ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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追撃

 アイドル・ヴァルキリーズキャプテン、橘由香里さん率いるチームとの特殊ミッション・キャプチャー・ザ・フラッグに勝利したあたしたち。ミッション直前、由香里さんチームより離脱した亜夕美さんたち5人を倒すため、第7フェイズ開始と同時に行動を開始した。

 

「では、行きましょう」

 

 リーダーの遥が言う。あたしたちは顔を合わせ、無言で頷き合った。

 

「みんな、ガンバってね」真穂さんがウインクする。

 

 さゆりから受け取ったテレポートの能力カードを使った。この能力を使えば、プレイヤーの顔と位置が分かれば、島のどこにいてもすぐに飛んで行ける。飛ぶメンバーは、あたし、美咲、愛子さん、ちはるさん、遥、玲子、の6人だ。

 

 光の玉に包まれたあたしたちは、ばびゅん! と、ものすごい速さで飛ぶ。CTFを行ったエリアの壁を飛び越え、見渡す限りの草原の上を飛び、森の中へ下りていく。そして、ドン! と土埃を上げて着地。島の中央よりやや西側にある森の中だ。目の前に、亜夕美さんと紗代さん、そして、祭、真理、椿の5人。

 

「よう、あたしたちに恐れをなして、尻尾巻いて逃げだした亜夕美ちゃん」ちはるさんがさっそく挑発する。

 

「ふん、逃げ出したとは失礼ね。由香里と一緒に戦ってたら負けると思っただけよ」亜夕美さんは小さく笑う。「やっぱり、由香里たちは負けたみたいね」

 

「そう。あたしたちが本気を出せば、由香里なんか敵じゃない。今度は、お前の番だ」

 

「ははは。あたしも舐められたものね。旗取りゲームならまだしも、まともに戦って、あんたたちがあたしに勝てると思ってるの?」

 

「もちろん勝てるさ。こっちには、最強の戦士がいるんだからな」

 

 そう言って、ちはるさんは小さくあごを上げた。それを合図に、あたしと美咲が前に出る。

 

「え? 何? ちはる。あんたまさか、後輩に戦わせるつもり?」笑う亜夕美さん。

 

「そうだよ? お前みたいな腰抜け、あたしが相手するまでも無いだろ?」

 

「ふん、偉そうなこと言って、結局あんたも逃げるんじゃない」

 

「あたしに相手をしてほしけりゃ、その2人を倒してからにしな」

 

「……あたしは別に6人まとめてでもいいんだけどね。ま、いいわ」亜夕美さんは薙刀をくるくると回し、構えた。「紗代たちは下がってなさい。こんな奴ら、あたし1人で十分だから」

 

 さすがは亜夕美さんというべきだろうか。すごい自信だ。もちろん口だけではなく、本当に1人であたしたちに勝つ自信があるのだろう。実際にあたしたちが束になってかかっても勝てるかどうかは怪しい。でもそれは、現実世界での話だ。ここはアイドル・ヴァルキリーズ・オンライン。ゲームの世界。今のあたしたちに、負ける要素は無い!

 

 ボン! あたしは能力を使い、カスミちゃんゴーレムモードに変身した。戦闘力12万の超戦闘スタイルだ。

 

 カスミちゃんゴーレムモードを見ても、亜夕美さんは余裕の表情だ。「さっきのCTFの様子は見てたわよ。その姿、力と体の硬さは脅威だけど、動きが遅いのが致命的だよね? それじゃ、あたしには勝てないよ?」

 

 亜夕美さんの言う通りだった。ゴーレムモードは、力とタフさだったら亜夕美さんをはるかに上回るだろうけど、とにかく動きが鈍すぎるのが欠点だ。走るのが遅いのはもちろんだけど、パンチひとつ当てるのも苦労する。大きなパワーも相手に当たらなければ何の意味も無い、と、昔の偉い人も言っているし、そもそも、戦闘力的に見ても、まだまだ亜夕美さんの方が上回っているのだ。この状態で亜夕美さんに勝つことはまず無理だろう。

 

「そして――」亜夕美さんは、今度は美咲を見た。「美咲は、若葉を倒した時は見事だったけど、あの時のような戦闘力を、あたし相手に出せる? まあ、借りに出せたとしても、あたしは負けないけどね」

 

 これも亜夕美さんの言う通りだろう。美咲の戦闘力は5万6千。戦闘力8万5千の若葉さんを倒した時でも10万を超えたかどうか、というところだ。今、あの時のような力が発揮できたとしても、それでもまだ亜夕美さんは倒せないのだ。

 

 でも、2人の力を合わせたら――。

 

「美咲! 行くよ!!」

 

 あたしは能力カードを取り出した。前フェイズの特殊ミッション・CTFで由香里さんチームを倒して手に入れた栗原麻紀さんの能力『融合』だ! これを使えば!

 

 あたしは、カードの力を解放した。ピカ! あたしと美咲の身体が光に包まれる! そして、その光が消えた時、そこには――。

 

「「ぱんぱかぱーん! カスミサキちゃん参上です!」」

 

 腰を落とし、両手を左上にあげてポーズを決める。右半身は桜美咲、左半身はあたし、前園カスミ(ゴーレムモード)という、カスミサキの誕生である!

 

「…………」

 

 あたしの姿を冷ややかに見つめる亜夕美さん。まあ、この奇怪極まりない姿を見れば無理もないだろう。しかし、その表情も、戦いが始まればイヤでも変わるだろう。なにせ、このカスミサキちゃんの戦闘力は、(12万+5万6千)×2の35万2千! 亜夕美さんの倍近い数値なのだから!!

 

「……よくわかんないけど、もう戦ってもいいの?」

 

 めんどくさそうな口調で言う亜夕美さん。ふふん。こっちの強さが分かってないようだな。

 

「おい、亜夕美。油断するなよ」と、亜夕美さんの後ろの紗代さんが言った。「あれは、麻紀の能力『融合』だ。戦闘力が、2人の合計のさらに2倍になる――」

 

「そんな小難しいことは、どうでもいいんだよ!!」

 

 亜夕美さんは紗代さんの忠告を無視し、薙刀を構え、地面を蹴った。まっすぐにあたしに向かって来る。あたしは、右半身を少し引いて構えた。落ち着いて、亜夕美さんの薙刀の間合いを計る。

 

 ブン! 振り下ろされる薙刀!

 

 あたしはそれを、左腕で受け止めた!!

 

 亜夕美さんの顔が、驚愕に歪む。

 

 よし! CTFの時に戦った、ユカリマキさんやリカさんユキの時よりもはるかに痛かったけど、それでもたいしたダメージではない。今は限定能力『リスポーン』が無いから、HPは通常値。これなら、余裕で耐えられるぞ!

 

 そして!

 

 あたしは、亜夕美さんの薙刀を振り払い、ガラ空きになった胸に、右の正拳突きを叩き込んだ!

 

「――――っ!」

 

 拳は見事に亜夕美さんを捉えた! その強烈な一撃に、亜夕美さんの身体が吹っ飛んだ! そのまま背中から地面に倒れる。

 

 ……おお、スゲェ。あの亜夕美さんを、一撃で吹っ飛ばしたぞ? これは、予想以上の強さだ。

 

 今、あたしの身体は、左半身は鈍重なゴーレムだけど、右半身はすばしっこい美咲なのだ。つまり、左半身は動きは鈍いけど硬くて超パワー。右半身は力はそんなに強くないけど素早く動ける。カスミと美咲、2人のイイとこ取りなのである!

 

 倒れた亜夕美さんはすぐに立ち上がり、再び薙刀を構えた。美咲の正拳突きをまともに喰らったのに、すぐに立ち上がるとは、さすがである。しかし、その表情は明らかに動揺している。

 

 あたしは再び右半身を引き、左の掌を上に向け、「来い」という風に、指をクイクイと動かした。

 

「フン、調子に乗るな!」

 

 亜夕美さんは再び薙刀を振るった。がきん! あたしは左腕で受け止める。さっきよりも強烈な一撃だったけど、それでもダメージはたいしたことはない。再び薙刀を弾くと、右の正拳突き。しかし、今度はかわされた。あたしの右側に回り込む亜夕美さん。頭上に構えた薙刀を振り下ろす。右半身は美咲だ。いかに戦闘力で上回っていようとも、生身の身体で薙刀の一撃を喰らうと、無事では済まないだろう。

 

 でも!

 

 振り下ろされる薙刀。美咲はその一撃を、右腕で、内から外へ弾き飛ばした。空手の防御法、内受けだ!

 

 薙刀を弾かれ、体勢を崩す亜夕美さん。そこへ、今度は左のフックを狙う。あたしは右利きだけど、ゴーレムモードのパワーなら、例え亜夕美さんでもタダでは済まないぞ!

 

 ブン! 残念ながら空を切る左拳。亜夕美さんはバックステップであたしの強烈な一撃をかわしていた。やはり、鈍重なゴーレムの攻撃を当てるのは簡単なことではないようだ。

 

 あたしの大振り攻撃をかわした亜夕美さんは、もう1度薙刀を振り上げる。

 

 ――チャンス!

 

 あたしは、そのままくるりと身体を回転させ、攻撃体勢の亜夕美さんの側頭部に、カウンターで右後ろ回し蹴りを叩き込んだ!

 

 美咲の右足は、見事に亜夕美さんの側頭部を捉えた。吹っ飛ぶ亜夕美さん。並の相手ならば一撃で意識を失わせることができるであろう美咲の後ろ回し蹴りだけど、亜夕美さんは、軽く頭を振っただけで、すぐに起き上がった。どうやらヒットする一瞬にポイントをずらし、ダメージを半減させたらしい。

 

 しかし、さすがの亜夕美さんも、ダメージは少なくないだろう。表情からは完全に笑みが消えている。

 

「くそ。おかしな能力を使って2人がかりで戦うなんて、卑怯よ」亜夕美さんは憎々しげに言った。

 

 ちはるさんが挑発するように笑う。「あれれ? まとめてかかって来いって言ったのは、そっちじゃなかったっけ?」

 

 亜夕美さんはちはるさんを見て、鼻で笑った。「フン。戦いは後輩に任せて、あなたは高みの見物? 随分といい身分ね。そんな勝ち方して、楽しい? こっちへ来て、正々堂々と戦ってみなさいよ!」ちはるさんを挑発する。

 

 でも、ちはるさんは挑発には乗らない。「ああ、ゴメン。そうしたいのは山々なんだけど、この作戦を考えたの、うちのリーダーだから。リーダーの言うことには、逆らえないのよ」

 

「はん。リーダーの言うことには逆らえない? あんた、いつからそんな優等生になったのよ」

 

「挑発したってムダだよ。あんたの相手はあたしじゃなくて、そのカスミサキ。どうしてもあたしと戦いたけりゃ、そいつを倒してからにしな。ま、ムリだろうけどね」

 

 亜夕美さんは舌打ちをすると、再び薙刀を構えた。

 

「亜夕美、落ち着け」亜夕美さんの後ろから、紗代さんが言った。「今のお前じゃ、勝てない」

 

「ふざけないで。あたしが、カスミと美咲なんかに負けると言うの?」

 

「ああ、そうだ。どんなに少なく見積もっても、あの化物の戦闘力は、今のお前を超えている」

 

「はん。戦闘力なんて、知ったことか。強い弱いは数値で決まるんじゃないよ!」

 

 亜夕美さん、完全に頭に血が上ってるな。こうなったもう、紗代さんはもちろん、ヴァルキリーズキャプテンの由香里さんでも止めることは不可能。こちらの思うツボだ。

 

 紗代さんは両手を腰に当て、大きくため息をついた。「――お前がどうしても玉砕したいって言うのなら止めはしない。どうせ、あたしたちにお前を止めることなんてできないからな。だが、これだけは言っておく。今ここでお前が死んだら、あたしたちは終わりだ。あたしも、祭も、椿も、そして、真理もな」

 

「――――」

 

 亜夕美さんは、無言で後ろを振り向いた。泣き虫の四期生・朝比奈真理が、同じく四期生の沢井祭さんに抱かれ、小さく震えている。

 

 亜夕美さんは、大きく息を吐き出した。「――なにか、いい方法があるの?」

 

 紗代さんは、落ち着いた口調で言う。「カスミと美咲が使ったのは、麻紀の能力『融合』の能力カードだ。2人のプレイヤーが合体し、戦闘力が爆発的に向上する。しかし、効果は確か、30分だったはずだ。1度合体が解ければ、もう2度と使うことはできない」

 

「相手の能力が切れるまで逃げ回れとでも言うの? 冗談じゃない」亜夕美さんは吐き捨てるように言った。

 

「だが、そうしないと、こっちは全滅だぞ?」

 

「…………」

 

 黙り込む亜夕美さん。あたしたちを相手に逃げるなんてプライドが許さないのだろう。でも、逃げなければ、仲間も一緒に死ぬ。プライドを取るか、仲間を取るか。

 

 まあ、仮に逃げたとしてもムダだ。こちらには相手の位置が分かる『スカウト・レーダー』の能力と、位置が分かればどこにでも飛んで行ける『テレポート』の能力がある。逃げ切ることは不可能だ。もちろん、そのまま戦っても亜夕美さんが勝つ可能性は万に一つも無い。あたしたちは今、完全に亜夕美さんたちを追い詰めているのだ。

 

 と、亜夕美さんが、大きく息を吐き出した。「――紗代。このゲーム、今、何人生き残ってるんだっけ?」

 

「確か、20人だが……それがどうした?」

 

「20人、ね」亜夕美さんは、ニヤリと笑う。「と、いうことは、この娘たちを倒せば、残りは14人。16位以内が確定するわけね」

 

「そうなるな……亜夕美? まさか、能力を使う気か?」

 

「それしかないでしょ? 逃げるのはイヤだし、普通に戦っても勝てないんでしょ?」

 

「いいのか? お前の能力は、使ったらもうゲームオーバーが確定するんだぞ?」

 

 紗代さんのその言葉を、あたしは聞き逃さない。使ったらゲームオーバーが確定――そんな極めてリスクの高い能力は、このゲームには一つしかない。

 

 紗代さんは続ける。「――あいつら全員倒したとしても、優勝はできないんだ。あたしが能力を使おう。それでも、アイツらは倒せる」

 

「あんたの能力は1回しか使えないでしょ? それは、燈との対決のために取っておきなさい」

 

「いいのかよ? 優勝できなくても」

 

 亜夕美さんは、小さく笑った。「ま、正直に言えば、あたしはこの大会の優勝には、そこまで興味はないわね。あたしがヴァルキリーズのセンターポジションに立つのは、正規のランキングで深雪を倒して、ブリュンヒルデの称号を手に入れた時よ」

 

「…………」

 

「それでも、テレビとかには出たいからね。16位以内ならOKでしょ?」

 

「……いいんだな」

 

「もちろん」亜夕美さんは大きく頷く。そして、真理の方を見て、優しくい微笑んだ。「――真理? せっかくここまで勝ち残ったんだから、優勝しなさいよ?」

 

 祭さんに抱かれ、小さく震えていた真理。怯えた顔を上げ亜夕美さんに向ける。「そんな……あたし、優勝なんて――ヴァルキリーズのセンターポジションなんて、ムリです。できません」

 

「ムリじゃないわよ。あなたは、ヴァルキリーズのセンターポジションに、向いてると思うわ。それに――」亜夕美さんの眼差しが、鋭くなる。「そう遠くない時期に、深雪は、ヴァルキリーズから卒業すると思う。もちろん、あたしもいつまでもヴァルキリーズにはいられない。そうなったら、次のセンターポジション――ブリュンヒルデは、あなたがふさわしいと思う。この大会で優勝して、1度センターポジションを経験しておけば、それは、大きな自信になるわ」

 

 真理がブリュンヒルデにふさわしい? そうかなぁ? あの、泣き虫で消極的な真理が、ブリュンヒルデになる? 全く想像できない。

 

「そんな……あたしには……ムリです……絶対に……」真理は、消え入るような小さな声でいい、そして、また泣き始めた。

 

 亜夕美さんは真理に向かってもう1度優しく微笑むと、「――じゃあ、真理を頼んだわよ」と、紗代さんに言って、薙刀を構えた。紗代さんは大きく頷くと、真理たちと一緒に、その場を離れた。

 

「紗代たちが逃げたぞ? どうする?」ちはるさんが言う。

 

「とりあえずほっとけ」と、愛子さん。「亜夕美さえ倒せば、あいつらなんか、後からどうにでもなる」

 

 亜夕美さんは自信に満ちた声で言う。「残念だけど、あなた達にはもう、後はないわ。ここで終わり」

 

「へえ、それは楽しみだね」余裕の表情で笑う愛子さん。

 

 亜夕美さんはわずかに微笑み、そして、目を閉じた。能力を使う気だ。

 

 ――その瞬間。

 

 森の中の空気が、変わった。

 

 急激に温度が下がって行く――そんな錯覚。

 

 危険を察知したかのように、森の中の鳥が飛び立ち、小動物も巣から逃げ出す。

 

 ――ここにいるのは危険だ。

 

 本能が警告する。あたしも、逃げ出したい衝動に駆られる。しかし、恐怖にすくみ上がっているかのように、動くことができない。あたしだけでなく、愛子さんたちも逃げられない。大地が震えている。いや、震えているのはあたしたちか。分からない。どちらであっても、変わりはない。

 

 亜夕美さんが、ゆっくりと、目を開けた。

 

 その目が。血を、あるいは燃え盛る炎を連想させるほど、深い紅に染まっていた。

 

 ――来る!

 

 そう思うより先に。

 

 亜夕美さんは、地面を蹴っていた。

 

 それまでのどんな一撃よりも、速く、鋭く、強烈な一撃が向けられたのは、あたしではなく――愛子さんだった。

 

「――ちっ!」

 

 舌打ちし、素早く構える愛子さん。その左腕には、金属製の籠手を装備している。柔道家の愛子さんが、武器を持ったプレイヤーの攻撃を受け止めるための防具だ。

 

 しかし――。

 

「「避けてください!!」」

 

 叫ぶ。

 

 でも、あたしの言葉が届く前に。

 

 亜夕美さんは、薙刀を振り下ろした。

 

 刃は、籠手に止められることも無く、振り下ろされる。

 

 それはまるで、素振りでもしたかのようだった。ただ、空気を斬り裂いたかのようだった。

 

 しかし。

 

 愛子さんの左腕が、宙を舞っている。

 

 とっさに思い浮かんだのは、雨宮朱実の能力『オール・レンジ』。右腕を切り離す能力だ。

 

 しかし、宙を舞っているのは左腕だ。なにより、愛子さんは『オール・レンジ』の能力カードを持っていない。

 

 言葉にならない悲鳴が上がる。

 

 紅い雨が降る。

 

 愛子さんの腕が、斬り落とされた。

 

 それも、素手ではなく、固い金属性の籠手ごと。

 

 いくら亜夕美さんとはいえ、一撃で籠手ごと腕を斬り落とすなんて不可能だ。明らかに、戦闘力が上昇している。

 

 戦闘力が上昇する能力は、いくつかあるが、少し前に紗代さんが言っていた「使ったらゲームオーバーが確定する」能力は1つだけ。

 

『暴走』だ!!

 

 

 

No.34

能力名:暴走

 効果:戦闘力が3倍になる。自制心が無くなり、目視しているすべてのプレイヤーに襲い掛かる。効果は10分間。使用後、ゲームから追放される。

 

 

 

「……こ……のぉ!!」

 

 愛子さんが右手で亜夕美さんの襟を掴む。そのまま身体を回転させ、腰を入れ、亜夕美さんに背負い投げを仕掛ける。

 

 攻撃を終えたばかりの亜夕美さんは、かなり不安定な体勢だ。愛子さんほどの腕ならば、片手投げは十分可能だろう。しかし――。

 

「――――!?」

 

 愛子さんの顔が、驚愕に歪む。完全に崩れている亜夕美さんの身体だったけど、ピクリとも動かなかった。

 

 代わりに。

 

 亜夕美さんが、愛子さんの襟を左手で掴む。

 

 そして、そのまま軽々と持ち上げると。

 

 大きく振りかぶり、愛子さんの身体を、地面に叩きつけた!!

 

 衝撃で、地面が大きく揺れた。受け身に慣れている愛子さんでなかったら、一撃で死亡していたであろう。そんな、強烈な投げだ。

 

 亜夕美さんは、両腕を広げ、空に向かって、獣の咆哮を上げる。

 

 そして、足元に横たわる愛子さんに視線を向け、薙刀を振り上げた。マズイ! 殺られる!

 

 が、次の瞬間!!

 

 亜夕美さんが立っていた場所に、突然、ちはるさんが現れた!

 

 そして、ちはるさんがいた場所を見ると、薙刀を振り下ろす亜夕美さんがいる。

 

 ちはるさんの能力『チェンジ』だ! 目視しているプレイヤーと位置を入れ替える能力。まさに間一髪だった。

 

「カスミサキ! なんとかしろ!!」愛子さんに肩を貸し、ちはるさんが叫ぶ。

 

 亜夕美さんの深紅の瞳が、こちらに向けられた。

 

 あたしが構えると同時に、亜夕美さんが突進してくる。振り下ろされる薙刀。あたしは、ゴーレムモードの左腕をかざす。

 

 がきん!! なんとか受け止めたものの。

 

 ――いってぇ!! 今まで誰の攻撃もほとんどダメージ無しで受け止めていたカスミちゃんゴーレムモードだったのに、まるで腕を斬り落とされたかのような激痛が走った。

 

 幸い、あたしの腕はまだくっついたままだ。危なかったな。ゴーレムモードじゃなかったら、確実に、愛子さんと同じ状態だっただろう。

 

 よし! 美咲! 反撃だ!!

 

 動きが止まった亜夕美さんに向けて、右半身の美咲が必殺の正拳突きを繰り出す。その強烈な一撃は、完璧に、亜夕美さんの胸を捉えた。

 

 ――が!

 

 まるで、鉄の塊でも殴ったかのような衝撃。『融合』の能力で戦闘力がアップしていなければ、手の骨は粉々に砕けていただろう。

 

 亜夕美さんは、衝撃で少し後退したものの、ほとんどダメージを受けていないようだ。再び薙刀を振り上げる。ダメだ。もう1度あの薙刀を受け止める自信はない。今度はホントに腕を切断されかねない。あたしはバックステップで間合いを取る。薙刀は、地面に叩きつけられた。ふう、危ないところだった。

 

 ――と、安心したのもつかの間。

 

 亜夕美さんの身体が、地面に着いた薙刀を支えに側転する。左足が、あたしの頭部を狙っている。マジかよ! そんな体勢からも攻撃を仕掛けて来るのか!? とっさに両手をクロスさせ、亜夕美さんの側転蹴りをガードする。が、亜夕美さんの攻撃は止まらない。着地した亜夕美さんは、回転しながら身を沈め、下段左回し蹴りを繰り出してきた。しまった! 完全に不意を突かれた! 足を刈られ、倒れそうになる。そこへ、さらなる攻撃が飛んで来る。亜夕美さんの右足があたしの顔をめがけて飛んで来た。下から上へ突き上げるような蹴り。再び両腕をクロスさせ、何とかガードしたものの、受け止めた勢いで、あたしの身体は浮かび上がり、空中で半回転し、背中から地面に落ちた。クソ、何て強烈な蹴りだ。首を上げ、亜夕美さんを見る。亜夕美さんがジャンプした。空中で大きくエビ反りし、薙刀を振りかぶる。ヤバイ! あんな一撃喰らったら、いくらカスミちゃんゴーレムモードでも、一刀両断だ! 身をひるがえす。ザン! 薙刀が地面を斬り裂く。比喩ではない。実際に亜夕美さんの薙刀は、地面を5メートルほど斬り裂いたのだ!!

 

 あたしはそのままゴロゴロと転がり、立ち上がってさらにバックステップで亜夕美さんとの間合いを取る。完全に形勢を逆転された。それもそのはず。今の亜夕美さんは、『暴走』の能力で、戦闘力が3倍。つまり、18万×3で、54万! 35万2千のあたしはもちろん、ヴァルキリーズ最強忍者・一ノ瀬燈すらも上回る戦闘力なのだ!!

 

 亜夕美さんは再び空に向かって吠えた。完全に暴走モードだ。この能力使用中は、敵味方を問わず、近くにいるプレイヤーに見境なく襲いかかるのだ。戦闘力54万で暴れ回られたら、あたしたちなんかあっという間に全滅だ。

 

 これは、あたしたちの予想以上に――。

 

 

 

 ――――。

 

 

 

 予想以上に――計画通りだぞ!!

 

 

 

 

 

 


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