ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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CTF・オフェンス #2

 あたしたちのチームの陣地まで様子を見に来た由香里さんと麻紀さんを、直子の能力『コカトリス』で石化し、薫の能力『ミミック』と『連絡係』の能力カードで由香里さんチームのメンバーをほとんど敵陣内から誘い出すことに成功したものの、フラッグを守るのは千恵とゆき、そして、ゆきが能力で作ったゴーレム2体。戦闘力12万の強敵だ。倒すのは容易なことではない。ここで、我らがリーダー・篠崎遥が、薫の能力を使った作戦を思いつく。残り時間はあまりない。あたしたちは、遥の作戦を実行することにした。

 

 まず、薫が『ミミック』の能力を使い、由香里さんに変身する。続いて、あたしが薫から『ミミック』の能力カードをもらい、それで麻紀さんに変身した。

 

「では、行ってきます」ちはるさんたちに告げ、あたしと薫は、西側通路から敵陣の建物に入った。そのまま階段を上がる。

 

「何やってるの!?」

 

 2階に上がった瞬間、薫が由香里さんそっくりの声と仕草で言う。「もうフラッグを守る必要はないわ! 敵チームの狙いは、同点によるキル数での勝負。今、あたしたちはキル数で圧倒的に負けてる。この勝負に勝つためには、少しでも多く、敵チームのメンバーを倒さなくちゃいけないの! あなたたちも、早く来なさい!!」

 

 そのまま2人で階段を上がる。これで、千恵とゆきをうまく誘導できれば……。

 

「は……はい! スミマセン!」千恵が持ち場を離れ、こちらに来た。よし! うまく行ったか?

 

「千恵、待って!」ゆきが叫ぶ。「騙されてはダメ! それは敵よ!」

 

 千恵が立ち止まり、あたしたちとゆきを交互に見た。戸惑いの表情。

 

「こんな時に何言ってんの!」薫は演技を続ける。「何度も言わせないで! 今は、1人でも多くの敵を倒さなくちゃいけないのよ!? もう時間は無いわ。負けてもいいの!?」

 

「ムダよ。騙されないわ」ゆきは自信満々の表情だ。「あなたたち、『モーション・トラッカー・ライト』の能力を忘れてるんじゃない? 敵の足音を聞き分け、位置が分かる能力。さっきからあなたたちの足音は、敵であることを知らせてるわ。姿かたちは完璧に変身できても、敵であることには変わりない。ミスったわね?」

 

 くそ。ゆきめ、意外と冷静な判断だな。千恵もそのことに気付いたのか、階段から離れた。

 

「あたしたちを屋上におびき寄せようとした、ということは、敵は1階から来るのね」ゆきは不敵に笑い、ゴーレムの1体を1階への階段付近に移動させた。「これで、例えちはるさんたちでも簡単には上がって来れない。さあ、どうする? 1度退いて、作戦を立て直す? もう時間は無いわよ? わざわざフラッグを奪いに来たということは、時間切れのキル数勝負を狙っているわけじゃないんでしょ? だったら、きっちりフラッグを奪って見せなさい」

 

 挑発するようにあごを上げるゆき。

 

 あたしたちは――。

 

 ――――。

 

 もちろん、そのつもりだよ!!

 

「――フラッグが奪われました」

 

 建物の中に響く、案内人の声。

 

「――え!?」

 

 慌ててフラッグの方を見るゆきと千恵。

 

 そこには、フラッグを持ったちはるさんがいる。

 

「そんな! いつの間に!?」声を上げるゆき。

 

 ――チャンス!

 

 あたしは、階段から飛び、戸惑ってスキだらけのゆきにジャンプキックを叩き込んだ。ボン! 魂と化すゆき。能力が解除され、ただの石像と化すゴーレム。

 

「――あばよ!」石像の脇を通り、ちはるさんは1階に降りた。何が起こったか分からず呆然としていた千恵。我に返り、慌てて追おうとするけど、あたしはその前に立ちはだかった。ミミックの能力は解除し、戦闘力12万のカスミちゃんゴーレムモードに変身。戦闘力2万にも満たないであろう千恵など敵ではない。ブン! 岩の拳の一振りで、千恵は吹っ飛び、魂と化した。

 

 よっしゃ! 作戦通りだ!!

 

 説明しよう! まず、薫とあたしが由香里さんたちに化け、2階に上がり、ゆきたちを誘導しようとする。これに引っかかってくれれば話は早かったんだけど、『モーション・トラッカー・ライト』の能力があるから、バレることは十分考えられた。それは想定済みだ。本命はあたし達ではなく、ちはるさんである。あたしたちがゆきたちの気を引き付けている間に、姿を消したちはるさんがしゃがみ歩きでそっと2階に忍び込み、フラッグを奪うという作戦だったのである!

 

 姿を消す能力――そう、第2フェイズに森の中で倒した二期生・林田亜紀の能力『アクティブ・カモフラージュ』、その能力カードだ!

 

『アクティブ・カモフラージュ』の能力は、完全な透明になるわけではない。半透明だから、注意すれば姿は見える。しかし、ゆきたちはあたしたちに気を取られ、ちはるさんの侵入に気付かなかった。もちろん、フラッグを持った時点で能力は解除されるけど、一瞬のスキができれば十分倒せる。見事、遥の作戦通りだ!

 

 フラッグを奪ったあたしたちは、1階に下り、待機していた愛子さんたちと合流する。

 

《ちはるさん、カスミさん、薫、グッジョブです!》遥の声。《では、予定通り行きましょう。西回りのルートで脱出します。フラッグは葵さんが持ち、ちはるさんとカスミさんが護衛してください。愛子さんと薫と直子は待機。敵チームのメンバーがリスポーンしたら、どんどん倒してください。通路は死守です!》

 

 

【挿絵表示】

 

 

「了解!」ちはるさんは葵にフラッグを渡した。「そっちはどうだ!?」

 

 遥は今、中庭中央の建物の屋上で見張っている。薫の『ミミック』と『連絡係』の能力に騙され、東回りであたしたちの陣地の建物に向かった朱実たちも、さすがにフラッグを奪われ、石になった由香里さんたちを見たら、騙されたことに気付くだろう。

 

《自陣建物から理香さんたちが出て来ました。任せてください》遥が言う。

 

 遥は弓道家だ。中庭中央の建物の屋上からならば、このエリアはほぼ弓の射程距離内である。『ヘッドショット』の能力もあるし、敵は迂闊に動けないだろう。

 

《綾を倒しました!》と、遥。《しかし、残りの3人は、建物内に戻りました。美咲、そっちに向かうかもしれないわ! 気を付けて!》

 

《りょーかいでーす。ここは、死んでも通しませんよ!!》

 

 美咲は、中庭中央建物の地下にいる。東西の壁中通路を地下道で結んでいる、ちょうど真ん中だ。理香さんたちが地下通路を通ってあたしたちの先回りしようとしても、美咲に行く手を阻まれるわけだ。

 

 よし。これで、後方からの追手は愛子さんたちが、

 

 

【挿絵表示】

 

 

中庭及び南西の壁上通路の敵は遥が、

 

 

【挿絵表示】

 

 

地下を通って先回りしようとする敵は美咲が、

 

 

【挿絵表示】

 

 

それぞれ倒してくれるというわけだ。

 

 仮に誰かが突破されたとしても、フラッグはあたしとちはるさんが守っているから簡単には渡さない。時間もまだ2分ほど残っている。完璧だ。完璧な作戦だ。

 

 あたしたちは北西の壁中通路を通り、階段を上がって、南西の壁上通路に出た。

 

「敵の姿は無し。フラッグの運搬は順調だ」ちはるさんがボイス・チャットを飛ばす。

 

《同じく、中庭に敵の姿は見えません。警戒を続けます》遥が言った。

 

《こっちも静かなもんだ》敵陣で待機している愛子さんも応えた。《3人もいらなかったかもな》

 

《地下はただ今戦闘中でーす》美咲だ。やはり、理香さんたちは南東の壁中通路から地下通路へ回ったようだ。

 

 ちはるさんが言う。「フラッグはすでに壁上の通路だ。もしそこを突破されても、もう追いつけないだろう。あまりムリはしなくていいぞ」

 

《了解! でも、もう片付きます》余裕の声で応える美咲。

 

 よし、いい調子だ。死亡した敵プレイヤーは北の敵陣建物付近に復活する。どんなにフラッグを持ったプレイヤーの移動速度が低下していても、さすがにもう追いつけないし、敵陣には愛子さんが控えているから、追いかけることさえ難しいだろう。こりゃ、勝負アリだな。

 

 なんて、余裕をかましていたら。

 

《気を付けてください!》遥がボイス・チャットで叫ぶ。《北東の壁上通路を、ゆきさんを背負った千恵さんが、ものすごいスピードで走っています! 早すぎて、弓では狙えません!》

 

 千恵の能力、『マングース』だな。走るスピードが2倍になる能力だ。先回りするつもりか。由香里さんチームにしてみれば、残された手段はそれしかないだろう。

 

《ダメです! 壁中通路に入られました! 申し訳ありません!》

 

「了解! 後は任せとけ!」ちはるさんが応える。

 

 あたしたちは南西の角を曲がった。あと20メートルほどで自陣建物の屋上だ。フラッグを2階まで運べば1ポイント獲得。その時点で、あたしたちの勝ちは確定する。例えその前にゆきと千恵が立ちはだかったとしても、あたしとちはるさんの敵ではないだろう。あっさりと撃退してやる。

 

 ――――。

 

 しまった! 自陣建物の1階には、石化状態の由香里さんと麻紀さんがいるんだった! ゆきの『ゴーレム』の能力を使われたら厄介だぞ!?

 

 ズシン!

 

 大きく床が揺れる。ゴーレムの足音以外にありえない。遅かったか。足音はどんどん近づいてくる。地面の揺れもどんどん大きくなる。くそ。フラッグ獲得を目前にして、2体のゴーレムを倒さなければいけないとは……。

 

「……上等だ。やってやるぜ」両手の関節を鳴らすちはるさん。「カスミ、気合入れろよ!」

 

「……はい!」ゴーレムモードに変身するあたし。

 

 フラッグを持った葵を後ろに下げ、2人で敵が現れるのを待つ。

 

 ズシン! 大きく揺れ。

 

 階段を上がり、ゆっくりと、ゴーレムが姿を現した。

 

「――――!!」

 

 思わず、息を飲む。

 

 現れたゴーレムは、1体だけだった。

 

 ゆきが、1体だけゴーレムを作ったわけではない。

 

 現れたのは、1体だけど、2体分のゴーレム――右半身は由香里さんゴーレム、左半身は麻紀さんゴーレムという、奇怪極まりない姿のゴーレムだ。

 

 ……マジかよ。ゴーレム状態のまま、『融合』の能力を使いやがった。ユカリマキさんゴーレムだ。その戦闘力は、ゴーレム1体12万として、(12万+12万)×2の48万!? さらにそこから15%増の55万2千!? チーム最強忍者・一ノ瀬燈の戦闘力を超えちゃったよ! ダメだ。いくらHPが一律50とは言え、倒せそうにない!

 

「ふう、なんとか間に合ったわね」ゴーレムに続いて、ゆきが屋上に姿を現した。「さあ、ゴーレム。さっさと倒してしまいなさい。残り2分弱で、敵チームを上回るキル数を稼がないといけないんだから、グズグズしているヒマはないわよ」

 

 ズシン! ユカリマキさんゴーレム(なげぇよ)がさらに近づいてくる。この戦闘力差ではとても倒せないだろう。迂回するか? 自陣へ戻るルートはここだけではない。中庭に飛び降り、正面玄関から入ることもできる。ゴーレムは、戦闘力は高いけど鈍足だ。追いつかれたり、先回りされることはないだろう……いや、向こうには千恵がいる。ゴーレムを背負って走ることは可能なはずだ。千恵の能力は、発動中、能力者本人は戦闘行為を行うことはできないけど、背負われているプレイヤーはその限りではない。つまり、ユカリマキさんゴーレムを背負った千恵(だから、なげぇっての)ならば、ゴーレムの戦闘力はそのままに素早く動き回ることができるのだ。2分もあればかなりのキル数を稼ぐことができるだろう。由香里さんチームは、まだ勝負を捨てたわけではない。

 

「ちはるさん、一応、言っておきますが――」あたしはゴーレムから目を放さず言う。「キル数はまだこちらが上回っています。フラッグ獲得は諦め、2分間逃げ回れば、勝負には勝てますよ?」

 

「同じことを2度言わせるな。そんなみっともない勝ち方、できるか」ちはるさんの決意は変わらない。

 

「他の方はどうですか? ちはるさんと同じ意見ですか?」ボイス・チャットでみんなに訊いてみる。

 

《当たり前だ。フラッグを奪えなきゃ、あたしたちの負けでいいくらいだぜ》愛子さんが答える。他のメンバーからも、反対意見は出なかった。まあ、そうだと思ったし、もちろん、あたしも同じ気持ちだ。

 

 でも、どうやって倒す? まともに戦ってはムリだ。何か、方法はないのか……?

 

「遥、そこから、コイツの頭部を狙えるか?」ちはるさんが言う。遥の能力は『ヘッドショット』。60メートル以上離れた位置から遠距離攻撃を行い、頭部に10以上のダメージを与えれば即死。距離は十分だし、遥の腕ならヒットできるだろう。でも――。

 

《狙えないことは無いですが……その化物相手に、10以上のダメージを与えることは、不可能だと思います》申し訳なさ気に言う遥。

 

 そう。たとえ頭部にヒットしても、10以上のダメージでないと即死にはならない。ゴーレムはとにかく身体が硬い。戦闘力12万のあたしですら、ユカリマキさんたちの攻撃に、ほとんどダメージを受けなかったのだ。今のユカリマキさんゴーレムに、一撃で10以上のダメージを与えるのは、まず無理だろう。

 

「もう1つの条件はどうだ? 両耳を直線で結んだ……とか、そんなのがあっただろ?」

 

《両耳を直線で結んだ真ん中、つまり、顔面の中心です。確かにそこにヒットすれば、ダメージ1でも倒せますが……申し訳ありません。ここからだと、側頭部しか狙えません》

 

 確かに、中庭中央の建物からユカリマキさんゴーレムの顔面を狙うのは、角度的にムリだ。矢の軌道をブーメランのように大きくカーブさせることでもできない限り……。

 

 ――――。

 

 そうか……その手があったか。

 

 あたしは、ちはるさんと葵にそっと耳打ちをした。

 

「――分かった。それで行こう」あたしが思いついた作戦を聞いたちはるさんと葵は、すぐに同意してくれた。

 

 あたしはボイス・チャットで遥に呼びかける。「遥。あたしに向かって、矢を放って」

 

《は? カスミさんに、ですか?》

 

「ええ、そうよ」あたしは、力強く言った。「――その矢の軌道を変えて、ユカリマキさんゴーレムの顔面中央にヒットさせる」

 

「――――」

 

 ボイス・チャット越しに、メンバー全員が息を飲むのが分かった。

 

《それで……倒せるんですか?》遥が訊く。

 

「倒せるはずよ。第2フェイズの特殊ミッション、見てたでしょ? スレイヤーの後半、あたしと燈が戦った時、あたしが投げた手裏剣が燈に弾かれて、それが深雪さんに当たったの。その結果、深雪さんへのキルはあたしに付いた。このゲームでは、手裏剣などの飛び道具で攻撃した場合、地面に着くか、何かに刺さるか、他のプレイヤーにキャッチされるか、などで動きが止まるまでは、飛び道具は、使ったプレイヤーの所持品と見なされるの。だから、遥が放った矢をあたしが弾いてユカリマキさんゴーレムの顔面の中央にヒットさせれば、『ヘッドショット』の能力は、必ず発動する」

 

《でも、そんなことができるんですか?》

 

「――――」

 

 すぐに答えることはできない。ヴァルキリーズ最強忍者の燈ならともかく、このあたしに、そんなことが可能だろうか? みんなが不安になるのも無理はない。

 

 でも。 

 

「――できなくても、やるしかないわ。時間内にこのバケモノを倒すには、それしかない」決意を込めて言った。

 

《――分かりました》

 

「ちはるさん、葵。危険なので、下がってください」

 

 静かに後ろに下がる2人。あたしから5メートルほど離れた。

 

 ボン! 能力を解除し、動きの鈍いゴーレムモードから通常モードに戻るあたし。ここからさらに5メートルほど離れているユカリマキさんゴーレムを見つめる。

 

「思い切った勝負に出たわね、カスミ」ユカリマキさんゴーレムの後ろのゆきが笑う。「――でも、そう見せかけて、実はあたしを狙ってる、っていうのなら、ムダよ」

 

 ゆきはその場にしゃがんだ。通路は両サイドに腰くらいの高さの壁がある。しゃがめば、もう、遥のいる位置からは見えない。ゆきを倒してゴーレムを停止させることはできなくなった。まあ、最初からそんなつもりはないけどね。

 

《では、行きますよ!》遥の声。

 

「OK! 任せなさい!」

 

 あたしの声で。

 

 矢が、放たれた――。

 

 

 

 

 

 


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