれはエリも同じなようだ。顔は余裕の笑みを浮かべているけれど、足元は少しふらついている。さっきの上段右回し蹴り、クリーンヒットはしなかったけど、それなりに効いているようだ。これは、おもしろくなってきたぞ!
「……どうして……」
と、弱々しい声。バトルに集中してて忘れる所だった。真理、まだいたんだ。
「あん? 何? 結構楽しくなってきたんだから、邪魔しないでもらえる?」お嬢様キャラが崩壊し、すっかりヤンキーみたいな喋り方になってるエリ。そう言えばこのゲーム、地上波のテレビで全国に生放送されてるんじゃなかったっけ? エリ、デビュー以来、ずっとお嬢様キャラを演じて来たのに、こんな素の姿を晒したりして、大丈夫か? ファンの人が卒倒しなきゃいいけど。ま、たぶん、プロデューサーがウマイこと編集するんだろうな。例え生放送でも、あの人ならデキるはず。
「……どうして……そんな……痛い思いをして……辛い思いをしてまで……勝ちにこだわるんですか……」また泣きそうになる真理。「そんな苦しい思いをしてまで……センターポジションにこだわるんですか!? センターポジションになったって、みんなから恨まれて、ヒドイこと言われて……また……辛い思いをするだけじゃないですか……なのに……なんで……そんな……」
……まあ、真理の言うことはもっともだ。アイドル・ヴァルキリーズは、今や国民的アイドルと言われるまでに成長し、テレビなどで見ない日は無い。当然、それを快く思わない人は多く、ネットなどを中心に、アンチファンの酷い誹謗中傷が日々書き込まれている。特に、ヴァルキリーズの顔とも言えるセンターポジションは、そんなアンチファンの格好の的で、春の正規ランキングを4年連続で制した深雪さんでも、普通の人なら到底耐えられないようなバッシングを受けている。もし、あたしみたいな干されがまたセンターポジションに立とうものなら、バッシングの嵐になるのは間違いないだろう。それは分かっている。
――それでもあたしは。
あたしは、構えを解き、真理を見つめた。
「真理。あたしは、3年前の特別称号争奪戦で、運だけでセンターポジションに立った。何もできなかったよ。ただ言われるままに歌って踊るので精いっぱいで、何の結果も残せなかった。みんなにバカにされ、バッシングされて……悔しかった。とても悔しくて、ずっと泣いてた。でもね、バカにされたのが悔しいんじゃないの。あんなに大きなチャンスをもらえたのに、何もできなかった自分が情けなくて、腹が立って、悔しかった。あれ以来、あたしはヴァルキリーズでは何の結果も出せていない。ランキングでは1度もランクインしたことも無い。何度も辞めようと思った。でも、辞められなかった。だって、悔しいじゃん。せっかくオーディションに受かって、センターポジションまで経験させてもらったのに、何の結果も残せず辞めるなんて、悔しいよ。このままじゃ終われない。あたし、分かってるんだ。あたしは、センターポジションには向いていない、って。ヴァルキリーズのセンターポジションにふさわしい人は、他にいる。それは分かってるんだよ。でも、あたしは、3年前のあたしとは、絶対完璧間違いなく、違う。あたしだって、成長したんだ、これでもね。今日のこのゲームで、そのことを確信した。だから、また、挑戦したい。3年前のあたしと違うってことを、みんなに見てもらいたい。後2人倒せば、そのチャンスがもらえるんだ。身体が壊れたって、絶対に、掴んでみせるよ」
「…………」
真理は、無言で視線を返す。
「――あたしも、同じかな」エリが言った。「あたしは、去年の特別称号争奪戦で、瑞姫さんに完敗した。なのに、瑞姫さんがセンターポジションを辞退したから、繰り上がりであたしがセンターになった。優勝できなかったのにご褒美だけもらったのよ? あんな屈辱は、生まれて初めてだったわ。悔しくて夜も眠れなかった。だから、今年こそは、きっちり優勝して、正真正銘、センターポジションに立ってやるわ」
……そう。
エリも、悔しい思いをした。
だから、痛くても、つらくても、戦うんだ。
「真理――あなたはどうなの?」エリも、真理をまっすぐに見つめる。
「……あたし……あたしは……」目を伏せる真理。
「あなたは、何故、ヴァルキリーズに入ったの? 何か、悔しいことがあったんじゃないの? 何か、やり残したことがあったんじゃないの? それは、もうどうでもいいの?」
…………。
真理は――顔を上げた。
その瞳が、何かを思い出したように、光が灯ったように見えた。
でも真理は、動かない。
「――ま、あたしにはどうでもいいことだけど」
そう言って、エリは立ち上がり、再びモーニングスターを構えた。
……って、アイツ、いつの間にか座ってやがった。座った状態だとHPの回復率が上昇。側頭部の傷は、すっかり塞がっている。わずかな時間でもきっちりとHPを回復。抜け目のないヤツだな。まあいい。あたしも構える。そして、地響きを立てて走り、拳を振るう。あっさりかわされるけど、反撃のスキを与えず、さらに攻撃。エリも負けじと、一瞬のスキを付いて反撃してくる。一進一退の攻防が続く。
「……あたし……あたしは……」
横目で真理を見る。肩を小さく震わせている。
泣いているわけではない。
「あたしは! 亜夕美さんのような! 強い女の人になって! そして! 深雪さんのような! みんなを引っ張っていける、立派なセンターになりたいです!!」
叫んだ。
初めて聞いた、そして、恐らく本人も初めてであろう、心の叫び。
「だったら、そんなところに突っ立ってないで、かかってこいや!!」
エリも叫ぶ。
真理は、剣を抜き。
「……あああぁぁぁぁ!!」
奇声を上げながら、突進してきた。
……もうみんな、完全にキャラが崩壊したな。まあ、たまには、こういうのも悪くないけどね!
振り下ろされる真理の剣を、あたしとエリは左右に飛んでかわした。真理は再び剣を構えると、エリに向かって走る。エリは後ろに下がりながら、剣をかわす。3度、攻撃をかわし、エリは大きく間合いを離した。
「――少しは、やる気になったみたいね。いいわ。相手になってあげる」エリはモーニングスターをしまうと、背中に背負っている剣を抜き、中段に構えた。「さあ、かかってきなさい」
真理も同じ構え。戦う気だ。
――ふむ。
真理がやる気になったのはいいけど、はたしてエリに勝てるだろうか? 難しいだろうな。エリは深雪さんや由香里さんのように、剣道の段位は取得していないが、それも時間の問題だと言われている。戦闘力1万8千はだてではない。対して、真理は剣道を始めてまだ1年半ほど。性格的に向いているとも思えないし、さすがに勝てないのではないだろうか。
でも、これは剣道の勝負ではない。能力バトルだ。真理の能力は敵を攻撃するものではないが、まだ能力カードがある。亜夕美さんや紗代さんたちからカードを貰っていれば、あるいは――。
…………。
先に動いたのは真理だ。剣を振り上げ、面を狙う。エリは、フン、と、鼻で笑いながら、その攻撃を楽々と受け止めた。真理は続いて、胴を狙う。さらに小手。もう1度面。しかし、全て受け止められた。1度間合いを離し、呼吸を整え、もう1度攻撃するも、結果は同じ。やはりダメか? 残念ながら、実力の差は歴然だ。
「――ま、やる気になっても所詮はこの程度でしょうね」余裕の笑みを浮かべるエリ。「じゃあ、今度はこっちから行くよ!」
一気に踏み込んだ。素早い面。真理は剣を上段に構え、受け止めようとする。が、エリの攻撃は、突如その動きを変え、真理の構えの下に潜り込んだ。フェイントからの胴への攻撃だ!
――――!
エリが、真理の横を駆け抜ける。
赤い液体が、空中に、1本の線を描いている。
それが、雫となって飛び散り。
「――――」
真理は、その場に倒れた。
そして。
ボン! 青い炎と化す。
真理の、負けだ。
やはり、エリには敵わなかったか。まあ、相手が悪かった。真理にしては頑張った方だろう。幸い、真理はまだ若い。これから頑張ればいい。真理の努力と、亜夕美さんや深雪さんの指導があれば、エリに追いつくのも、そう遠い日ではないだろう。
――さて。
1人離脱した。残りは2人。最後の決戦だ。あたしは手のひらに拳を打ちつけ、構えた。
……うん?
エリはあたしには見向きもせず、真理の魂を、じっと見つめている。
ニヤリと笑う。
そして、静かに右手を向けた。
その瞬間、青い炎は勢いよく燃え上がり。
まぶしい光に包まれたかと思うと、その光は、エリの右手に吸い込まれるように消え。
そこには、倒れた真理がいた。
先ほどエリに斬られたお腹の傷は、塞がっている。
その姿を見て、満足そうに微笑むエリ。
――蘇生させたのか?
エリの能力『蘇生』。死亡したプレイヤーを生き返らせ、能力を奪うというものだ。つまり、今、真理の能力『解放プレッシャー』は、エリの物になったのだ。
しかし――。
「エリ……あんた、何やってんの?」
その行動に、疑問を抱かずにいられない。
「何って、能力を奪ったのよ?」エリはいつものおすまし顔で答える。「カスミ、『キル・ノート』の能力カード、持ってるでしょ? 心臓の無いゴーレムの状態じゃ使えないだろうけど、他にも強力な能力カードを持っているかもしれないし、念のために、ね。これでもう、あたしに能力は効かないわ」
「……いや、そうじゃなくて、何で、真理を生き返らせたの? 能力を奪ってまで」
「うん? ああ、戦闘力が1.3倍になるってやつ? 確かにあたしの能力で生き返ったプレイヤーは、少しだけ強くなるけど、だから何? 強くなったからって、所詮は泣き虫真理ちゃんよ? 5・6回生き返らせたって、あたしには敵わないわよ」
……やっぱり。
エリめ、自分が致命的なミスを犯したことに、全く気付いてないぞ? 思わず笑みがこぼれる。
「――何笑ってるの?」不愉快そうな顔になるエリ。
「エリ、策に溺れたわね。あなたは能力を奪うことに心を奪われて、肝心なことを見逃していた」
「はぁ? あたしが何を見逃したって言うの?」
「真理は、何で、あなたに剣での勝負を挑んできたんだと思う? 勝てないことは分かっているのに。真理はたぶん、亜夕美さんや紗代さんから、能力カードを貰っていたと思うの。いざという時、身を守るためにね。でも、真理はそれを使わなかった。何故だと思う?」
「さあ? 能力無しの真剣勝負をしたかったんじゃないの?」
「やっぱり、何も分かってないみたいね」
「だから! 一体なんだって言うのよ!」
苛立つエリ。
あたしは、ゆっくりとした口調で続ける。「真理は、能力カードを使わなかったんじゃあない――使えなかったのよ」
「――――」
エリは、一瞬考え。
そして、ようやく気付いたようだ。
その背後で。
真理が、ゆっくりと、起き上がった。
そう。真理は、能力カードを使うことができなかったのだ。
『解放プレッシャー』の能力によって。
この能力を持つ者は、“すべての”プレイヤーの能力の対象にならない。
それはつまり、自分に有利に働く能力すら、自分で使う能力ですら、無効にしてしまうのだ。
その能力を、今、エリが奪った。
エリの『蘇生』と、舞さんの『スティール』は、他のプレイヤーの能力を自分のものにしてしまうけど、1つだけ、大きな違いがある。
『スティール』が能力をコピーするのに対し、『蘇生』は、奪う。
つまり、蘇生されたプレイヤーに、能力は残らない。
だから、能力カードが使える。
亜夕美さんから貰ったカードが、紗代さんから貰ったカードが、使えるのだ。
立ち上がる真理。
あたしが戦闘前に使っておいた『スカウト・レーダー』の能力が、戦闘力3600と示している。
真理は、下を向いたまま、能力カードを取り出し。
そして、その力を解放した。
カードが消え。
その戦闘力がみるみる上昇していく!
1万を超え、2万を超えても、まだ止まらない。どんどん上昇する。
紗代さんの能力『さそりの女』だ! その効果は、戦闘力を、何と10倍にする!
「クソ!」
汚い言葉を吐きながら、エリは、左手を上に向けた。ノートが現れる。『キル・ノート』の能力だ。右手にペンが現れ、ノートに走らせる。
が、名前を書いた時点で、ペンが止まった。
「そう。今の真理に、『キル・ノート』の能力は使えないわ」あたしは、ゆっくりと、エリに向かって言う。「あなたが『解放プレッシャー』奪ったから、真理はもう、能力を持っていない。『キル・ノート』は、能力の無いプレイヤーは殺せないわ」
真理が、顔を上げた。
獣の咆哮。
暴走モードに入った証拠だ。
真理は、今から10分間、目視しているすべてのプレイヤーに襲い掛かるのだ。
「……で、でも! まだあたしが負けると決まったわけじゃないわ!」自分のミスに気づき、完全に焦っているエリ。「10分間逃げ回ればいいのよ。カスミ、ゴーレムのあなたは、足が遅いから、アイツから逃げるのは不可能だよね? 戦うしかない。あなたの戦闘力は12万。真理は、あなたが倒すしかない!」
残念でした。それは、こうすれば回避できるんだよ!
ボン! あたしはゴーレムモードを解除し、岩モードになった。
これでもう、暴走モードの真理はあたしを認識することができない! エリ! あなたの負けよ!
「……く……くそおおぉぉ!!」
逆上したエリは、モーニングスターを振り上げ、あたしに向かって来る。
でも。
背後から飛びかかってきた獣に、地面に倒された。
獣は、拳を握り。
振り下ろす。
血飛沫が飛ぶ。
また、拳を振り上げ。
振り下ろす。
血飛沫が飛ぶ。
それを、何度も何度も繰り返し。
――――。
やがて、『さそりの女』の効果が切れた。
真理が、血に飢えた獣から、子ウサギのような元の姿に戻る。
目の前には、青い炎。
ボン! あたしは能力を解除し、通常モードに戻った。
真理は、あたしの方を見ると。
「――どうですか? あたし、結構、やればできるタイプなんですよ?」
そう言って、ニッコリと笑った。
いい笑顔だ――そう思った。
何度もエリを殴り、全身に返り血を浴びていても。
その笑顔は、まるで天使のほほ笑みのようだった。
――さて。
最後の決着を、つけよう。
ここからは、もたもたしてはいられない。エリは、『復活』の能力を持っている。20分経つと、生き返ってしまう。そうなると、また話がややこしくなる。
真理は、もう1度微笑むと。
カードを取り出した。
あれは恐らく、亜夕美さんの能力カード『暴走』。戦闘力を3倍にする能力だ。真理の戦闘力は、現在3600。3倍になれば、1万8百だ。ゴーレムモードなら、余裕で倒せる。あるいは、岩モードでやり過ごしてもいい。10分経てば『暴走』の効果は切れ、強制的にゲームオーバーだ。
――でも。
せっかく真理がやる気になったんだ。先輩として、正面から受けて立たないとね。
「いいわ、真理。このまま相手になってあげる」
あたしは右半身を引き、静かに構えた。通常モードのあたしの戦闘力は1万。さっき岩モードで10分間たっぷり休んだから、エリとの戦いで減ったHPもほぼ全快だ。いい勝負になるだろう。
真理はうつむき、カードを使った。
先手必勝! あたしは一気に間合いを詰め、拳を突き出す。
真理は、左に身体を傾け、あたしの拳をかわすと。
両手で、あたしに抱きついてきた。
なんだ? なにをするつもりだ?
次の瞬間。
身体中を、強烈な衝撃が駆け抜けた。
目の前が真っ暗になる。
バチバチという、何かが弾けるような音が聞こえ。
あたしの身体は、大きくのけ反り、ビクンビクンと、痙攣した。
その衝撃が消えると。
ばたり。
気づくと、あたしは仰向けに倒れていた。
今のは……今の衝撃は……覚えがある……ちょうどこの場所で……深雪さんと戦った時に……同じ衝撃を……受けた……。
『ライトニング・スピア』
手のひらから電撃を放つ能力。
さっき真理が使ったのは、『暴走』ではなく『ライトニング・スピア』だったのか――。
でも――。
どうして真理が、『ライトニング・スピア』のカードを持っている――?
あたしの上に。
何かが、覆いかぶさって来た。
真理しかいない。
その目が、燃え盛る炎のように、深紅に染まっている。
今度こそ『暴走』だ。
拳を振り上げる真理。
……い……岩に……。
☆
――――。