東方双夢譚   作:クジュラ・レイ

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8 黒鷹獣

「人や妖怪が強い負の感情を抱く事によって生まれる存在?」

 

「えぇ、そうよ。紅魔館を襲ったグリフォンは、<黒獣(マモノ)>である可能性が非常に高いの」

 

 秋の風が吹く空を駆け、霧の湖を目指している最中に霊夢が<黒獣(マモノ)>についての説明を施すと、レミリアは早速首を傾げた。

 

「って事は何よ、あのグリフォンは人か妖怪が変化して現れた<黒獣(マモノ)>だっていうのかしら」

 

「そうかもしれないってだけで、本当にそうとは限らないわ。もしかしたら新種の妖怪か。悪魔かもしれないしね」

 

 しかし、妖怪や魔物を<黒獣(マモノ)>と確証付ける点がある。それは、身体に禍々しく、刺々しい模様が走っていて、その中に花を模した形の模様がある事だ。これまで出現した全ての<黒獣(マモノ)>の身体には、花を模した形の模様があった。この事から霊夢は天志廼で<黒獣(マモノ)>という単語を知るまでは、『黒い花』と呼んでいた。

 この事を霊夢から聞くと、レミリアは考え込むような姿勢になった。

 

「花のような形の模様かぁ……そんなのあったかしら」

 

「見えなかった?」

 

 レミリアは何とかグリフォンの身体に模様があったかどうか思い出そうとした。しかし、浮かび上がってくるのは黒いグリフォンの形だけで、身体に模様があったかどうかまでは思い出せなかった。グリフォンの姿が見れたのは、紅魔館が襲撃された際に窓から襲撃された場所を見下ろした数秒の間だ。その時レミリアは凝視しようとしたが、グリフォンはその翼を羽ばたかせて、瞬く間に霧の湖の方へと逃げて行ってしまった。だから、グリフォンの姿を詳しく見る事は出来ていない。

 

「わからないわ。グリフォンの姿を見れたのは、ほんの少しの間だったから、ほとんど覚えてない。近くまで行ってみないと、どうにも……」

 

「そう」

 

 霊夢の隣に並ぶ懐夢が不安そうな顔をする。

 

「ねぇ霊夢、それって本当なの」

 

「何が?」

 

「強い負の感情を抱いた人が、あんなふうになっちゃうっていうの」

 

 霊夢は頷き、少し悲しそうな表情を浮かべた。

 

「残念だけどそうみたいよ。<黒獣(マモノ)>っていう単語が生まれたのは、過去に今と同じ異変が起きた事が原因みたいだから」

 

 懐夢は俯いた。

 

「じゃあ……それって……」

 

 何かを考えだして、顔色を蒼くした懐夢に霊夢は少し驚き、声をかけた。

 

「か、懐夢、どうしたの」

 

 懐夢はハッとして、顔を上げた。

 

「な、なぁに?」

 

 懐夢の顔色が悪くなっていた事にはレミリアも気付いていたらしく、懐夢に視線を向けて、声をかけた。

 

「なぁにじゃないわ。貴方、顔色悪いわよ。どうかしたの」

 

 懐夢は首を横に振り、表情を引き締めた。

 

「どうもしないよ。早くいかなきゃ。フランが心配だよ」

 

 霊夢は懐夢の顔を見て一瞬心配になったが、すぐに目の前に視線を戻した。

 

「そうね。今はあんたの妹であるフランドールが無事かどうかを確認するのが先よ。そして、紅魔館を襲ったグリフォンが<黒獣(マモノ)>かどうかも」

 

 霊夢に言われて、レミリアは頷き、前の方に視線を戻し、秋の風が吹く空を駆けた。

 

 

 

       *

 

 

 

 霧の湖に近付くにつれて、レーザー光線が発射される音、熱弾、光弾が炸裂する音、火炎弾が爆裂したかのような爆発音といった、様々な『戦闘音』が聞こえてくるようになった。それらの音は、妹の危機を感じて駆け付けたレミリア、異変の解決のために駆け付けた霊夢と懐夢に、霧の湖で大きな戦闘が行われている事を悟らせた。そしてその戦闘は、紅魔館を襲撃した黒いグリフォンとレミリアの妹であるフランドールによるものだ。

 

 三人は音を聞くなり、ぎゅんっと加速し、胸に不安を募らせながら霧の湖へ急いだ。やがて霧の湖に辿り着くと、三人は驚いて急停止した。霧の湖の周辺に生い茂る森は炎を放たれたのか、ごうごうと音を立てて燃え盛り、地面には何かが衝突したと思われる多数の窪みが出来ており、普段は音がなくて美しい湖の水面は荒々しく波が立ち、中で泥が舞ったのか、水は少し濁っている。そしてその水面の上で、鷹の上半身と獅子の下半身を持ち、大きな翼を肩から生やした目が血のように赤く、墨のように黒い毛並みを持った獣と、ボロボロになった洋服を身に纏い、金色の長い髪の毛をサイドポニーテールにし、背中から宝石で出来た異形の翼を生やした、血のような紅い瞳の、見た目十三歳くらいの少女が顔に狂気を孕んだ笑みを浮かべて、燃え盛る炎の剣を振るい、獣と激しく渡り合っていた。

 異常ともいえる光景を目の当たりにしたレミリアは、少女に叫んだ。

 

「フランッ!!」

 

 レミリアの声が、荒れ果てた霧の湖に響き渡った。しかしフランドールは姉に目もくれず、顔に狂気の笑みを浮かべたまま笑い声をあげ、目の前で息を荒げて興奮状態になっているグリフォンへ炎剣で斬りかかった。フランドールの振るった炎剣がグリフォンの背中を直撃すると、グリフォンは身を斬られる痛みと、焼かれる熱さという二つの苦痛に悲鳴を上げた。フランドールはグリフォンの悲鳴を聞いて興奮したのか、口元が裂けるのではないかと思われるくらいに頬と口角を上げ、グリフォンの体内へ炎剣をねじ込ませようとした。その直後、グリフォンは炎剣を受けたまま身体を力強く回転させて炎剣ごとフランドールを弾き飛ばし、更に顔を上空へ吹っ飛んで行ったフランドールへ向け、狙いを定めるなりその口を大きく開いた。次の瞬間、グリフォンの口内に業火を思わせる焔が滾り、やがて燃え盛る弾丸としてフランドールへ発射された。火炎弾はフランドールが体勢を立て直す前に直撃し、大爆発。フランドールは爆炎の中へ消えた。

 妹が爆破される瞬間を目の当たりにした姉、レミリアは顔を真っ青にして叫ぶ。

 

「フラン!!」

 

 その最中、霊夢はグリフォンの隙を見計らって、その身体を注視した。そして、見つけた。グリフォンの身体には、刺々しくて禍々しい、赤と紫色の模様が走っている。その中には、<黒獣(マモノ)>である事を証明する花を模した模様があった。間違いなく、あのグリフォンは、この幻想郷の民の誰かが変異した<黒獣(マモノ)>だ。

 

「<黒獣(マモノ)>……!!」

 

 霊夢の声に、懐夢が驚きの声を上げる。

 

「<黒獣(マモノ)>!?」

 

「えぇ。あれはさっきの話にでてきた<黒獣(マモノ)>よ。紅魔館を襲ったのは、やっぱり<黒獣(マモノ)>だったんだわ。……中身が人か妖怪かはわからないけれどね」

 

 霊夢が言ったその直後だった。空中に燃え盛る爆炎が突如として引き裂かれるようにして消えたかと思えば、グリフォンが強い衝撃を受けたかのように水面へ吹き飛ばされ、轟音と激しい水しぶきを立てて霧の湖に墜落した。グリフォンが吹っ飛ばされるまでいた空に目を向けてみると、そこにはもはや布きれ同然の服を身に纏い、自らの血とグリフォンの黒い返り血で身体を汚した半裸のフランが、不気味なまでに口角を上げて、狂った笑みを浮かべていた。

 目の前にたたずむ悍ましい姿の金髪の吸血鬼に懐夢は震えた。一月前、レミリアの紹介で出会ったフランドール・スカーレット。レミリアからフランドールには心が安定している時と不安定な時があると聞いて、当初は出会うのが不安だったが、いざ出会ってみると、フランドールは明るくて無邪気で、話していると楽しい少女だった。色々話し合い、自分が友達になると言うと、フランドールは大喜びしてくれて、とびっきりの笑顔を見せてくれた。――そのとびっきり笑顔で、友達になった事を喜んでくれたフランドールは今、目の前で炎の剣を握り、ほとんど裸で血塗れになって、<黒獣(マモノ)>を殺傷する快感に溺れているかのように頬と口角を上げて、一目見るだけで背筋が凍りそうになる、狂った笑みを顔に浮かべている。

 

「あれが……本当にフランなの」

 

 懐夢が思わず呟くと、目の前に妹に、レミリアはもう一度声をかけた。

 

「フラン!!」

 

 その時、フランドールはようやく姉が傍まで来ていた事に気付き、姉の姿を瞳に入れて笑んだ。

 

「あぁおねえさま! 来てくれてたのね!」

 

 レミリアがフランドールの傍まで寄ってくると、フランドールはグリフォンの落ちた水面を指差した。

 

「ねぇねぇ聞いておねえさま! あのグリフォン、すっごく丈夫なんだよ! 私がきゅっとしてドカーンしてあげても、全然効いてないの!」

 

 きゅっとしてドカーン。それはフランドールが持ち前の『ありとあらゆる物を破壊する程度の能力』を発動させる時の言葉だ。この世に存在する物には『目』と呼ばれる緊張した部分があり、そこに力が加わると脆く崩壊する。フランドールの能力はこの『目』を自らの手の内に移動させ、握りしめる事によって『目』を通じて物を破壊するというものだ。その力は動植物の身体は勿論、岩から鉄、果ては地上目掛けて降り注ぐ隕石すらも破壊し、生物をほぼ一撃で絶命させてしまう、抗う事の出来ない能力だ。しかしフランドールの話によると、撃墜されたグリフォンは能力による破壊を仕掛けられても倒れず、平然と立ち向かって来たらしい。今までフランドールの能力を受けて倒れなかったものはないだけに、前代未聞だ。

 

「どういう事? フランの能力を受けても倒れないなんて……」

 

「わかんない。でもすごいんだよあのグリフォン。遊んでですっごく楽しいもん!」

 

 そのうち、霊夢と懐夢もレミリアを追って、フランドールの傍まで飛んだ。フランドールは懐夢が傍まで来るなり、顔に浮かぶ笑みを、狂気の笑みから喜びの笑みに変えた。

 

「あ、懐夢!」

 

 いきなりフランドールの顔が変わった事に懐夢は驚いた。

 

「フラン、大丈夫なの? すごい傷だけど……」

 

 フランドールは頷いてにっこりと笑った。

 

「大丈夫だよ。このくらいどうって事ないから。それよりも、懐夢も遊びに来たの?」

 

「あ、遊び?」

 

「そうだよ! あのそこのグリフォン、すごく強くて、すっごく楽しいんだよ! 懐夢も一緒に遊ぼうよ!」

 

 フランドールは遊んでなんかいない。先程まで、炎剣を振り回してあのグリフォンと戦っていた。あれが遊びであるはずがない。いや……もしかしたらフランドールからすれば、どちらかが傷付き、殺される戦闘も、遊びでしかないのかもしれない。だから、戦うなんて言葉を使わないで、遊ぶなんて言う言葉を使うのだ。

 懐夢はごくりと息を呑んだ。隣で霊夢が冷や汗をかいた。

 

「あんたからすれば、戦闘は遊びなのね。その様子だとあの八俣遠呂智の時も……」

 

「あぁあの大きなドラゴンの時!? あれもすっごく面白かったよね! 色んな攻撃のバリエーションがあったり、もっと大きくなったりして!」

 

 グリフォンとの戦闘で感情が高ぶっているのか、幼い子供のようにフランドールは(はしゃ)ぐ。霊夢達からすれば<黒獣(マモノ)>との戦いなど、本当に生きるか死ぬかの瀬戸際の戦いだと言うのに、フランドールはそれすらも楽しいと感じている。もはや、フランドールの持つ独特のペースには、霊夢達はついていけないと感じていた。というよりも、フランドールのような気が触れた吸血鬼のペースについて行こうとする方が間違いだが。

 

「まぁいいわ。それよりも、あのグリフォンとはどのくらい戦ってたの」

 

 霊夢の問いかけにフランドールは上を見上げて、考えた。

 

「えっと、結構長く遊んだ気がするなぁ。グリフォン、全然壊れないんだもん」

 

 ごくり、と霊夢は息を呑む。フランドール程の攻撃力を持ったとしても、あのグリフォン型の<黒獣(マモノ)>は倒れる気配を見せていなかったという事は、それほどまでにグリフォンが強力な<黒獣(マモノ)>だと言う事だ。もしかしなくても、黒い虎、黒い犬といったこれまでの<黒獣(マモノ)>達の力を遥かに凌駕する力を持った個体だろう。しかし、とてつもない攻撃力を持ったフランドールと争ったからには相当な傷を負い、弱っているはずだ。傷付いた今を狙えば、これ以上の被害を出さないで倒す事が出来るはず。

 

「なるほど、相当な力を持った<黒獣(マモノ)>って事ね。でもあんたと戦ったんなら、あいつもただじゃすまないはず」

 

 そう言って、グリフォンの沈んだ水面を見つめたその時だった。

 

[ようかいめ、ようかいめ、ようかいめ、ゆるさない、ゆるさない]

 

 どこからか声が聞こえてきて、霊夢は辺りを見回した。まただ、黒い虎、黒い犬の時と同じだ。あの時もこうやってどこから聞こえて来たかわからない声に混乱した。しかもこの声は他の物には聞こえず、自分の耳にだけ届いているという奇妙なものだ。どうして聞こえてくるのか、一体何が発しているのか、何もわからない不気味な声。しかし、今回の声にはどこか聞き覚えがあった。かなり最近になって、聞いた事がある気がする。

 

「この声は……」

 

 霊夢の呟きに、レミリアが顔を向ける。

 

「霊夢、どうしたの」

 

「今、声が……」

 

 懐夢が首を傾げる。

 

「声? 何か聞こえたの?」

 

 霊夢は声が聞こえてきた方向である、霧の湖の水面を見つめた。水の中で黒くて大きな何かが蠢いているのが見えた。その次の瞬間、霊夢は水の中の黒いものの正体がわかり、悲鳴を上げるように三人へ声をかけた。

 

「三人とも! 逃げるわよ!」

 

 霊夢の指示によって一同がその場を離れた瞬間、霊夢が止まっていた位置目掛けて、水中から火炎弾が飛び出した。そしてそれは霊夢達がいた高さに達したところで、爆炎と衝撃波、轟音を吐き出して爆発した。霊夢はもう一度冷や汗をかいた。もしもう少し回避するタイミングが遅れていたら、あの火炎弾をもろに受けていたところだ。先程はフランドールがあの火炎弾を受けていたが、あれはフランドールだからこそどうにかなったのであって、自分や懐夢が受けたら、ほぼ即死してしまうだろう。しかもあの火炎弾は何かに衝突し、破裂することによって爆発するのではなく、自分達がいた高さまで飛んだところで、自ら破裂し、爆発した。あれはある時を刻んだ時に爆発する時限性の火炎弾だ。そしてそれを放ったのは……。

 そう思った直後、大きな水しぶきを上げて、大きな何かが湖の水面から飛び出した。轟音にも等しき水の音に驚き、視線を送ってみれば、そこにはフランドールの攻撃を受けて湖に沈んだはずのグリフォンの姿があった。体毛から血と水を、口から涎を滴らせながら、巨大な黒い翼で空を駆ける異様な姿は、まさに<黒獣(マモノ)>と言えた。それだけでなく、グリフォンは興奮状態になっているのか、口から炎を混ぜた息を荒々しく吐いている。

 

「来たわね、グリフォン!」

 

 レミリアが紫色の光の槍、魔槍グングニルを構えると、懐夢もまた背中に携えていた天志廼の刀を引き抜き、身構えた。

 

「あれが……人や妖怪が変異した<黒獣(マモノ)>だっていうの」

 

 一瞬攻撃する事を躊躇っているかのような声を出したかと思うと、懐夢は刀を握り直した。

 

「でも、霊夢に攻撃しようとするなら、容赦しないんだから」

 

「そうよ懐夢。幸い<黒獣(マモノ)>を攻撃しても<黒獣(マモノ)>の元になった人は傷を負ったりしないみたいだから、思う存分攻撃していいわよ」

 

 霊夢が札と封魔針を取り出して身構えると、フランドールが狂気に満ちた笑みを浮かべる。

 

「あは! やっぱすごいなあのグリフォンは! あれだけ壊しても、壊れないんだもん!」

 

「笑い事じゃないわよ! あんたの攻撃を受けて倒れないって事は、それだけ強力な<黒獣(マモノ)>だって事よ! でも、初めて見た時より傷付いてるのは確かみたいね」

 

 霊夢は咄嗟に指示を下した。

 

「レミリア、フランドール! あんた達は全力であいつに攻撃をぶつけて頂戴! あんた達吸血鬼の攻撃力を受ければ、あいつだってただじゃすまないはずだから!」

 

 レミリアとフランドールは頷き、翼を羽ばたかせて空を駆け、グリフォンから距離を取った。

 続けて霊夢は懐夢に指示を下す。

 

「懐夢、あの二人の攻撃が終わったら、私と一緒にスペルカードをぶつけるのよ! 私達の力は調伏の力、それを受ければ、あいつだって一溜りもないはず」

 

「わかった。でも、霊夢に何かあったらぼくはすぐに霊夢を守る姿勢になるから、よろしくね!」

 

 霊夢は懐夢の言葉に頼もしさを感じながら頷き、レミリアとフランドールに注意を向けて交戦体勢になっているグリフォンへ目を向けた。

 直後、レミリアは紫色の光槍を携えたまま、スペルカードを取り出し、宣言した。

 

「夜符「デーモンキングクレイドル」!!」

 

 宣言の直後、レミリアは紅い光を纏い、身体を高速回転させながらグリフォンへ突撃を開始。グリフォンはレミリアの接近を許さないと言わんばかりに火炎弾を発射し、爆発させて空を爆炎で覆ったが、レミリアはその間を縫うように飛び抜けてグリフォンへ急速接近、グリフォンの腹に突撃を炸裂させて停止したかと思いきや、同時に光槍を突き刺し、光槍を軸に高速回転を始めた。岩を削り壊すようなドリル回転で腹部の肉を削り抉られ、グリフォンはギャアアアアアッという悲鳴を上げ、大量に血を吐き出した。レミリアはしばらく回転を続けてグリフォンの肉を削り、もう十分だと思ったところで回転をやめ、勢いよく光槍をグリフォンの身体から引き抜き、両足でグリフォンの身体を蹴り飛ばした。

 霊夢と懐夢は攻撃を終えたレミリアに視線を送った。グリフォンの吐血によって飛んできた血と返り血で身体を紅く染められたレミリアの姿を見ると、まさに紅魔(スカーレットデビル)と言うに等しいと思えて、二人はごくりとつばを飲み込んだ。

 直後、レミリアの攻撃を受けて吹っ飛んだグリフォンに、妹のフランドールが迫り、狂気を孕んだ笑みを顔に浮かべてスペルカードを発動させた。

 

「禁忌「フォーオブアカインド」!!」

 

 宣言すると、フランドールの周囲にもう三人のフランドールが出現し、一斉にグリフォンに蹴りかかる、殴りかかる、引き裂きかかる、千切りかかるなどして襲いかかった。突然フランドールの数が増えた事に懐夢は驚きの声を上げて、驚愕した表情を浮かべる。

 

「ふ、フランが四人!?」

 

 霊夢はかつて紅魔事変の時にフランドールと交戦した時の事を思い出して、冷や汗をかいた。フランドールが発動させたスペルカード、「禁忌「フォーオブアカインド」」。あれはフランドールの周囲に、魔力で構成された三人に分身を召喚するスペルカードだ。一見すれば、ただでさえ凶悪な攻撃力を持つフランドールを四人に増やし、攻撃力を無限大にまで膨れ上がらせるものだと思わせるカードだが、四人で一斉攻撃を仕掛けたり、三人の分身で防御態勢を取って身を護ったり、三人で本体の攻撃のフォローを行い、隙を完全に無くすなどの数多の戦法を可能になど、様々な使い道を隠し持つ非常に高い汎用性を持っているのがあのスペルカード、「禁忌「フォーオブアカインド」」なのだ。霊夢はフランドールと交戦した際にこれを使用されて、ありとあらゆる場所から熱弾と光弾の豪雨を放たれて、まともに攻撃を仕掛けられず、歯痒い思いをした経験があるため、あのスペルカードが発動された瞬間を見ると、思わず冷や汗が出てくる。

 この事を懐夢に話してやると、懐夢はもう一度驚きの声を上げた。

 

「分身を作り出して一斉攻撃……そんなすごい術を使えるなんて……フランって一体……」

 

 フランドールの攻撃力を目の当たりにすると、霊夢は前の異変の時に、フランドールが暴妖魔素(ぼうようウィルス)に感染しない妖魔だった事がどれだけ幸運な事だったのかとしみじみに思う。もしもフランドールが暴妖魔素に感染して暴走していたならば、ありとあらゆる物を破壊し、全て生命を殺し尽くす、とんでもない破壊生物(デストロイア)と変化していた事だろう。もしそんな破壊生物となったフランドールと戦う事になったら……というのは、霊夢があの異変が起きた時に最も危惧していた事だった。

 霊夢がそう思っている最中にも、フランドールの攻撃は止まずに続いていた。四人のフランドールは狂気の笑みを浮かべたまま傷付いたグリフォンの身体の毛を毟り取り、傷口を更に引き裂き、殴って骨を折り、蹴って窪ませるなどの残虐極まりなく、容赦のない攻撃をグリフォンに仕掛ける。グリフォンは文字通り手も足も出ない状況に、レミリアに肉を抉られた時よりも大きな悲鳴を上げようとしたが、フランドールはグリフォンの口元を殴り飛ばす事によって悲鳴を止めた。あまりにえげつない攻撃の嵐に、懐夢は背筋を凍らせる。

 

「や、やりすぎじゃ……」

 

 霊夢は首を横に振った。<黒獣(マモノ)>はあれくらいやらないと死なないし、ある時を境に一気に状況を逆転させるだけの力を秘めた凶悪な存在だ。だからレミリアやフランドールのようにやりすぎと言われるくらいに攻撃しなければ、倒す事など出来やしない。変に手加減してしまえば、こっちが逆にやられ、殺されてしまう。しかし意外な事に、グリフォンは二人の攻撃に苦しみもがき、動けないでいる。この前の黒い虎や黒い犬と比べたら、かなり戦闘力に差があると思われる。いや、フランドールと渡り合えるくらいの運動能力を持ち、時限爆炎弾が使用できる点から、攻撃力は高いようだ。しかし、レミリアとフランドールの二人の攻撃を受けて全く動けなくなっている点から察するに、どうやら前の二匹と比べて防御力が格段に低い固体らしい。いや、もしかしたらあの<黒獣(マモノ)>は、元になった人の負の感情があまり強くなく、<黒獣(マモノ)>としては弱い固体として生まれたのかもしれない。それならば……もう倒せる!

 

「二人とも、<黒獣(マモノ)>から離れて! そのまま、止めを刺すわ! 懐夢、攻撃準備!」

 

「わかった!」

 

 霊夢の指示が三人に届くと、懐夢はスペルカードを構え、レミリアとフランドールはもう一度グリフォンに魔槍と炎剣による攻撃を仕掛け、上空へ弾き飛ばした。霊夢は懐夢にもう一度声をかけると、スペルカードを構えて、発動させる姿勢を取った。

 

「この世に具現せし邪悪なる者よ、久遠の眠りに就きなさい」

 

 霊夢と懐夢は息を合わせ、スペルカードを宣言した。

 

「霊符「夢想封印」」

 

「霊符「夢想封槍」」

 

 宣言が成され、二人のスペルカードが発動されようとしたその次の瞬間だった。レミリアとフランドール、霊夢と懐夢の目の前から、グリフォンが一瞬にして姿を消した。突然目標が消えた事に一同が口を合わせて「え?」と言った直後、岸の方で轟音が鳴り響いた。何事かと目を向けると、フランドールとグリフォンの戦闘で荒んだ岸にさらに大きな窪みが出来ていて、もんもんと土煙が立ち込めているのが見えた。そしてその土煙の中に、レミリアとフランドールの残虐行為にも等しき攻撃によってずたぼろになったグリフォンが倒れていて、その上に一つの人影が乗っていた。

 誰だ? と一同が思う前に人影はグリフォンを踏み台にする形で飛び上がり、土煙から飛び出してきて、一同にその姿を見せつけた。

 まるで雪のような純白で、腰に届くほどの長さの髪、ところどころに黒い線の入った、霊夢の切る巫女服に似たデザインをした白い装束を身に纏った、霊夢と同じ十七歳くらいの少女。それが、土煙の中から姿を現した人影の正体だった。こちらに背を向けているため、顔の形や眼の色、表情などは確認できない。

 

「あれは……?」

 

 霊夢が思わず呟いた直後、少女は背筋を伸ばし、両手を広げた。広げられた少女の手に光が集い、やがて七色の光を放つ光の珠となると、霊夢は驚いた。何故ならば、あの光の珠の見た目が、自分の特徴ともいえるスペルカード、「霊符「夢想封印」」の発動で出現する光の珠と全く同じだったのだ。霊夢が光の珠を凝視しようとすると、光の珠は少女の手を離れて、岸に倒れるグリフォンの元へ高速で飛び、グリフォンの身体に激突したところで破裂し、光の大爆発を起こした。激しい光と轟音と衝撃波の三つが霧の湖全体に行き渡り、森を燃やす炎は消えて、空気が波打った。四人は爆発の衝撃波で吹っ飛ばされたが、すぐに体勢を立て直して浮上し、爆心地に視線を送った。爆心地には、身体のありとあらゆる部位が千切れ、至る所から黒い血を流して地面に転がっている無残なグリフォンの姿があった。あの一撃を受けて、完全に絶命したようだ。

 

「たお……した……」

 

 霊夢が呟くと、懐夢が声をかけた。

 

「霊夢、あの女の人は?」

 

「わからないわよ。何なのかしら、あの人」

 

 霊夢が近付こうとした瞬間、空にたたずんでいた少女は突如として姿勢を崩し、真下に垂直落下し始めた。少女が落ちる先にあるのは、霧の湖だ。霊夢達はびっくりして、慌てて少女の元に飛び駆け、霊夢が落ち行く少女の身体を抱き止めてその場に急停止し、少女の落下を阻止した。一同はふぅと一息吐き、その内の一人であるレミリアが溜息を吐くように言う。

 

「全く、心臓に悪いわね。すんごい力を出したと思ったら、急に落ちるんだから」

 

 霊夢は「全くだわ」と言って、少女を所謂お姫様抱っこと呼ばれる形で抱き上げて、その顔を見つめた。少女は口を少し開けた状態で目を閉じていた。顔は形の整っている、標準よりかは綺麗なものだった。霊夢は少女に声をかけたが、少女は全くと言っていいほど反応を示さなかった。気を失ってしまっているようだ。

 

「気絶してるわ、この人」

 

 フランドールがつまらなそうな顔をする。

 

「つまんなーい。せっかくのグリフォン、壊しちゃったよ」

 

 フランドールの声で、霊夢は「あっ」と言った。そうだ、グリフォンは、<黒獣(マモノ)>は死んだ。<黒獣(マモノ)>が死んだという事は、蒸散し、元になった人が出てくるという事だ。グリフォンを生み出した人を、妖怪を、確認しなければ。

 

「レミリア、ちょっとこの人を持って頂戴」

 

 レミリアは顰め面をしたが、霊夢の真剣と言える表情を見た後、仕方なさそうに霊夢から少女を受け取り、負ぶった。霊夢はグリフォンの亡骸が横たわる岸に降り立ち、グリフォンの亡骸を見つめた。やはり、黒い花の模様が身体にある。だが、黒い虎、黒い犬の時と比べると些か小さいものに感じる。

 

「誰が……誰が……」

 

 霊夢が呟くように言うと、グリフォンの亡骸は瞬く間に崩壊し、黒い霧になって消えた。そして黒い霧が消えて、中から姿を現したものを目の当たりにして、霊夢は唖然とした。

 霧の中から出てきたのは、黒い犬の<黒獣(マモノ)>が防衛隊を襲った際に、霊夢に助けを求めにやって来た、あの時の青年だった。

 

 


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