神獣は早苗が寒がっている事に応じると、ゆっくりと高度を下げながら、着地するのに丁度よさそうな場所を探した。そうしているうちに、神獣は人のいない平原を見つけてそこへ降下し始めた。
そして、神獣が六枚の翼をふわりと広げて、四本の脚で着地した。その衝撃を早苗は全身で受けて、神獣が地面に降り立った事を感じた。
神獣は守矢神社に来た時のようにゆっくりと伏せて、早苗が下りるのに丁度いい高さを作ると、片方の腕を器用に動かして項に乗る早苗の身体に触れた。早苗は神獣の手に支えられながらずるずると項から降りたが、項から完全に離れたところで神獣の手が早苗の身体を掴み、そのままゆっくりと胸元まで運び、両手で早苗を支えると、慎重に胸元へ埋めた。
早苗はあまり動かない手で神獣の胸に抱き付き、震えながら温かさを感じた。しばらくすると、身体が温まってきて、身体の震えが弱くなってきた。
震えが完全に止まると、今度は全身の力が抜けてしまったような気を感じて、早苗は動く事が出来なかった。放心したような状態でぼーっとしていると、神獣が気弱な声で鳴いている事に気付いて我に返った。
「神獣様?」
神獣は首を横に振って、もう一度気弱な声を出した。
「ごめんね」と謝っているようだ。
「何を謝っておられるんですか」
神獣の抱く力が強くなって、早苗はあっと言って気付いた。
神獣は多分、自分と一緒に空を飛びたかったのだ。そして、自分にすごく高いところからの幻想郷の風景を見せたかったのだ。だからあぁやって背中に自分を乗せて、自分達では早々到達する事の出来ない高度まで行ったのだ。
しかし、その途中で自分は寒さにやられてどうにもならなくなり、地上へ降りる事になってしまった。
神獣は自分を寒さに当ててしまった事を謝っているらしい。
「私が、寒さにやられた事ですか? その事を謝っているのですか」
神獣が頷くのを早苗は胸元で感じた。やはり、その事で謝っているらしい。
それがわかると、早苗は目頭が熱くなって涙が頬を伝うのを感じた。
やはり、神獣は変わっていない。幻想郷に移り住んで二年経ち、神獣も変わってしまったのではないかと思っていたが、そうではなかった。神獣は、自分と八年間共に過ごしてきた、誰よりも優しくて、誰よりも信じられる、神獣のままだ。
早苗は神獣の身体に抱き付き、泣き始めた。突然早苗が泣き出した事に神獣は驚いて、「どうしたの?」と心配するような声を出しながら早苗の背中を擦った。
早苗は嗚咽を混ぜながら、神獣に言った。
「やっぱり、信じられるのは、話せるのは、神獣様だけ、です」
早苗は神獣の胸元の毛を掴んだ。
「神獣様、また、話を聞いて、くれます、か」
神獣は穏やかな表情を浮かべて、「聞かせてごらん」と言うように頷いた。
早苗は出来るだけ嗚咽を混ぜないように、神獣に話始めた。
神獣が去ったあとに、祖母が病気になって入院しやがて病死した事、高校で苛めを受けていた事、共に住んでいる神に本当の事が言えず、唯一信じられる神が神獣だけである事、一人だけ仲間外れにされている事、霊夢とその養子が仲良くしているのを見たら怒りが湧いてきた事、何もかも一つ残さず、早苗は神獣に話した。神獣は話の途中で何度も驚いたような表情と悲しそうな表情を交互に浮かべ、瞳を揺らしながら早苗の話を聞き続けた。
そして早苗が話を終えると、神獣は「くるる」という娘を慰めるような声を出して早苗の背中を大きな手で器用に撫でた。
早苗は神獣の毛に顔を埋めたまま、小さな声で言った。
「誰にも言えなかった。あんな事を考えて、自分がおかしいって思った事も、どうすればいいのかわからなかった事も。
神獣様、私、変になってるのかな。変だから仲間外れにされるのかな」
神獣は力強く首を横に振った。「そんなの違うよ」という意思表示だ。
早苗はもう一度神獣に問うた。
「神獣様も、私を変だと思う?」
神獣はもう一度首を横に振った。「早苗は変じゃないよ」と言っているように見えた。
早苗は神獣の毛を握りしめた。
「神獣様は……私の味方なんですか」
神獣は頷いて早苗を顔が見える位置まで持ってきて、穏やかな微笑みを顔に浮かべた。
「勿論、早苗の味方だよ」と言っているように見えて、早苗は心の中がすーっと穏やかになるのを感じた。
そして、穏やかになった心の中に安心感が溢れてきた。
やはり、神獣は自分の見方だ。この幻想郷で誰よりも信じられて、この幻想郷で誰よりも自分の事をよくわかってくれているたった一人の存在だ。それは外の世界の時から、何一つ変わっていない。
早苗はそのまま神獣の胸の部分に飛びつくように、もう一度抱き付いた。
「神獣様、信じてます……ずっと、信じさせてくださいね……」
神獣は早苗がいきなり飛びついてきた事に驚いていたが、すぐに顔に微笑みを戻して、早苗の背中をもう一度摩った。
早苗は神獣の胸元に頬を擦り付けて匂いをいっぱい感じながら、静かに言った。
「神獣様、大好きです」
神獣は頷いて、「くるるるるる」という穏やかな声を出すと、早苗の小さな体を抱き締めた。
その直後だった。
神獣に抱き締められて安堵したせいなのか、眠気が襲ってきて、早苗はうとうととし始めた。
「神獣様……」
神獣は首を傾げた。
早苗は眠そうな目で神獣に言った。
「前みたいに……お昼寝させてもらってもいいですか……。
なんだかねむくなって……きちゃって……」
神獣は甘える娘を見るような目で早苗を見ながら頷くと、ゆっくりと早苗の身体を地面へ離した。
早苗はふらふらと歩いて、やがて神獣の横腹の方へ行くと、そのまま神獣の身体に
神獣の温かさと毛の柔らかさに包まれた途端、眠気が一気に強くなり、早苗はそのまま眠りの中へと転がり落ちた。
*
目を覚ました時、早苗はまず違和感を感じた。
柔らかい神獣の毛に凭れ掛かって眠っていたのに、いつの間にか毛の柔らかさを感じなくなっている。
そして自分の姿勢は横になっているような姿勢に変わっている。眠っている間に姿勢が変わったらしい。
「早苗、目、覚めたか」
上の方から声がして、早苗はその方向を眠たい目で見つめた。
そこには紗琉雫の顔があった。こちらを愛でているような表情が浮かべられている。
その時に、早苗は今自分が紗琉雫に膝枕されている事に気付いた。
「あれ……紗琉雫様……」
紗琉雫は早苗へ手を伸ばし、その頬を軽く引っ張った。
「目が覚めたんならさっさと起きろ。また寝ちまうよ」
早苗は頷くと、ゆっくりと身体を起こし、大きな欠伸をした。
その後辺りを見回したが、どこにも神獣の姿はなかった。
「あれ……神獣様は……?」
紗琉雫は首を傾げた。
「神獣? もしかして、あの白くてでかい、羽が六枚生えた狼か?」
早苗はハッと意識をはっきりさせて、紗琉雫の方へ顔を向けた。
「見たんですか、神獣様を!?」
紗琉雫は頷いた。
何でも、紗琉雫が早苗の気配を感じてここに来た時、翼を六枚生やした巨大な狼が、眠る早苗を護るように居座っていたらしい。その狼は紗琉雫が近付くと、威嚇の声を揚げたそうだが、すぐに紗琉雫が敵ではない事を理解し、同時に紗琉雫が早苗を護ってくれる味方である事も察知して、ゆっくりと早苗を離し、飛び立っていったそうだ。
その後、早苗が起きるまで紗琉雫が神獣の代わりをしていてくれたそうだ。
「そうだったんですか……」
紗琉雫は両手を腰に当てた。
「随分と深く寝てたようだな。具合よさそうな顔してるよお前」
早苗は顔を軽く掌で拭った。確かに、ぐっすりと眠っていたような気がする。それはもう、夢を見ないくらいに深く、深く……。
夢を見ないくらいにぐっすりと眠ったなんて、いつ以来だろうか。
「夢を覚えていません。そもそも、夢を見ていないような……」
「それくらいに、ぐっすり眠れてたって事だよ。
でもよかったよ。お前にもそういう時がちゃんとあるんだってわかってさ」
早苗はきょとんとして紗琉雫の顔を見つめた。
紗琉雫は早苗の肩にそっと触れた。
「だってお前、前に嫌な夢見て飛び起きた時あったじゃないか。もしかして、寝る度にあぁいう夢を見て苦しんでるんじゃないかって思っててさ。でも、そうじゃないみたいだから、よかったよ」
早苗は何も言わずに紗琉雫を見ていた。
紗琉雫は一体何なのだろう。自分と初めて会った夜に悪夢に魘される自分を起こしに来たり、その後慰めてくれたり、危険が迫った時には突然現れて自分を護ってくれたり、眠っている時は自分が起きるまで周りを見張っていてくれたり、自分のことを心配してくれたりと、何かと自分に構って来ようとする。
まるで、自分を初対面の人間と思っていないような。
早苗は片手を胸に当てて、小さく言った。
「紗琉雫様は」
紗琉雫は首を傾げた。
早苗は紗琉雫の目をじっと見つめた。
「どうして、そんなに私に構って来るんですか。まだ、会って一月程度しか経ってないし、会っている時間も非常に短いのに」
紗琉雫は一瞬戸惑ったような表情を浮かべて、顔を下へ向けた。
「……迷惑か」
早苗は首を横に振った。
「そういう事じゃありません。どうして私に構って来るのか、その理由が聞きたいんです」
紗琉雫は顔を早苗から逸らした。
「お前が……お前が心配なんだよ」
早苗は首を傾げた。
「私が、心配?」
「そうだよ。お前は守矢の巫女で風祝、西の町の人々から敬愛される存在だ。そして、時には妖怪退治をする事だってある。
だけど、近頃と来たらその妖怪もおかしいくらいに強い奴ばかりだ。ちょっと気を抜けばすぐに殺されそうになるくらいに。なのに、お前はそれに構わず立ち向かっていく」
紗琉雫は早苗と顔を合わせ、早苗の翡翠色の瞳を見つめた。
「それがまるで、自分の身体と命を軽快に擲っているように見えて、仕方がないんだ。
それに……」
「それに?」
「お前は、傷付いてる」
早苗は目を見開いた。
「私が、傷付いてる?」
「そうだよ。お前は傷だらけだよ。傷だらけになって、疲れ切ってるんだ」
早苗が自分の体を触ろうとすると、紗琉雫は早苗の手を掴んだ。
「身体じゃないよ。……神社にいた時に言った、心だよ」
「心……」
紗琉雫は頷いた。
「早苗は自覚がないみたいだが、心を酷使してるんだ。だから身体を軽快に擲ったりするんだよ」
紗琉雫は早苗の手を両手で包み込んだ。
「お前は人々から敬愛されてるんだ。もしお前の身に何かあれば、皆がお前を心配するし、お前が死んだりすれば、皆が嘆き悲しむ。だから、そうやって心を傷付いたままにして、身体や命を軽快に擲ったりするな」
早苗は俯いた。はたして、本当にそうなのだろうか。
自分が傷付いたら本当に皆が心配して、自分が命を落として死んだら本当に皆が嘆き悲しんだりするのだろうか。
確かに自分は降りかかる厄災を払い除ける力を持つ風祝として、町の人々から敬愛されている。だがそれは、きっと自分が風祝であり守矢の巫女だからだ。もし自分が風祝でも何でもなければ、誰も同とも思わない。人々が敬愛しているのは、好きだと思ってくれているのは風祝である自分だ。……誰一人として、自分の事を真に想ってくれてなどいない。
「本当に、そうなのでしょうか」
紗琉雫は「え?」と言った。
「本当に皆が私を想ってくれているのでしょうか」
紗琉雫は頷いて笑みを浮かべた。
「あぁそうさ。お前は皆に想われてるし、信頼されてもいる」
早苗は頷きもせず、黙っていた。
「だってそうだろう? 町に行けば皆お前に声をかけるし、お前を見ると笑顔になる。
八坂と洩矢だってお前の事を可愛がってる。これって、想われてる、信頼されてるって事だろう?」
早苗は静かに答えた。
「それじゃあなんで、私の心が傷付いてる事を誰も気付かないんでしょうか」
紗琉雫の顔から笑みが消えた。
「仮に本当に私の心が傷付いているとして、どうして誰もそれに気付こうとしないんでしょうか。どうして誰も、その傷を癒そうとしてくれないんでしょうか」
早苗は顔を上げてぎりっと紗琉雫の目を睨んだ。
「そういうのを、本当に信頼してるっていうのでしょうか」
紗琉雫は早苗の目を見たまま黙った。早苗もまた紗琉雫の目を睨んだまま黙っていたが、やがて紗琉雫が口を開いた。
「じゃあさ、おれはどうなんだ」
早苗は険しいものから驚いたようなものへ表情を変えた。
「おれはお前の心が傷付いてると思ってるし、その傷を癒したいって思ってる。これって、おれがお前の求めてる形になってるって事なんじゃないのか」
紗琉雫は早苗の頭に手を伸ばし、そっと手を置いた。
「もしお前が心から信頼してくれる相手を探してる、求めてるっていうんなら、おれは喜んでそれになろう。
もしお前がそれを拒むなら、お前の期待に沿える形になれるよう努力する。それじゃあ駄目か」
早苗はきょとんとして答えを返せなかったが、紗琉雫の気持ちがなんとなくわかって、口を開いた。
「つまり……紗琉雫様は私と親しくなりたいと思っているという事ですか?」
紗琉雫は頷いた。
「要するにそういう事だ。お前と親しくなりたいから、お前ともっと話がしたいし、お前が心配なんだよ」
早苗は目に疑問の光を宿して、低い声で言った。
「どうして、そこまでしようと思えるんですか。どうして私と親しくなりたいって思ってるんですか」
紗琉雫は表情を険しくして、目を強く光らせた。
「お前が放っておけないんだよ。お前と最初に会った時から、この
紗琉雫は首を横に振って、苦笑いした。
「いや違う。多分、おれはお前に惹かれたんだ。お前ともっと話がしたい、仲良くしたいって思ったんだ。
そうしたら、お前がさっき言ったようになってるってわかって、尚更放っておけなくなった。傍にいてやりたいって、思ったんだ」
紗琉雫は表情を引き締めて、早苗の目をじっと見つめた。
「それが、おれがお前と親しくしたいって思った理由だよ。駄目か?」
早苗は何も言わずに紗琉雫と目を合わせていたが、そのうち、よくひんやりとする胸の中に不思議な温かさが広がっていくのを早苗は感じた。
今まで生きてきて、出会ってきた人の中でこれほど己の気持ちというものを正直に話す人は初めて見たし、自分に面と向かって親しくなりたいと言ってきた人も初めて見た。普通ならば、なんだそれはと思って拒否してしまうところなのだが、紗琉雫に至っては別だった。
紗琉雫の本気だ。全く冗談を交えていない、本気の目で自分を見つめ、親しくなりたいと言っている。その目を見ながら言葉を聞いていると、心の中が温かくなる。その気持ちを受け入れたいと、思える。
だが、それは紗琉雫が女性だった場合だろう。紗琉雫は男神、つまり男性だ。男性が女性に向かってこう言うという事は……。
それがわかると、早苗は顔を少し赤くして、紗琉雫に小さく言った。
「紗琉雫様のお気持ちはわかりました。でも、私と親しくなりたいって事は……」
紗琉雫は首を傾げた。早苗は紗琉雫から視線を逸らし、更に小さな声で言った。
「紗琉雫様は私が好きで、私とお付き合いがしたいって事なのでは……?」
紗琉雫はますます首を傾げて、腕組みをした。
「なんだそれ。半分わかるけど、半分わからないよ」
早苗は目を点にして、紗琉雫と顔を合わせ直した。
「え?」
「おれはお前に惹かれて、お前が好きになっていうのは間違いない。
だけど、おれはお前と親しくしたいのであって、付き合いたいわけじゃないよ」
早苗は呆然として紗琉雫を見つめた。まさか、本当に自分の事を好きだと面と向かって言ってくるとは思ってもみなかった。
だが、どうやら紗琉雫は言葉の意味というものを理解できていないらしい。好きという言葉の意味も、親しくするという言葉の意味でさえ。
「いいえ……男女間で親しくし合う事を、付き合うというんですよ」
早苗が小さく言うと、紗琉雫は驚いたような顔になった。
「そうなのか」
紗琉雫は額のあたりにかかる髪の毛を掻きあげて、空を仰いだ。
「やっぱり……は難しいし、よくわからないな。
……うとよ……れる……ものの時みたいにはいかないのかよ」
紗琉雫の言葉が何となく聞こえて、早苗は首を傾げた。
「紗琉雫様?」
紗琉雫ははっと我に返ったような反応をして、早苗の顔を見直した。
「いや何でもないよ。とにかく今言った通りだよ。
おれはお前が好きだ。お前の事が心配だ。だからお前の傍にいてやりたい」
早苗は瞬きを何回もして、頭の中で考えを廻らせようとした。
しかし、何度頭を回しても、一向に考えが纏まらなかった。
紗琉雫の言葉にどう答えを返したらいいのかわからない。もしここでいいよと言えば、自分達は付き合う事になる。だが、そんなのを紗琉雫を何やら毛嫌いしてる神奈子と諏訪子が何を言い出すか知れたものではないし、他の人々からも変な目で見られたり、からかわれたりするようになるかもしれない。そんなのは、嫌だ。
だけどここで駄目だと言えば、自分の心が傷ついていて、その傷を癒してやりたい、傍にいてやりたいと本気の目で行ってくれた紗琉雫の思いを裏切り、踏みにじる事になるし、紗琉雫は守矢神社から出て行く事になる。そうなってしまえば紗琉雫には酷だし、何より紗琉雫は自分達と力を合わせてこの異変に立ち向かっていきたいと言ってくれて、協力してくれる事になった人だ。しかも紗琉雫の力はものすごく強くて、共に戦っていて頼もしさを感じさせる人だ。そんな人を失えば自分達はまた霊夢と手を合わせなければ異変に立ち向かえなくなる。
心の中で二つの気持ちが一度に湧いて出て、渦を巻き、どうすればいいのか、どう決断すればいいのか、全くわからなかった。
その様子が見えたのか、紗琉雫が心配そうな表情を浮かべて声をかけてきた。
「早苗、大丈夫か?」
早苗は紗琉雫から視線を逸らし、小さく言った。
「もう少し、考えさせてください。いずれ、答えを出しますから」
紗琉雫は軽く喉を鳴らして、頷いた。
「わかったよ。早苗の考えがまとまるまでじっくり考えるといいよ。
答えが出せたなら、おれは喜んでそれに従おう」
紗琉雫はすっと立ち上がり、溜息交じりに言った。
「……となると、おれはしばらく守矢神社を抜ける事になるな」
早苗は振り向いて紗琉雫を見た。
「え、何故ですか」
「だっておれが居たら、お前の考えを妨げちまうかもしれないだろう? 心配だけど、お前にはじっくり考えてほしいんだ。決めるのは、おれじゃなくてお前だからさ」
直後、紗琉雫の背中に大きな白金色の翼が生えて、羽毛が数枚宙を舞った。
「異変が起きて、戦いになったら駆けつけるから、そこのところは安心しておいてくれよ」
早苗が静かに頷くと、紗琉雫は穏やかな笑みを浮かべて地面を蹴り上げ、大きな翼を羽ばたかせて宙へ舞い上がり、そのまま幻想郷の空へと消えて行った。
一人ぽつんとその場に取り残されて、早苗は紗琉雫の消えて行った空をじっと眺めていた。
その最中も考えを纏めようとしたが、全く纏まらず、ただ空を眺めるだけだった。
*
――うん、うんうん。いい子ね、早苗。
貴方の種はすくすくと育っているわ。近いうちに可愛い芽を出すでしょうね。
そして貴方の芽はやがて大きな、大きな黒い花となる。そしてそれは更なる大輪の黒い花を咲かせるためのものとなる。貴方は素晴らしい、大輪の黒い花のための『贄』よ。
って、あら。どうやら『贄』は貴方だけではないみたいね。
もっともっと、目を巡らせる必要がありそうだわ。