ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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Day 2 #05

 幸い部屋の前にはゾンビはいなかった。左右を確認する。どちらも廊下の先にゾンビの姿が見える。のろのろと歩いたり、ボーっと突っ立っていて、まだこちらには気づいていない。

 

 エレベーターと階段は左側だ。あたしはそちらへ向かう。深雪はためらいの表情を浮かべていたけれど、黙ってついてきてくれた。

 

 数十メートル走った所で、ゾンビに気づかれた。両腕を前に出し、こちらに向かってくる。2体だ。

 

「ひぃっ!」

 

 短い悲鳴を上げ、竹刀を構える深雪。腰が引け、手足が震えている。とても戦えそうにない。

 

 あたしは前に出た。

 

「やああぁぁ!!」

 

突っ込んでくるゾンビに向かっていく。1体目のゾンビの喉に突きを食らわせ、2体目のゾンビには無防備な腕に小手、そして続けざまに面を打ち込んだ。2体とも、ゆっくりと倒れる。あたしは振り返る。

 

「ね? 大したことないでしょ?」

 

 笑顔で言ってみたけれど、深雪の表情は暗いままだ。震えも止まらない。

 

 でも、だからと言って帰すわけにもいかない。本当に、ブリュンヒルデである彼女には、先頭に立って戦ってもらわなければいけないのだ。

 

 幸い深雪は弱音を吐かなかった。さらに廊下を進む。

 

 エレベーターの前は広いホールになっており、たくさんのゾンビが徘徊していた。こちらに気づいた何体かが向かってくる。

 

 あたしは素早く状況を確認する。エレベーターは二台あるけれど、どちらもこのフロアからは遠い階に停止している。呼ぶのには時間がかかるだろう。由香里のいるフロアはすぐ下だ。階段の方が早い。ゾンビの数は多いけれど、幸い足は遅い。十分振り切れるだろう。

 

「深雪、行くよ!」

 

 あたしは深雪の手を引き、走った。木刀を振り回し、近くのゾンビだけを倒していく。階段を下り、10階のエレベーターホール前も駆け抜けた。廊下を徘徊していたゾンビも次々と片づけ、奥へと進む。ある部屋の前で、3体のゾンビが、ドンドンと扉を叩いていた。あそこが由香里の部屋だ。あたしは深雪の手を離し、全力で走った。ゾンビはドアを叩くのに夢中で、こちらには気づかない。遠慮なく木刀を振るう。バタバタと倒れるゾンビ。ふん。簡単なもんだ。

 

 ゾンビが動かなくなったのを確認し、あたしはドアを叩いた。「由香里! あたし! 若葉! ゾンビは倒したから、開けて!」

 

 ドアの向こうで人の気配がした。しばらくしてドアが開き、由香里が顔を出した。

 

「入って!」

 

 なだれ込むように部屋に入るあたしと深雪。由香里はドアを閉め、鍵をかけた。

 

「――――」

 

 あたしと由香里は、しばらく見つめ合い。

 

 そして、抱き合う。

 

 部屋の奥から他のメンバーもやって来た。お互いの無事を確認する。深雪の顔にもようやく笑顔が浮かんだ。そして、まるで何年も会えなかった仲間と再会したかのように、あたしたちは喜んだ。

 

「――ま、あたしと深雪にかかれば、ゾンビなんてちょろいもんよ」あたしは笑顔でみんなに伝えた。実際には深雪は戦っていないけど、まあ、それを言う必要はないだろう。みんなにとっては、ランキング1位でブリュンヒルデの深雪が来てくれたというだけで心強いのだから。

 

「よし! じゃあ、今からみんなで上の階に行くよ! いいわね!?」

 

 由香里の声に、みんな大きな声で応えた。士気が高い。あたしたちのグループとは大違いだ。もちろん、由香里のグループではケガ人が出ていない、というのはある。でもやはり、由香里の存在が何よりも大きいだろう。何が起こっているのか分からない。この先どうしていいのか分からない。このような状態でも、導いてくれる人がいる――それがどんなに心強いことかは、あたしもさっき、身を持って理解した。

 

 あたしはみんなの武器を確認する。木刀が1本に竹刀が2本だ。木刀は由香里に持たせ、竹刀は比較的剣道が上手い娘に持たせる。他の娘には、部屋にあるハットスタンドやハンガーを持たせた。武器としては心もとないけど、何も持たないよりはましだろう。

 

 あたしはドアの鍵を外し、そして、由香里を見る。無言で頷く由香里。ドアを開けた。

 

「――――!!」

 

 外に出て、息を飲んだ。

 

 エレベーターホール側の廊下から、大勢のゾンビが向かってくる。反対側を見ると、そちらからも無数のゾンビが。あまりの数の多さに、思わず部屋に戻ろうとしたけれど。

 

「ダメよ!」由香里が止めた。「このまま部屋に閉じこもったら、身動きが取れなくなる。行くしかないわ! 若葉は前をお願い! こっちは、あたしが食い止めるから!」

 

 由香里の言葉に、あたしも覚悟を決めた。ゾンビの群れに向かって走る。先頭のゾンビの脳天に木刀を振り下ろすと、続いて抱き着こうとするゾンビの右側に回り込みつつ後頭部に木刀を叩き込み、返す刀で3番目のゾンビの側頭部を殴った。

 

 後ろを確認する。みんな、ゾンビの多さにおびえたながらも、ちゃんと付いて来ている。由香里は後方から襲い掛かってくるゾンビたちを、巧みな木刀さばきで撃退している。さすがはキャプテンだ。由香里は心配ないだろう。あたしは前方のゾンビに集中し、次々と倒して行った。

 

 エレベーターホール前のゾンビは、さっきよりも数が増えていた。こちらに気づいたゾンビから向かってくる。すべてを相手にしていてはきりがない。

 

「走って!!」

 

 叫ぶと同時に駆け出し、他のメンバーもそれに続いた。

 

 しかし、あたしが階段を数段登ったところで。

 

「あっ!」

 

 後ろで小さな悲鳴がした。振り返ると。

 

 四期生の浅倉綾が、足がもつれたのだろうか、転んでいた。

 

 そこに、ゾンビが一斉に向かう。

 

「いや! いやぁ!!」

 

 綾は立ち上がろうとするけど、腰が抜けてしまったのか、うまく立てない。ゾンビはどんどん近づいてくる。パニックにおちいった綾は、あろうことか、唯一の武器であるハンガーを、ゾンビに向かって投げた。ハンガーは見当違いの方向に飛んで行き、ゾンビにかすりもせず、かなり離れたところに転がった。

 

 助けに行こうとしたけど、できなかった。騒ぎに気づいた上のフロアのゾンビが、大勢階段から下りてきたのだ。あたしのすぐ側にはみんながいる。今ここを離れたら、さらに大変なことになりかねない。由香里の方を見た。同じだった。後方から迫ってくるゾンビを撃退するのに精一杯で、綾を助ける余裕はなさそうだ。

 

「いや! いや! いやああぁぁ!!」

 

腰を抜かして立ち上がれない綾は、這って後ろに下がろうとしたけれど、すぐにゾンビに追いつかれた。ゾンビが綾に覆いかぶさる格好。確認できたのはそこまでだ。上の階から下りてくるゾンビに、あたしは木刀を振るった。後ろから綾の悲痛な悲鳴が聞こえる。でも、どうすることもできない。

 

「深雪!!」

 

 ブリュンヒルデの名を叫ぶ。あたしも由香里も助けに行けない。深雪しかいない。

 

「深雪! 綾を助けて!」由香里も叫ぶ。

 

「助けて! 誰か! 深雪さん!!」綾の悲鳴。

 

 何体目かのゾンビを横薙ぎの攻撃で倒し、振り返る。深雪は綾とゾンビからは少し離れたところで竹刀を構えていた。しかし、震えている。腰も引けている。助けたい気持ちはもちろんあるのだけれど、体が言うことを聞かない。

 

 やっぱり深雪には無理なのか。そう思った。どうする? 一旦この場を離れて綾を救出し、再び戻ってこれるだろうか? それまでの間、下りてくるゾンビはどうする? 分からない。でも、このまま綾を放っておくなんて論外だ。あたしは階段を下りようとしたが、できなかった。後ろからゾンビに抱きつかれ、捕まってしまったのだ。

 

「クソッ!」すかさず首に咬みついて来ようとするゾンビの顔を、あたしは手で押さえた。力はそんなに強くはないけれど、簡単には振りほどけそうにない。

 

「深雪!!」

 

 もう一度名を呼ぶ。それでも、深雪は動かない――動けない。

 

「助けて!! 深雪さん!! 誰か!! 助けて――いやああぁぁぁ!!」綾は、首に咬みつこうとするゾンビの顔を両手で押さえ、狂ったように顔を振り、必死で逃れようとしている。悲鳴はもはや言葉でなくなりつつある。

 

「深雪!! 仲間を見捨てるのか!!」

 

 あたしの声も、叫び声となった。

 

 それは、最後の訴えだ。

 

 これでもし深雪が動かなければ。

 

 もう綾は――助けられない。

 

 あたしは、叫ぶ。

 

「ブリュンヒルデだろ!! 戦えぇ!!」

 

 その最後の叫びに、深雪は――。

 

 震えている。

 

 怯えている。

 

 恐怖している。

 

 しかし――。

 

「……うちのメンバーに……」

 

 小さな声でつぶやいた。

 

「……うちのメンバーに……なにすんのよぉ!!」

 

 つぶやきが、叫び声に代わり。

 

 深雪は走った。

 

 手は震えたままだ。

 

 足も震えたままだ。

 

 それでも、深雪は走り。

 

 そして、ゾンビに竹刀を振り下ろした!

 

 ガン!

 

 ホールに鈍い音が響き渡る。

 

 綾に覆いかぶさっていたゾンビの首が、がくん、と、うなだれた。

 

「ひぃ!!」

 

 ゾンビを押し返す綾。腰を抜かしたまま後ずさりし、深雪の背後に回り込んだ。綾をかばうように立つ深雪。ゾンビは、ピクリとも動かなかった。

 

 しかし。

 

「深雪! 左!!」

 

 由香里が叫んだ。左から、2体のゾンビが襲いかかってきている。

 

 それに気づいた深雪は、思いっきり竹刀を振った。1体目のゾンビの側頭部に見事ヒットする。返す刀で、2体目のゾンビの側頭部も殴る。一瞬にして、ゾンビ二体を片付けた。大きく肩で息をしながら、倒れたゾンビを見つめる。

 

「ナイス! 深雪!!」

 

 ようやく後方のゾンビを片づけた由香里が、深雪に駆け寄る。綾に肩を貸し、メンバーたちに合流した。

 

 あたしもようやくゾンビを振りほどくと、振り向きざまに側頭部に木刀を叩きつけた。

 

「深雪! こっちもお願い!」

 

 ゾンビたちはどんどん下りてくる。あたし一人じゃ手に余る数だ。

 

 あたしの言葉に、深雪は。

 

「……ああぁぁ!!」

 

 アイドルとは思えない奇声を上げながら、階段を駆け上がってきた。めちゃくちゃに竹刀を振り回す。とても剣道とは言えない動きだけど、次々とゾンビを倒して行く。所詮相手はゾンビだ。倒しさえすれば、何でもいい。

 

 そんな深雪の姿を見て、勇気が湧いたのか。

 

「やああぁぁ!!」

 

 竹刀を持つ絵美と千恵も、ゾンビに向かって突っ込んで行った。一気に戦力4倍だ。こうなったらもうこっちのものだ。どんどん下りてくるゾンビたちも、簡単に迎撃し、上の階のホールへ。そこもゾンビだらけだけど、もはやあたしたちの前に敵はない。ホールを抜け、廊下を走り、そして、再びエリの部屋に戻って来た。周りにゾンビはいない。

 

「若葉よ! 開けて!!」

 

 ドアを叩くと、すぐに開いた。なだれ込むように部屋に駆け込む。全員が入ったのを確認し、エリがドアを閉め、鍵をかけた。

 

「――――」

 

 一瞬の静寂の後。

 

「……フフフ」

 

 笑いがこみあげてきた。

 

 こんな時に不謹慎かもしれないけれど、こらえきれず、あたしは笑った。

 

 つられて、由香里が笑う。深雪も笑った。絵美も、千恵も、綾でさえ、笑い始めた。エリたちも最初は呆れていたけれど、そのうち一緒になって笑い始めた。

 

 そう――。

 

 あたしたちは、あのゾンビの群れの中を戦い、無事、生還できたのだ!!

 

「チーフ! あたしたちの部隊へようこそ!」

 

 真っ先に由香里の元に駆けつける美咲。いつもの忠誠のポーズ。由香里は苦笑いで美咲の頭をポンポンと叩いた。睦美たちも駆け寄る。由香里は1人1人無事を確認するように声をかけ、そして、最後に部屋の奥のベッドに座っている可南子のケガの具合を見る。エリが状態を簡潔に説明する。もちろん、みんなを動揺させないため、このままだと危ないことは伏せたままだ。

 

「怖かったろうね……ゴメンね……」由香里は、そっと可南子を抱きしめた。可南子も由香里を抱き返し、そして、嗚咽を洩らした。

 

「これからもっと安全な場所に行くから、大丈夫」

 

 由香里は可南子に向かって微笑むと、みんなの方を向いた。

 

「若葉から聞いてると思うけど、これから、全員で最上階にある操舵室へ向かおうと思う。外はそこらじゅう、あのゾンビみたいなやつらで溢れているけど、大丈夫。みんなで力を合わせれば、恐れることはない。あたしを信じて、ついて来てほしい」

 

 キャプテンの言葉に、力強く返事を返す。可南子とカスミだけが返事をしなかった。まだためらっているようだ。

 

「心配しないで」深雪が2人に声をかける。「何があっても、あなたたちは護るから」

 

 ブリュンヒルデの力強い言葉に。

 

「……はい」

 

 2人も小さく頷いた。

 

「そうですよ! 走らないゾンビなんて、大したことありませんから!」美咲がそう言うと、2人の顔にも笑顔が浮かんだ。確かに、最近のホラー映画ではゾンビが走るのが当たり前になりつつある。中には、武術や魔法を使い、もはやそれゾンビじゃないだろ、と、思わずツッコミを入れること間違いなしの作品もあるくらいだ。そんなヤツらに比べたら、旧態依然のゾンビなど、恐れる存在ではない。

 

「よし! じゃあみんな、準備して!!」

 

 キャプテンの言葉に、今度は全員で返事をした。

 

 エリと祭の看護師コンビが、新たに合流したメンバーの状態を確認する。幸い、ゾンビに襲われた綾も含め、誰にもケガは無かった。

 

 睦美たちは部屋にあるハンガーなどで武装する。足をケガしている可南子はエリと祭が肩を貸す。

 

 準備は整った。

 

「じゃあ、行くよ」由香里が言う。

 

 ドクン、と、心臓が大きく鳴った。

 

 あたし、緊張してる?

 

 まあ、あのゾンビどもが大したことがないとはいえ、何が起こるかはわからない。たとえこの先何度ゾンビと戦っても、慣れるなんてことはないだろう。

 

 ……ん?

 

 そうか。この緊張感は、アレだ。

 

 あたしは、にっこりと笑うと。

 

「ねえ、由香里。アレ、やっとこうよ」

 

 右手で拳を握り、左胸を叩いた。

 

「お? いいね。やろうやろう」由香里も拳を握り、胸に当てた。

 

 他のみんなは苦笑いしつつも、同じように胸に手を当てる。アイドル・ヴァルキリーズ出陣前の、誓いのポーズ。コンサートの開演前には、必ずこれをするようにしている。

 

 みんな目を閉じ、10秒ほど沈黙。

 

 そして。

 

「行くぞおぉ!!」

 

 由香里が叫ぶ。それに、みんなで応える。

 

 

 

 アイドル!! ヴァルキリーズ!!

 

 

 

 全員で叫び、拳を高く振り上げた。

 

 そして、深雪と美咲を先頭に部屋を出て、その後に、睦美たちが続いた。

 

「ねえ、由香里!」あたしはキャプテンを呼ぶ。

 

「何?」

 

「正直に言うとね、あたし、この出陣前の儀式、全然意味が分かんないの!」

 

「ははは! 実はあたしも! いいんだよ! こんなもん、勢いでしょ!!」

 

「そうだね!!」

 

 あたしと由香里は最後尾で、部屋を飛び出した。

 

 

 

 

 

 


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