「お前、強い敵との戦いで俺の強さを測るんだろう? それも同時にやらせてもらおう」
そう言って紗琉雫は早苗よりも前に出ると、懐に手を伸ばして、勢いよく引っ張り出した。
紗琉雫の懐から現れたものを見て、早苗はもう一度驚いた。それは、雪のように白く塗装され、弦が六本も付けられている大型拳銃のように大きな
紗琉雫の弩に早苗は驚いたが、近くにいた魔理沙と霊夢もまた驚きを隠せなかった。
「な、なんだありゃ!?」
霊夢はごくりと唾を飲み込んだ。あの武器は弩。この幻想郷でも一部の民しか使っていない弓の発展系ともいえる遠距離武器だが、霊夢はそんな事よりも突如として現れた青年に驚いていた。
あの青年は、黒犬が放った火炎弾が冷気弾が早苗に直撃しようとした瞬間に空から疾風の如く現れて早苗を抱き、刹那ともいえる時間で火炎弾と冷気弾の射線から退避した。
その行動から察するに、早苗を助けるために現れたようだが、一体何者なのだろう。
と思ったその時、霊夢は早苗の話に出てきた、守矢神社に新しくやってきた、神奈子と諏訪子とは腐れ縁だという男神、紗琉雫の事を思い出した。もしかして、早苗を助けたあの青年が、その紗琉雫だろうか。
だとするならば早苗を助けた事も、幻想郷ではあまり普及していない弩を使っている事にも納得がいく。
青年の特徴だが、背は百八十五センチほどの長身、先端が空色になっている白金色の髪の毛を耳がすっぽりと隠れるくらいの長さのショートヘアで、白い洋服と和服が混ざったような衣服を纏い、空色の袴を履き、中央に三つ巴の紋章が描かれた胴あてを付け、綺麗な空色のとても長いマフラーを首に巻いている、整った顔立ちで蒼い瞳をしている。しかもその背中からは髪の毛と同じように先端が空色になっている白金色の羽毛の翼が生えている。年齢は二十一歳ほどだろうか、かなり若く見える。
(あれが……紗琉雫……?)
霊夢が言ったその次の瞬間、紗琉雫はぎゅんっと加速して黒犬へ突撃を開始した。黒犬は向かってきた紗琉雫を狙って口を大きく開け、紗琉雫に噛み付きかかったが、紗琉雫は素早く身を翻して黒犬の攻撃を回避し、そのまま黒犬から見て右方向へ移動。
弩を構え、黒犬の右側の頭の右目に狙いを付けて、引き金を引いた。
限界まで引き延ばされていた弦がびんっという音を立てて戻ると、装填されていた矢が射出され、黒犬の二つの頭うち右側の頭の右目に突き刺さった。右目を射抜かれた黒犬は激痛と目を潰された感覚に悲鳴を上げて、足をばたつかせながら暴れ回った。その際、紗琉雫に暴れ回る黒犬の右前足による攻撃が飛んできたが、紗琉雫は翼を羽ばたかせて後退、黒犬の攻撃を避けた。
かと思いきや、紗琉雫はそのまま後退を続けながら弩に矢を装填し、弦を引き直すと、懐から一枚のカード状の紙を取り出した。そしてそれの正体を掴むや否、霊夢は驚いた。
「あれは、スペルカード!?」
直後、紗琉雫はスペルカードの名を宣言した。
「雷撃「撃天雷珠」!!」
紗琉雫の宣言の直後、紗琉雫の身を包むように青い色の稲妻が起こり始め、その強さをどんどん増していき、やがて紗琉雫を巨大な蒼い雷球へ変えた。霊夢達が雷球の出現に驚く一方、黒犬は目の前に現れた雷球に向けて火炎弾と冷気弾を何発も放った。黒犬の口より発射された火炎弾と冷気弾は吸い込まれるように雷球へと向かったが、雷球に触れた途端、内側から破裂するように爆発、消滅した。黒犬は自分の攻撃が効かない事に一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに怒りに満ち満ちたような表情に変えて火炎弾と冷気弾を撃ち込み続けた。
それを見た魔理沙が驚きの声を上げる。
「すげぇ、全然効いてないよ!」
霊夢も魔理沙と同じように驚きを隠せなかった。防衛隊を壊滅させて、自分の二重結界を一発で破った攻撃を何回受けても、紗琉雫を包む雷球は壊れる様子を見せない。それは、紗琉雫の力がそれほどまでに強い事を意味する。
(あんな力……)
あれほどの力、ひょっとしたら神奈子と諏訪子の力を超えているのかもしれない。紗琉雫は二人と腐れ縁と聞いていたが、二人よりも強い神だったとは、思っても見なかった。
と思った瞬間、雷球は少し後退すると、そのまま猛スピードで黒犬へ突撃した。黒犬は驚いて避けようとしたが、それよりも先に雷球は黒犬を喰らうように呑み込み、破裂。雷の大爆発を引き起こした。激しい光と轟音が放出されて、霊夢達は思わず耳と目を塞いだ。
やがて音と光が止むと、霊夢はすぐさま雷球のあった場所へ視線を送ったが、そこでまた驚いた。
爆発のあったところには紗琉雫だけがいて、黒犬の姿はなかった。黒犬はどこへ行ったのだろうと思って下を見てみたところ、平原に横たわって動かなくなっている黒犬の姿があった。
どうやら……紗琉雫の攻撃を受けてそのまま倒れてしまったらしい。
「倒……した……?」
霊夢が呟くと、紗琉雫はくるりと振り返り、ゆっくりと早苗の元まで飛んだ。
早苗の目の前に辿り着くなり、紗琉雫は早苗に声をかけた。
「早苗、これで十分か?」
早苗は呆然としてしまっていて答える様子を見せなかった。
紗琉雫は不思議そうな表情を浮かべて首を傾げた。
「あれ、早苗? どうした?」
紗琉雫がもう一度声をかけたところで早苗はハッと我に返った。
「あ、紗琉雫様……」
「大丈夫か?」
早苗はぎこちなく頷いた。
「はい。ただ、紗琉雫様があまりにお強いものでしたから驚いてしまって……」
紗琉雫は溜息を吐いて安堵したような表情を浮かべた。
「なんだそんな事か。まぁいい。
見ての通り、今のがおれの力さ。お前達に手を貸すには十分だと自負してるんだが、どう思う?」
早苗は頷いた。
「十分だと思います。防衛隊を壊滅させた怪物をたった数回の攻撃で倒してしまう力なんて、十分すぎるくらいです」
早苗は黒犬を軽く見た後顔を紗琉雫と合わせて苦笑いした。
「というか、どちらかというと
紗琉雫は髪の毛をくしゃっと掻いた。
「仕方ないだろ。あれくらいの力をぶつけないと倒せないと思ったんだ。でも、お前が怪我してなくて」
紗琉雫が言いかけたその時、霊夢が割り込むように言った。
「もしもーし、勝手に話を進めてんじゃないわよー」
紗琉雫は霊夢の方へ顔を向けた。
霊夢は紗琉雫と目を合わせるなり、目を半開きにした。
「いきなり現れて私達が倒すべき獲物をぶちのめして私を無視して勝手に話を進めてようやくこっちを向いたと思ったらそれ? 私達初対面のはずなのに名乗りもしないの?」
紗琉雫は身体を霊夢の方へ向けた。
「憶礼紗琉雫。早苗のところに最近来た神だ。っていうかこれくらい早苗から聞いただろ」
魔理沙が霊夢の隣に並び、不機嫌そうな声を出した。
「私は聞いてないぜ。ずっと誰だお前って思ってたよ。えっと、お前は」
紗琉雫は魔理沙へ目を向けた。
「今言った通り憶礼紗琉雫だ。多分魔法の呪文よりも覚えやすい名前だ」
「紗琉雫か。魔法の呪文みたいな名前だな。覚えておくぜ」
紗琉雫はふっと鼻を鳴らした。
「ほら、おれの名前は教えたぞ。お前らは何なんだよ」
紗琉雫に聞かれて、霊夢は少しむかつきながら、魔理沙は不機嫌そうに自分の名を教えた。
二人から名前を聞くなり、紗琉雫は呟くように言った。
「博麗霊夢に霧雨魔理沙。博麗と霧雨か。んで、片方は例の博麗の巫女ってわけか」
霊夢は腰に両手を当てた。
「んで、何しに来たのよあんたは。私達を助けに来てくれたわけ?」
紗琉雫は煩そうに髪の毛を掻いた。
「違うよ。お前らじゃなくて早苗を助けに来た。丁度近くを通りかかったら犬の化け物と早苗が戦っているのが見えたんでな」
魔理沙はむっと言った。
「早苗を助けに来ただぁ? お前、早苗の何なんだよ? まさか早苗の彼氏とか?」
早苗は「えぇっ!?」と言って驚き、紗琉雫は呆れたかのように溜息を吐いた。
「そんなんじゃねえよ。如何にも阿呆が言い出しそうな事を言いやがるな。っていうかお前らに教える必要なんかねえ」
紗琉雫は霊夢へ目を向けた。
「おい博麗。見た事のない犬の化け物の死体、調べなくていいのか? あぁいう幻想郷を脅かしそうなのが現れたら戦って、殺しちまったらその死体を調べるのがお前の役割なんじゃねえのかよ」
霊夢は紗琉雫に怒りを覚えて拳を握りしめた。確かに、あぁいうのが幻想郷に現れた場合、戦って殺すか気絶させるかのどちらかで動きを止めて、その身体を調べるのが博麗の巫女の役割ではある。
「えぇそうよわかってるわ。あんたも博麗の巫女に随分と詳しいのねッ」
霊夢は苛つきながら黒犬の死体に目を向けようとした。その時。
[じゃまするな]
霊夢は「え?」と言ってきょとんとした。今、声が聞こえた気がする。誰かが呟いたのだろうか。
突然きょとんとした自分を不思議に思ったのか、早苗が声をかけてきた。
「霊夢さん、どうしたんですか?」
霊夢は早苗の顔を見た。
「早苗、今あんたなんか言った?」
早苗は首を傾げた。
「いいえ、何も言っていません」
早苗の答えを聞くなり、霊夢は魔理沙の方を向き、声をかけた。
「じゃあ魔理沙? あんた何か言った?」
「いぃや何も言ってないぜ」
魔理沙も違うとわかると、霊夢は紗琉雫に顔を向けた。
「じゃあ、紗琉雫?」
紗琉雫は呆れたかのような表情を浮かべて霊夢と目を合わせる。
「何でおれになるんだよ。何も言ってないよ」
霊夢は首を傾げた。どうやら今の瞬間には誰も何も言っていないらしい。
だとしたら、今の声は一体何なのだろう。空耳か幻聴だろうか。
そう思ったその時、霊夢は前にもこんな事があった事を思い出した。確かその時は黒虎と戦っている最中で……。
[じゃまするやつはころしてやる]
また声が聞こえてきて、霊夢は吃驚した。やはり誰か何かを言っている。
しかも今回はさっきと違って聞こえてきた方向がわかるものだった。――声の聞こえてきた方向は……下だ。
声の根源を探して下を向いたところで、霊夢は目を見開いた。紗琉雫に倒されて地面に横たわっていた黒犬がいつの間にか起き上がって、こちらに顔を向けた状態で息を大きく吸いこんでいるではないか。いや、違う。黒犬は恐らく気を失っていただけで、完全には倒されていなかったのだ。
霊夢は慌てて皆に声をかけた。
「みんな避けて! あの化け物まだ生きてる! こっちに攻撃してくるわ!!」
霊夢が叫ぶように言った直後、黒犬は吸い込んだ息を全て吐き出すように火炎弾と冷気弾をいくつも放った。
突然火炎弾と冷気弾が下方向から飛んできたところで一同は黒犬がまだ生存していた事に気付き、慌てて空中を飛びまわって飛来してきた火炎弾と冷気弾の群れを避けた。その最中、魔理沙が焦った様子で叫んだ。
「なんだよまだ生きてるんじゃねえか! 変な安心させんなよ紗琉雫!」
紗琉雫は飛び回りながら黒犬に注目しつつ、呟いた。
「まさか、加減しちまったか? それともあいつにそれほどの生命力と防御力が……?」
紗琉雫は舌打ちした後、怒りを顔に浮かべて弩を黒犬へ向けた。
「くそ、生命力だけは一丁前の
紗琉雫は霊夢、魔理沙、早苗に声をかけた。
「おい! お前らも攻撃しろ! ありったけの攻撃をぶつけなきゃ倒せねえぞ! 倒さなきゃ、やられるぞ!!」
三人は頷き、そのうち魔理沙がミニ八卦炉を黒犬に向け、そのままスペルカードを発動させた。
「そんな事わかってるよ! 恋符「ノンディレクショナルレーザー」!!」
魔理沙の掛け声の直後、魔理沙の周囲に三つの光の珠が出現し、黒犬目掛けてレーザー光線を照射し始めた。
光の珠は黒犬の焼き尽くさんと言わんばかりにレーザー光線を放ち続けたが、黒犬は身体を焼かれようとも全くと言っていいほど動じなかった。そればかりか、黒犬の身体はレーザーで焼かれようとも焼けていないように見える。
その最中、早苗が魔理沙から少し離れた位置で同じようにスペルカードを発動させた。
「応戦します魔理沙さん! 祈願「商売繁盛守り」!!」
早苗が宣言すると、目の前に魔方陣が出現して、そこから無数札が飛び出し、放たれた矢の如く黒犬へ飛んだ。
札の群れは一直線に黒犬の身体へ突き刺さろうとしたが、黒光りしている毛と筋肉に次々と弾き返されて、全く傷を付ける事なく地面へ落ちて消えた。それを見て、早苗は愕然としてしまった。
「き、効いてない!?」
その様子を見て、霊夢は何が起きているのかがわかったような気がした。自分達に攻撃されて一度打ちのめされた事による怒りで、黒犬の毛と筋肉は引き締まり、鋼のように硬化している。そのあまりの硬さ故に、早苗の札の攻撃も弾かれて、魔理沙のレーザー光線も全く効いていないのだろう。
あれほどの防御力を有している黒犬を倒すには、もう一度紗琉雫のスペルカードくらいに高い火力を持った攻撃をぶつけるほかない。
それに、黒い花であるあいつとて、妖魔の類である事に違いはないはず。だとすれば、自分の持つ調伏の力がよく効くはずだ。
いや、それだけではない。魔理沙、早苗、紗琉雫、そして自分。皆スペルカードも、その特性も全然違う。ただ強い攻撃を撃ち込むのではなく、その特性をうまく生かして順番を決めて撃ち込めば、勝機が見えるはず。
考えを纏めると、霊夢は一同に声をかけた。
「皆! あいつは防御力が上がってる! だから生半可な攻撃じゃびくともしないわ!
もっと威力の高い、もっと強いスペルカードや攻撃をぶつけなきゃ、倒せない!」
早苗が霊夢へ声をかけ返す。
「じゃあどうすれば!?」
霊夢は瞬時に思考を巡らせた。まずスペルカードの確認するべきだ。
魔理沙の持つスペルカードの特性。魔理沙のスペルカードは極太の高出力レーザー光線で対象を吹き飛ばす、または焼切る事を得意としている。
その次、早苗のスペルカード。早苗の持つスペルカードは槍や刃のような鋭い光弾や熱弾を放つのを得意としている。槍のように鋭い光弾を降らせるスペルカードなどがそれだ。それに中には敵の動きを拘束してしまうものもある。
そして紗琉雫のスペルカード。紗琉雫の先程のスペルカードを見る限り、紗琉雫の特性は超高出力の雷を放つ事が出来る事だろう。
最後に自分のスペルカード。妖魔に非常に高い効力を持つ調伏の力だ。
霊夢は頭の中でスペルカードを確認すると、どういう組み合わせで行ったらいいのか、瞬時に考えた。
まず魔理沙のスペルカードで、黒犬の身体を焼く。魔理沙の放つレーザー光線の熱を受ければ、黒犬の守りももろくなるはず。
次に早苗のスペルカードで、黒犬を拘束し、動きを封じ込める。そこで紗琉雫のスペルカードで黒犬に猛烈な雷撃を喰らわせ、弱らせたところで最大出力の自分のスペルカードをぶつけ、撃破する。この流れならば、いけるはずだ。
霊夢は作戦をまとめ上げると、皆にこの作戦を話した。
霊夢が作戦を話し終えると、魔理沙が呟いた。
「なるほど、順序よくスペルカードをぶつけるってわけか。総力戦だった八俣遠呂智との戦いとは違うんだな!」
早苗が強気な笑みを浮かべる。
「それなら、いけると思います!」
紗琉雫が頷く。
「仕方ないな。やってやるよ」
霊夢は全員が作戦を呑み込だのを確認すると、掛け声を出した。
「それじゃあ、みんな行くわよッ!!」
霊夢の掛け声が辺りに響き渡ると、一同は散らばり、それぞれの立ち位置に移動した。
そして、魔理沙が黒犬に狙いを定めてミニ八卦炉を構え、スペルカードを放った。
「いっくぜぇ……魔砲「ファイナルマスタースパーク」!!!」
魔理沙の叫びの直後、魔理沙の目の前に巨大な魔法陣が出現し、そこから極太のレーザー光線が黒犬へ向けて照射された。
レーザー光線は空気を切り裂き、大気を震わせながら直進して、ほぼ一瞬で黒犬を呑み込んだ。
レーザー光線の照射は猛烈な光と暴風を発生させ、周囲の地面を抉り、土煙を巻き上げながらしばらく続いたが、魔理沙が攻撃に疲れを感じたところで打ち切られた。
光線が止んでも、もんもんと土煙が立ち込めたままだったが、それがやがて薄くなると、呑み込まれていた黒犬の姿が見えてきた。黒光りしていた黒犬の毛は魔理沙のレーザー光線によって焼切られ、見るも無残な事になっていた。更に黒犬の身体を見てみれば、大きな火傷が出来ていた。
その直後、早苗が魔理沙に続く形でスペルカードを発動させた。
「拘束します! 秘法「九字刺し」!!」
早苗が九字の印を切ると、黒犬の周囲に結界が出現、黒犬をその中に封じ込めた。黒犬は動けなくなったことに驚いているのか、動こうと必死にもがいた。
早苗は紗琉雫へ声をかける。
「紗琉雫様!」
紗琉雫は頷き、空へ腕を突き上げてスペルカードを発動させる。
「わかってるよ。雷槌「空帝大連雷」!!」
紗琉雫の宣言の直後、上空に雲が集まり、やがて巨大で分厚い積乱雲となり、辺りを暗く染め上げた。
紗琉雫を除く一同が驚いた直後、その暗闇を裂くように何本もの稲妻が雲から黒犬へ降り注いだ。度重なる落雷により辺りは真っ白に染まり、空気が無理やり引き裂かれる轟音が何回も鳴り響き、霊夢達はたまらず下を向いて耳を塞いだ。
落雷が終わった頃には黒犬の立っていた場所はどす黒く焦げ、黒犬もふらついていた。
そして紗琉雫が手で目の前を払うと、上空の積乱雲は瞬く間に千切れ消え、曇天となっていた空は晴天となった。
その始終を見て、霊夢は唖然としてしまった。紗琉雫は今、明らかにスペルカードで気象を操っていた。強力な雷撃を操る力を持つ神なのだと思っていたが、まさか気象を操る事の出来る力持つだったとは思っても見なかった。
霊夢が紗琉雫の能力に驚いていると、その紗琉雫が霊夢へ声をかけてきた。
「何ぼさっとしてんだよ博麗! 止めを刺せっての!!」
紗琉雫の言葉で霊夢は我に返り、ぶるぶるっと数回首を横に振ると、黒犬に狙いを定めた。
黒犬はもうふらついている。今自分のスペルカードを撃ち込めば、止めを刺す事も出来るはずだ。
霊夢は「いける!」と呟くとスペルカードを構えた。
「これで止めよ! 神霊「夢想封印」」
霊夢がスペルカードを発動させようとしたその時だった。
[じゃまするなころしてやる]
耳の奥に声が聞こえてきた。霊夢は思わずスペルカードの発動を停止させて棒立ちした。
まただ。また声が聞こえてきた。誰の声なのかわからない声だ。さっきは下の方から聞こえてきたが、今はどこから聞こえてくるのかわからない。ただただ、耳に届いてくるだけだ。
いったい何なのだろうかと思ったその時、また声がどこからともなく聞こえてきた。
[じゃまをするな ころしてやる じゃまするやつは ころしてやる]
声色と言葉のはっきりした声が聞こえてくると、胸の中で何かが蠢いたような感覚が霊夢を襲い、霊夢は背筋にぞくりと言わせた。声色は女性のような高い物だったが、決して普通の声などではなく、まるで何かに強く憎悪しているかのような声だった。
霊夢は辺りを見回して、声の主を探した。しかしどこにも自分達以外の女性の姿は発見できなかった。その事から霊夢は、早苗と魔理沙の声なのではないかと一瞬思ったが、すぐにそれは違うと思った。今の声は二人が出すような声色ではなかったからだ。
「何なのよいったい……!?」
そういえば、前にもこのような事があった気がする。それは、『黒い花』である黒虎と戦った時だ。
確かあの時も、誰のものかわからない声が聞こえてきた。あの時と言い今回と言い、一体何なのだろう。この声は、一体誰のものなのだろうか。
そう思ったその時だった。
「れ、霊夢何やってんだ! 避けろッ!!」
魔理沙の声で我に返って、霊夢は目の前を見た。そこで唖然としてしまった。
いつの間にか、黒犬の放つ火炎弾が目の前まで来ているのだ。どうやら考え事をしていた隙に撃たれていたらしい。
時間が非常にゆっくりになっているように感じられた。霊夢は反射的にスペルカードを発動させて身を護ろうと考えたが、明らかに火炎弾の着弾の方が先になるだろう。どう早く動いたって間に合わない。自分はあの火炎弾を……受けるしかない。
そう思って、霊夢は目を瞑り腕で顔を護ろうとした。そして火炎弾が間もなく着弾すると思ったその時。
「夢符「二重結界」!!」
突然目の前から聞こえてきた声と爆発音に、霊夢はきょとんとした。
そして、いつまで経っても火炎弾が着弾してこない事にも驚いた。一体何が起きたのだろう。
それに、聞こえてきた声にもかなり聞き覚えがある。ここ最近は聞いていないけど、前までは毎日聞いていたような声だ。
霊夢はゆっくり目を開き、前を見て驚いた。目の前に、いつの間にか人が現れていてこちらに背を向けている。
その人は、大人ではなく十歳ほどの子供で、白い和服を基礎に、帽子が付いているなどといった洋服の要素が合わさっている服を身に纏い、水色のズボンを履き、白い靴を履いて、背中に刀を背負った、黒い髪の毛を頭の後ろの方で小さくて短いポニーテールに纏めているのがわかった。
更にその人の前の方を見てみれば、自分が張る二重結界と似たような結界が張られていたが、霊夢はそれよりも目の前にいる子供に注目し続けた。何故ならば、その子供の後ろ姿には霊夢は見覚えがあったからだ。
「あ、貴方は……」
霊夢が小さく呟くと、子供の前に出ていた結界は消えた。
直後、子供の声が聞こえてきた。
「間に……合った」
そう言って、子供はゆっくりと振り返った。
その顔を見て、霊夢は驚いた。
「懐……夢……?」